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2011年5月10日 (火)

日曜日たち

 基本的には5つの男女の別れ話である。しかし、もうひとつの主人公たちがいる。

『日曜日たち』(吉田修一著/講談社文庫/2006年3月15日刊)

『日曜日のエレベーター』では「パチンコ屋の駐車場でヘンな子供たちに会ってさ」という渡辺が会った子供たち。『もしもこの兄弟が現在家出中の身であるとすれば、どんな大人の言葉を信じ、どんな大人の言葉に警戒するか、渡辺にはそれがよく判るような気がした。子供が家を出る原因は一つしかない。考えてみれば、一緒にいるとき、圭子はほとんど自分の家族の話をしなかった。もしかすると、これまで付き合ってきた他の女たちと、そこが一番違っていたのかもしれない。自分の家族のことはもちろん、渡辺の家族についても何かを尋ねてくることがなかったのだ。』

『日曜日の被害者』では大阪から東京に帰る新幹線の中で間違えて主人公たちの席に座っていた『小学生らしき男の子が二人、ときどき夏生たちのほうへ目を向けながらも、一向に立ち上がる気配も見せずに座っていたのだ。男の子たちは兄弟らしかった。窓際に座った弟のほうが、お兄ちゃんの膝にのせられた巨峰をつまみ、呑気に口に頬張っている。口から皮を出そうとすると、お兄ちゃんがさっとビニール袋を差し出す。混雑したホームで缶ジュースも買えなかったせいか、夏生にはその巨峰がとてもおいしそうにみえた。甘い果肉がつまった一粒一粒が、瑞々しく目に飛び込んできた。』

『日曜日の新郎たち』では『兄弟で遊んでいる風にも見えず、ふたりとも背中に小さなリュックを背負っていた。』『さっき健吾が鮨屋の光景を思い出したとき、その兄弟の姿がそこになかったのは、彼らがカウンターではなく、後ろのテーブルに座っていたからだ。その上、正勝が注文してやった各自一人前の鮨と追加注文したカッパ巻きを、オレンジジュースで流し込むようにして食べ終えると、おそるおそるカウンターのほうへやってきて、「ごちそうさまでした」と、そのまま先に店をでてしまったのだ。』

『日曜日の運勢』では『誰だろうと思って玄関ドアを開けると、そこには男の子がふたり立っていた。兄弟らしく、似たようなリュックを背負っている。』彼らは田端が今住んでいるアパートの部屋に以前住んでいた彼らの母親を訪ねてきたのだった。彼らを不憫に思った田端が、今は荻窪に住んでいるという彼らの母親のアパートまで彼らを送ってきたのだが、そこで『一階の部屋の前に立っていると、なかから女の笑い声がした。幸せそうな声だった。顔を見合わせた兄弟が、「あ、お母さんだ」「うん」と頷き合うので、田端は、「よかったな」と、ふたりの頭を交互に撫でた。』として、そのまま帰ってしまう。結果は見ていない。

『日曜日たち』でその兄弟の結末が語られる。DVに悩む乃里子がNPO法人「自立支援センター」を訪れた日。そこの一時避難センターに泊まることになった乃里子は『そのテーブルで、先に五階に上がっていた所長とまだ小学校に入学したばかりのような男の子がカレーを食べていた。所長は笑顔で乃里子を迎えてくれたが、男の子のほうはちらっと顔を上げただけで、すぐにカレーに視線を戻した。~男の子は、椅子から降り、何も言わずに奥の部屋に入って行った。~ドアが開いたとき、中にいる別の男の子が一瞬見えた。テレビの前に座り込んで、ゲームをやっているようだった。』ということで、初めて兄弟と会った乃里子。その晩、そのNPO法人に泊まった乃里子は施設に送られることになると言われ、そこから脱走しようという兄弟に話し、自らのピアスを渡す。『これ、約束の印だから。絶対にふたりを離れ離れにしないって約束した証だから。これ、持ってれば大丈夫。もし、これでだめだったら、お姉ちゃんのところまで来て。私が絶対に助けてあげるから』といって。しかし、そうはいかず、ふたりは施設に入れられてしまう。

 兄が鳶職になったことを知ったのは乃里子が東京を離れて故郷の名古屋に帰って、乃里子が世話になったNPO法人の姉妹施設が名古屋に出来ることになってそこに勤めることになる最後の日。新大久保のホテルで、兄と別れて四国の学校に通うことになった弟と兄の再会の場だった。

 乃里子に対し兄は乃里子のことを覚えているとして、左の耳たぶに付けたピアスを見せる。

 五つの男女の別れ話のなかに通底する北九州出身の兄弟。この兄弟が五つの男女の別れを見ていたわけではない。しかし、なんかどこかでそれを見ていたような存在感がある。そして結末を見ると・・・なんか予定調和の世界になってくるのだ。

 五つの男女の別れについても、みんな若い男女の話である。ということは、その後の出会いがまたあって、再び別れがあって・・・という具合に、引き続き出会いと別れを繰り返す男女の姿があるわけだ。しかし、最後のエピソードになると、その別れの出会いと別れの連鎖が断ち切られるような思いが出てくる。

 予定調和というと、何故かそれは否定的なイメージにとらわれるけれども、実はエンターテインメントの世界では予定調和が実は大事なのである。こうした予定調和によって、一般大衆は安心する。ね、それも大事でしょう?

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