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« 『私には女性の排卵が見える』はちょっと怖いけれども、よく考えれば普通にしててもいいんだよ、という本なんだ | トップページ | 鉄道アミューズメント »

2011年6月17日 (金)

江戸っ子の意地

 タイトルから感じたのは「これは江戸の市井の人たちの明治維新に対する動き」なのかなと思ったのだが、そうではなくて江戸の与力・同心たちの話なのであった。

『江戸っ子の意地』(安藤優一郎著/集英社新書/2011年5月22日刊)

 まあ、確かに旗本以下の与力・同心なんて下級武士連中も、庶民と同じくは「お上」が何であれやる仕事は変わらないわけで、そんな与力・同心の現場での動きがなければ、徳川幕府であれ明治政府であれ、現場での動きはできなかったわけで、それも薩摩や長州の田舎侍が来たからといってもそんな連中に大都市の治安なんてものは任せられるわけではないわけで、ということは昔からの江戸幕府の与力・同心に頼らざるを得ないわけである、というのはよくわかる。

 と、当然そんな与力・同心連中にも元々の「お殿さま」である徳川家に対して従う気持ちと、同時に、そのままの立場で生活ができるという安心の気持ちの間の揺れ動きはあったのだろう。とはいうものの、明治初期の東京の治安はそんな江戸幕府時代の与力・同心によって保たれたのであった、というのも事実なのであった。

 面白いのは、キリスト教に入信した与力がいたということ。

 このキリスト教に入信した与力というのは原胤昭である。銀座の十字屋の創設にも関わり、現在にも連なる女子学院高校・中学の元となった「原女学校」を作った人なのだ。で、この原氏が昭和6年に書いた記事がいい。とにかく八丁堀与力の最後の今泉雄作氏が亡くなったときの追悼記事なのであるが;

『これで八丁堀の旦那衆と歌われました、八丁堀三百株も、雪駄チャラチャラ江戸の巷を、かんぬき差しの刀の柄へ袂の先を、ちょいと載せて、突き袖の力身姿を見せた者は、全く以てわたし一人になってしまった。』

 って、なんかこの文章に江戸の風物を思い起こさせませんか? いいなあ、「雪駄チャラチャラ」ですよ、雪駄チャラチャラ。この言葉だけで、江戸の与力・同心(まあ、同心の方だろうが)の姿が見えてくるようだろうし、目の前に「火付盗賊改方」長官長谷川鬼平の姿がみえてしまいそうだ。

 いいなあ、あとは福沢諭吉やら渋沢栄一などが元々幕臣だったものが、結局新政府で大活躍をしたことは今さら言うまででもない。

 つまり、明治政府は基本的には薩摩・長州の田舎侍ではどうにもならずに、結局、元々の一大都市・江戸の統治をよくわかっている徳川家の侍を使わざるとえなかったという訳。というか、当時、江戸のような大都市はせいぜい大阪位しかなかったわけで、そんな大都市を統治した経験はさすがに薩摩・長州の田舎侍には誰もいなかったということなのだろう。

 しかし、やはりどうも気になるのは「江戸の庶民」である。筆者と同じ視点での、江戸の庶民史的な立場からの、維新史が見えるとうれしいな。

 

 

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