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2011年4月

2011年4月30日 (土)

『電子書籍を日本一売ってみたけれど、やっぱり紙の本がすき。』って長いタイトルだけども、そんなに長いタイトルは紙の本には向きませんから。

 まあ、日本一電子書籍を売ったといったって、せいぜい数百部ですよ。えっ? 数百部も売ったの? すごいねえ。

『電子書籍を日本一売ってみたけれど、やっぱり紙の本が好き。』(日垣隆著/講談社/2011年4月28日)

 『前篇「電子書籍」を思考整理する』は本書のための書き下ろしであり、『中篇「滅びゆくモノたち」を思考整理する』『後篇「生き残るコツ」を思考整理する』は『週刊現代』の連載『なんなんだこの空気は――メディア考現学』を編集しなおしたものなので、これは別の本とみなす。そこで、ここでは前篇だけをとりあえず取り上げます。中篇・後篇はまあ余裕があればということなのであるのだけれども、本のタイトル『電子書籍を日本一売ってみたけれど』と言う部分にかかわるのは前篇だけなので、それでいいのだ。

 日垣氏が言うところの「総デジタル化時代の著作権について」ということなのだけれども、それについて;

『(1)著作権は2年で充分。それ以上は、遺族の争いのタネになるだけです。著作権を50年から70年に延ばすという議論がありますが、70年というのは、そもそもディズニーの要求です。ディズニーは自分たちがカネをほしいために、米国の著作権法を改正させて、その期限を70年に延ばしたのです。内田樹さんなんて、生きているうちから著作権を完全に放棄しています。「私の書いていることを使って、あなたの名前で本を出していいですよ」とまで過激な意見を言っている。

(2)公共放送は映像へのアクセス権を開放する。民放も国の認可のもと運営しているのですから、すべてをオンデマンドで見られるようにするべき。もしくはアクセスへの要求があった場合、速やかに応じる。

(3)「品切れ重版未定」は絶版とみなす。著者の自由なデジタル化を出版社が妨げる権利はありません。第21条をみてもわかるとおり、著作権法は基本的に著者の権利を強烈に擁護するものです。

(4)雑誌のインタビューなどは、販売期間が過ぎたら、インタビューを受けた人が、自由にデジタル化する権利を持つ。

(5)古典作品の解説は、私的に使う限りにおいてはOKとする。例えば井原西鶴の「好色一代男」をテキストにした読書会を開くとき、西鶴の著作権は切れていますが、テキストに使用する全集の解説や現代語訳の著作権は切れていません。ただこうしたケースでは西鶴がメインであり、解説者はサブなので、使用可能とします。日本を代表する私的な読書会で使用できないことのほうが重大です。

(6)ギリギリの線に触れるものについては敢えて相談しない。いまだ、慣習や常識や契約ができていない特殊なものについて、「これ俺のほうで電子書籍化していい?」と担当編集者に訊ねたら、「上に相談します」→「さらに上に相談します」→「ご容赦願えませんでしょうか」となるのは目に見えています。それでは担当者を困らせるだけ。いちいち担当者に訊かずに、日垣式著作権法に則って(笑)、粛々とデジタル化すべきです。』

という考え方には、全面的に賛成だ。てなことを言ってしまうと、出版社員である私の立場はどうなるのかということになってしまうのだが、まあ、でも現在の出版社のデジタル化に関するスタンスから言ってしまえばこれはやむを得ないのではないか。

 例えば、講談社は「取り敢えず早急に20,000点をデジタル化する」ということを表明して、デジタル化に対して前向きである姿勢を表しているが、かといってでは現在の電子出版・電子書籍にたいして明確なビジョンを持っているとは言い難い。というか、講談社と同様にデジタル化に対して積極的な角川HDにしたって具体的なアイデアを持っているわけではない。取り敢えず、会社的に余裕がある会社がまあ出来る限りデジタル化に前向きな姿勢を示しておいて、本格的にデジタル化が進んだ時に(それはいつのことなのかなあ)遅れをとってならじという風に構えているだけなのだ。

 というならば、「俺の書いたもの自分でデジタル化しちゃいたいよね」という意思のある著者はどんどん自分でやればいいのである。出版社とはデジタル化の契約はしない方が、実はお互いいいのだ。どのみち、いまのところ個人でデジタル化しようが、企業がデジタル化しようが、売れる数は限られているのである。おまけに電子で売れたらかって紙の本が売れなくなるということはないんだし、うまくすれば紙の本のパブリシティ位にはなるってもんだ。出版社とて著者が自分でデジタル化しようという話を担当編集者にしたところで、明確に反対するのは講談社とか角川とか小学館位のもので、他の出版社は著者からそんなことを言われてしまっては、まあ反論はできないだろう。講談社だって村上龍が「歌うクジラ」を自らデジタル化するという話があったときには反対出来なかったわけだから、他の出版社だったら推して知るべしである。

 で、著者自ら本をデジタル化してどうなるのか。まあ、あまり売れないので著者ガッカリ、出版社ニンマリという構図だろう。そんな中、数は多くはないだろうが「電子書籍を日本一売っ」たという日垣氏はスゴい。ただし、日本一売ったといったって、数的には数百部位のものであろう。いやいや、数百部も売れれば電子書籍としては大ヒットなのである。ただし、ここで「日本一売っ」たということが大事なのであろう。要は、それでもって「俺は日本一電子書籍を売ったんだぞ」という存在証明が出来ればいいのである。それだけで、今後威張って「出版界で仕事が出来る」というものである。

 多分、日垣氏が狙っているのはそんなポジションだろう。最早。

 昨年の5月28日のブログで「ダダ漏れ民主主義」について書いたが、その頃と1年後じゃ事情はそんなに変わってはないわけだが、今回、著作権についての日垣氏の考え方が読めたのは良いことだと思う。まあ、取り敢えずこうしてデジタル化しちゃうと、著作権なんてもの自体がなくなってしまうのじゃないかなと考える毎日なのである。それも歴史なのだろうか。

 

2011年4月29日 (金)

『ロラン・バルト 中国旅行ノート』というか、ひさびさのバルト先生なのだ・・・

 昨日はコミックネタということでちょっと手を抜きましたが、今日はガッツリ「ロラン・バルト」であります。ロラン・バルトってちょっと苦手なのだよね。モーリス・メルロ・ポンティなんかの現象学は、昔学生の頃に映画評論では結構応用したのだが、バルトの記号論はうまくいかなかった思いがある。それだけ難しいんだよなあの「シニフィエ/シニフィアン」とか「エクリチュール/パロール」てやつは。まあ、「エクリチュール/パロール」は分かりやすいけど・・・。

 で、そんな思いで久々のロラン・バルトである。しかし、バルト先生、今回はちょっと不機嫌である。北京について早々最初の夜は『曇り。睡眠不足、枕が高すぎて硬すぎる。/片頭痛』である。その後も、「ベッドが硬すぎて睡眠不足。片頭痛」といった具合に、毎晩「片頭痛」に対する不満を述べている。

 しかし、そもそもこの中国行きはフィリップ・ソレルスと『テル・ケル』の執筆陣に中国大使館から公式の招待状が送られたことから発している。その『テル・ケル』グループに特別参加したバルト先生なのである。まあ、すべて自費での参加ということであるけれども、当時あまり海外からの訪問者を受け容れてなかった中国にいけるということだけでも、それも「旅行社」と言う名の「政府スパイ」がついている旅行ではあるけれども、まあ、そんな文化大革命の真っ最中の中国にいけるということだけでも、実は貴重な体験なのだ。でも、不満を言い続けるバルト先生なのだ。時は、1974年の4月11日から5月4日までの3週間。北京、上海、南京、洛陽、西安そして北京を訪れたバルト先生たちは中国を旅した。

 しかし、もしかするとバルト先生にははじめからその結果が見えていたのかもしれない。つまり;

『彼らについては何も明らかにできないであろう――ただ、彼らからわたしたち自身のことを明らかにすることぐらいはできる。つまり、書くべきなのは、「では、中国は?」ではなく、「では、フランスは?」である』

と実はこれは中国行きの冒頭4月14日の記述なのだ。要は、そのことを確かめるだけの旅。こういうことはよくある。あらかじめ調べておいた事情を、確認するためのだけの目的の旅。全部知っていることだけを再認識するだけの旅。ああ、そんな旅のどこが面白いんだろう。でもそんなことは承知の上で出立したバルト先生である。絶対何かあると考えるのが普通であるのだが・・・結局なにもない。

 あるのは5月2日、もう旅も最後の時になって『友誼商店。オーダーメイドのスーツを注文した。クリスチャン・チュアル(駐中国フランス大使:引用者注)が私のところに届けてくれることになっている。昔ながらのとても感じのよい老人が寸法を測ってくれる』というところに初めてバルト先生の肉感的な感覚がよみがえってくるのである。ただし、そこだけ。あとは、帰りのエール・フランス機のなかでの食事やら何やらの不満だけだ。

 結局、バルト先生は

『索引を作るため自分のノートを読み返しながら、このノートをそのまま出版すれば、間違いなくアントニオーニ的なものになることに気付く。だが、他にどうすればよいというのか? 実際出来ることと言えば、以下のことである。

――ほめること。《流行り》の言説:無理

――批判すること。時代遅れの言説:無理

――乱雑に滞在記を書くこと。現象学。

アントニオーニ。「許し難い」! 「陰険な意図と軽蔑すべきやり口」』

 けれども、結局、バルト先生の方法論では『乱雑に滞在記を書くこと』に終わっているのだ。つまり、この『中国旅行ノート』をそのまま、雑記帳として出版すること。多少読みづらいことは承知の上で、それを実現すること。つまり、それは ロラン・バルトにおける1974年の中国の実相は書物としてきちんとした「エクリチュール」にするだけの内在性がないということなのだろう。というか、まだまだ変わりつつある中国の実相を見てしまうと、そこで何を言ってもすぐさま別の価値観に晒されてしまい、その時点で最早何の価値もない評論として読まれてしまう、という危険性を感じたのかもしれない。それはやむを得ないことなのだろう。

 当然、その時代にフランス知識人を招いた中国共産党としてはフランス共産党との微妙な関係があり、その結果としての反フランス共産党分子として『テル・ケル』を招いた(でも、旅行費はフランス持ち)のだろうけれども、その効果は上がったのだろうか。フィリップ・ソレルスなんかは結構お調子者なのかもしれないが、中国共産党のというか文化大革命の考え方に同化しているようだが、まあ、そのあと大分反省したのだろうな。だって、フィリップ・ソレルスって一時期はトロツキズムにも賛同していたんじゃないか? 要は、単なる左翼反対派(プチブル左翼)なのだと思うのだけれども、そんな人が何で文化大革命にも賛同してしまうのか、というのが「問題の底をよく見ない似非インテリ」の世界そのものなのだ。表面だけで判断しちゃうってやつね。

 結局、その辺をよく見ていたバルト先生(別にこの人は左翼ではない。ただし、サルトルなんかとは共闘していた時期はあったとは思うのだけれども、まあ、作家とか知識人とかの共闘なんてのは、ほとんど意味はない)は、この中国訪問記を「エクリチュール」としてはまとめずに、パロールとしての(話し言葉ではないけれども)「雑記帳」においておいたのだろう。

 このメモの中にも「日本」と言う形で対比が出てくるのであるが、この少し前70年に書かれた『表徴の帝国』で書かれた日本に対する、例えば「皇居」という空虚な空間が意味するところの、「意味から放たれた日本的自由」の世界というような「シニフィエ」の世界は中国にはまだなかったということなのだろう。

 だが、今の中国にバルト先生が行ったらどうなるだろうか。まさしく「意味」の過剰な世界における現代中国、しかし旧弊が今でも活発に生き残っている中国、というかその共存が今の中国ではないか。そんな今の中国に行ったらどんな感想を持つのだろうか。ということを期待しても始まらない。

 最早、我々がそんなところに行って、発言しなければいけない時代なのだろう。

 しかし、それこそそこらじゅうに書かれている「書(カリグラフィ)」。まさにそれこそ「エクリチュール」(書き言葉)であり「パロール」(絵画)なのである。

 すごいだろう、東洋の文明って。西洋文明は文字を記号化してしまい、文字そのものを絵画的にみるという考え方をなくしてしまった。特にグーテンベルグ以降は。実は、文字世界というのはそんなものじゃないのだ。その辺、西洋文明は東洋より優れていると単純に考えている莫迦な人たちには分からないだろうが、その辺からちゃんと電子書籍なんかにも反乱が起きるのだ。

 

2011年4月28日 (木)

『テルマエ・ロマエⅢ』は最早定番ですね。問題はこれからだ・・・。

 ヤマザキマリさんの『テルマエ・ロマエⅢ』(ヤマザキマリ著/エンターブレイン/2011年5月7日刊)が出た。それも「驚天動地の映画化決定!! 主演 阿部寛 上戸彩 製作・フジテレビジョン 配給・東宝 製作快調!!乞うご期待!!」という腰巻付きである。

 まあ、腰巻については後ほど触れるが、今回もヤマザキマリさん快調である。が、ルシウスって温泉街って今まで行ってなかったっけ? と考えてみると、確かに行った場所には温泉があったけれども、それが「温泉街」を構築していたのかどうかははっきりしていない。

 で、今回は「温泉街」である。要するに温泉だけじゃなくて、それに伴う「街」というよりは、今はほとんど「町」というしかないような「温泉街」がテーマである。それも「平たい顔族の」。「温泉街」によくある(実は今はない)射的屋とかラーメン屋なんかが取り上げられている。御土産屋とか饅頭屋はいまでもあるが、はたして御土産屋はいいとしても饅頭屋までがイタリアにあるのだろうか、イタリア風の饅頭というものがあって(ラビオリなんかはあるけれども)、それを売る饅頭屋がイタリヤの温泉街にあればおもしろいのだが、多分ないんだろう。だからこれはマンガだけの世界なのですね。

 そう、つまり「もしかしたらそんなこともあるかも」というテーマでスタートしたこのマンガも、順々に話が進むにつれて「そんなことあるわけないじゃん」というお話になって行くのであります。まあ、これはマンガが進行していく宿命みたいなものですね。ということでネタ切れを心配した私なのだが、問題は、そんな「あるはずないじゃん」的世界になった時にも面白い話を書けるかどうかが、まあ、いってみれば漫画家の「実力勝負」なのであります。ということではヤマザキさんは合格なのだろう。だし、そんな合格漫画家だからこそエンターブレインは彼女の企画を採用したのだろう。

 正解である。

 で、問題は「映画化」である。まあ、これ自体が冗談みたいなものであるから、そんな「冗談映画」が作られるのであろう。だいたい、阿部寛が主演ってことは彼がルシウス役をやるってことでしょう。それ自体がフィクション&コメディだよね。上戸彩が主演ったって、じゃあ彼女の入浴シーンを見られるのかな。まあ、入浴シーンを見るったって「水戸黄門」の由美かおる程度のもんでしょう。まあ、それでもいいけど。製作快調なんてのは嘘で、まず今はそれこそシナリオを作っている最中じゃないのかな。

 まあ、いずれにせよ面白い映画が出来ればいいのだ。

 出来たら、ぜひともヴェネチア映画祭に出品してイタリアに売り込んでほしいね。それで日伊友好の証として欲しいものだ(嘘)。

2011年4月27日 (水)

ホリエモン頑張れ! みんな応援しているぞ

 今日は、たまたま高崎に出張に行って帰りに見つけた『テルマエロマエⅢ』が出ていたので、そのことやらどうもこれが映画化(それも実写)されるらしいので、その事やらをかこうかと思ったのだが、それ以上に大きな問題が出たので、それを書きます。

 4月4日のブログ「『君がオヤジになる前に』の前にホリエモンがオヤジになる前に、だ。」で書いたホリエモンこと堀江貴文氏が結局最高裁で上告棄却となり懲役2年6カ月の実刑とした一、二審判決がそのまま通ってしまった。

 たかだか粉飾決算で、それも過去の粉飾決算の事例からするとかなり少ない額だし、おまけに被害者(と自分が言っている人)には損害賠償も払っているし、普通なら執行猶予がついて当たり前の事例である。それが実刑判決というのは、やはりエスタブリッシュメントたる実業界、政治家たちにとってはそんなに当時の堀江氏は脅威だったのかな、という気がする。楽天の三木谷氏とかソフトバンクの孫氏みたいにはうまくなかったからね。

