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2011年4月 3日 (日)

頭のよい子の家にある「もの」

 と言ったって、別に特別のものがあるわけでもない。要は「馬鹿と鋏は使いよう」ということですな。

『頭のよい子の家にある「もの」』(四十万靖著/講談社/2011年3月29日刊)

 取り敢えず「頭のよい子」の行っている大学と「頭のよい子」の家にあるものを列挙する。

第1章 キッチン用品 たこ焼きプレート(早稲田大学文学部)/アイスクリームメーカー(女子栄養大学)/箸(慶應義塾大学文学部)/お釜(東京大学法学部)/重箱(津田塾大学)/杵と臼(慶應義塾大学文学部教育学科)/バーベキューセット(一橋大学商学部)/水中めがね(東京大学医学部)

第2章 暮らしのなかの道具たち 黒板(慶應義塾大学薬学部)/ぬいぐるみ(津田塾大学国際関係学科)/レゴⓇブロック(慶應義塾大学法学部)/洗濯バサミ(法政大学デザイン工学部建築学科)/スキー板(早稲田大学経済学部)/テニスのラケット(早稲田大学法学部)/バスケットボール(慶應義塾大学法学部)/ファーストシューズ(国際基督教大学国際教養学部)

第3章 DVD、漫画、新聞、本 (「ウルトラセブン」の)DVD(東京大学法学部)/(「ドラえもん」の)漫画(東京大学文学部)/新聞(学習院大学法学部)/本(東京大学文学部)

第4章 アートなものたち 日本地図(東京外国語大学外国語学部)/カレンダー(早稲田大学国際教養学部)/日めくりカレンダー(慶應義塾大学法学部)/古い画集(津田塾大学学芸学部)/絵(女子美術大学)/仏さまの絵(東京藝術大学)/家族のアルバム(慶應義塾大学理工学部)/掘りごたつ(お茶の水大学文学部)/暖炉(早稲田大学理工学部)/お雛さま(東京大学文学部)

第5章 遊び心で使う勉強道具 地球儀(津田塾大学文学部)/学習ノート(慶應義塾大学法学部)/絵の具(慶應義塾大学文学部)/墨(上智大学文学部)

 というような感じである。

 さすがに、「暖炉」とか言われちゃうと、今の家にも前に住んでいたマンションにもない。が、あとは大体どの家にもあるようなものだ。読んでみてわかるのだが、つまり、「家にあるもの」じゃなくて、家にあるものをどうやって子どものために使うのか、家をどうやって子どものために使うのか、ということである。

 例えば、「たこ焼きプレート」があるからどうだ、ってことじゃなくて、その「たこ焼きプレート」を使って子どもと親がどういう会話を作り上げるのかということなのである。ダイニングルーム(って台所でしょ)のテーブルで勉強した方が自分の勉強部屋(兼個室)でやるよりはいいのだということも、いまや当たり前になっている。つまり、親子というものは一緒にいて普通に生活した方がいいということなのだろう。まあ、それがいまの子育ての方法である。

 これが近代だとか中世だとか言ってしまうとまた全然違う子育ての方法があるのだろう。今ほど女性の外界においても家庭内においても地位は高くなかった。そんな時代の子育てというものは、子どもは親の仕事を継ぐというのが基本の「基本的に成長しない社会」というものを前提にしていたから、娘は母親の遣る事だけを真似してればよかったのだし、息子(といっても長男だけだけどね)は母親より偉い立場になってしまうので、母親のいうことは一切聞かずに寺子屋の先生のいうことの方を聞いたのだろう。

 まあ、いまはそれだけ母親の力が重要になってきたわけだし、存在感も大きくなってきている。おまけにまだまだ父親が家にいない時間は、昔より増えているのじゃないだろうか。であれば、益々母親の重要性は増えているじゃないか、ということで母親に対するプレッシャーは増えているのだ。

 たいへんですねえお母さん、というのは簡単であるけれども、それ以上に子どもが幼児期に関する母親の育児放棄とか子ども殺しというような問題も起きているんじゃないか。それこそ、育児ノイローゼとか「出来ちゃった婚」の結果ではないのじゃないのかな。そう、昔なら父親の分からない子どもなんてのはいっぱいいたので、それは地域のコミュニティの子どもとして(村の子)として育てられたのだが、いまやそんなコミュニティはない。したがって、自分が産んだ子どもはあくまでも自分の子どもとして育てなければいけないという、母親に対するプレッシャーが強い。その結果としての「育児放棄」やら「子殺し」という。

 結果としては、そんな状況に会わずにスクスクと育った子どもたちの、そのなかでも「頭のよい子」たちの、生活の記録がこの本なのである。

 ただし、「頭のよい子」といっても、たかだか上記の(大学の)レベルである。頭がよいというのは何を基準にしているのかということが重要なのだが、まあ、この本では取り敢えず「そこそこの大学」に入れる人、ということなのであろう。まあ、それであればそれでいい。しかし、本当の「頭のよさ」というのはもっと別のところにあるわけで、そんな「頭のよさ」を基準にしてしまうと、こんな程度の本には出来なくなってしまう。

 そんな「本当に頭のよい子」ってことになると、どういうことになるのであろうか。それを期待したいのだがなあ。

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