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2011年5月23日 (月)

2011年始めての「牛の角突き」

 5月22日に、今年になって始めての「牛の角突き」を、山古志闘牛場まで見に行った。今回はちょっと前の飲み会で話をしたら乗ってきたY川氏とH坂氏夫妻と一緒という、今までにない形での観戦である。

 実は5月3日には小千谷市小栗山闘牛場で、5月4日、5日には長岡市山古志闘牛場で、既に今年の場所は開催されていたのだが、残念ながらその3日とも別に用事があって行けず、結局5月22日が今年初めての闘牛観戦ということになったのだ。残念ながら天気は雨。屋根はあるものの、寒さもあってレインコートを着たままの観戦と相なった。

2011_05_22_128_2 勢子たち

 ただし、今年は昨年までとちょっと違う雰囲気があり、福島県南相馬市から長岡市に避難している人たちが招待されてきており、南相馬市の桜井勝延市長も観戦、挨拶をしていた。

 実は、南相馬市には「相馬野馬追」という重要無形民俗文化財があり、「無形民俗文化財」つながりという意味でも、長岡市山古志とはつながりがあるようだ。

2011_05_22_005_2 観戦する南相馬市民。左から2人目が桜井市長

 更に、山古志から「天の風」という牛が「天の風浜街道」として南相馬市に寄贈されて、この牛の所属は「東日本」という形になって、今後も山古志闘牛場で戦うことになるのだろう。

2011_05_22_011_2 東日本所属「天の風浜街道」である。角が折れているのがちょっと痛々しい?

 何故、長岡市というか旧山古志村の人たちがこれほどまでに地震被災者に気を使うかというと、当然、それは当然2004年の中越地震の頃の話に遡る。当時、壊滅的な災害にあった旧山古志村は全国(海外も含む)数億円の義捐金により立ち直ることができた。そんなことから、新潟県は今回の東日本大震災にあたってもいち早く被災者の受け入れに積極的で、「被災者からは一銭ももらうな」を合言葉に、とくに避難者の受入れを行ってきているのだ。

 つまり、津波というのは自身経験はしていないけれども、地震の被害を受けたということでは全く同じ災害被災者としてのシンパシーがあるのだろう。

 更には、福島ではないが、もともと越後牛の出身地である南部地方(岩手県)に対する想いもあるのだろう。とにかく、新潟県というか長岡市民というか旧山越村民の福島県、岩手県に対する思いは普通ではないようだ。

 が、まあ角突きは通常通り行われる。22日はアトラクションとして、今年初めて角突きに参加する牛同士のトレーニング的な対戦が6番行われ、全22番が行われた。通常は16番~20番なので、ちょっと多い番組だ。が、以前小千谷市小栗山闘牛場で行われるものとの比較で言ったことがあるが、闘牛場は山古志の方が立派であるが番組的には小栗山の方が上じゃないか、という感じはやはりある。

 それでも、戦っている牛にはどこの闘牛場で戦っているのかなんてことは関係ないだろうから、それぞれ真剣勝負である。八百長はない。唯一八百長と言えるのは「引き分けで終わらせる」ということであろう。どうしても、見た目にはどちらの勝ちかということは「戦意の喪失」した方を見ればわかるのだが、それでもどちらも勝ちにしない・負けにしない・・・でも、多分、勢子やら地元の人たちのなかでは勝ち負けと決めて「○○○」をやってるんだろうな。そうだよね、衆議院議員選だって、都知事選だって、じゃあ目の前に次に来るのは女か男かだけだって「●●●」の対象にしちゃう我々だもの。

 でも、これは「神事」だから勝ち負けは決めないの、と言われれば「はいそうですか」と聞く我々・・・ねえ、結局は山古志の人たちだけで楽しんでいるんでしょ。

2011_05_22_148_2 将来の勢子。大丈夫かい?

 で、緊急事態で一時中断はあったけれども最終取り組みがこれ。「繁蔵vs.金重号」の闘い。さすがに最後に行う闘いだけあって両方とも横綱相撲。両者一歩も引かず押しあい、技を出し合う。勢子も力が入る。さすがに「結びの一番」です。

2011_05_22_265_2 結びの一番

NIKON D100 Nikkor Zoom 70-200 (c)tsunoken

 で、9月11日には「全国闘牛サミット in 小千谷」というのが小千谷小栗山闘牛場で開かれるそうです。ここには、越後だけでなく、徳之島、沖縄、宇和島、隠岐の島、岩手と当然、山古志と小千谷の牛全部が集まって闘牛をやります。それぞれの地域でのルールの違いとかはどうするんだという気持ちもありますが、一方、よその牛ってどういうもんかというのも知りたいということもあり、9月11日には小千谷に行こうかな。

 実は、今年は花巻祭りが9月9日から11日まで、というところでこの辺をどういう風に都合付けようかなというところがむずかしいのだ。

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文化・芸術」カテゴリの記事

コメント

tsunokenさん

 そのとおりです。適度に更新をしていますので、ブログのほうもよろしくお願いします。

あっちゃんさんへ
なるほど良くわかりました。
でも「闘い」である以上、どこか見えないところで「勝ち負け」はあるのでは・・・という見方をしていました。スミマセン。
ただし、別に○○○がいけないんだという発想は私はありません。おおいにやってよろしい。それは「闘い」に絡む以上、どうしようもないことなのであると考えています。ただし、競馬、競輪、ボートレース、オートレース、サッカーTOTOなんかの公営ギャンブルはおおっぴらに開催しており、パチンコなんかの市営ギャンブルも公認しているのに、個人間で小さくやっている麻雀や囲碁、将棋なんかを規制するのはどうしたもんか、と考えているものです。要はテラ銭やら税金を取れるギャンブルはいいけど、それ以外はダメよ、という政府の身勝手な考え方が見えるわけです。
ただし、徳之島の闘牛の牛に対しても、やはり牛を愛している人たちがるというのは『闘牛』を読んでいると良くわかります。ただし、愛し方が違うのかな。
その辺はまだ良くわかっていませんが、これからいろいろ勉強して行こうかな、と言うところです。
いろいろ教えていただけるとありがたいです。
ところで、あっちゃんさんは「山古志・牛の角突きビログ」の人ですか?

 tsunokenさん、はじめまして。時々このブログを拝見させていただいております。昨日も山古志まで来ていただき、本当にありがとうございました。
 ところで、牛の角突きですが、牛持ち(オーナー)はもちろん、勢子や関係者、地元の人達は○○○はやっていませんよ。私たちは牛をそういう対象として見れないですし、そんなことをすれば地域同士の争いにまで発展しかねません。私たちの地域の人たちは、みんなで助け合いながら生活してきたので、そんなことをするという意識もありませんし、そういったことはできないんです。
 しかし、南の闘牛には○○○があるということは良く聞きますが、それは勝敗を決する闘牛をやっているからであり、そのために牛を道具のように扱うこともあるようです。それがその地域の文化や特色だと思えば、そうなのかもしれませんが、闘い終わった牛がすぐに死んでしまうということもよくあるそうです。まさしく牛たちは命を賭けて闘牛をしているのです。
 でも、私は自分の牛がそんな姿になるのは見たくないですし、いつまでもがんばってもらいたいと思っています。だから引き分けを原則とした中で、牛と共にこの行事を楽しんでいるのです。だからこそ、「闘牛」ではなく「牛の角突き」なのです。
 長文、失礼しました。

 P.S 昨日の勢子も無事に帰ってきました。ご心配いただき、ありがとうございました。

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