 まあ、裁判所というのは地裁が一番庶民に近く、高裁、最高裁と上がるにつれて、時の政府の上層部の意向を受け入れざるを得ない体質になるのだから、よっぽどの論理構成をして上告をしない限りは最高裁での逆転判決はあり得ないのだが、まあその状況の中での今回の判決なのだろう。このあと当然判決に対する異議申し立てをするだろうが、それが認められることがないだろうから(最高裁が自分で出した判決に対する異議申し立てを求めるわけがないわけだから)、多分この後1カ月位で堀江氏は収監されることになるだろう。ただし、まるまる2年6カ月ではなく、地裁に起訴されるまでの間に4カ月位拘置所に入れられていたので(それも経済犯としては変だよね)実際に刑務所に入れられているのは2年ぐらい、多分その間に恩赦もあるだろうから実質1年ぐらいの収監だろう。

 まあ、この1~2年位の間で取り敢えず体の「デブ」体質を変えるのですな。刑務所の「臭い飯」(今はそんなに臭くはないようだが)を食いながら、次のことを考えよう。まあ、2年間の猶予をあなたにあげたんだから、その分で何かが出来ればいいのだ。宇宙ビジネスだってまだまだ始めたばかりじゃないですか。これからやらなければいけないことはいっぱいある。で、それがそんなにすぐには出来なことばかりなのである。

 さすがにホリエモン。自分が収監されて2年プラス出てこれないことも状況として考えた上での事業計画なのかもしれない。

 ただし、ひとつだけ言ってしまうと、「人生相談」だけはやめろよということである。人生相談は最早「上がった」人がやるもんだ。あなたはまだ38歳。刑務所から出てきてもまだ40歳という若さなのだ。まだまだ若い40歳という場所にたって何が見えるのか、そこに期待したいアラカンなのである。

2011年4月26日 (火)

『フーゾクの日本史』じゃなくて、本当は「男の性の日本史」なのだ

 4月23日に引き続き「エッチネタ」であります。23日は江戸の春画・風俗画から見た、当時の風俗に対する考え方なのであったが、今日は日本の古代から現代までの「フーゾク」に対する考え方を、書かれたもの、「文学」から読んでいこうというものだ。

 とは言っても、それは万葉集からのことであることがちょっと残念である。「万葉集」の中で「遊行女婦」と言われたあそび女・うかれ女と呼ばれた飛鳥・奈良時代の娼婦たちのはなしであるのだけれども、本当はそれ以前からいたはずである。勿論、古代においては貨幣なんかはなかったわけだから、貨幣によって男と寝る女はいなかったわけであるけれども、それなりに「富」とともに男と寝る女はいたはずである。万葉の時代であっても『遊行女婦一人一回のというか、一晩の遊行費(もちろん宴会の花代とそのあとの枕代を含む)は、穀一升か布五尺と言われている』というような書き方をしている以上、それ以前の古代だってやはり妻(その当時「妻」というものが今と違うのは分かっているが)以外の女性とセックスしたいと思った男は、「金」あるいは金に替わるものを使って女との「情」を通じていたわけなのであろう。要は「古事記」や「日本書紀」に書かれていないだけなのである。まあ、それだけ「古事記」や「日本書紀」は神話であり、「事実でない」と言うことを示しているだけなのであろう。そんな意味では「万葉集」が、日本で初めての「神話ではない書きもの」なのだろうということなのだろう。まあ、古代では「妻」と言う存在が絶対的なものではないし、現代のように「妻」に囚われる男もいなかったわけだ。しかし、「イザナミ」「イザナギ」ってやはり夫婦だったんでしょ。ではその夫婦における「貞節」ってのもあったんだろうと思うのだが、如何。

 問題は、江戸時代の男の性である。要は、江戸時代の江戸の世界って、基本的に「男ばっかりの世界」なんだよね。当時は江戸ったって何にもない世界だった。そこに新しい都市を作ろうということなのだから、それは大変な成長世界だった。そんなところには、まず男が来る。つまり、そんな都市を作るための男ばっかりだ。男ばっかりになってしまうので、それはちゃんと「女」もいる世界も出来てきたけれども、それも間に合わず、江戸時代は今以上に「男vs.男」の今言えば「オカマ」とか「カミングアウト」みたいな世界がいっぱいあったらしい。え? 穴ならなんでもいいのかよ。とも思ってしまうが、まあ、そんな世界もあったということですね。うん、アナルセックスも相手が女か男かは別として結構「しまり」がいいようで・・・。

 以降は、様々の書きものに「女」「遊女」「娼婦」は出現する。要は、それだけ男にとっては「女」という存在は大きいということなのだろうけれども、それは「妻」たる女の存在だけではない、男にとって女の存在が「妻」だけであればそれはそれで充足してしまうのである。まあ、少しは充足しない男もいて、妻の他に女を求める男もいるかもしれないが、まあ、それはメジャーではないだろう。まあ、つまり男っていうものはそういう「性」なのだ、といってしまうとジェンダー論者からは絶対に批判を浴びてしまうのだけれども、でもしょうがないよね、やっぱり男ってのは女を求める性なのだから。

 この「男の女を求める性」って何なのかしら。取り敢えず基本的には「男だから女を求めるのは当然」という発想がある。問題は、基本的に「妻」たる「女」がいる男が何故別の「女」を求めるのかということなのである。出張なんかで取り敢えず妻から解放された男が何をするかといえば、まあ、弥次さん北さんの世界ですね。要は、宿場女を買いたがる、ということなのだ。今は宿場女なんていないから、まあそこは・・・ですね。

 何なのだろう。別に私が人ごとみたいに言っているのではなく、自分の経験からも言っているのである。要は、私も出張なんかで東京を離れると思わずうれしくなってしまい、いろいろな「女」を試したくなっちゃうということなのである。といいながら、それは単にその時だけの一時の愉しみがけなのだけれどもね。別に、今の夫婦生活を変えるつもりはない。

 まあ、男の性なんてそんなもんですよ。所詮、妻との家庭を壊そうというほどの覚悟もないし、ちょっとつまみ食いという感じなのだろうな。そんな「つまみ食い」で夫はやってるんだから、妻もちょっとした「つまみ食い」位はいいなじゃないの。たとえば、町で見たちょっとしたイケメンあたりと「ちょっとつまみ食い」位はね。こんなの、「浮気」じゃないんだから、お互いやっちゃいましょうよ。それで、夫婦の幸せが保てるんならいいじゃん。

 ということで、全然、今日の本のテーマとは関係ないことになってしまったのだが、まあ、いつものことなか。それだけ、この本のテーマが意外と「凡庸」だったということ。

「万葉集」から現代の小説まで集めたけど、まあ、読者にとってはあまり意味はなかったということなのですね。 

 残念。

 

 

 

 

 

2011年4月25日 (月)

大学アメフト春シーズン開幕!

 大学アメリカンフットボールの春シーズンが開幕した。

2011_04_24_015_2

 といっても基本的に春シーズンはオープン戦で、東西大学定期戦とかブロック交流戦などで、基本的に同ブロックの試合はない。更にアミノバイタルフィールドとか川崎球場などの施設でやる試合も少なく、どちらかの大学のグラウンドでやる試合が多い。

 で、今日は学習院大学グラウンドで東大ウォリアーズvs.学習院大ジェネラルズ戦を観戦。本来は東大本郷の御殿下グラウンドでやる予定だったのだが、東北関東大震災の関係で東大病院の真ん前にある御殿下グラウンドはドクターヘリのヘリポートとして使うために使用禁止となり、急遽学習院大学グラウンドで開催されることになった。したがって、学習院大で開催されるのだが試合は東大のホームゲームという扱いになったため、東大が水色のユニホーム、学習院大が白のユニホームという形で行われ、試合開始の前には東北関東大震災の被災者に対しての黙祷が行われた。

 試合結果は42対15で東大の勝ちとなったが、結局それは関東一部Aブロック4位と二部ブロック2位の差なのかもしれない。新入生勧誘というのが4月から5月アタマ頃の試合の目的なのだが、せっかく学習院大で行われた試合なのに、学習院大の新入生にとってはちょっとガッカリな結果となってしまったし、学習院大としてもこれじゃあ新入生勧誘の実はあまり上がらないことになってしまうのじゃないだろか。東大にとっては良かったかもしれないが・・・。

 これから1~2週間に一回ずつ試合が行われ、いよいよ6月11日は京都大学、6月25日は防衛大学との定期戦が開催される。

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EPSON RD1s Summilux 50mm (c)tsunoken

2011年4月24日 (日)

生「たぬきち」を見た

 なま「たぬきち」を発見! ったって、阿佐ヶ谷ロフトAのイベントに行ったらたぬきち氏が出ていたということだけなのだが。タイトルは『出版大崩壊と電子書籍の罠 ポスト大震災の出版業界のゆくえ』というなんか、タイトルの前半と後半で関連があるようなないような。で、実際には二部構成になっていて、確かに前半と後半で全く違う内容のイベントなのであった。実際には4月6日のブログで紹介した山田順氏の『出版大崩壊』発刊を記念したイベントなのであるが、山田氏の発案なのかどうかは知らないが、前半が東北関東大震災による福島第一原発事故についてのトンデモ話も含めた話で、後半だけが『出版大崩壊』についてのお話であった。

2011_04_23_007_2 右からヘフェリン氏、山田氏、クローン氏、徳川氏

 司会の文藝春秋社の編集者の人と、山田氏は共通の出演者で、前半は翻訳家で作家にして徳川本家第19代目の当主である徳川家広氏、TBSテレビ『ここがヘンだよ日本人』によく出ていたケビン・クローン氏とサンドラ・ヘフェリン氏という良くわからないとり合わせ。何でも山田氏が光文社の編集者時代に付き合いのあった著者たちらしいのだが、まあ、とにかくこの連中は出版大崩壊の話なんかは関係なく、東電事故のことばっかり。まあ、今一番ビビッドなテーマであることは事実なんだけど、そんなそれぞれ別のフィールドの人たちなので、話はあっちに行ったりこっちに来たり。徳川氏なんかは「地震爆弾」説なんてトンデモ論なんかを始めるし、まあロフトのイベントらしいと言えば言えないでもないが・・・。

2011_04_23_036_2 右から山田氏、たぬきち氏、仲俣氏

EPSON RD1s Summilux 50mm (c)tsunoken

 でやっと第二部になってまともな『出版大崩壊』の話になった。こちらの出演者は先述の司会者と山田氏の他は、最初に言った「たぬきち」氏と評論家でフリー編集者の仲俣暁生氏(「マガジン航」編集人)の4人。

 そこで一番のテーマになったのは、「大手出版社の年収の高さ」だった。たしかに、大手出版社(10社位?)の給料はテレビ局や大手新聞、電通なみに高い。それでもここ数年は毎年少しづつ年収は下がっているけれどもね。それでも高いだろう。大体30代で1000万円クラスの収入にはなるのだ。で、その高収入を支えたビジネスモデルが「出版社は企画と編集だけ、あとは印刷、製本はアウトソーシングでそのまま出版社を経ずに取次に送品し」「出版→取次→書店→読者」という商品の流れと、「再販価格制度」と「委託販売制度」であるということなのだろう(ちなみに今日のイベントでは委託販売制度については触れられなかった)。なぜそのようなビジネスモデルが一部大手出版社の高収入を支えているのかと言えば、理由は簡単、そうした制度を作ったのがそんな大手出版社だからなのである。

 1909年(明治42年)に野間清治が大日本雄弁会講談社という会社を興した時、当時の一大出版社だった博文館は自ら印刷・製本会社や取次、広告会社、洋紙会社まで持つような完全な「垂直統合」型の会社だった。そこで当時のベンチャー企業たる講談社は博文館の逆をいく「水平分業」型の会社として出発したのである。つまり、印刷、製本、広告(多分当時はそれほどの広告収入は講談社はなかった?)、取次、洋紙はすべてアウトソーシングし、講談社は企画と編集だけの会社にしたのだった。多分、博文館が出来た頃はそんな出版関連産業なんてものはなかったので自らそれを興す必要があったのだろう。それが講談社の時代になってからはそうした出版関連産業が興ってきて、それじゃあそんな仕事はすべてアウトソーシングしちゃえば、出版社は電話と机だけがあればいいじゃないか、その方が資本金もいらないし、ということになったのだろう。つまりそれは今の出版社のスタイルである。おまけに、完全買い切り制で運営していた博文館に対して講談社は委託販売制度、つまり売れ残ったら返品していいですよという販売施策をとった。講談社が出来た当時は出版社よりも書店の方が大きかった時代である。つまり、それなりの大資本じゃないと(特に地方の)書店は買い切り制に応じた商売は出来なかったのだったが、それが委託販売制度になってしまうと小資本でも書店を始めることが出来るということになり、(特に地方に)小資本の書店がどんどん出来始めるようになった。そんな小資本の書店は委託販売制の講談社の本を一所懸命売るようになる。ということで講談社の始めたビジネスモデルが出版業界に浸透するようになって、出版業が大きくなってきたのである。

 ここで閑話休題、地方の老舗の書店って実は元々出版社だったという話。つまり、明治初期の出版事情を言ってしまえば端的に言って「大手の全国を相手にする出版業はない」状態だったわけである。ということで、明治初期の文部省が国定教科書を作りたいと思ってもそんなことを引き受ける出版社はないわけで、そこで文部省は全国各県の米屋やら炭屋やらに声をかけて出版を引き受けるところを探したわけだ。で、そんな要請に応えた日本全国の米屋やら炭屋やらが日本で最初の「出版社」になってその県で使用する教科書を作ったわけである。当然、当時は自分で作ったら自分で売らなきゃいけないわけで、出版社が書店も兼ねるようになった。で、教科書を売らない時期にも書店をやっていかなければならなくなり、そんな書店が自分のところで出版するものだけじゃなくて、東京や大阪、名古屋で作った本も売りましょうということになって、いわゆる「本屋さん」が出来たってわけ。

 で、そんなビジネスモデルを作った講談社がいて、そこにその成功をみて同じスタイルの出版業を始めたのが何社かあったわけである。そうした出版社が今の大手出版社というわけ。つまり、新たなビジネスを始めてそのビジネスモデルを成功させた人たちは「創業者利益」というものにありつける権利があるというものなのだ。ということで講談社の野間家とか小学館の相賀家とか、まああとは角川家やら岩波家なんていう「創業者利益」に浴する人たちがいるわけなのである。

 ところが、いまやそのビジネスモデルが壊れかけているわけだ。そんな壊れたビジネスモデルである以上、そこにこだわっていても仕方がないのであり、そんなビジネスモデルは速いとこ捨て去って、新しいビジネスモデルを自ら作り出さないといけないという時代なのだろう。ビジネスモデルは自ら作り出さないといけない。自ら作ればそれは自らの大きな利益になるわけだ。あるいは、自ら作れない場合は、新しいビジネスモデルが出た時に出来るだけ早くそれに対応しなければならない(マネをしなければならない)。そうすればビジネスモデルの発明者程ではないけれども、それに近い利益に浴することはできる。

 電子書籍がそんなビジネスモデルを作り上げるのかどうかはまだ分からない。つまり、今のところ、プラットフォームもコンテンツも、まだ成功例を作っていないからなのだ。ひとつ成功例ができれば業界打って揃ってそちらの方向に動くだろう。はたして、それはどちらの方向なのか。

 ちなみに、出版業界ってマスコミなので大きな動きのように見えるけれども、実は全然たいしたことはないというものを、売上で見てみる。

 出版業界の売り上げが一番高かったのは1996年(バブルのちょっと後、実はこの頃までは「出版は他の業界の2~3年後になって、景気の影響がでてくる」と言われていたのだ。今はそんなことはない。一般経済事情がすぐに影響する)で2兆7000億円くらい。現在は2010年の売り上げが1兆6000億円だからすごい下落ですね。でも、そんなこと言ったって、例えば私がこの業界に入った1975年なんかは1兆円位だったんだから、20年で倍増以上というのもすごい伸び代なのだけれども、まあ、そんな伸び代を見せた業界なんだから14年で1兆円下落なんてのも、まあ当たり前と言ってしまえば当たり前なのだ。だとしたら給料だって下がって当たり前だよね。

 講談社だって創業時は完全なベンチャーキャピタル。給料だって、当時の一般社会からみれば相当低かった筈。それでも「出版」という仕事が面白いからやってるんだという人が多かったんだろうな。今の日本の出版社だって、ホンの一部の大手出版社以外の出版社の社員は決して高い給料をもらっていないと思うのだけれども、でも出版という仕事が面白いからやってるんでしょう。でも、多分そういう小さな出版社から順に、今の電子を含む出版状況の変化に耐えられなくなってやめてしまうんだろうな。何故か、それは経営者にビジョンやら使命感やら、ロマンがないから。

