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2011年4月21日 (木)

レンズ至上主義!

「写真はレンズが撮る」というのは当然である。カメラは「暗箱」にすぎない。

『レンズ至上主義!』(赤城耕一著/平凡社新書/2011年4月15日刊)

 ということで、写真家がレンズにこだわると言うのはよくわかる。これはアナログカメラであってもデジタルカメラであっても同じである。レンズの「ボケ味」とか「コントラスト」とか「軟らかい表現」とかなにかも同じである。要は、レンズというものは所詮「光をどうやって箱の中に閉じ込める」ものなのかというだけのものであり、なおかつ「三次元の世界を二次元の世界に閉じ込める」ものなのだ。そんなレンズについての話は所詮「蘊蓄」に存する話でしかない。

 そんな蘊蓄話を一杯詰めたのが本書である。結局、田中長徳氏なんかもいろいろなところでこうした「レンズ話」を語っているが、つまるところ「レンズ話」は「蘊蓄話」でしかない。では、そんな問題を抱えたレンズが今後生き続けていられるのかと言えば、結局そんなレンズは早いところ市場から消えてしまうだけであり、でもそんなレンズが後のメディアで「こんなクセ玉が面白い」とかなんとか言われて、おまけに市場に出ている数が少ないだけにやたら高価になってしまうという、逆転現象がおきたりするのである。まったく、カメラ人間たちの勝手な振る舞いとは何ということであろうか。

 カメラについても同じである。そのカメラの実効時期にはやたらそのカメラについての批判記事を書きながら、そのカメラがそんな批判記事のおかげで製造中止になった後からは、そんな変なカメラがあってもいいなんて記事を再び書くのである。例えば「コンタックスT2」であり「コンタックスG1」「G2」なんかはまさにその標的になったカメラである。一方、写真家たちはニコン、キャノン、ライカについては批判的な記事を書かない。

 京セラなんかの新規参入企業には厳しいことを言うくせに、(日本では)昔からのニコン、キャノンには批判をしない、ライカやカール・ツァイスには批判をしない、というのはまさしく東電に対して批判的なことを書かなかった日本の評論家・ジャーナリストと同じじゃないのか? とにかく、自分の思ったことをちゃんと書きましょう、ということでは日本のカメラ産業から何の関係もないブログ人間あたりが何かを言わなければいけないのかもしれない。

 とにかく、写真は「レンズ」なのである。Photoshopなんかで修正が出来るとはいうものの、それはとりあえず写し取った写真の「大本」がちゃんとしていなければいけない。その大元の写真画像をどうやって変えるのかがPhotoshopなんだから、元々の写真がちゃんとしていなければいけないのだ。

 ということで、「ちゃんと写真を撮りましょうね」ということなのだった。

 機材の問題ではない。

 

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