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2011年6月24日 (金)

『菊池寛と大映』って確かに初代社長だけど。実はそれがいけない始まり?

 大映(今は角川映画になってしまっているが)というと、私たちの年代では「永田ラッパ」という「大言壮語」と「ワンマン経営」というイメージがある。その大映に初代社長として就任したのが菊池寛氏である。

『菊池寛と大映』(菊池夏樹著/白水社/2011年2月25日刊)

 菊池寛氏は元々小説家であることはご承知の通りであるが、同時に自ら興した『文藝春秋』や文藝春秋社の大成功は、皆さんも知っているところだ。しかし、1925年に文化学院文学部長になったり、1928年には衆議院選挙に出馬して落選したり、日本麻雀聯盟初代総裁を務めたり、要は「担ぎやすいオヤジ」的なスタンスがあって、結構そういうお膳立てには乗りやすい人なのだろうな。

 で、専務・永田雅一氏によって担ぎ出された初代社長・菊池寛氏の社員に対してはなった演説が結構いいのである。つまり『劇映画の劇という字はね、劇薬の“劇”なんだよ。それは即ち、人生のもっとも激しい場面の連続じゃなきゃいけないんだ。感情的にも、行動的にも、劇しい場面がなければ劇は成り立たないんだよ。だから、すべてはシナリオなんだ。シナリオが一番大切なんだね。松竹や東宝は直営館を持っている。少々作品の出来が悪くてもなんとかなる。しかし、うちの社。大映は違うんだよ。製作の善し悪しだけで決まるんだよ。製作の一本一本で失敗すれば大変なことになるんだね。僕はね、シナリオオンリーでいくよ。いま流行しているような偏重したリアリズムはよくないんだ。おもしろくない真実よりも、面白い噓のほうがずっといいんだ。観客はね、おもしろいものを待っているんだよ』というシナリオ観は全くその通りだと思うし、現代にも繋がる考え方である。つまり『おもしろくない真実よりも、面白い噓』のほうが観客は求めているんだ、という言い方は、まさしく「大衆部文芸作家」ならではの言い方ではある。更に『映画の題名は、ミステリーでなければいけない。ひとの人生を描くのもミステリーなんだ。ミステリーがひとを引きつけるのだよ』なんて言葉をひくと、「本当にそんなこと言ったの?」といいたくなってしまう。だって、菊池寛はミステリーなんて書いていないのに、何故、そんなことが言えるの、ってもんである。勿論、知識としては数多くのミステリーも読んでいるとは言えるかもしれないけれども。

 最終章の後半は永田雅一についてさかれているのだけれども、結局それは永田の愛人であった中田庸子という女優との関係から、永田の子ども時代、つまり京友禅の老舗であった実家のその後のありさまとそのなかで生きてきた永田自身を思い出し、そこに同じような人生を生きてきた中田庸子の人生を重ね合わせたわけなのだけれども、27歳も年下の愛人に対して同年代の男のようには付き合えるわけでもなく、それははかない想いのなかでの愛人との付き合いだ。

 1971年、ついに大映は倒産し、最初は徳間書店が経営参加することになる。まあ、徳間康快氏自身が永田雅一氏と同じような資質を持っていたのか、というところでは『未完の対局』『敦煌』『おろしや国酔夢譚』などの超大作路線はことごとく失敗し、結局、徳間書店による再建はならず、とういうか徳間書店自身がそのころ殆ど債務超過の状況に陥っていて、倒産した映画会社を助けるような状態ではなかったのであるけれどもね。

 で、結局2004年になって角川映画になるわけなのだけれども、結局、大映という会社は出版社に頼っていかなければならない会社なのだろうか。

 ただし、本来「映画」と「文学」は全く異なる表現形式であり、それらの間には何の関係もない。しかし、映画の企画と通す時に「この映画の原作小説は○○万部売れてます」と言えば企画も通しやすいし、もともとの本を出版社のメディア(その出版社が雑誌も出していれば、ということですが)も映画のプロモーションに使えるとうことで、ますます出版社への企画頼みが増えている。

 本来は、映画の映画オリジナルの企画を出す方が、長い目で見れば、脚本家も育つし、ということなのだがなあ。

 

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