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2011年3月28日 (月)

『ベッティナ・ランス写真展 女神たちの楽園』

 前から何度も書いているが貧困なる石原〈天罰〉慎太郎都政の唯一の善政である東京写真美術館で『ベッティナ・ランス写真展 女神たちの楽園 セレブたちの美しき幻影と気品』を観にいった。

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EPSON RD1s+Elmarit 28mm (c)tsunoken

 マドンナ、シャロン・ストーン、ソフィー・マルソー、シンデシィ・クロフォード、シャーロット・ランプリング、ナオミ・キャンベルなど、映画や音楽、ファッションなどで一時代を築いた女性たちがベッティナ・ランスのカメラの前で、何気ない風で被写体となっている。モデルになった女性たちはベッティナの前で演技をすることもなしに、普段の自分をさらけ出しているように見える。とは言うものの、勿論それは十分計算しつくされた”演技”であることは間違いないのだが、それでも演技と思わせないその仕草はモデルたちのそれこそ”完璧な演技”によるものなのか、あるいはフォトグラファーの自然主義のたまものなのか。

 ところが、そんな60点あまりの写真の中で唯一”ピクトリアリズム”を感じさせる写真が、ポスターにも使われているモデル、道端ジェシカのポートレイトである。

110327

(c)Bettina Rheims

 カメラを見つめる視線。スックといすに座った姿勢。美しい鎖骨。しっかりした胸。キチンと揃えられた膝。そして膝の上の猫までがまるで演技をしているように見える。完璧な”演技”とでもいうよな完成性があるこの写真だけが、その他の写真群と異なり異彩を放つ。

 最初ポスターでこの写真を観た私はこうした如何にも”作られた写真”たちばっかりなのかと思ったのだが、それは逆でこの写真だけが異質なのだ。この差異は何なのだろう。道端ジェシカの希望によるものなのか、あるいはフォトグラファーの意向なのか。

 いずれにせよ、ますます興味が尽きない写真群であることだけは間違いない。

 5月15日まで開催中。

 同時に、幕末の開国と時を同じくして日本にもたらされた写真術による日本の初期写真群『夜明けまえ 知られざる日本写真開拓史 四国・九州・沖縄編』、および『芸術写真の精華 日本のピクトリアリズム 珠玉の名品展』も5月8日まで開催中。

 

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