 そう感じたら、それも若い人たちは特に、それを感じたら、速いところそんな会社はやめた方がいいと思うよ。

 インターミッションのBGMはキャンディーズだった、嗚呼・・・。

 

2011年4月23日 (土)

『江戸の春画』といったってここ10年位で日本人がみられるようになったってのはどうかな

 群馬県の太田に行ってきた。北関東自動車道の脇になんか芝桜らしい岡が見える。

Dsc_00071 太田市の「芝桜」ったって、今年初めて作った感じなのでまだまでですね。遠くから見ればいいのだが、近ずくとかなり「すき間」があってまだまだこれからだな、と言う感じ。あ、でも芝桜を見るために太田まで行ったんじゃないですよ。仕事の打ち合わせのついでにちょっとね・・・。

SHARP IS03 (c)tsunoken

 で、高崎までの行き帰りに読んだ本がこれ。

『新版 江戸の春画 江戸人の性愛を描く』(白倉敬彦著/洋泉社歴史新書y/2011年4月21日刊)

 真昼間からなんていう本を読んでいるんだというお叱りは、まあ普通に受けるとして、しかし、面白いじゃないか、春画(浮世絵春画)を通して江戸の人間がどんな「性春」を送ってきたのかを見るのである。結構、今と変わらないかもしれないし、変わっていることもあるかもしれないし。

 一番の問題は春画はポルノグラフィかポルノグラフィじゃないのかという 論争が過去にあったということ。実にくだらないね。別に春画がポルノであろうがなかろうが関係ないじゃないか。要は「ポルノは悪」「藝術は善」という二分法なのであるけれども、そんなに「ポルノ」と「藝術」を分ける方がおかしいのであって、「ポルノも表現」「藝術も表現」ということで、そのどちらにも表現における優劣は付けられないのだ。要は「猥褻であって何がいけなのだ」ということである。

 しかし、面白いのはジェンダー論である。

『浮世絵春画を見ると、その初期から若衆相手の交合図が女の年齢差なしにところに散見できる。いかに江戸の女たちにとっても若衆が憧れの対象であり、なおかつ女の男子を見る眼差しがそこに集中していたかがわかる。女の欲望の眼差しから見ると、大人の男、それもマッチョな男などはその眼中にないかのようだ』というように、普通の男が女を凌辱するという普通の「ポルノ」的な表現形式は、実は春画の世界では普通の表現でもあるけれども、意外とそうじゃない表現もあったのだというところにも思い当たる。

 まあ、でも基本的には「春画」と言うものは男の欲望に応えるものだったんだろうな。大体、男根をやたら大きく描くという方法論からして、それは男性の巨根伝説によるものなのだろう。しかし、男性の巨根伝説に応えるためには女も巨マン伝説にならざるを得ない。ということで、春画の世界では男女ともに大きいマラと大きいホトを持った女がおおいんだろうな。

 いずれにせよ、それだけ自由な男と女の関係があった時代あったのだよなということである。まあ、江戸と言う時代はいろいろ不自由なことが多かった時代ではあるが、その不自由な時代であっても、その不自由さをうまく自分用に作り変えてうまくやっていた連中もいたんだな、ということでおしまい。

 

2011年4月22日 (金)

『消える大学 生き残る大学』ったって問題は「未来図」の描き方なのだ

 いまさらまたまた駄目な大学の話をよんでもなあ、という気持ちにさせるのかという思いもあったけど、取り敢えず読んでみた。

『消える大学 生き残る大学』(木村誠著/朝日新書/2011年4月30日刊)

 そしたら、結構いけてるところもあるじゃないかよ、というのが本当のところだ。

 目次は以下の通りだが、その各章の終りにある「ロラム」が結構いけてる大学のことを書いているのだ。

第1章 短絡的な競争原理にさらされる国立大学

第2章 存在価値が問われる公立大学

第3章 生き残りをかける私立大学

第4章 6年制で分かれた医・歯・薬学部の明暗

第5章 淘汰時代が始まった法科大学院

第6章 大学と企業の断絶―就活の悲喜劇

 とはいうものの、第1章における旧七帝大+αの大学に関しては、日本という国がなくそうというつもりはないだろうから、まあ安泰だ。問題は教育系の学部が多い地方国立大学(旧二期校)とか公立大学だろう。地方における小中学校の教師を輩出してきたこうした地方国立大学の衰退は、国の小学校・中学校・高校の教育にかかわる問題なので、とても重大な問題であろう。要は、中学・高校時点での勉強が大学の勉強・研究にかかわるということを考えれば、ちょっとこれは大事な問題だということは分かるってものだ。ここが大事だということを考えないで大学教育だけを考えるというのはちょっと違うぜ、ということである。

 あとは、私立大学がどうなろうと、それは私学自身の問題だろうし、法科大学院だってそれは大学院を作った大学の問題なのだ。

 要は、そんな新制度に従って新組織を作ってもいいけど、その時にどんな未来図を作って新組織を作るのかということである。その未来図には当然、今の若者の人口やら指向性やらが入っている筈である。そんな未来図の中に自分の大学がうまくフィットしているかどうか、が大事なことであろう。って、これって企業の未来図にも言えることだよね。そんな未来図が描けるかどうかがこれからのすべての社会において求められているのだ。

 大学や企業だけじゃない、地方公共団体も国も全てがその未来図をどう描けているかが要求されているのだ。例えば、原発に被災した福島県にどういう未来図を描くのか、津波被害にあった岩手県にどういう未来図を描くのか、ということが「復興」なんてことを言っている政府の中にあるのかということが重要だ。問題は「復興」じゃなくて、どういう「未来図」を描くこと、その未来図にむけてどういう努力をするのかということではないのだろうか。

 はたしてそれらの国や地方公共団体の「未来図」ってどういうものなのだろう。「復興=元に戻す」じゃなくて、それこそ未来に向けてどんな再生地図を描くのかということである。

 それが結果として、地産地消の原則に則って、じゃあ電力も東京電力の自分の地域で発電して使えよということになることもあるだろう。実はそれが同然である。で、皇居のそばに原子力発電所を作ればいいという発想もあるわけだ。水もあるし。新宿の都庁地下に作るという手もあるかもね。

 まあ、リスクもメリットも双方受け取るというのがいいのでしょう。いままで、リスクは地方、メリットは東京という一方的なやりかたに慣れてしまった、われわれ都民としてはね。

 と、まあ大学論争からは離れてしまったけれども、結局は同じでしょう。要は、地方にリスクを押しつけて、メリットだけをいただいてきた東京としては。

 そんな東京都知事に三たびなってしまった石原〈天罰〉慎太郎氏はどうするんだろう。東京もリスクを負うべきだという「真っ当な」理屈にどう対処するんだろう。

2011年4月21日 (木)

レンズ至上主義!

「写真はレンズが撮る」というのは当然である。カメラは「暗箱」にすぎない。

『レンズ至上主義!』(赤城耕一著/平凡社新書/2011年4月15日刊)

 ということで、写真家がレンズにこだわると言うのはよくわかる。これはアナログカメラであってもデジタルカメラであっても同じである。レンズの「ボケ味」とか「コントラスト」とか「軟らかい表現」とかなにかも同じである。要は、レンズというものは所詮「光をどうやって箱の中に閉じ込める」ものなのかというだけのものであり、なおかつ「三次元の世界を二次元の世界に閉じ込める」ものなのだ。そんなレンズについての話は所詮「蘊蓄」に存する話でしかない。

 そんな蘊蓄話を一杯詰めたのが本書である。結局、田中長徳氏なんかもいろいろなところでこうした「レンズ話」を語っているが、つまるところ「レンズ話」は「蘊蓄話」でしかない。では、そんな問題を抱えたレンズが今後生き続けていられるのかと言えば、結局そんなレンズは早いところ市場から消えてしまうだけであり、でもそんなレンズが後のメディアで「こんなクセ玉が面白い」とかなんとか言われて、おまけに市場に出ている数が少ないだけにやたら高価になってしまうという、逆転現象がおきたりするのである。まったく、カメラ人間たちの勝手な振る舞いとは何ということであろうか。

 カメラについても同じである。そのカメラの実効時期にはやたらそのカメラについての批判記事を書きながら、そのカメラがそんな批判記事のおかげで製造中止になった後からは、そんな変なカメラがあってもいいなんて記事を再び書くのである。例えば「コンタックスT2」であり「コンタックスG1」「G2」なんかはまさにその標的になったカメラである。一方、写真家たちはニコン、キャノン、ライカについては批判的な記事を書かない。

 京セラなんかの新規参入企業には厳しいことを言うくせに、(日本では)昔からのニコン、キャノンには批判をしない、ライカやカール・ツァイスには批判をしない、というのはまさしく東電に対して批判的なことを書かなかった日本の評論家・ジャーナリストと同じじゃないのか? とにかく、自分の思ったことをちゃんと書きましょう、ということでは日本のカメラ産業から何の関係もないブログ人間あたりが何かを言わなければいけないのかもしれない。

 とにかく、写真は「レンズ」なのである。Photoshopなんかで修正が出来るとはいうものの、それはとりあえず写し取った写真の「大本」がちゃんとしていなければいけない。その大元の写真画像をどうやって変えるのかがPhotoshopなんだから、元々の写真がちゃんとしていなければいけないのだ。

 ということで、「ちゃんと写真を撮りましょうね」ということなのだった。

 機材の問題ではない。

 

2011年4月20日 (水)

『ニッポンの書評』というのはやっぱりガラパゴスなのだろうか

 書評と批評が違うのですか? ということを思いながら、でもやっぱり「書評家」という人たちって、その違いに思いを及ぼすのだろうな。

『ニッポンの書評』(豊﨑由美著/光文社新書/2011年4月20日刊)

 基本的なことを言ってしまうと「書評」も「批評」も同じだと思う。本書ではは書評は800~1600字位の短い文の評論、批評はそれ以上の2000字以上の文章だという分け方をしているのだが、そんなことは関係ないじゃないか、800字であっても寸鉄を漏らさぬ大批判、という批評もあっていいのかもしれないし、3000字を費やしても、原著作に一歩も近寄れない批評もあるのだ。問題は「批評」とか「書評」の「質」であるし、要は「書く中身」の問題だろうし、「書く方法論」の問題なのだ。

「書評で何を書かなければいけないのか」ということは、多分何もないだろうな。 つまり、書評ってのは何を書いてもいいのである。人によっては「書評は粗筋の要約+α」であると考える。あるいは昔映画評論家の松田政男氏が言ったように「映画批評は党派性だ」という考え方もあるかもしれない。あるいは極端な例としては批評は「実はその対象物(本や映画)について語るような方法を用いて自分の言いたいことを書くメディア」であるという考え方もある。実は、私の批評についての考え方はこの「極端な例」に属するものなのだが、それも批評の一つであり、批評の読者がその書き手の個性を読み込んで、その批評の対象となった本や映画を読みたい見たいと思うようになるかどうかが肝心なのである。

 豊﨑氏が巻末の対談で話すように『どんな本を選び、どのように紹介し、どうやって褒め、批判するか、そのすべてに書き手の教養や魂のありようがあらわになるのが書評だからです。”わたし”が何を正しいと思い、どういう行為や考え方を下品だと思っているかが全部出る。まあ、書評に限らず、ものを書く、ものを表現するということは、みんなそうなんでしょうが、他人様の創造物をネタにおまんまを食べるレビュアーという仕事には、とくにその矜持が大事だと思う次第です』ということなのだ。つまり何を書いてもいいのだが、基本的にその批評の対象物にたいする愛というようなものが大事なのだということだろう。

『わたしはよく小説を大八車にたとえます。小説を乗せた大八車の両輪を担うのが作家と批評家で、前で車を引っ張るのが編集者(出版社)。そして、書評家はそれを後ろから押す役目を担っていると思うのです。

 たとえ新刊を扱うにしろ、作者の過去の作品にまで敷衍し、一部のエリート読者以外には理解が難しいテクニカル・タームを駆使して、当該作品の構造を分析し、その作品が現在書かれる意味と意義を長文によって明らかにする批評は、作者にとって時に煙ったい、しかし絶対に必要な伴走者的役割にあると、わたしは考えています。

 一方、書評家が果たしうる役目はといえば、これは素晴らしいと思える作品を一人でも多くの読者にわかりやすい言葉で紹介するということです。』

 ということ。しかし、時には批判的なことも書いてしまうという豊﨑氏の書き方は正直だ。それでいいのである。なんでも書きたいことを書く。そしてそれが読者に読まれる以上は、書評もまた文芸作品のひとつであり、厳しい読者の批評下にあるのだ。

 パブリシティであると同時にエンターテインメントであるという批評の立ち位置が面白いじゃないか。

2011年4月19日 (火)

『不道徳な経済学』と言ったって、結局は全然不道徳でもない、単なるガキの言い草だったりして

 結局、コミュニタリアン的な政府の元で勝手なことを言っているだけなんだよな。

『不道徳な経済学――擁護できないものを擁護する』(ウォルター・ブロック著/橘玲(超)訳・文/講談社+α文庫/2011年2月20日刊)

 著者のウォルター・ブロック氏はリバタニアリストとしても一番極端な「アナルコ・キャピタリスト(無政府資本主義者)」だそうだ。つまり、政府による産業に対する規制やら口出しに対して一切反対し、とにかく市場の任せるままにしておけ、結果として犯罪が増えてもそれは市場の自然反応の中でやがて減って行くだろうという、小さな政府というよりは「無政府」にしておけという立場なのだ。『すべての不幸は国家によって引き起こされている』という考えのもと、近代において成立した功利主義的なケインズ経済学・政治学に基づく現代のコミュニタリアニズム(共同体主義)的な政体を一切否定し、中世の国家・政体が安定していない時期の「レッセ・フェール(自由放任)」主義的な政治・経済を善とする考え方なのである。

 すごいよなこれは。現在の政体・経済構造に対するアンチとして言っているのなら分かるが、そのアンチとして言っているだけにとどまらず、次期政体(つまり革命政体)としてそんなことを言っているのだったら、それは単なる「バカ」としか言いようがないではないか。だって、今の政体を変革して別の政体を作ろうとしたのならそれは「革命政体」でしかないのであるが、そんな革命政体は基本的に「政府の権限が極限的に大きくなる」のが自然である。今の政体を壊そうと「無政府主義者」が動いたとして、もしそれが成就したのならば「無政府主義者の極限的に大きな政府」という自己矛盾が生じるだけなのである。

 取り敢えずウォルター・ブロック氏が「擁護できないものであるが敢えて擁護したのは」『売春婦/ポン引き/女性差別主義者/麻薬密売人/シャブ中/恐喝者/2ちゃんねらー(インターネットの匿名投稿者という意味:tsunoken注)/学問の自由を否定する者/満員の映画館で「家事だ!」と叫ぶ奴/ダフ屋/悪徳警察官/ニセ札づくり/どケチ/親の遺産で暮らす馬鹿息子/闇金融/慈善団体に寄付しない冷血漢/土地にしがみつく頑固ジジイ/飢饉で大もうけする悪徳商人/中国人(原著では「日本人」だったそうだが、ここでは中国人になっている。しかし、〈アメリカ対日本=ドル対円〉という基軸通貨を巡る話と、〈日本対中国=円対元〉というローカルマネー同士の話は全く違うのでこの「超訳」は経済学的にはあまり意味はない、原著のままの方がよかった:tsunoken注)/ホリエモン(要は「ボロ儲けをする企業化」ということなのだが、ホリエモンに関しては、別に必要以上にボロ儲けをしたわけではない、むしろ普通に起業して突然うまくいってしまったから、既存の資本家から忌避されて、無理やり刑事告訴人にされてしまったリバタリアンからすれば単純な「被害者」ではないだろうか:tsunoken注)/ポイ捨て/環境を保護しない人たち/最低賃金を遵守しない経営者/幼いこどもをはたらかせる資本家』ということであるが、ではそういう人たちを擁護したらどうなるのか。売春婦やらシャブ中は今後政治的にもOKになる可能性はなくもないが、まあ、ようは社会紊乱という問題から規制され続けられるだろう。

 で、ウォルター・ブロック氏はそんな奴らに騙されたり、殺されたりしても文句は言えないだろうけれども、でも騙されたり、殺されたりしたら、やはり自分を騙した奴や、殺した奴を恨むだろう。いやしかし、恨んだりはしないのかなあ。それだったらすごいし、自分の娘が最低賃金を遵守しない経営者に雇われて搾取し続けられても普通にしていられるんだろうなあ。自分の妻がよその男にレイプされても(浮気だったらもっとね)文句は言わないだろうし、そんな無政府状態がいいと考えている人なのだ。

