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« 『アイヌときどき日本人』というタイトルはいいのだが・・・ | トップページ | 『文学部がなくなる日』ったって、なんでそれが問題なの? »

2011年3月11日 (金)

『末裔』は末裔に関する話ではあるけれども、それ以上でもそれ以下でもない

 ある朝、起きてみたら自分が毒虫に変身していたグレゴール・ザムザと、種類は違うが同じような不条理を感じていたのだろう。この物語の主人公、富井省三は。

『末裔』(絲山秋子著/講談社/2011年2月17日刊)

「ミシンと蝙蝠傘」のエピソードが出てくるから、これはシュールレアリスムに関する小説なのかと思ったら、要は不条理に関する小説だったのだ。ある日、家に帰ってきた妻を癌で失った主人公はその家の「鍵穴」がないことに気づく。鍵のノブはあるのに鍵穴だけがないという「不条理」。そこからストーリーは始まる。

 主人公は新宿で「乙」という青年に会う。その青年に守られながら、しかし同時にその青年に追い出されてしまい、鎌倉にある伯父の家に行く。何故か、鍵が開けっぱなしになっている伯父の家に居候(?)になりながら、そこに昔からいたインコと出会ったり、疎遠になっている娘(映画の助監督、多分サードかフォースだろう)と巡り合ったり、おまけに娘と一緒に伯父の元妻であったのが伯父の死後、別の男に嫁いだりした伯母と会ったり、信州の佐久で昔の富井家の様子を見たり、そこで「乙」の別世界での在り方を見つけたり、最後はアメリカに行っている筈の弟、義雄が区役所の自分の後輩の娘の夫になるということを知ったり。つまり、その間に自分が気にしていた(とは自分では意識していなかったことなのだが)ことの全てに「解」がでてしまうのである。勿論、その「解」でもって「解決」にはならないのだけれども。

 で、主人公は自宅に帰ってくる。勿論、そこには「鍵穴のない鍵」があるだけなのである。しかし、もはや主人公には怖いものはない。隣のキャンキャン吠える犬も、いまや自分の支配下に置くことが出来る。

 つまり、この物語の主人公、富井省三は、この物語を通じて失った妻に対する思いを、いろいろな自分の関係者に託して描いていたのだろう。次第に疎遠になる息子、突然いなくなったが鎌倉の家で会えた娘、大好きだった伯父の妻だったが伯父の死後別の男に嫁いだ伯母、自分には最早関係なくなってしまったと思えた弟、インコ、犬・・・。

 そしてそうした人々との関係を見つめてやっと、妻と出会えた主人公は自ら感じる。そう、俺は最早自由なのだと。今や58歳の区役所職員である。別に出世を夢見たわけではない。単に、淡々と公務員人生を送ってきただけである。そんな男にも「その後の人生」を考えてもいいとは、公務員時代には考えてもいなかったのだが、今やその後の人生を考えなければならない時期になってしまった。で、結局自分の後半の人生(ったってせいぜい20年くらいだけどね)は勝手にやっていいんだ、ということに気づくお話だったのね。

 シュールレアリスムとは関係ないし、不条理とも関係ない、単なる人生観、つまり系統図における「末裔」って自分じゃない、って当たり前なんだけれどもの、というのがこの話のキモである。

 ところで「不条理劇」って、本来は喜劇なのだそうだ。あんな暗い話だと思っていた『変身』もカフカは喜劇として書いたそうだ。とすると、ある日、玄関から「鍵穴」がなくたってしまった富井省三の話もなんか明るく思えてくる。結構、明るい未来(ってそんなに長くはないが)へ向けての話だったりするのだ。

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