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2011年5月13日 (金)

『JAZZ喫茶マスターの絶対定盤200』は最低のジャズ本だ

 そうなんだよな、要はジャズ喫茶なんてものは、オーナーの物好きだけでやって行くものでしかないのだろうな。

『1枚のレコード演奏が終わり、次のレコードがかかる直前にスピーカーから聴かれる、チリチリとしたノイズ。

 いま思えば、あれはジャズ喫茶でジャズを聴く、最も刺激的な瞬間だったかもしれない・じっと目をつむったままの人、つま先でリズムを刻む人、身体ごとスイングさせる人――ジャズを聴く姿はさまざまだが、レコード演奏の間にふと時間が止まったような静寂が訪れる。次はいったいどんな音世界に誘われるのだろうか。大音量のジャズ喫茶に訪れる沈黙の瞬間には、その場に居合わせた客たちの言葉にならない期待感がたちこめている。』

 という言葉で始まるこの本なのだけれども、完全にジャズ喫茶のオーナーの自己韜晦だよね。だいたい、いまやジャズ喫茶(というものがあるのかどうかもわからないが)だってかけているのはCDでしょ。なら「チリチリとしたノイズ」なんてのもある筈がない。まあ、でもこの気持ちは分からないではない。というか、私自身そうしたジャズ喫茶の世界に一時期身を置いていた頃があるだけに・・・。

 ジャズ喫茶という存在自体が日本特有のものだという。つまり、アメリカ(といったってニューヨークだけなんだけれども)ではこうした「レコーデッド・ジャズ」を聞かせる店なんかはなくて、基本的には生の演奏を聴かせる「ライブ・ハウス」があって、そこでは食事なんかもできるのだ。西海岸に行ってしまうとこうしたジャズのライブ・ハウス自体もなくてライブ・ハウスの主体はロックやポップ・ミュージックばっかり。つまり、アメリカにおいてもジャズなんてのは東海岸のごく一部における音楽運動にすぎなかったわけで、ただしそれが世界で一番影響を与える街、ニューヨークにおける音楽運動だったから、それだけ世界に与える影響の強さということにったんだろうな。その結果が、日本における「ジャズのレコードを聴かせる喫茶店」という形のジャズ喫茶になったというスタイル。でみんな「チリチリとしたノイズ」を一緒に聴くことに対するシンパシーが生まれたのだろうな。もうひとつ言ってしまうと、そんなジャズを聴くスタイルが、何故か反米・反帝・反スタになってしまうのだ。本来はアメリカ文化のひとつとしてジャズを受け容れていた筈なのに、それが反米・反帝になるというのは面白い。まあ、ジャズ・ミュージシャンに黒人が多かったのと、その黒人ミュージシャンが基本的にアフロ・アメリカンとしての自覚を持っていた人が多かったということに刺激されたんだろう。

 で、この本なんだけれども、そうした思想的バックボーンは何もない。それはいい。所詮、音楽なのだから。音楽に思想を持ち込むと結局は「社会主義的リアリズム」の世界に入り込んでしまい、芸術的にはなんらの進歩やら進展がなくなってしまう。が、だからといって、セシル・テイラーや山下洋輔、坂田明やガトー・バルビエリなんかに全く触れていないのは、それはジャズの名盤紹介ではちょっと不親切ではないのかい。

 勿論、こんな本は所詮ジャズ喫茶オーナーの「自分の好きなジャズ・レコードの紹介」にすぎないのだから、例えば「フリージャズの好きな方は買わないでね」とでもいうような帯がついていれば買わないのだ。「セシル・テイラーや山下洋輔、坂田明やガトー・バルビエリの名盤は載っていません」って書いてあれば、誰も買わないのだ。そう私も買わなかった。ということは、静山社新書の編集者がバカなのだろうな。というか、静山社新書の編集者ってジャズのことを全くわかっていないのね、ということでしかない。同じ著者による講談社+α文庫「ジャズ喫茶マスター、こだわりの名盤」ですらよんでないのかもしれない。

 あ、コリャ最低だね。こんな本を読んでジャズには目覚めないいでほしい。せいぜいロックでも聴いていなさい。ジャズを聴きたいのだったら、やっぱりせいぜい岩浪洋三さんの本をよんでからにしたら? というか、これは編集者に言っておきたい文章。お前ら多少は勉強せいよ。

 

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