 その他、ウォルター・ブロック氏が書いたけれども、日本では理解できないかもとして橘氏が翻訳しなかった「擁護できないものであるが擁護した」人たちは『宣伝屋/白タク運転手/スラム街の不在地主/スラム街の商人/ブローカー/露天掘り炭鉱夫/非組合員/価格破壊者』である。まあ、リバタリアンが言いそうなことを考えてみれば分からないことではないね。

 しかし、こうしてリバタリアンが勝手なことをほざいていられるのは、実はコミュニタリアン的な政府がしっかりしているからのだ。要はコミュニタリアンへの攻撃材料としてリバタリアン的なことを言っているが、結局はそれはコミュニタリアン政府の保護があるからこそなのである。

 まあ、それが反政府派の皮肉なんだけれどもね。60年代末の過激派反政府派も結局はそんな立場だったんだよな。要は、政府の大きな政策のなかで泳がされていただけのことで・・・。

 

2011年4月18日 (月)

寄居・鉢形城址

 埼玉県寄居町に行った。といっても寄居に名産があるわけでもなく、取り敢えずは秩父往還の宿場町だったというだけの場所ではある。宿場町と言えば宿場女であるが、秩父往還自体が甲州街道の裏街道の青梅街道の裏街道という位置づけなので、そもそも旅人も少ない街道だったのだろう、勿論、宿場の飯盛女もいただろうけれども、そんなに賑やかな町ではなかったのかもしれない。

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 問題は、この寄居町の中心街とは荒川を挟んで対岸にある鉢形城なのである。おおもとは平将門の時代まで遡るようだが、史実として今でも資料が残っているのは1476年に関東管領の上杉氏の家来の長尾景春だそうだ。

 荒川がまだ上流の方で、両岸が険しい崖になっているところなので、それを天然の要害として築城したわけである。それが今「本丸」と書かれている「伝御殿曲輪」の場所にある。確かに、伝御殿曲輪の場所に立って見ると今の寄居市街が全部見渡るようになっていて、当然寄居町だけじゃなくてその周辺まで全部見えるわけで、さすがに砦としては優位な場所にある。

2011_04_17_018_2 「本丸」って書いてあるけれども、本当は「伝御殿曲輪」なのだ。

2011_04_17_021_2 で、その「伝御殿曲輪」から見た寄居町の中心街。荒川を挟んで反対側が町の中心地なのだ。

2011_04_17_044_2 その逆から「伝御殿曲輪」を見る。えっ、どこがお城? と言うかもしれないが。真ん中の方に展望台があるでしょ。そこが「本丸跡」。

 山城と言うほどには高い山ではないのだが、川があるおかげでその分「山」的な部分が上がっているのだろうか。

 おまけに、本丸の裏側には深沢川という小さな川なのだが、渓谷のように切り立った崖が両岸を形作って、城のちょっと先で荒川に注いでいる。つまり、本丸を荒川と深沢川挟んでいてそれが多分内堀のような形で城をまもっているのだろう。

2011_04_17_008_2 深沢川の渓谷部分。もうちょっと上流に行くと瀧もある。

 で、深沢川の外側には外曲輪が出来ていて、それは土塁と空堀で守られている。と、そうしてみると、結構この鉢形城って、昔の城にしては随分広い城なのだということが分かる。

2011_04_17_002_2 で、これが外曲輪の土塁です。桜は今が満開かな。

EPSON RD1s+Summicron 35mm (c)tsunoken

 で、この城の下には城下町跡などがあるというのだけれども、むしろ城下町風情が残っているのは荒川対岸の寄居町の方であり、そこは当然、秩父往還の宿場町だから当たり前なんだろうけれども、残念ながら城があった方には城下町といってもなんとなく農村風景が残るだけなのである。

 いずれにせよ、1590年の豊臣秀吉による小田原攻めの際に鉢形城も浅野、本多、鳥居の連合軍の攻撃を受けたのだが約1カ月の籠城戦を戦ったという記録があるそうだ。まあ、確かにこれだけ周辺に農村風景が残っている場所なら籠城戦というのも、闘い方の方法論としてはあるのだろう。私は籠城戦というと安田講堂の籠城戦しか知らないので「そんなの持つわけないじゃん」と考えてしまうのだけれども、結構、中世あたりは籠城戦というのも戦い方としてはあるのかもしれない。籠城戦というのは局地的には「負け戦」でしかないのだけれども、籠城している間に周辺の状況も変わってくるかもしれなし、本隊が助けに来てくれるかもしれないという部分では、「勝ち戦」に転じることもあるかもしれない、ということなんだろうな。

 しかし、攻める側よりも圧倒的に少ない軍勢で戦わなければならない際の、自らの軍勢の敗北を前提にしながら、本隊が勝つために戦争を長引かせる方法としての籠城戦である。もともと、悲劇戦なんだよな。

 という、戦い方にもいろいろあるんだよな、ということをお勉強した一日でした。

2011年4月17日 (日)

西新井大師

 西新井大師といいうのは一般名称で正しくは「五智山遍照院總持寺」という、真言宗豊山派の寺である。本堂は浅草の観音様(浅草寺)よりも大きい位、実は結構大きなお寺なのであり、関東三大師の一つとして正月の初詣なんかもたいそうの人出で賑わうのである。

 弘法大師がもたらしたとされる加持水の井戸が境内にあり、その井戸が本堂の西側にあったので「西新井」という名前の由来になったということであるが、えっ、本堂が出来たのと井戸が出来たのとの順番がよくわからないなあ、というあだしごとはまあ取り敢えず置いておいて、まあお大師様なのである。

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 つまり、私の小学生のころから初期サラリーマンになるまで住んでいた場所であり、昔から「お大師様」といって親しんでいた場所であるし、1966年に火災があるまでは、昔の本堂下で友人とヘビ取りをしていた思い出なんかもある場所でもある。まだそのころは本堂下にホームレスの人が住んでいたなんてことはなかった。つまり、1966年の火災はそんなホームレスの火が原因だったということになっているのだが。そんな近所の普通のお寺が、へ~えそんなに有名だの? てなところであるが・・・。多分、浅草の観音様なんかも地元の子どもにしてみれば、単なる子どもの時の遊び場にすぎなかったところが、そんなにすごいところだったの? ってなもんだ。

 で、久々にそのお大師様に行ってみたわけである。 

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 相変わらずの門前町風景である。鰻の蒲焼屋さんと煎餅屋さん、草団子屋さんがメインの門前町であるが、考えてみれば柴又の帝釈天よりは大きくない。元々は帝釈天と西新井大師とはそれぞれ規模やら参詣者をあらそうよきライバルだったそうだが、問題は松竹が(というか山田洋次が)柴又帝釈天をロケ地に選んでしまったという理由によって、帝釈天にその地位を奪われてしまった・・・って何の地位?

 まあ、のんびりするなら西新井大師かな。今日のような天気のいい日に、西新井大師に詣でて、そのあとには門前町で鰻で一杯というのも、なかなか気持ちの良いものだ。

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 で、今西新井大師では「花まつり」というのをやっていて、4月1日なか5月15日まで開催中だそうだ。といっても、「桜、牡丹、藤、芍薬、菖蒲、紫陽花」が順番に咲きますよというだけのことであり、今は桜も藤もなくてちょっと花まつりとしては休止期間かなというところである。西新井大師といえば藤棚が有名だが、それも今は見られないということで、一番何もない時期のお大師様なのだが、それでもまあちょっと行って、ちょっと飲んでというのが楽しいのだ。

2011年4月16日 (土)

『東京ファイティングキッズ』って、何て無責任なタイトルなのだろう。全然内容を表してないじゃん。でも、面白い。

 いやあなかなか中身の濃い対話でっていっても「ネット対話」なんだよね。でも、テーマ大杉。まあ、何度もブログ・ネタには出来ますけれどもね。

『東京ファイティングキッズ』(内田樹・平川克美著/朝日文庫/2007年5月30日)

 そうか「ネットスケープナビゲーター」が発売されたのは1994年のことだったのか。ということはまだ私はマックユーザーでパソコン通信なんてのをやっていたころだ。インターネットなんてまだまだ一般化してなくて、ほとんどのパソコンはスタンドアローンで使っていた。そんな頃、はやくもインターネットの可能性に気がついたニューヨークのヘッジファンドに勤めていたジェフ・ベゾスが設立したのがAmazon.comである。単なるネット通販会社でしかないアマゾンであり最初の数年間は赤字を垂れ流し続けていた。ところが、株価はどんどん上がって行ったのである。

『投資家たちはこの会社の将来価値に対して投資をし、巨額のお金がこの会社に集まりました。そしてお金が集まったというそのことが、この会社の現在価値(株価)を上げたのです。ITバブルの始まりでした』

 と書くように、まさにこのころからアメリカ経済は実体経済から離れてしまいレバレッジド経済の方へ、ジャンクボンド経済の方へ進んでしまい、その結果、経済覇権を日本からとり返したのだが、一方リーマンショックに見られるバブル経済へと突っ走ってしまったのである。

 で、多分経済におけるこうしたバブル状況が、政治面でのグローバリズムに繋がっているのではないだろうか。つまり経済におけるリバタリアニズムがどんどん規制緩和の方向に向かっていくように、グローバリズムという政治形態で国と国の国境を無くしていってしまい、世界中が一つの国になればいいという発想なのだが、問題はアメリカ人にとってはアメリカ合衆国というものが実はインターナショナルな存在なのであり、とすると「インターナショナルな場で通じる英語(米語)をみんな喋れ」と言うことになったり、ということは「アメリカと文化を一にする国だけがグローバリズムの対象であり、それ以外の周縁国家はなくなってもよい」という発想になるのだ。

 アメリカ人にとってはアメリカ合衆国自体がインターナショナル、という発想は本当にあって、例えばF1のアメリカGPとかデイトナ24時間耐久レースなんかを主催しているアメリカ国内のモータースポーツ統括団体がInternational Motor Sports Associationなんてとんでもない名前がついていたりするのだ。本来ならばNational Motor Sports Association とかAmerican Motor Sports Assochiationとか言う方が普通だろと我々日本人は感じてしまう。その昔、アメリカのモータースポーツ団体の名前がIMSAだったことを知った時は、本当にアメリカ人ってバッカだなあと考えたものだ。だからアメリカ人は日本に来ても日本語を話そうとはしないし、というか世界中で英語(米語)が通じると思っている、世界で一番の田舎者(アメリカ以外の世間知らずっていう意味です)であるにもかかわらず(あるいは世界で一番の田舎者だからこそ?)、皆に英語をしゃべることを強制するとんでもない人種なのだ。

『エイミー・チュアというイエール大学の若い学者は、壮絶な南北格差が世界に混乱と流血を生み出している現実を活写しています。世界規模で広がる富のとてつもない格差は、それが自由な競争の名のものとに行われながら常に勝者をアングロ・サクソンと華人にもたらす結果となり、やがて民族紛争という形で噴出してくりことになります』『エイミー・チュアも指摘していますが、市場主義の自然過程であるグローバリゼーションは、エスニシティの間に必然的に憎悪を生み出すということだろう』そして「正規軍vs正規軍」といったような対称的な戦争はもはや起こり得ないという状況の中では、ゲリラ戦とかテロしか闘う方法がないのである。テロリストと言ったって、実は昨日までは普通の生活を送っていた彼だし彼女なのだ、それがある日自ら爆弾を抱えて自爆テロに行くのである。それがいまや日常風景になってしまっている国・地域があるという現実。そんな状況を抱えて生きていかなければならない我々の日常を考えれば、グローバリズムやら、アメリカ発のデフォルト・スタンダードなんかには従わないという姿勢が必要だし、東日本震災における米軍の「オペレーション・トモダチ」には感謝しつつも、オキナワは別よという姿勢も必要だ。

 最後に、この本が出版された時点では予想もされていなかったことだが、面白いことが書かれてあったのでそれを紹介;

『危険にはriskとdangerがある、というのです。

「リスク」は統御できる危険(つまり既知の危険)、「デインジャー」は統御できない危険(つまり未知の危険)です。

 リスク・ヘッジが可能なのは、既知の危険因子についてだけです。テース・スタディで対処の仕方が分かっているトラブルだけです。

 でも、デインジャーというのは、「リスク・マネジメント」のやり方そのものの「進化」を要求する種類の危険のことです。これにはできあいのシステムでは対処できない。リスク・マネジメントのシステムそのものを可塑的な状態に維持しておかなくてはならない。

 平川くんが批判していたMBA的な知性というのは、言い換えると計量可能な「リスク」には対処できるけれど、みたこともない「デインジャー」についてはその可能性さえ考えたこともない人たちのことだと思います』

 って、まるで今の東京電力の「想定外の出来事なので」という発言と全く同じなのだ。じゃあ、想定外の事故(それも「事象」なんて言い換えをしているが)が起こったら、それは想定外なので答えを出さなくてもいいのか? ということじゃないでしょう。それが「risk」だろうが「danger」だろうが解決しなければ前へ進めないのだ。まあ、銀行や証券会社当たりでの金融事故(事件)だったら、そこで思考停止して会社を潰せばいいだけの話である。原子力発電所はそういう存在じゃないでしょう。今後、数百年、数千年にまで被害を及ぼす可能性のあるものなのだ。そんな、今生きている我々が生きていて保証できないような時代にまで災厄を及ぼすよなことをしちゃまずいんじゃないか、やっぱり。

『「アメリカン・グローバリズムに洗脳されて思考停止に陥っている日本人」というのはいまの日本社会のシステムそのものが構造的に生み出しているものだと思いますから、このシズテムをもうちょっと何とかしないとまずいんじゃないかとは思います。』というのは全く正しい。東電も、原子力安全委員会・保安院もどうにかしないといかんと思うのだが、まず無理だろう。

 取り敢えず東電は解体して、でもどうせ引受先が同じような民間企業だったら東電と同じことをするだろうから、例えば電力開発会社は地方公共団体の配下においた企業として、もうひとつ電力販売会社を作って、その場合は地域独占は一切なしで競争させるってのはどうでしょうかねえ。「いやあ、うちは原発の電源買ってますからお安くできまっせ」なんてセールストークが出たりして。

 とまあ、ちょっと前の本であるにもかかわらず、いろいろ今の事件・事象(って言葉にも慣れてしまった)に絡んで読めると言うのは、まあそれだけユニバーサルなことを話しているということなのだろう。

 その他、大学における実学教育が無理だっていう、昨日も書いたけど、そんな話とか、「ルイ・ボナパルトのブリューメル18日」とかの噺なんかも面白そうなのだけれども、それはいずれまた、ということで今日はおしまい。

 まあ、「インターネット→レバレッジ経済→ジャンクボンド→グローバリズム→アメリカン・バブル崩壊→で、結局、アメリカ発の(としか言えない)テロ」という連関で世界は暫くは動くのだろう。日本国もそれに付き合うのかなあ。

 その前に、国内では東電を何とかせいよ、何とか。やっぱり「独占企業は腐る」というのは本当ですね。

2011年4月15日 (金)

『就活地獄の真相』というほどには真相に迫ってはいない。むしろ、大学が多すぎることが問題なのだ。

 大学を出たからといって就職ができるとは限らないのは当たり前であって、だって大学は就職のための勉強をするところではないのだ・・・と考えていたら、最近はそうでもないのだった。

『就活地獄の真相』(恩田敏夫著/ベスト新書/2010年12月18日刊)

 だいたい、人口縮小で経済的にはシュリンクする状態の日本で、何故か大学入学人口だけはバブルのように増えていき、いまや高校卒業生の50%は大学に行く時代、つまり入学先を選ばなきゃ、誰でも大学に入れる時代なのだ。そんな時代にありながら、大学生の就職先ランキングを見れば相変わらずの大企業志向だし、そんな上位100社くらいのところに就職希望者が殺到するわけで、それもインターネットで就職希望先へ願書提出ったって、会社はそんなに新入社員はいらないというところで、結局就職が希望が叶わなく就職浪人をする人が40%も出るのは仕方のないことなのだ。

