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2011年3月31日 (木)

『東京随筆』はいい。しかし、時代は遷都論である。

 もう、東京が政治的首都と経済的首都と文化的首都の三つを負うのはやめようよ。

『東京随筆』(赤瀬川原平著/毎日新聞社/2011年3月5日刊)

 こんなのんびりした散歩カメラが出来ればいいんだけどね、ということで章タイトルと行った先だけを書く(項目タイトルが知りたい人はは本を読んでね);

『歴史の痕跡』 池上/千足池/五反田/戸越銀座/高輪/青物横丁/六郷土手/大森/品川/天王洲アイル/大井町/羽田

『江戸の味わい』 森下/門前仲町/両国/向島/京島/木場/砂町/亀戸/亀有/柴又/田端/王子/赤羽/旧古川庭園/錦糸町/北千住/小岩/葛西臨海公園/潮見/清澄/隅田川水上バス/浅草/東京スカイツリー

『下町の愉しみ』 根岸/三ノ輪/吉原/千駄木/谷中/東京藝術大学/不忍池/国立科学博物館/上野動物園/上野公園/合羽橋商店街/アメ横/東上野

『絵筆と街並み』 西池袋/雑司ヶ谷/椎名町/サンシャインシティ/巣鴨/駒込/目白/常盤台/上板橋/江古田/石神井公園/豊玉/白山/茗荷谷/湯島/護国寺/江戸川橋/後楽園/東京ドーム/本郷/東大本郷キャンパス

『円の中心』 京橋/築地/銀座/新橋/汐溜シオサイト/日本橋/人形町/小伝馬町/月島・佃島/霞ヶ関/永田町/国会議事堂/兜町/番町/靖国神社/皇居/皇居一周/北の丸公園/日比谷公園/丸の内/有楽町/神田/お茶の水/神保町/秋葉原/岩本町

『青山 赤坂』 麻布/赤坂/青山/愛宕/広尾/白金台/浜松町/東京タワー/六本木/アークヒルズ/代官山/恵比寿/目黒/渋谷/ハチ公前/青山学院/表参道ヒルズ/神宮前/原宿/代々木競技場/明治神宮/代々木上原

『途中下車のすすめ』 松陰神社前/三軒茶屋/駒澤大学/桜新町/用賀/二子玉川/等々力渓谷/田園調布/世田谷ボロ市/豪徳寺/経堂/馬事公苑/成城/下北沢/駒場/下高井戸

『木漏れ日 武蔵野』 中野/新井薬師/沼袋/高円寺/阿佐ヶ谷/荻窪/吉祥寺/三鷹/深大寺/野川公園と国際基督教大学/小金井公園/府中/国分寺/玉川上水/国立/田無/多摩都市モノレール/立川/日野/青梅/御嶽

『路地と坂道』 中井/下落合/神楽坂/高田馬場/市ヶ谷/四谷の路地裏/四谷荒木町/新宿御苑/西新宿/新大久保・コリアンタウン/代々木の踏切/千駄ヶ谷

『遠足記』 山下公園/港の見える丘公園/鶴岡八幡宮/鎌倉大仏/箱根関所/大涌谷/鉄道博物館/伊豆大島

 毎週毎週4年間にわたって行った「散歩カメラ紀行」である。さすがに、東京を下町中心にかなりの場所を踏破している。う~ん、老人力侮りがたしである。おまけに、この老人力は興味の赴くままに自由に行くのかと思っていたら、そうでもなくて、ある場所に行くとそれに関連する場所も気になってそこにまた行くという、普通の人々のような連関で行く場所を決めているようなのだ。

 勿論、その場所には赤瀬川氏なりの思い出のある場所もある。だが行ってみると昔赤瀬川氏が行ったときとは全く違う様相を見せている場所が多い。当然である、「変化する街」が東京である以上、昔と同じ場所はないのだ。

 ここで、昔からの東京(江戸? 人によっては)をどう懐かしむかという部分において、その人がそういう経緯で「東京人」になったのかということが重要になってくる。私のように「東京で生まれたからいやでも東京人」である人間と、物ごころついてから東京にきた人たちつまり、「自分で東京人であることを選んだ人たち」である。

 私にとってみれば、「自分で東京人であることを選んだ人たち」は、まあ、勝手だよな、ということである。東京と言う街に勝手なイメージをつけていて、自分なりの「東京イメージ」を勝手に作って、それでその通りにならないように変容してしまった東京のイメージを「怪しからん」とか言っている奴。「う~ん、僕が見ていた東京のイメージじゃないんだよね」とか勝手なことを言っている奴。そんなものは、あらかじめ我々が思っている東京のイメージじゃないんだから、当たり前じゃないか。というか、東京のイメージを変えたのはあなたがたでしょう、という気分。

 要は、東京(江戸)は元々は日本における単なる田舎町(でも大きい)にすぎなかったのだ。それが徳川家が実質首都としてしまってから政治・経済における日本の首都として作ってしまったからいけないんだよな。もういいいじゃないですか。政治の中心は例えば京都において、経済の中心だけを東京に置けばという考え方もあっていい。勿論、伊達藩の仙台遷都というのも考慮の範囲だ。

 札幌首都なんてのも個人的にはいいじゃないかとも思う。まあ、札幌に首都を置けばロシアもあまり北方領土にも干渉したくはないだろうし、いいんじゃないでしょうか。

 まあ、今それを言うべき時期ではないことは分かっているが、しかし、ボチボチ遷都論を言い始めていい時期ではないかな。

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