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« 『検証 東日本大震災の流言・デマ』にはインターネットの基本的な問題が書かれている | トップページ | 日本復興計画 »

2011年5月27日 (金)

『喜婚男と避婚男』というよりも、もっと大きな文明論としてとらえたい

 このツノダ姉妹というところにダマされてしまうんだろうな、世の中のオジサンたちは。本に載っている写真や、HPの「ツノダ姉妹」の写真をみると「おおっ」てなもんで、それは「叶姉妹」みたいなもんで、要は「叶姉妹+知性」ってなもんで、くるっとおじさんたちは騙されちゃうんだろうな、というのが第一印象。でも、同じウェーブプラネットの社長プロフィールと見ると、まあ普通のおばさんの写真がでてきたりして、それでも充分美しいのですが。

『喜婚男と避婚男』(ツノダ姉妹著/新潮新書/2011年5月20日)

 いわゆるバブル世代の真っ最中に青春を送ったツノダ姉妹である。当然、その後の世代に対しては厳しいものの見方をするのであろう、と思ったら逆に「バブル女は死ねばいい」とか言われてしまい、本来「女の時代」を作るべき筈のバブル期におおいに女の立場を強めたはずの女たちは、残念ながらまた普通の女に戻ってしまったのか? というのが本書の論考である。勿論、それに対抗する形での「男たち」がいるわけなのだが。

 ポイントは「女の社会進出」と「男のオウチ進出」だという。女の社会進出は良くわかる。普通にそれはあったわけだし、学校の成績だって大体女の方が上だし、多分、入社試験であってもペーパーテストは女の方が上だろう。ということで、女側からの「男とおなじ仕事をしたい、男と同じ収入を得たい」というごく当たり前の要求からきたものだ。そのための女の側のプレッシャーもあるだろう。当然、そのプレッシャーは「仕事と子育て」ということに集中するだろう。

 というところまでが、普通の女の考え方。一方で、それとは別に、「家庭」というものを見いだした男たちがいたわけだ。そんな男たちを「喜婚男」と「避婚男」というふうに区別しているのだが、この二つ累計ってのは、実はそんなにかけ離れてはいないのではないだろうか。だって、「喜婚男」だって「避婚男」だって、向かっているのは「家庭」でしょ。それが「妻」と一緒の家庭に喜びを見いだすのか、自分ひとりの家がいいと思うのかという(実は大いなる)違いでしかない。

 まあ、問題は子どもを夫婦で何人作るかという、実はこれは「人口論」的な問題でもあるのだけれども、もはやこんな論議をしている場合じゃないのだろうな。だって、結婚をしない男、つまり子どもを作らない男が増えているのだ。

 こうして考えると、やはり日本は「滅び」の方向に向かっているのかという感覚が出てくる。それは、それでしょうがないのかな。一つの文明・文化が最高段階についてしまうと、そのあとは「滅び」しかないわけだ。日本文明もここで一つ終わりをむかえるというのもいいんではないでしょうか。

 問題は、そのあとの文明をどう作っていくのか、どういう考え方で作っていくのか、ということなんだけれども、考えてみればそんなことは我々が考えることではないのだ。我々が考えなければいけないのは、どうしたら今の文明を我々の見える形で終了させることができるのだろうか、ということなのだ。

 どうやって、今の文明に対する終焉の報を「誰に対して」「どうやって」告げるかということなんだけれども、どうなんだろうか。

 

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