 ということで、下記のような負のスパイラルになる。

『優秀な人材をライバルより先に確保するための企業の採用活動早期化

     ↓

学生が学び(就活が始まる三年次は学問・研究にエンジンをかける最も大切な時期)よりも就活を優先

     ↓

学生が授業に出ない、勉強しないことによる大学教育の空洞化

     ↓

学生の質低下、社会に出るための準備不足学生の増殖

     ↓

少ない優秀な人材の奪い合いで、更なる採用活動の前倒し』

 そこで大学側は「わが大学に入学すれば就職は大丈夫」ということを言いたいがために、学生の「就職に役立つ科目を増やし、企業から求められる人材を育成することばかりを考えて」つまり「実学重視」の方向に行きたがる。ところが、だいたい大学なんてところは「社会に出たくなくて、なおかつ自分の勉強してきた科目や研究科目を引き続き学びたいと言う『勉強オタク』が大学院に行って、助手、準教授、教授に残る」という、実は世の中で一番浮世離れした場所なのだ。大学に行くというのは、人生のなかで貴重な四年間をそんな浮世離れした場所に通うという、その後の人生を豊かにさせるためのまさしく「無駄な」体験なのである。したがって、そんな四年間を実学の為に費やすなんてことをするならば、いっそのことその四年間で社会に既に出て給料を稼いだほうがよぽどましってな位である。むしろ世の中の為にならない無駄な学問を学ぶべきところが大学なのだ。

 それでもなおかつ就職率をアップさせたいのならば、いっそのこと、東大、一橋、東工大、早慶上智、MARCHクラス及び自分のところもそれと同クラスだと考えている大学は、就職のことは考えずに学問だけをやる大学として他の大学と分けてしまい、それ以外の大学及び新設大学はとにかく就職のことだけを考えた教育をやる大学、と言う風に分けたらどうだろうか。そうなると前記の大学の入学希望者が減るだろうか? いや、多分減らないのである。おまけに、結局はそうなっても今の就職状況はあまり変わらないのかもしれない、とも思えるのだ。つまり、企業側だってバカじゃないから、四年間の無駄な時間を費やしてきた学生のそれから先の可能性のほうにかけるのであって、四年間社会に出たときの実学ばっかりやっていた学生の「伸びしろ」の小ささにはかけないのだ。

 で、結局は新設大学の就職率は上がらず、「就活地獄」は変わらないと言うことになるのであろう。

 多分。

 むしろ、大学は就職予備校じゃないよ、無駄な四年間を過ごすところだよ。したがって、大学では就職の為の手助けはしないよ、って開き直ったらどうだろうか。そんなこと言ったら大学は潰れちゃうよ、というのだったらそんな大学は潰れたほうがよいのだ。で、適正な大学の数になって、そうなれば大学生の数も減って、大学の就職率も上がることになる。

 それで万事オーケー。

2011年4月14日 (木)

『映画の構造分析』と言う以上に大事なのは「映画の経済分析」なのだが

 すぐれた映画評論(批評)というものは、「映画について語ったおしゃべり」ではなくて「映画を使って自らの哲学を語るもの」なのである。

『映画の構造分析 ハリウッド映画で学べる現代思想』(内田樹著/文春文庫/2011年4月10日刊)

 つまり、内田氏が「文庫版のためのあとがき」に書くように、『映画のレビューは雑誌や通販のカタログでいくらでも読めるし、ネット上でも個人で映画評を書いている人がいくらもいるからです。けっこう面白い映画評が無料で読めるときに、わざわざお金を払って映画評だけの本を買う人はあまりいません』という、映画の本が雑誌やなにかでは評判ではあっても、その書籍は売れないということを書いているのだが、じゃあ何でそうした「映画評」の本が売れないかと言えば、それは読者が映画を見てしまえばそこで「映画評」は終息してしまうからなのだ。そうした「映画評」は結局、読者がまだ映画を見る前の段階で「これはどんな映画なのか」を知るためだけに使われてしまい、映画を見た後はその読者(映画の観客)自身の個々の「映画評」が出来てしまうからなのだ。つまり、それは、実は「映画評」ではなくて「映画評判」でしかないのだ。まだ見る前の映画についての「評判」を高めるだけの、言ってみれば「映画のパブリシティ」なのであります。こうした、「映画のパブリシティとしての映画評」という発想は、なるほど映画の配給会社からしてみれば当たり前なのであるが、その実態に私もあったことがある。

 私が学生評論家として『キネ旬』なんかに映画評を書いていた時、あるジャンルの作品群をずっと評価していたのだけれども、そのおかげでそのジャンルの映画を配給というか製作もしていた会社から、毎回新作が出来るたびに試写状が送られてきた。「いやあ、俺もこれで少しは映画評論家の仲間入り(?)」なんて喜んでいたと思いねえ。しかし調子に乗って、ある作品をクソミソにケナシ、それが『キネ旬』の編集者が面白がって掲載しちゃったんですね。まあ、そしたら見事に次からは試写状が来なくなてしまったので、またまた金を払ってそのジャンルの映画を見なければならなくなった、というオソマツ。まあ、要は「映画評」なんてその程度の「パブリシティ」でしかないのだ。ということもあったので、自分が映画製作者になった時には、そんな批判的な人たちにも気を配ったのだが、もはや時代はそんな時ではなく、体制翼賛的な批評ばっかりの時代になっていて、いやあ残念。もっと「アキラ」とか「ああっ 女神さまっ」を批判してくれてもいいのになあ。

 ま、ということですぐれた映画批評というものは、映画そのものを語ることではなくて、映画そのものを語るようにしていながら、実は自らの哲学やら、実存やら、構造主義やら、現象学やら、記号論やら、存在論やら、やらやらを語っている文章なのだ。古今の書籍として出版された映画評論というものは、実は作家などが書いた映画評(池波正太郎氏なんかは有名ですね)を除いて、すぐれた評論家が書いた評論集としてはみんな「映画とは別の価値を示した」評論なのだ。

 ということで、内田樹氏の映画評論もその系統に入る『映画について語っているようでいて実は自分の哲学を語っている評論』なのである。例えば『エイリアン』(リドリー・スコット監督)について語るとき、シガニー・ウィーバー演じるリプリーを『ハリウッド映画がはじめて造型に成功した「ジェンダー・フリー」ヒロインなのです』と持ち上げる。しかし、同じリプリー(やはりシガニー・ウィーバーが演じている)が『エイリアン2』(ジェームス・キャメロン監督)では「闘うヒロイン」としては目立っていたが、一方ではやはり昔風の「女」になっていることについての論究はない。でも、私個人的にはこの『2』の方のシガニーがいいんだけれどなあ。セクシーだし。

 同じように『大脱走』(ジョン・スタージェス監督)についても、その「脱走」の気持ちよさ、特にスティーブ・マックウィーンのカッコよさではなく、その他の出演者の「様々な生き方」に注目するのだ。要は「ドイツ語」なのだ。当然、ドイツ国内の捕虜収容所に置かれていたアメリカとイギリスの将校連中が収容所から脱走してその後にどうやって生きてきたのかを注目するのだが、しかし、基本的には観客の眼はスティーブ・マックウィーンに注がれているのだ。それでも、その他のキャストの動きに目を配ることは何の問題もない。それは、そうした観客もいるとういうことで許されるのである。つまり、観客の自由さ。何を、何処を見ようがそれは観客の自由さであり、当然それは批評家の自由である。

『北北西に進路をとれ』(アルフレッド・ヒッチコック監督)に関しても、いろいろ言いたいことはあるけれども、もうどうでもいいのだ。問題はこの作品の原タイトル"North by Northwest"というのが、所詮、ノースウエスト航空のキャッチフレーズだったというのはどうだろうか。要は「北へ、ノースウエストで」と言うのがこの映画のタイトルなのだ。何だ、タイアップかよ、というのは簡単。当時は「タイアップ」なんて言葉もなかった時代なのだ。

 ということで、内田氏が実はとんでもない間違いを犯していることが分かるのであった。つまり、ハリウッドでは(というかアメリカ映画では)「ディレター」や「ライター」ではなくて「プロデューサー」が唯一の「クリエイター」なのだということ。勿論、ヒッチコックのように自らプロデューサーも兼ねていた人もいるわけで、『エイリアン2』を作ったジム・キャメロンなんかはその後には自らプロデューサーも兼ねているディレクターになった、要は、そうでなければハリウッドでも自分の作りたい映画は作れないからなのだ。

 内田氏の映画評は良くわかるし、魅力的だ。しかし、映画というものが産業的に作られるものであるということにも配慮をしてもらいたいのだ。そう、映画は文学とは大いに違うのだ。個人で創造する文学とは映画は全く違うのだ。それは、内田氏も書いているじゃないか、『映画は集合体としての「フィルムメーカー」による集団的創造の産物です』と。それが、「資本」がからんでいるのが映画の世界なのだ。

 したがって、映画評論はすぐれて資本評論でなければいけないし、その結果としての資本構造論的な評論でなければいけないし、人によっては反資本評論になるだろうし、またある人によっては資本大切評論になるだろう。私なりに言えば、映画評論はすぐれて「資本主義経済評論」になってなければいけないと考えるのだ。

 文芸評論と映画評論の大きな違いはそこにある。要は、そこに「資本」の介在があるかどうか。勿論、いまや文学においても「資本」がからんで、いろいろ書きづらいものを抱え込んでいる作家がいることは知っている。しかし、あらかじめ「資本」がからんでいる「商業映画」の世界はそれとは全く違う。

 内田氏の映画評が面白いのは、そんな産業世界とは関係ないことろで存在しているからなのだろう。しかし、実在の映画は産業世界と一緒にいる世界なのだ。そこのところを分かっていないと、今後の映画評論は「単なる映画好きのおしゃべり」になってしまう可能性もあるのだ。

2011年4月13日 (水)

『投資敗者の思考パターン』と言っても、結局大手機関投資家以外は皆敗者の可能性を持っているのだ

 投資敗者のメンタリティーとして、5つの思考パターンと24の迷言に分けられるというのが筆者の考え方だ。ふ~ん、そんな簡単に分けられるのかなあ、というのが私の感想だ。はたして・・・・・・。

『投資敗者の思考パターン』(平田有和/幻冬舎ルネッサンス新書/2011年3月10日刊)

 本書、第二章『敗者が共有する五つの思考パターン』から、『投資を失敗に導く”敗者のメンタリティー”』5つの死王パターンと24の迷言を見てみると・・・。

『1 第一の思考パターン:誤った思い込み』

『迷言1:「○○さんも、△△さんも、投資で成功して大儲けしたそうよ」(五十代女性)』

『迷言2:「私にもできるってことを証明したいじゃない」(六十代女性)』

『迷言3:「結果として資産が増えるんなら、100万、200万の損は仕方ないと思ってます」(七十代女性)』

『迷言4:「超低金利だし、将来を考えたら投資は絶対必要ですよね」(四十代男性)』

『迷言5:「お金に働いてもらわなきゃ!」(年齢不詳(たぶん四十代)女性)』

『2 第二の思考パターン:根拠のない自信』

『迷言6:投資の知識くらいすでに十分備わってるよ」(六十代男性)』

『迷言7:「内容が基本的すぎるように思えます」(四十代女性)』

『迷言8:「信頼できる情報源を持っているんでね」(六十代男性)』

『3 第三の思考パターン:無意味なこだわり』

『迷言9:「(損したのは)たまたまタイミングが悪かったから」(六十代男性)』

『迷言10:「今回は運が向いてなかった」』

『迷言11:「皆もやってます(だから自分も○○に投資したんです)」(四十代男性)』

『迷言12:「タダなら話を聞いてやってもいいよ」(五十代男性)』

『迷言13:「シングルCDが1600円って高くないですか」(四十代男性)』

『迷言14:「○○株、この先どう動くと思います?」(五十代男性)』

『4 第四の思考パターン:希薄な猜疑心』

『迷言15:「金融機関で専門のアドバイザーが勧めてくれたから」(六十代女性)』

『迷言16:「営業の人が頑張っているのよねー」(七十代女性)』

『迷言17:「だって、投資に詳しい知人が「絶対に儲かる」って・・・・・・」(五十代女性)』

『迷言18:「投資の本に専門家が「○○○は今が買い時」と書いてました」(五十代男性)』

『迷言19:外貨投資で数億円稼いでいる人の特集をテレビで見ましたよ」(四十代男性)』

『5 第五の思考パターン:常識を凌駕する虫のよさ』

『迷言20:「いい話以外は聞かせてくれなくても結構です」(五十代男性)』

『迷言21:「リスクのことばかり考えてたら投資なんてできないだろ!」(六十代男性)』

『迷言22:「ひと言で言うとどういうこと?」(四十代男性)』

『迷言23:複雑な話は聞いても分かりませんから」』

『迷言24:今、何に投資したらいちばん儲かるの?」(四十代男性)』

 ということ。

 つまり「誤った思い込み」「根拠のない自信」「無意味なこだわり」「希薄な猜疑心」「常識を凌駕する虫のよさ」というのが投資における敗者のメンタリティーだというのだが。しかし、それは投資だけじゃなくて、まさしく人生における敗者のメンタリティーではないのだろうか。「必要以上の思いこみはせずに」「適度な自信は必要だが根拠のない自信はもたずに」「適度なこだわりは良いが、無意味にはこだわらずに」「適度な猜疑心を持って」「虫のよさも大概にせいよ」ということなのだろうが、それはそれ「適度なバランスを持って人生を生きよう」という発想なのである。

 が、しかしそんな人生って面白いだろうか。人間多少アンバランスな方が魅力があって面白い。勿論、人生を投げやってしまうほどの投資敗者になってしまうのはちょっとマズいかもしれないが、多少損する位なら人生勉強だと思って甘受するというのも考え方だ。

 ただし、著者の平田有和氏も中立的な資産運用コンサルテシング会社の経営者だから、この本には書いていないことがある。実は平田氏が書かないでいることが真実なのだがなあ。

 経済投資というのは資本主義経済そのものであり、資本主義経済というものはフリードリッヒ・エンゲルスが『イギリスにおける労働者階級の状態』で書いた通り『ここでもまた自由競争がおこなわれ、そしていつものように金持ちは得をし、競争がかならずしも自由ではなく、ものごとの判断に必要な知識を持っていない貧乏人は損をする』という経済社会のことなのである。つまり、大手の機関投資家は必ず得をし、その得の源泉は小金を投資する個人投資家の損なのである。個人投資家にとっては投資はギャンブルであるけれども、大手機関投資家にとっては投資行為は決してギャンブルではなく、まさに経済行為なのである。したがって、大手機関投資家は決して1点張りはせずに多面的な投資をして、損切りをする。一方、資金に乏しい個人投資家は一点突破を目指して1点張りをして、結局損をするのだ。つまり、簡単に言ってしまえば、資金に乏しい個人投資家は投資をしちゃいかんということなのである。しかし、皆ギャンブルが好きなんだよな。で、乏しい資金で1点張りをしては損をする。一方で損をする人がいるということは、他方で得をする人がいるわけで、それが大手機関投資家ということ。

 もう、そんなことは分かっているのに何で皆投資をしたがるのかな。ギャンブルで絶対損をしない方法は、ギャンブルをしないこと。投資で絶対損をしない方法は投資をしないこと。つまり、これが大原則。いくら超低金利だろうが、元本保証の貯蓄をしていれば、絶対損はしない。

 まあ、皆、石原〈天罰〉慎太郎の発言(失言)ではないけれども「我欲」なんだろうな。

2011年4月12日 (火)

『ナマコ』を書いたのは〈しい「ナマコ」と〉氏なのだ

 いやあ参ってしまった、今日は何を読もうかなと言う感じで朝家を出てそのあと、電車に乗って本を読み始めたと思いなさい。で、ありゃあこれはどこかで読んだ本だぜと気がつくまではそんなに時間がかかったわけではないが、しかしそうでもないような、でもそうでもあるよな、という気分に午前中いっぱいっかかったわけだ。バカですねえ、というかまだアルツハイマーではないけれど認知症(いうけれども痴呆症の方がい方としてはあっているような気がしますけれどもね)でもないはずだし、でもこういうこともあるのだろうな。とにかく毎日1冊ずつ本を読んでそれについて書くなんてことを続けていると、前に読んだことも忘れて今気になることをもう一度読んでみようかという気分になって、それが以前読んだ時とまた違う気分で読めればそれはそれで、新しい発見になって面白いんだけれども、やはり読んでいるうちに前と同じ気分になってくるわけで、だったら書く意味ないじゃんということになるのですね。まあ、3か月位じゃそんなに考え方が変わるわけじゃないよな。ってことで、あえなく『生き残るメディア 死ぬメディア』についてはボツということにあなりました。12月に出版されたばかりの時期に読んでいたのだった。

 で、その代わりと言ってはいけないんだけれどもこれはこれで面白い作品に出合ったので、それについて書く。

『ナマコ』(椎名誠著(しい〈なまこ〉と)著/講談社/2011年4月11日刊)

