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2011年6月 7日 (火)

『フーコー』を読んでもフーコーの哲学はわかりません

 本来は分かりやすくするためにテキストにイラストをつけるんだと思うんだけど、何故かかえって分かりづらくなってしまっているのが本書である。

『フーコー』(リディア・アリックス・フィリンガム:文/モシュ・シュッサー:イラスト/栗原仁・慎改康之編・訳/ちくま学芸文庫/2011年5月10日刊)

 基本的には本書はミシェル・フーコーの思想について「分かり易くイラスト(というかヒトコマ漫画)を添えて解説したもの」の筈である。

 紹介するフーコーの著書は『狂気の歴史―古典主義時代における』『臨床医学の誕生―医学的まなざしの考古学』『言葉と物―人間諸科学の考古学』『監視と処罰―監獄の誕生』『性の歴史』という代表的な著書である。しかし、いくつかのバラバラにされた断片的な書き方によってか、何故かもっとわかりやすい筈のフーコーの思想が却って理解されにくくされている。

 何故分かりづらいのか、理由を考えるといくつかの原因が考えられる。

1 元の文章がフーコーを理解していない。

2 元のイラストが全然ダメ。

3 翻訳がまったくもってなっていない。

 などなど・・・。

 しかし・・・もしかすると・・・もっと根本的な理由があるのかも知れない。つまり・・・それは・・・あまり言いたいことではないが・・・もしかすると、フーコー自身がフーコーの思想に理会していなかった・・・なんてことが、あるかもしれない。

 そんなわけないじゃん、と思われるかもしれないが、以外とそういうことはあったりして、哲学者が自らの哲学を自ら理会していなくて、だれか他人から指摘されて始めて「ああ、俺はそういうことを言っていたのか」なんて気付くこともあるのである。

 要はあまりにも難しいことを考えすぎてしまい、自分自身が自分が何を言っているのか分からなくなる、なんてことありそうでしょ。哲学者だってそんな縊路に陥ることだってあるのです。

 基本的にフーコーが一番書きたかったのは晩年に書いており未完のままの『性の歴史』なんじゃなかったのではないだろうか。結局、狂気について書いたり、それを収容する監獄について書いたりしてきたのも、結局は最後の『性の歴史』で自らの同性愛指向をカミングアウトしたかったのではないだろうか。当然、『性の歴史』は未完なのでそこまで至っていないが、最後はそうした告白をしなければ「哲学者」としては完成しない自分を見たんじゃないだろうか。

 いわゆる、後期フーコーといういわれ方をされている理由について後の人たちはこの同性愛指向について論述していないが、実はここが一番大事なことではないのだろうか。

 当然、本書でもそのことは触れられているが、まあそれはかなり遠慮がちにである。しかし、そこを遠慮してしまってはフーコーの思想には触れられない。

 まあ、そこが本書の限界かな。

 そこへいくとこのしいひさいち氏の『現代思想の遭難者たち』(講談社/2006年6月刊)のほうはもっと気楽に読める「哲学書」だ。と言っても、そこはいしい氏である。ニーチェ、マルクスからハイデッガー、サルトル、モーリス・メルロ・ポンティなど、当然ミシェル・フーコーも、全ては4コマ漫画の主人公になってギャグに興じているのだ。そう、漫画で哲学を解説しようなどと無駄な努力はしていない。要は、それらの哲学者を4コマ漫画の主人公にして遊んでいるのだ。

 実は、これが哲学と付き合う一番いい方法なのだ。自分のやり方で哲学者を取りこんで、遊んじゃうという、勿論、哲学を理解するのではなく、遊んじゃうのが一番の方法なんてね。

 結構、オススメ本です。以外と、これでその哲学の本質がわかるものである。ただし、受験生、哲学科の学生にはお薦めしませんが。

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コメント

はじめまして。
フーコーの仕事は様々な知識を明確に与えてくれるので、他の思想家よりも親しみやすいし、何より読んでて面白いですよね。

私は哲学に興味があるのですが、あまりに高度すぎて嫌になってしまう事が多々あります。
哲学の入門書には自分で考える事が哲学だ、などと書いてて、理解させるというより、理解したつもりにさせるものが存外多くて、更に嫌になります。

でも学問としてギチギチに固められたものも、自分で勝手に勘違い思想をするのも自分の為にはならない。バランスが大事なんだということでしょうね。

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