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2011年3月26日 (土)

『ウィキリークス以後の日本』というよりも現代マスコミ批判なのだ

 きっかけはウィキリークスかもしれないが、問題はそうじゃなくて「記者クラブ」なんだ。

『ウィキリークス以後の日本 自由報道協会(仮)とメディア革命』(上杉隆著/光文社新書/2011年3月20日刊)

 勿論、ウィキリークスは大きなテーマである。

 その存在が大きく知られたのは2010年11月末にアメリカ国務省の秘密外交文書25万点を公開し始めて、アメリカだけなく世界中の政府を狼狽させたことから始まるのであろう。勿論それ以前から2007年に活動を開始した時から様々な国家の政府の秘密を暴き始めていたわけで、その存在は知られていたわけではあるけれども、日本のメディアでは単なる「暴露サイト」ということで無視され続けていた。しかし、今やウィキリークスは単なる暴露サイトではなく、最早「メディア」として動き始めているのだ。それに気づいている人は内部には多いのだろうが、そう認めるわけにはいかないのがMSM(メインストリームメディア=大手メディア)であり、とりわけ日本のMSMを形成している記者クラブに所属しているメディア(新聞、テレビ)なのである。

 そこで、本書の後半ではウィキリークスについての記述ではなく、ほとんどが「記者クラブ」批判に費やされる。まさに「官房機密費」問題であり、「尖閣ビデオ」問題であり、石川知裕議員女性秘書「監禁」事件であり、もっと言ってしまえば西山毎日新聞事件であり、そして本書では時間的に触れることはできなかった、今起こっている東電原発事故問題なのだ。

『ジャーナリストの最大の使命は、権力者が人びとに知られたくない、つまり彼らにとって不都合な情報を暴くことである』という至極まっとうな、本来の仕事が、「新聞社」とか「テレビ会社」という「会社組織」に捉われてしまうと、その組織内での自分の立場を守ることに汲々としてしまい、ジャーナリストとしての本来の使命を忘れてしまうということになってしまうのである。彼らだって、その会社に入ろうとしたときには、そのような「ジャーナリスト」になりたいと考えていた筈である。しかし、そのような組織の一員になってしまうと、今度はその組織を維持する方向にベクトルが変わってしまい、というか先輩社員の連綿とした組織維持の中に捉われてしまい、結局は記者クラブ維持とか、現状の会社組織維持とか、とにかく「保守」の側に回ってしまうのである。ということをやっているうちに、マスコミ自体が権力になってしまい、暴く側から暴かれる側になってしまったのである。

 これは日本人特有の「村社会」的発想が「会社」という組織に繋がっているのだろう。つまり、自分個人の発想よりも「村」としての組織の発想に自分も従うという。しかし、そんな発想がそろそろ疲弊してきて、記者クラブというよりも既存の新聞、テレビというメディアがどうしようもなくなってきているということに気づくべきなのだ。「暴露サイト」のあり方とは本来のメディアのあり方ではないのか。

 権力者(政治もそうだし、資本もそうだし)が隠したいと思っている「不都合な真実」を「暴露」する、というのは、勿論彼らのプライベートなことを暴露しても意味はない。しかし、それらの「公人」としての部分であればいくらでも暴露してもいいのである。

 ところが日本のマスコミはそうはしない。本書に即して言えば、上記のアサンジのウイキリークスが大々的にアメリカの秘密公文書を公開した時に、日本では海老蔵の事件に追われていた、というか、海老蔵事件に追われていた風を装ってウィキリークス事件を追わなかった。市川海老蔵というのは「公人」なのか「私人」なのかは知らないが、その彼がどういう行動をとったのかということと、それを報じるマスコミに接する人間にとってどのように関係があるのかと言えば、何の関係もないだろう。

 むしろ、ウィキリークスによって報じられたことの方が、よっぽど我々の生活には関係が多いことなのだ。そういうことに気づかない、あるいは気づかないふりをしているマスコミってなんでしょうね。

 ということで、もはやマスコミは信じないようにしましょう。マスコミで報じたことに対しては、一発、何かこの裏にはあるぜっていう見方をしましょう。

 まあ、そんなことですね。

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