 っつても、要は今までの椎名文学と同じであって、本当はルポなのか小説なのかわからない相変わらずの椎名文体ではあります。本当は、というか元々は新宿の飲み屋のオヤジが昆布のいいものを仕入れしたいということで北海道に行きたいという話から始まった話である。それが、何故かナマコの仕入れ話になってしまって、それが北海道から香港まで話がでかくなってしまい、ナマコ仕出し青年と、そいつらとなんの関係ない新宿の飲み屋のオヤジ、それにもっと関係ない作家・椎名誠が同行するという、どうにもグダグダな話なのである、元々。

 でもまあ、結局椎名文学と同じように、まあなんとかなんとかなってしまうのであり、新宿の飲み屋のオヤジはちゃんと「香茅汁原条海参」という訳の分らんナマコ料理を香港の料理からインスパイアを受けて作ってしまい、それは要は男の「チンポ」みたいな料理であり、それを飲み屋のそばにあるラブホテルにいくであろうカップルに出すことを楽しみにしているということが・・・話の「オチ」か? てな小説である。

 で、昆布はどうなっちゃたのかよ、とか肝心のナマコ国際取引の深い深い罠はどうなったんだ、という基本的な、なおかつ本来はこの作品世界(プッ「作品世界だってよ」)はどうなってしまうのだろうか、なんてことは関係ないのだ。

 まあ、椎名作品ではいろいろ考えさせられることもあるけれども、こんな「何にも考えない作品」という系列も(焚き火隊なんかの系列です)あるわけで。まあ、そんな「何にも考えないけんね」的作品の一部にこれは入るんだろうな。

 まあ、読んで、その時間だけ楽しければいいという・・・。

2011年4月11日 (月)

『クラウド時代の正体』と言うほどのものじゃなくて、そんなのネット・リテラシーとしては当たり前のことなのです

 結局は石原〈天罰〉慎太郎が当選確実が出たのは、20時ちょうどから始まった開票速報番組が始まった直後であった。まあ、予想通りとはいえあまりにも面白くない展開。これで開票が進んでみると何とびっくり、東国原が当選だぜなんてことになって、何だNHKの出口調査に皆して嘘を言ったんだ、なんてことになると面白いのだが、そういうことはないのだろう。ってことは、また4年間、築地からの魚市場移転反対とか新銀行東京なんて潰せとか、はたまた石原〈失言〉慎太郎の悪口をいいながら過ごすということになるわけで、まあそれはそれでネタを提供してくれるわけなので助かると言っちゃあ助かるのだけれども、あまり面白くないなあ。

 と、今日は「マクラ」が長すぎましたけれども、まあ、「クラウド時代」というか、ネットワークに繋がった社会では当然こういうことがあるわけで、それがクラウドになってもっとすごいことになりますよと言うだけの話である。

『クラウド時代の正体 ウェブで私生活を晒す人々・狙う組織』(白鳥敬著/ベスト新書/2011年4月5日刊)

 まあ、「クラウド時代」になっていなくったって、なっていたって(って今はどっちなんだ?)所詮パソコンがネットワークに繋がっていて、それぞれのパソコン・ユーザーがネットワークに繋がっている状態の現在、それぞれのユーザーがネットワークからの危険に曝されているという状況は皆理解しているということだろう。

 実は、20世紀までのパソコンはあまりネットワークに繋がっていなくて、それぞれのパソコンがそれこそ「スタンド・アローン」で存在していて、数少ないユーザーが「ニフティ・サーブ」なんかの「パソコン通信」で繋がっていたというパソコン牧歌時代があったのだ。その当時のパソコンは、ほとんどがゲームマシンだったり、個人的にプログラミングをしていて、その自分のプログラムしたゲームやソフトをパソコン通信で見せ合ったりしていたのである。私もそんな時代からのパソコン・ユーザーだった(ちなみに、当時はMacユーザー)のだが、その頃からすると、いまのパソコンの世界は夢のよう。だが、一方でそんな夢の世界において何とまあ基礎知識のない輩が増えたのだろうか、というのが感想である。

 つまり、クラウド・コンピューティングの時代、とうことはアプリケーションもデータも全て「自分で持たずに人に預けてしまう」という、超トンデモナイ、超危険なことをなんで皆平気で行うんだろうかという感想である。勿論、ネットワーク時代に入って、自ら作ったデータですら他人に見られてしまう危険性があるのであるが、そのデータですら他人に預けてしまって平気の平左ってのは、その神経がよくわからない。当然、その分経費がかからないとかというメリットがあるのはよくわかるが、その分リスクもあるのが現代社会。「メリット」と「リスク」は等分であるというのは、それこそ福島原発じゃないけれども、現代社会の「当たり前」である。このブログにしたって、私は個人名からサイトのURL(は当たり前か)、やらメールアドレスまで曝け出している。が、それは自分が意見公表をしたいという意思の「跳ね返り」だから仕方がない。まあ、それが原因んで何かが起きたら、そのままサイトを閉じればいいだけのことである。

 だいたいみんな、ネット・リテラシーが低すぎるんだよな。特に2ちゃんねらーってやつらは。2ちゃんねるを読んでみてればそこにIDが書かれているわけで、そこから書いた個人が特定されてしまっても仕方がないのに、それでも誰が書いたのか分からないだろうと勝手なことを書きこむバカな連中が後を引かない。YAHOO知恵袋だってTwitterだって、結局は分かってしまうのになんでやるんだろう。結局は端末(パソコンだろうがケータイだろうが)から書き込めば、その端末特有のIPアドレスがある以上は、誰が書き込んだかはわかってしまうのだ。

 とっとっと、ちょっとこれは「INPUT側のリテラシーの低さ」だけを書いてしまった。勿論、そんなINPUT側からだけではなくてOUTPUT側、つまり自分からネットにアクセスする側からじゃなくて、自分はネットから情報を受けるだけの側にも、やはりそんなことでネットワークからの攻撃を受けるのであれば、やはりそんな人たちもネット・リテラシーが低いと言わなければならないだろう。つまり、パソコン(あるいはケータイでもいいが)を使ってネットに一度でもアクセスしたことがある人は、ネット側(クラウド側と言ってもいい)からの攻撃を受ける可能性があることを自覚しなければならない。

 そんな人のために、白鳥氏は『クラウド時代に知っておきたい7つのこと』として書いてある。

つまり;

『1 クラウドをあまり過信せず、個人情報や企業の内部情報をクラウドに出すときは細心の注意を払うべきである。情報はネット上のどのサ-バにあるかわからない。そこは信頼性に著しく欠けるところかもしれない。

2 ネットの情報は常に変化している。情報を時間軸で追い、ほかの情報とともに相互検証を行わなければならない。

3 いったんネットにでた情報は未来永劫、絶対に消えることはない。個人情報を出さないように最新(ママ)の注意を払うべきである。

4 フラッシュメモリー、ハードディクス、GPSなど情報機器から漏れる情報もある。デジタル機器に関する最低限の知識を身につけるべきである。

5 ネットで得た情報は信頼性の確認を十分に行うべきである。最悪の場合は、何者かに煽動されてしまう。

6 ネットで得た情報の安全性(セキュリティ)に十分配慮すべきである。アンチウィルスソフトは確実に入れておくこと。ファイアウォールの確認を怠らないこと。

7 個人情報が流出してしまった場合は、放っておくこと。騒ぐとかえって炎上する。』

ということだが・・・そんなの、当たり前じゃん。

 別に「クラウド時代」じゃなくても、少なくともネットワーク時代のネット・リテラシーとしては、当たり前のことなのでありました。

2011年4月10日 (日)

『社会主義の誤解を解く』前にある「いっぱいやらなければいけないこと」それが大事なんだよ

 著者の薬師院氏は多分西欧型の社会民主主義のシンパなのだろう。だからこその社会主義の基本定義であったり、資本主義への異議申し立てという第1章の項目立てが始まるのである。

『社会主義の誤解を解く』(薬師院仁志著/光文社新書/2011年2月20日刊)

 しかしながら、一方でソビエト型のマルクス・レーニン主義による社会主義には違和感を持て見ているようだ。そんな気持ちが第4章『ソビエト共産党の時代』の書き方に表れている。それが『二月革命という名の民衆運動もまた、社会主義勢力の指導下で開始された革命と言うより、むしろ偶発的に生じた出来事という性格の方が強い』という書き方やら、『そもそも、1907年から亡命生活を送っていたレーニンは、二月革命に全く関与していなかったのである。二月革命の報を耳にしたレーニンがスイスから帰国したのは、ようやく同年4月のことであった。その帰国を手助けしたのは、敵国ロシアを混乱させようとしたドイツの軍部である。言うまでもなく、レーニンを援助した帝政ドイツの軍部は―日露戦争中の日本政府と同様―その革命思想に賛同していたわけではない。社会主義の理論や思想に導かれた労働者や農民が主体となってロシア革命を起こしたなどという教条的な物語は、もう忘れよう 』という書き方に、あからさまなロシア革命に対する嫌悪感が溢れている。更に、注記で『レーニンやトロツキーと同様カーメネフやブハーリンも二月革命に参加していないということなのだ』と書いたり、『4月16日(ユリウス暦では3日)、首都ペトログラードのフィンランド駅に降り立ったレーニンの課題は、自らの帰国を助けた敵国ドイツの期待も相俟って、ロシアの臨時政府を倒して戦争を終結させることであった』と書いたり、それはレーニンの帰国がまさにドイツによる謀略であり、レーニンはその謀略にのって、ロシア革命を成し遂げるために帰国したのではなくて、ドイヅを勝たせるために帰国したのだというというような書き方なのである。これではまるでレーニンの『4月テーゼ(現在の革命におけるプロレタリアートの任務について)』自体がまるでドイツのために書かれたというような言い方である。更に、その『4月テーゼ』に基づきなされたその後のボルシェビキの決定やら、労・農・兵ソビエトの決定やら活動やらの集大成としての10月革命については『この日に開催予定であった第二回全国労農兵ソビエト大会は、午前10時の宣言から約半日後、午後九時近くから始まった。しかしながら、話し合う前に、既成事実として、レーニンが画策した革命は実質的に終わっていたのである。実際、すでにケレンスキーは逃亡していたし、日付が変わった午前二時半頃には、残った閣僚たちも逮捕される羽目になる。宣伝に満ちた歴史物語では、労働者や農民たちが自ら立ち上がり、勇敢にたたかった末に10月革命が完遂されたことになっているが、そんな伝説はもう忘れよう。現実の10月革命は、ほとんど無血クーデタに近かったのである』と書いて、10月革命が単なる歴史物語の中の「神話」にすぎないと書く。

 ではでは、2月革命のバックボーンは何だったのか。この薬師院氏の書き方だと、なんの前触れもなく突然2月革命が起こって、そこにノコノコとレーニンやトロツキーが帰ってきたような書き方である。そんなバカなことがあるのだろうか。おまけに10月革命だって、突然10月になって革命が起きたような書き方だが、突然10月になって労農兵ソビエト大会が開かれて、そこで革命決議がなされてみたら次の日には革命がなされていたのだろうか。そんなバカなことはないのである。当たり前じゃないか。

 2月革命の前には帝政ロシアに対する長年の抵抗運動があったり、ナロードニキの活動があったり、アナーキストの活動があったり、それをロシア社会主義労働者党がまとめてきたというバックボーンがあるからこそ、1905年『戦艦ポチョムキン』で知られる労農兵ソビエトが形作られていったのであるし、そうした活動の結果、レーニンやトロツキーたちが亡命せざるを得なかったのではないか。当然、亡命というのは亡命先の国の保護下にあるという訳であるし、亡命先の保護国にしても「保護する価値がある人物」だと考えるからこそ保護するのである。そんな亡命人を保護する国にとって、保護している人は対戦相手の国にとってマイナスになる行為はどんどんやって欲しいわけだから、もし戦争をしている相手国に革命の動きがあればその指導者を相手国に放ち活動してもらうための資金まで提供する場合まである。

 つまり、ロシアの2月革命だって、それまでのロシア社会主義労働者党の動きと何の関係もなく起きたものではなく、仮に何の関係もなく起きたものであろうとも、そんな社会の混乱に乗じて活動を活発化させるのは政党の常識じゃないか。あたかもそれがいけないような薬師院氏の書き方では、すべての政変や政権交代は選挙によってなされなければいけないというような書き方である。

 まあ、まさにそれは西欧型社会民主主義的な発想ではあるのだが、全ての国がそんな西欧型社会になってない以上、それはそれぞれの国の中の方法で政権交代がなされても仕方がないのじゃないか。キューバは暴力革命で政権を奪ったけれども、いまのところそれにつて反対を言う勢力は大きくない、というか我々のところにまで聞こえてはこない。その後のボリビアとかの「革命」は選挙によるものだ。で、選挙でも「革命」なのかなあ。じゃあ、次の選挙で反対派が勝っちゃたらそれは「反革命」? それも変だね。

 まあ、それはいいとして。薬師院氏に基本的に認識してほしいのは、戦後日本が世界から「社会主義国」と呼ばれた事実である。つまり、日本は戦争中に始まった「統制経済」の発想をそのまま戦後も引き続き、ったってそれは「戦争中も戦後も同じ官僚が」統治している国なのだからしょうがないよね。戦争責任を政治家だけに負わせた東京裁判の発想のおかげで日本の官僚は生きながらえたのである。で、その結果何をやったかと言えば、戦争中の「統制経済」のままに、戦後の「計画経済」を始めたのである。つまり「護送船団方式」という、業界丸抱えスタイルの保護財政と同時に経済指標を与えてそこに向かって努力せよという命令を下す(ファッショ的な)指示なのである。勿論、そのあとには「新規参入の規制」というアメもあるわけで、「新規には参入させないからお前ら俺たち(官僚)の言うことを聞けよな」という指示のもとに戦後日本の高度成長は実施されてきたのだ。

 いまや、その昔「何でも反対党」と呼ばれていた社会党もないし、非合法になっても闘うというような気持ちのある日本共産党もないし、いまさら新左翼でもないしなあ。

 ま、取り敢えずは今日は「石原〈天罰〉慎太郎」に投票するのをやめましょう。

 それから先のことは、その時に考えましょう。

 

2011年4月 8日 (金)

問題は『メディアと日本人』じゃなくて、メディアに騙され続けていた日本人なのだ

 いよいよ岩波の出番だと思ったのだが・・・まあ言ってみれば岩波らしい現状確認ではあるのだが。

『メディアと日本人 ――変わりゆく日常』(橋元良明著/岩波新書/3月18日刊)

  日本人が明治以降の新聞をはじめとするマスメディアにどう触れてきたかを、最新のインターネットとケータイを主にしながら語っている。まずはその目次から;

1章 日本人はメディアをどう受け入れてきたか<1 近代日本人の情報意識/2 新聞の発刊と普及/3 ラジオ放送の広がり/4 電話の登場とその影響/5 テレビの衝撃/6 インターネットの浸透>

2章 メディアの利用実態はどう変わったか―1995年~2010年 <1 メディア激変の15年/2 テレビ/3 新聞/4 インターネット/5 ラジオ/6 書籍と雑誌/7 電話>

3章 メディアの「悪影響」を考える―テレビとインターネットをめぐる研究 <1 メディアに対する”ネオフォビア(新規恐怖)”/2 メデァイと暴力/3 テレビは子どもの発達を阻害するのか/4 インターネットは孤独を招くか/5 「ネット世論」は極化する>

4章 ネット世代のメンタリティー―ケータイ+ネットの魅力 <1 「デジタルネイティブ」と「ネオ・デジタルネイティブ」/2 どのようなメンタリティーを持っているのか/3 なぜネットに惹かれるのか/4 ネット依存と人間関係のしがらみ>

終章 メディアの未来にむけて <1 ネットはテレビを浸蝕しているのか/2 「時間代替」と「機能代替」/3 メディアのもつチカラ>

 ということなのだが、結局メディアというものが「悪」であったり「善」であることはない。所詮、メディアというものはニュートラルな存在であり、それを「悪用」したり「善用」したりするのは、結局それを使う人間にすぎない。

 その意味で、本書が伝える各種の調査報告は間違っていない。しかし、その結語で『人々の欲望がテレビやインターネットを生みだしたのではない。発明前は、誰もそれらを夢想だにしなかった。テレビやインターネットの発明が様々な欲望を生み、また新たなつながりの形態をこの世に作り出したのである。

 メディアは、それ自体の存在で我々を変えるチカラを持つ』という言い方だけではダメだろう。勿論、メディア自体はニュートラルな存在ではあるけれども、その存在が我々の生活やら生活の仕方を大幅に変えてしまう力を持つのである。

