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2011年2月 2日 (水)

内田樹と上野千鶴子の違いってなんだろう

 で今日は二番目のテーマ「フェミニズム/ジェンダー論」であります。

『ためらいの倫理学』(内田樹著/角川文庫/2003年8月25日刊)

 フェミニズム/ジェンダー論の中身は『なぜ私は性について語らないか』と題して各項目は『アンチ・フェミニズム宣言』『「男らしさ」の呪符 上野千鶴子編『男性学』を読む』『正しい日本のおじさんの道 林道義『フェミニズムの害毒』を読む』『性的自由はありうるか? 飯田祐子『自己決定』を読む』『セックス・コンシャスネスの神話 上野千鶴子・宮台真司他『買売春解体新書』を読む』『「女が語ること」のトラウマ ショシャーナ・フェルマン『女が読むとき、女が書くとき』を読む』『性差別はどのように廃絶されるのか』という、ほとんどが書評の形をとって書かれている。

 しかし、内田氏は本当に上野千鶴子氏が嫌いなのだなあ。実はこの章はそのほとんどを費やして上野千鶴子氏批判なのである。つまり『フェミニストは、「男である」ことが私を愚かにしているドミナントな要素であり、それゆえ、それ以外のファクターがどう改善されても、私が「男である」限り、私は致命的な仕方で社会の実相を見誤り続けるであろうと主張する。百歩譲って、私はこの主張を認めてもいい。しかし、この命題を逆転して得られた、「女である」限り、フェミニストは社会の実相を洞察し続けるという命題については、私はこれを受け容れるわけにはゆかない』として、フェミニストが「女である」限り社会の実相を見誤ることがなく、男が「男である」限り社会の実相を見誤るという考え方を、ルカーチの「プロレタリアの目には世界は階級的に見え、ブルジョワの目には世界は非階級的に見える」というロジックの誤りとともに斥ける。そして『さまざまな社会的不合理(性差別もその一つだ)を改め、世の中を少しでも住み良くしてくれるのは、「自分は間違っているかもしれない」を考えることのできる知性であって、「私は正しい」ことを論証できる知性ではない』と結論づける。そうなのだ、内田氏の論理では『「自分のバカさ加減」についてどれくらいリアルでクールな自己評価ができるかを基準にして、私は人間の知性を判定している』ので、フェミニズムが主張するような「自己の絶対性」を信じて疑わない知性の低さを嘲笑っているのだ。

 しかし、その後の部分で『このまま性が商品的に扱われる実情がどんどん勢いづいてゆくと、やがてあらゆる変態行為や性倒錯を含む性商品が極度に日常化してしまい、あまりに日常化したあげく、誰もセックスに興味をもたなくなってしまう日が来る。そのような日が来ることを上野自身は待望しているように私には思えたからである。これは相当にラディカルな態度であり、私は上野のこのスタンスを支持する』として突如上野千鶴子氏支持に転じるのである。

 それは『どのような差別であれ、「差別について過剰に言及すれば、結果的に差別は強化される」、これは社会的差別についての私の経験的確信である』といいつつ、一方で『しかし、私の経験には同時に「過剰に言及される論件に人々はやがて飽きる」という知見も含まれる』として、やがてフェミニズムも飽きられてくるだろうという予言をしている。

 要は内田氏の上野千鶴子氏批判って、近親憎悪なのであった。もし内田氏が女だったらそれこそ上野千鶴子になっていたかもしれない。

 而して、今やフェミニズムを声高に唱える人々は(少なくともマスコミ的には)消え去り、カミング・アウトした性同一性障害者、オカマやホモ、ゲイやらゲイ風を売り物にした芸人がテレビに跳梁跋扈していることになってしまった。嗚呼、それは「女性解放」とか「性差別の廃止」ということとは何の関係もないのだけれどなあ。

 それはマスコミ人の(確信犯的な)間違いでしかない。

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