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« 『死にゆく妻との旅路』ってベタすぎるタイトルなのだが | トップページ | 『名古屋発どえりゃあ革命!』ったって、この程度じゃ革命じゃありゃせんがね »

2011年3月 8日 (火)

石岡市はもともと茨城県の中心地だったのだ

 茨城県の石岡市というのは、今は土浦市と水戸市に挟まれてちょっと地味な存在なのだけれども、実はもともと常陸の国の国府が置かれていた重要な場所なのだ。

 土浦をでた常磐線は隣の神立駅までは平坦なのだが、その次の高浜駅、そして石岡駅へと次第に高度を稼ぎ、その一番高いところにあるのが石岡駅なのである。そして、石岡市の中心部は石岡駅からさらに緩い坂道を上がったところにある。つまり、小高い丘の上にあるという、まさしく昔の城があった場所に共通の位置関係なのだ。勿論、石岡で一度上がった高度はその後次第に下がって行くのだが、水戸の手前でまた高度を上げて、水戸駅および水戸市の中心部はやはり丘の上にある。

 で、石岡に常陸国府がおかれたのは奈良時代のことだそうだ。その後、200年位は平穏だったのだろうが、天慶2年(939年)いわゆる「平将門の乱」が起きる切っ掛けになったのが、この常陸国府なのである。

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 で、今は石岡小学校の敷地にある石岡国府跡であるが、復元した門だけが唯一の建造物である。石岡小学校がプールとか体育館を建設しようと掘り返してみると出てくるわ出てくるわという感じで、いろいろ昔の建物の跡が出てきたようだ。そりゃそうだろう、だってもともとここに常陸国府があったことはわかっていて、それが一般の土地になってしまうとマズいってんで小学校にしたんじゃないの。

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 こんな土塁は普通にある。でも、こんな土塁なんかは問題にせずに平将門軍は攻めてきたんだろうな。我が家の近くでは豊島城なんかでも見るんだけれども「土塁、空堀」ってどれだけものの役に立ったんだろうか。土塁ったって所詮、土の盛り上がりだけでしょう。空堀なんて、空じゃあ意味ないじゃん。まあ、多少の時間稼ぎ位にはなるだろうけれども、あまり意味のあることとも思えない。あるいは、中世の頃の戦ではそれでも有効な城構えだったのだろうか。いずれにせよ、中世の頃までの城にはこうした「土塁、空堀」が多いのだ。

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 で、さすがにそうした古い町なのだろう。街にはやたら「有形文化財指定」が沢山あって、建物の前にそんな標識があるのですぐわかる。この写真でいえば、真ん中ちょっと右下にあるのがその標識。で、ここから3軒くらいずっと「有形文化財指定・店舗及び住居」なのである。いやあ、すごいなこれは。もっとも、見るとだいたいが昭和期戦前の建築。まあ、そうだわな、3月6日のエントリー『現存せず』ではないが、そんな古いものが今は残ってはいないよな。ただし、特に大きな工場などもなかった石岡市なので太平洋戦争の空襲にもあわなかったようで、こうして昭和戦前期の建物が残っているのだ。おまけに、目抜き通りは大体丁字路ばかりで、これまた古い町独特の街づくりである。

 元禄13年(1700年)に徳川光圀の弟、松平頼隆が常陸府中藩に入封して水戸藩の支藩になり、常陸の国の中心は水戸ということになり、石岡はその立場を失う。

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 街角でやたら目立ったのが、こうした雛人形。まあ、時期ものではあるが、いいのかなあ。もうすでに3月3日はとっくに過ぎているのだが、そんなことしたら石岡の女の子たちは皆行き遅れになっちゃうじゃない。

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 ということで、最後は筑波山でシメ、ということですね。

Nikon D100+AF-S Nikkor 18-105  (c)tsunoken

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