 日本における登場順で言うなら、新聞(瓦版)の出現、雑誌や書籍の出現(この段階まではまだ木版印刷)、電話の出現、活版印刷新聞の出現、ラジオの出現、映画の出現(サイレントからトーキーへ)、テレビの出現、PCインターネットの出現、ケータイ電話(というかインターネット端末としての)という、殆どは19世紀からのテクノロジーの進展に伴って現れたメディアの出現である。では、それらが我々の生活にどんな変化をもたらしたのかといえば、それはすごいものがある。基本的に言ってしまえば、まず情報の共有である。しかしまだ情報が一部の人間に占有されていた時代があったわけで、それが解放されてしまったのはインターネット時代になってからのことである。「情報の共有」と言ったって、それは上部構造が許した情報だけであり、その他の情報はまだまだ上の人間だけが占有していた。

 しかし、インターネットの時代になって、それが解放されてしまい、いまや国民皆が同じ情報を持ちうる時代になったのかと思いきや、今回の福島第一原発問題で、またまた取り消されてしまった。とにかく記者クラブである。いまや東電や官房副長官・枝野氏の会見は完全に記者クラブの運営のままになされているのだ。その際の基準は基本的に「東電のウソを見破らない」と言うことになっているのである、とりあえずは。あまり東電のことを悪しざまに言うのは、いま福島第一原発の現場で懸命に事態収拾に努めている人たちに対する批判になってしまうということで、取り敢えずは東電に批判は言わないということになってしまっているようだ。本当は「それ」と「これ」は違うんだけれどもね。

 だめだねこの国のメディア・リテラシーってのは。多分5年後くらいになって「あの時の東電の発言はこうだった」みたいな記事が週刊誌に載るんだろうが、その時には今現在被曝している現場の人たちはどうなっているんだろうか。今の現場にいる人たちの被曝量は相当なものだろう。

 まあ、これが我が国を取り巻くメディア状況なのであります。一般国民の若い連中はとにかくテレビしかみないしね。そんなテレビで流されている報道は劣化の極みなのであります。とにかく並列で各局同じ報道しかしない。で、結局「風評被害」であります。

 もはやこんなテレビ報道にたよってはいられないというのが現状ではあるけれども、そんなテレビ報道に勝てるメディアを我々が持っていないというのも残念である。結局、インターネット・メディアといってもそれはテレビメディアの二次報道、三次報道でしかない。

 だとしたら、インターネットってどの方向に行けばいいのだろうか。

 本当はもっともっと情報公開の方向に行かなきゃならないいだろうけれども、こんな情報閉鎖の中ではね・・・。

2011年4月 7日 (木)

『東大が倒産する日』はこないだろう、多分

 ったって東大が倒産するのは日本の大学が全部つぶれたあとなんだよな。つまりそれは、例えば北京大学本郷校舎とかになっちゃって、大学の一部分になってしまうということでしょう。まあ、それもあることかもしれないけれどもね。

『東大が倒産する日』(森毅談・豊田充著/ちくま文庫/2011年3月11日刊)

 そうではなくて、1999年から豊田氏が森氏に問うたインタビューにもとづいた本なのだけも、森氏の大阪弁での答えにはなんとなく我々も納得させられてしまう。例えば『カシコに教わるぐらいアホでもできるがな。アホから教わるのが本物のカシコ』なんていう有名な言葉は我々もよく知っている。

 例えば、アメリカの教授といっても幅広い、ということでアメリカの場合皆が入る「寮」の舎監のような教授は『しんどいことに、退学者を出さんようにすることが至上命題なんです。つまり学生の成績を・・・、いわば試験対策なんていうのは(笑)、ハウスの教授がかなりやるんだってね。東大の駒場のしけプリね。しけプリの委員長が教授なんですよ。』ということだ。それはそれで面白いじゃないか。

 面白いのは、中央大学について語っていることろだ。つまり大学が街の中にいなきゃいかんということ、八王子の山の中に行って、それはそれ学問をじっくり自分で突き詰める人はいいですよ。でも、社会科学なんてものはそれこそ「社会」と一緒にいなけれりゃ意味がないのだ、市井の街にいて市井の人と同じ生活をして同じ気分を持って初めて、そんな社会を題材とする学問が出来るのである。そんな意味では、まさに市民社会と同じところに学生がいて始めて経済学やら法学、社会学なんてものができるのだ。

 ということで、森氏は社会の中での学問ということを言っているし、まあ、60~70年代にはいろいろ言われていた「産学協同」路線にも、基本的には「大学の研究を開放する」という意味で賛成している。まあ、今や「産学協同路線」なんて当たり前になってしまっているし、いまや、それがないと大学自体の存立基盤にもかかわる問題にもなってしまっている。

 要は、大学も世間の動きに合わせないと生き残れないということなのだ。

 でも、多分、「東大が倒産する日」はこないだろう。日本中の大学全てが倒産して、その最後が東大だと思うのだけれども、多分そのころには「北京大学本郷分校」とかいうことで東大は残るのであろう。

 ああ、結局そういうことなのね。

2011年4月 6日 (水)

自分が電子出版に失敗したからといって『出版大崩壊』ってわけではないよな

 著者の山田順氏は2010年5月に光文社を辞めた、ということはあの『リストラなう』のたぬきち氏と同じ、光文社リストラ組なのだ。光文社を辞めて電子書籍の出版を始めようとして、しかしそれに失敗する話が本書である。うむ、なかなか厳しい現状なのである。が・・・追い風が。

『出版大崩壊 電子書籍の罠』(山田順著/文春新書/2011年3月20日刊)

 その電子出版にビジネス的に失敗した状況は第9章『ビジネスとしての電子出版』に詳しい。つまり項目タイトルでいうと『ロサンゼルスから来た若きIT企業家』『画期的な電子書籍サイトの誕生』というところまでは、一応先方の担当者というか筆者が書くところの「横川君」をまあ信じていたのだが、『ウィキペディアに自分を書き込む神経』となって横川君の資質を疑うようになり、その結果として『IT側人間はコンテンツに愛情が足りない』と信じるようになり、『電子書籍の収益シミュレーション』をやってみた結果、それは相当(それも本当に「相当」)売れないとダメということになるのだが、電子出版はそんなに売れないことがわかり、結局それは『システム構築と決済手段のコストの問題』ということになり、その問題は『「情報はタダ」はネットの宿命』であり『課金の壁「ペイウォール」は築けるのか?』ということでどうやらそれは無理ということに気づき、実際にやってみた"New York Times"や"Wall Street Journal""Financial Times"「日経新聞」などの例をひきつつ『有料化に挑戦する既存メディア』の状況を負いながら、結局『電子書籍をつくる必要があるのか?』という結論に至るわけだ。結局、「ストック」の情報は紙の書籍で十分でありそれ以上の情報メディアは必要ない。では「フロー」はどうかと言えば、それはウェブの世界に求められるものはブログ、Twitter、Facebookなどの「タダ」の情報網で十分機能している以上、そこで「既存メディア」に頼る必要はなくなってしまう、ということなのだ。

『ウェブは、高度情報化社会のシンボルだが、その実態はまったく逆で、じつは低度情報化社会である。日本のブログ数はアメリカに次いで多いという。しかし、その90%以上は、日常の取るに足らない話を書き連ねたゴミブログである。また、これほど匿名でのブログやツイッターアカウントが多い国はない。

 欧米社会のように実名でフェアに社会に対して関わっていくという習慣がないから、セルフパブリッシングが進めば、アメリカ以上に無責任なコンテンツが溢れるだろう。

 リテラシーの高い人と低い人はいくらインタラクティブだの、ソーシャルメディアだと言おうと、コミュニケーションできない。誰が、自分より知能程度や能力が低いと思われる人間のフォロワーになるだろうか?

 リコウはリコウと交信し、バカはバカと交信する。これが低度情報化社会で、ネットの本質だとしたら、そこれ起こることは「悪貨は良貨を駆逐する」ということではないだろうか』と結論づける。

 しかし、それはネット社会の特徴なんだろうか。「悪貨は良貨を駆逐する」というのはネット社会だけの問題ではなくて、基本的に我々が生きている社会の問題なのだ。要は、社会というのは悪い方へ悪い方へと突き進んでいくものであり、「悪い方」という言いかたがマズければ「楽な方」という言い方でもいい。とにかく、社会というものは、その成員が「楽できる」という方向にイヤでも引きずられるのだ。意識の低い大半の政治家も結局はそんな社会の人々の方向を見ているから、自分が考えている「正しい方向」への道筋を放棄せざるを得ず、どんどんいやな社会への道筋を辿ってしまうのである。まあ、レーニンやチャーチルみたいな「国民を説得できる政治家」というのは、いないのだろうな。結局、バカな国民の後を追うだけの政治家しかいない。

 そのいい例が、いまのリビア情勢ではないだろうか。隣国のチュニジアやエジプトでTwitter革命(という程には革命勢力や指導者がいない「なんちゃって革命」だが)が起きたのを受けて、反カダフィデモが起きたわけなのであるが、結局、それをどうまとめていくのかという指導者がいないまま、西欧NATO軍の石油思惑による介入を受けて、反カダフィ勢力にはアルカイダが出てきたり、もうムチャクチャな状態になっている。まさに「悪貨は良貨を駆逐する」典型例ではあるのだけれども(まあ、カダフィが良貨とも言えないが)、結果、アメリカは石油利権がからんでいるので嫌々参戦、NATOだけが張り切っているという、典型的な米欧の石油戦争の様相になってしまって、リビア民衆の反カダフィ感なんてものは、もうどうでもよくなってきているのだ。いったい、リビア国民は自分の国をどうするつもりなのだろうか。

 ということで、山田氏は以下の結論に至るのであるが・・・。

 第11章『コンテンツ産業がたどった道』の項目タイトルで見ると『苦境に立つレコード業界/CDの売上の急激な落ち込み/アップルだけが儲かるシステム/ゲーム産業の衰退が止まらない/消費者(ユーザー)はつくる側には無関心/どこがクール・ジャパン? アニメ産業の壊滅/デジタル化は失業を生み出すシステム/新聞から出版に移った紙メディアの崩壊/日本でも新聞崩壊が始まった/辞めたい業種のNo.1はマスコミ/全米2位の書店チェーン「ボーダーズ」/娘が誇らしげに差し出した会員証/「バーンズ&ノーブル」も危機に陥る/本棚の本を捨てられるときは来るのか?』

 まあ、自身傷ついたことはあるのだろうけれども、まだ電子書籍には分からない状況がある。意外と、今回の東北関東大震災が「紙の出版にもたらした影響は大きい」かもしれないけれども、その分実は「電子書籍・雑誌には大いなる追い風」になるかもしれないじゃないですか。とにかく、「紙がない」「インクがない」「流通がダメ」なのである。こんな時こそ「電子出版」である。山田氏の結論『第11章』はよくわかるが、それをすべてひっくり返す状況が電子にはある。いまこそ、電子出版の優位性を表明するべき時ではないのだろうか。

 世の中先行きは判りませんからね・・・。

 

 こっちも、読んでやってくださいな。

2011年4月 5日 (火)

『週刊現代』は広瀬隆を呼べっ!

『週刊現代』4月16日号は全編福島原発の記事である。でも、なにか突っ込みが足りないのは何故だろう。

『週刊現代』の部数を伸ばした唯一の企画「老後のセックス」記事をやめてまでもの特集は評価に値する。しかし、何故か突っ込みが足りないのだ。それは多分、反原発の立場の人の発言がないのだ。

『溶け出した福島第一原発「第3の恐怖」』

『想定される「最悪の事態」』

『「プルトニウム放出」その意味』

『海は魚は本当に大丈夫なのか』

『封印された「人体への影響について」』

『こんな「被曝食品」調査を信用していいのか』

『「40km圏内」避難指示をやめたカイワレ官邸団』

『こだまでしょうか? いいえ、枝野官房長官です』

『「もう原発はいらない!」私はこう考える』

『南相馬 そして最終バスは出て行った』

『原発ムラの科学者たちは現場へ行け!』

『妻が、長男が、父が、母が、秘書が、津波に消えた』

 その他の記事もすべて福島原発関連の記事である。それはいい。しかし、それらの記事のすべてが上滑りなのは何故だろうかと考えた時に、それは「反原発」の立場の人たちの発言がないからなのだ。基本的に国や東電が言っていることの「広報」をそのまま載せているのが新聞やテレビかもしれないが、『週刊現代』だってその「広報」に疑いの目を持っているだけじゃないか。ネタ元は一緒じゃあ面白い記事は書けない。新聞・テレビなどの「一流ジャーナリズム」にないネタ元をもって記事にするのが週刊誌ジャーナリズムじゃないのか? それが、「一流ジャーナリズム」と同じネタ元でそれに「疑いの目」を持って記事にするだけじゃあね。それは「三流ジャーナリズム」たる週刊誌の立場じゃない。

『「もう原発はいらない!」私はこう考える』なんて言っても、元経済企画庁(現経産省)の役人だったオタク評論家森永卓郎なんかに発言させているようじゃダメですね。森永は、取り敢えず現在停止中の福島第2原発と女川原発(東北電力)、柏崎刈羽原発の全ての原発を稼働させて取り敢えず今の電力不足をしのいで、その後に原発全廃を考えればいいなんて言っているのである。如何にも元経産省の役人の発想である。そんなことが出来ているのならばもうとっくにやっているわい、というのが東電の発想であろう。活断層の真上にある柏崎刈羽原発は今更動かせないだろうし、女川原発だって同じである。

 そんなのと同じ、活断層の真上にある御前崎浜岡原発だって、いまや危ないというのが『Days Japn』の記事である。しかし、そこに記事を書いた広瀬隆氏が今、どの雑誌にも呼ばれていないというのは不思議な感じがする。

 そんなに原発が安全なものならば『東京に原発を!』と言う本を書いた広瀬隆氏である。最近も上記の『Days Japan』にも書いている。何で、広瀬隆に書かせないのだろうか? 最近はちょっと陰謀論にもかかわっているからなのだろうか? そんなこと気にせずに書かせて、もし間違っていたら「ごめんなさい」すればいい、所詮は三流ジャーナリズムの『週刊現代』である。

 

 所詮「三流」なんだから「三流」なりの生き方があるんじゃないのか? いいじゃないかよ、広瀬隆。

2011年4月 4日 (月)

『君がオヤジになる前に』の前にホリエモンがオヤジになる前に、だ。

 そうか堀江貴文氏ってまだ38歳なのだったのか、若いね。充分徹夜にも耐えられるじゃないか。

『君がオヤジになる前に』(堀江貴文著/徳間書店/2010年10月31日刊)

 堀江氏に人生相談するのは以下の人たちだ;

Case 1 『起業という選択』 大手メーカー勤務/25歳/宣伝部戦略チームアシスタント/年収600万円/貯蓄200万円/ローンなし/住居・都内1LDKマンション/ひとり暮らし/賃貸料月額10万円/都内私立大学経済学部卒業/学生時代からの恋人あり

Case 2 『本当の働き盛り』 イベント会社勤務/24歳/制作部でアルバイト待遇/年収240万円/消費者金融に20万円の借金あり/住居・都下1Kアパート/ひとり暮らし/賃貸料月額6万円/都内私立大学商学部卒業/彼女なし/正社員経験なし

Case 3 『趣味と仕事の境界』 アルバイト/27歳/3ヶ月前に中堅広告代理店と退職。休職中/年収100万円/貯蓄10万円/都下の実家住まいのため、家賃、食費はゼロ/地方国立大学文学部卒業/彼女はなし/スポーツから読書まで多趣味、これまで3度の転職/現在は一時的に父親の経営するスーパーの手伝い

Case 4 『結婚と保険と』 商社勤務/28歳/繊維部門の国内営業/転職経験なし/年収500万円/貯蓄50万円/民間保険加入を検討/住居・都心2LDKマンション/賃貸料月額15万円/都内私立大学卒業/結婚2年/2歳年上の妻と2人暮らし/子どもはほしい/妻は結婚前からの一般職の仕事を続けている

Case 5 『「待つ」という言い訳』 建設会社勤務/30歳/前職は販売業、水商売ほか5業種ほど経験/年収300万円/貯蓄5万円/車のローンが約50万円/住居・東京近郊の3DKアパート/賃貸料月額9万円/県立高校卒/結婚5年/妻、2人の子と4人暮らし/妻はパートで月6万円程度の収入/生活は苦しい

Case 6 『マイナス感情の克服』 百貨店契約社員/28歳/1ヶ月前の店舗スタッフから顧客電話窓口/年収400万円/貯蓄50万円/30万円のリボ払いローン/住居・都内の1Kアパート/賃貸料月額8万円/県立高校卒/独身・彼女なし/転職経験は3回

Case 7 『クリエイティビティとは』 専門商社正社員/31歳/ネット事業部の主任/年収650万円/貯蓄200万円/住居・都心の1LDKマンション/賃貸料月額11万円/都内私立大学卒/独身/交際5年の恋人がいる/入社以来営業畑。発足したばかりのネット事業の責任者に抜擢

Case 8 『人脈とスキル』 中堅ゼネコン正社員/33歳/法人営業担当/年収550万円/貯蓄800万円/住居・都下2DKマンション/賃貸料月額12万円/地方商業大学卒/妻と娘の3人暮らし/同業他社からの転職組/資格:情報処理、土木施工管理技士、作業環境測定士ほか多数

Case 9 『情報を得ることの意味』 大手飲食チェーン正社員/33歳/本社戦略室課長職/年収800万円/貯蓄1000万円/住居・東京近郊3LDKマンション/30年ローン・月額12万円/都内国立大学卒/妻と2人の固と4人暮らし/近く独立起業を検討中/共働きで世帯年収は1500万円

Case 10 『利益を生む経営』 製造業・経営/37歳/2年前に父親から引き継いで社長へ/年収1000万円/貯蓄1200万円/住居・東京近郊2階建て一戸住宅/親からの譲り受け/地方高専卒/両親、妻、2人の子との二世帯住宅/従業員は35人/社風は家族経営の雰囲気

Case 11 『友人と包容力』 陶芸家/38歳/学生時代から修業後、3年前に独立/年収200万~400万円/貯蓄100万円/住居・地方の平屋建て一戸住宅/賃貸料3万円/藝術大学中退/妻と2人の子の4人暮らし/地元の友人と共同事業を検討中

Case 12 『充実した人生の定義』 実業家/38歳/作家・評論家としても活動/年収・非公表/貯蓄・非公表/住居・六本木のマンション/賃貸料・非公表/東京大学中退/ひとり暮らし/離婚歴あり/証券取引法違反容疑の裁判係争中

 ということで、最後のCase 12はホリエモン自身のことを書いているわけだが、年収、貯蓄、賃貸料は非公表ってズルいよな。嘘でもいいから書いた方がよかった。

 で、「人生相談風」の話なのだけれども、実は人生相談にはなっていないのだ。だって、『君がオヤジになる前に』と言いながら、堀江氏自身がまだまだ「オヤジ」にはなっていなのだ。堀江氏は「オヤジ」の定義を『あらゆること――家族との向き合い方や仕事への接し方、服装や体型に至るまで――を、より良き方向へ改善することを放棄してしまった者たちへの表現だ。

 彼らは現状にただ不満を持ち、将来に不安を抱えながらも、そこを打開しようという意思すら奮い起こせない。ただ、誰に向けるともなく不平を口にしているだけだ。それを僕は「思考停止状態」と呼ぶ』というふうにつける。

 で、問題は本来は「オヤジ世代」にすらなっていない若者が、そのような「思考停止状態」になってしまい、「オヤジ化」しているからなのだ。「空気を読む」という言葉があるが、とんでもないそんな「空気を読む」という思考方法が「思考停止状態」を生むのである。

 勿論、「小泉改革」以来の規制緩和によって様々な業種での「弱い者いじめ」が顕著になってきている、というのは事実ではあるにしても、そればっかりが原因ではない「若者が闘う前にして敗北している状態」が現にある。例えば、地方の三流大学生が、それまでの自分の人生における教育を受けてきた状態を分析し、それを現状にあてはめシミュレートしてみると、自分の人生ののものが「負け組」人生であると考えてしまい、もうそれ以上の努力をする気がなくなってしまっているようなものだ。ところが、実際の人間社会はそんなヤワなものじゃなくて、結構そんな時代にも成功譚というものはあるわけで、それに気づくかどうかという重要な問題もあるのだ。

 そう「諦めない人生」ってのもあるんだぜ、ということ。そんな「諦めない人生」そのものを生きているのが堀江氏自身じゃないか。30代にして事業成功者となり、それこそ「大人の社会」であるプロ野球機構やらテレビ放送網に食い込もうとした結果、それらのエスタブリッシュからの総反撃を受けてあえなく証券取引法で有罪判決を受けて、現在も闘っている最中である。まだまだ38歳の堀江氏は若い。まだまだ徹夜もできる年齢である。自分自身でも年老いたとは考えていない筈だし、まだまだ自分は大丈夫だと考えている筈である。

 ところが周囲を見回してみると、自分よりまだ若いのに、年寄りじみた連中がいる。こりゃまずい、と考えることろが多少堀江氏が「オヤジ」に近くなってきたのかな、というところである。

 だって、以前の堀江氏だったら、周囲の若者がダメになっていくのであれば、それは好チャンス。そいつらを食い物にしていって自分が勝てばいいのである。でも、今の堀江氏はそうじゃなくて、若者の「オヤジ化」を嘆いてみせたりしている。これを「ホリエモンも年取ったのかな」と見るのか「いやいや、そんなこと言いながら実は若者食いを狙っている」と見るのか。面白いことになった。

 だって、38歳なんて、最早「アラ還」の私からしたら、まだまだ「若者」の範疇にはいる人なのだから・・・。

 

 

 

2011年4月 3日 (日)

頭のよい子の家にある「もの」

 と言ったって、別に特別のものがあるわけでもない。要は「馬鹿と鋏は使いよう」ということですな。

『頭のよい子の家にある「もの」』(四十万靖著/講談社/2011年3月29日刊)

 取り敢えず「頭のよい子」の行っている大学と「頭のよい子」の家にあるものを列挙する。

第1章 キッチン用品 たこ焼きプレート(早稲田大学文学部)/アイスクリームメーカー(女子栄養大学)/箸(慶應義塾大学文学部)/お釜(東京大学法学部)/重箱(津田塾大学)/杵と臼(慶應義塾大学文学部教育学科)/バーベキューセット(一橋大学商学部)/水中めがね(東京大学医学部)

第2章 暮らしのなかの道具たち 黒板(慶應義塾大学薬学部)/ぬいぐるみ(津田塾大学国際関係学科)/レゴⓇブロック(慶應義塾大学法学部)/洗濯バサミ(法政大学デザイン工学部建築学科)/スキー板(早稲田大学経済学部)/テニスのラケット(早稲田大学法学部)/バスケットボール(慶應義塾大学法学部)/ファーストシューズ(国際基督教大学国際教養学部)

第3章 DVD、漫画、新聞、本 (「ウルトラセブン」の)DVD(東京大学法学部)/(「ドラえもん」の)漫画(東京大学文学部)/新聞(学習院大学法学部)/本(東京大学文学部)

第4章 アートなものたち 日本地図(東京外国語大学外国語学部)/カレンダー(早稲田大学国際教養学部)/日めくりカレンダー(慶應義塾大学法学部)/古い画集(津田塾大学学芸学部)/絵(女子美術大学)/仏さまの絵(東京藝術大学)/家族のアルバム(慶應義塾大学理工学部)/掘りごたつ(お茶の水大学文学部)/暖炉(早稲田大学理工学部)/お雛さま(東京大学文学部)

第5章 遊び心で使う勉強道具 地球儀(津田塾大学文学部)/学習ノート(慶應義塾大学法学部)/絵の具(慶應義塾大学文学部)/墨(上智大学文学部)

 というような感じである。

 さすがに、「暖炉」とか言われちゃうと、今の家にも前に住んでいたマンションにもない。が、あとは大体どの家にもあるようなものだ。読んでみてわかるのだが、つまり、「家にあるもの」じゃなくて、家にあるものをどうやって子どものために使うのか、家をどうやって子どものために使うのか、ということである。

 例えば、「たこ焼きプレート」があるからどうだ、ってことじゃなくて、その「たこ焼きプレート」を使って子どもと親がどういう会話を作り上げるのかということなのである。ダイニングルーム(って台所でしょ)のテーブルで勉強した方が自分の勉強部屋(兼個室)でやるよりはいいのだということも、いまや当たり前になっている。つまり、親子というものは一緒にいて普通に生活した方がいいということなのだろう。まあ、それがいまの子育ての方法である。

 これが近代だとか中世だとか言ってしまうとまた全然違う子育ての方法があるのだろう。今ほど女性の外界においても家庭内においても地位は高くなかった。そんな時代の子育てというものは、子どもは親の仕事を継ぐというのが基本の「基本的に成長しない社会」というものを前提にしていたから、娘は母親の遣る事だけを真似してればよかったのだし、息子(といっても長男だけだけどね)は母親より偉い立場になってしまうので、母親のいうことは一切聞かずに寺子屋の先生のいうことの方を聞いたのだろう。

 まあ、いまはそれだけ母親の力が重要になってきたわけだし、存在感も大きくなってきている。おまけにまだまだ父親が家にいない時間は、昔より増えているのじゃないだろうか。であれば、益々母親の重要性は増えているじゃないか、ということで母親に対するプレッシャーは増えているのだ。

 たいへんですねえお母さん、というのは簡単であるけれども、それ以上に子どもが幼児期に関する母親の育児放棄とか子ども殺しというような問題も起きているんじゃないか。それこそ、育児ノイローゼとか「出来ちゃった婚」の結果ではないのじゃないのかな。そう、昔なら父親の分からない子どもなんてのはいっぱいいたので、それは地域のコミュニティの子どもとして(村の子)として育てられたのだが、いまやそんなコミュニティはない。したがって、自分が産んだ子どもはあくまでも自分の子どもとして育てなければいけないという、母親に対するプレッシャーが強い。その結果としての「育児放棄」やら「子殺し」という。

 結果としては、そんな状況に会わずにスクスクと育った子どもたちの、そのなかでも「頭のよい子」たちの、生活の記録がこの本なのである。

 ただし、「頭のよい子」といっても、たかだか上記の(大学の)レベルである。頭がよいというのは何を基準にしているのかということが重要なのだが、まあ、この本では取り敢えず「そこそこの大学」に入れる人、ということなのであろう。まあ、それであればそれでいい。しかし、本当の「頭のよさ」というのはもっと別のところにあるわけで、そんな「頭のよさ」を基準にしてしまうと、こんな程度の本には出来なくなってしまう。

 そんな「本当に頭のよい子」ってことになると、どういうことになるのであろうか。それを期待したいのだがなあ。

2011年4月 2日 (土)

『レンズが撮らえた 19世紀ヨーロッパ』

 ということで、エントリー書きなおしです。

『レンズが撮らえた 19世紀ヨーロッパ 貴重写真に見る激動と創造の時代』(井桜直美・海野弘・岸本明子・津田紀代・中村静香・中本繁実・本城靖久・山口靖子・共著/山川出版社/2010年12月20日刊)

 要は、19世紀ヨーロッパのテクノロジーの進展に伴う、世の中の変遷を描いたものなのである。それまでテクノロジーと言えばルネサンスの三大発明と言われる、火薬と羅針盤、活版印刷くらいのものしかなく、いまだキリスト教が支配する暗い中世の様相をみせていたヨーロッパであったものが、蒸気機関とか、内燃機関、電気といったエネルギー革命が起き、その結果として、ブルジョワジー(都市富裕層)が出現し、そうしたブルジョワジーによる革命や政変が起きてそれまでの支配層である貴族たちの「働かない富裕層」の没落が始まった時期なのである。

 そうしたテクノロジーの一つが写真術というものであって、その時代の変化を記録するものとしての写真がおおいに役立っている。面白いのは、そんな写真の多くが「ステレオ写真」であるということだ。つまり、現実を写し取る写真と言うものが、しかし立体物である現実世界を平面で写し取ることに対する「苛立ち」のようなものがそこにはあるのだろうか。今となっては写真は平面媒体であるということは自明のこととして、我々は受けとめているのだが、この時代の人たちは、それでは気持ちが収まらない、やはり立体は立体で再現したいという気分が蔓延している有様が見て取れる。まだ、写真がプリミティブな時代の相である。

 もうひとつ面白いのは、ドゥミモンデーヌと呼ばれる高級娼婦たちが、あたかもその後の銀幕のスターのように振る舞い、そんな女たちのブロマイドまで売りに出されていたということである。まあ、当時は売春というものが違法でも何でもない時代であり、日本でも江戸時代には吉原の花魁の錦絵が作られていたようなものなのかもしれないが、そうした高級娼婦を連れて歩くことが、その男の地位の象徴みたいなものである以上、男たちは競って美女を金でものにしたのだろう。如何にも「成り上がり」のブルジョワジーらしい話ではある。

 しかし、そうしたブルジョワジーの出現は、当然ながらプロレタリアート(都市下層労働者)をも生み出しているわけで、そんなプロレタリアートの出現がその後の20世紀初めの革命を用意する。しかし、そんなプロレタリアートの姿はこの本にはない。ただ1項「ロシア革命」があるだけである。そう、19世紀はまだまだブルジョワジーの世紀なのだろう。

2011年4月 1日 (金)

石原〈天罰〉慎太郎、今度は戦争賛美だ

 またやってくれましたよ石原〈天罰〉慎太郎都知事であります。

 上野公園や井の頭公園でのお花見用の電灯や仮設トイレを作らないという件に絡んで、「桜が咲いたからといって、一杯飲んで歓談するような状況じゃない」というのは、まあ多少の気分はあるけれども許せるかもしれないが、太平洋戦争を引き合いに「同胞の痛みを分かち合うことで初めて連帯感ができてくる」「戦争の時はみんな自分を抑え、こらえた。戦には敗れたが、あの時の日本人の連帯感は美しい」とまで言わなくてもいいじゃないか。

 確かに、戦争中の日本庶民は耐えがたきを耐え、贅沢を言わずに国の指示に従った。しかし、「上から目線」で、あたかもそれが良いことだと喧伝する必要はないだろう。みなさん、今はこういうご時世だから花見でどんちゃん騒ぎをするのは控えましょう、というだけのことなのに、なんでこんな全体主義的な言い方しかできないのかねえ。

 まるで、お花見でどんちゃん騒ぎしている連中がもしいたら「非国民だっ」てなもんで吊るしあげをするつもりだろうか。私自身は花見のどんちゃん騒ぎはあまり好まないので、静かな花見シーズンというのも悪くはないと考えるが、だからと言ってどんちゃん騒ぎをしている連中を取り締まれなんていうつもりもないし、要は、そんなどんちゃん騒ぎをしている場所に行かなければいいだけのことでしかない。勿論、どんちゃん騒ぎが好きな人はどんちゃん騒ぎをすればいいし、「どんちゃん騒ぎをする自由」というのもあるわけである。まあ、あまり羽目を外さないでね、みっともないからというだけである。

 むしろ、どんちゃん騒ぎをしてこの冷え切った経済を多少なりとも立て直すきっかけにでもなればいいことかもしれない。もうそろそろ「自粛ムード」を撥ね退けた方が良いのではないだろうか。センバツ高校野球は実施されたし、サッカー・チャリティ・マッチは行われたし、4月半ばからはプロ野球も始まる。サイクリング・レースのツアー・オブ・ジャパンは中止が決まったけれども、そろそろ被災者たちに「がんばれ」と言ってもよい時期だろう。だったら、そんなに災害に会っていない地域では、大いに経済復興に向かって走り出した方が良い。

 取り敢えず、福島原発については事故の復旧に最大限の努力を注入し、その事故の原因だとか、誰が悪いだとかはひとまずおいておく。被災地では災害復旧が始まる時期ではあるから、そのためのできる手助けはする。そのひとつにして、最大のことは「経済の復旧」であろう。もう、そういう時期だ。

 プロ野球オールスター戦を日本製紙クリネックススタジアム宮城で出来ないだろうかという星野楽天監督の発言だが、それもひとつの考え方である。予定されているナゴヤドーム、東京ドーム、QVCマリンドームの一か所位クリネックススタジアムに譲る考え方はないのだろうか。そのぐらいしないとまたまた「サッカーに負けた」ということになってしまうかもしれない。

 とにかく、自ら発する言葉についての自己検証もないし、文学者でありながら自分の言葉にまったく責任をとらないし、とにかく「上から目線」で不適切な言葉ばかり発する男に12年間も都政を任せていた我々都民と言うのは何だったのだろうか。勿論、私は石原〈天罰〉慎太郎には投票はしなかったが、結果としては投票したのと同じ意味で、12年間を任せていたのである。

「三国人発言」「マイノリティ差別発言」「漫画家差別発言」「天災は天罰発言」とついこの1~2年の間での発言でもこんな有様である。とにかく、こんな男を都知事にしてはいけない。

 

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