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« 歴博に行ってきた | トップページ | 『FRAMES OF LIFE』とは「命の枠組み」っていうことでしょ »

2011年2月28日 (月)

森博詞氏にはご心配していただいていますが、所詮出版なんてものはバクチだってこと

「職業」という観点から見た「小説論」なのであるけれども、つまりそれは「小説」は「芸術」ではなくて、多くの人にエンターテインメントを届ける「娯楽設備」なのであるということである。

『小説家という職業』(森博詞著/集英社新書/2010年6月22日刊)

 したがって、予告していた時期に本が出ないということは許されることではなくて、作家は「締め切り」を守れ、編集者は締め切りを守れない作家に対しもっと厳しく当たれ、締め切りを守った作家に対しては報奨金を出し、締め切りを守れなかった作家からはペナルティをとれともの申す。たしかにそれはビジネス感覚からは当たり前のことである。予定していた時期に本が出なければ、それは出版社の経営計画(出版計画)に齟齬をきたすことになるわけで、それは経営上の大きな問題だ。ということで、それを守らせる要諦ということで、出版各社は「文芸誌」とか「コミック誌」というものを出す。

 文芸誌(とかコミック誌)を出すというのは、単なる経営的な判断ではなくて、というか経営的判断だったら赤字の文芸誌なんてものは出さない方がいいのだが、そこにはこうした作家と出版社の間の「締め切り」を巡る攻防戦があるのだ。つまり、編集者としては作家に対して「この日までに原稿を入れてくれなかったら雑誌が出せない。そんなことになったら、アンタ訴訟問題ですゼ」(まあ絶対にそんなことはしないけど)というプレッシャーを作家に与えるわけですね。単なるプレッシャー。それ以上の意味はない。つまりそんなプレッシャーを与えても作家の方はまんま慣れているし、編集者の方もいつも言っていることだけだし、ということで毎月(毎週)のよくある作家vs編集者の攻防戦にすぎない。なかには「私が原稿を落とす(締め切りに間に合わない)ことによって、新人が出てこれるかもしれないじゃないですか」なんて開き直った漫画家が実際にいたのであります。

 何故か、出版社の編集者が締め切りを守らない作家をしっかりフォローし続けるのは何故か。要は、出版業なんてものは所詮バクチにすぎないからなのだ。エンターテインメント産業というのは最終的にはバクチなんだけれども、でも、映画なんかは基本的に資本がかかる。当然、資本が多くかかっている業界はそれなりにマーケティングなんかをして、取り敢えずいまの観客は何を望んでいるのかを見たうえで、映画の方向やら、宣伝方向を「こうしたら」という風にもっていくのである。クルマとか家電とか金がかかっている産業はやはりマーケティングでもって「取り敢えず今のトレンドはこうでしょ」というものを見てから開発か、あるいは最後の味付けを変えるわけだ。

 小説はそうじゃない。取り敢えず作家が個人で書いたものは基本的に人件費ゼロであろう。まあ、中にはスタッフをおいて書く人もいるからそうじゃない人もいるのかもしれないけど。基本的にはゼロである。そんな基本的に資本ゼロの小説に「宣伝費」なんてものがあるのかということが問題である。当然、宣伝費はあるわけども、それはやはり資本の少なさが関係して当然少ないわけだ。映画の場合は「製作宣伝費」と「配給宣伝費」というものがあって、それぞれ使い道が違う宣伝費があるわけなのであるけれども、出版の場合は元々の資本が少ないので、それなりの宣伝費になってしまうのだ。新聞宣伝は新聞社との提携によって他の宣伝よりだいぶ安い宣伝費で広告を掲載してもらえる。ということで、そこがほとんどの宣伝費の使い道になってしまうのですね。あとは、その新聞宣伝にのせられた新聞関係者がその本を読んで、新聞やテレビで書いたり喋ったりしてもらう、いわゆる「パブリシティ」がたよりなのだ。

 で、そんなことをしても結局は小説が売れるか売れないかはまだ分からない。あとは結局「読者が判断する」ってことね。って、つまりそれはバクチってことじゃない。例えば、講談社から出版されている『進撃の巨人』なんてコミックは、映像化とかなんにもしていないのに、いまや講談社最大のヒット作なのだし、 『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』 はそれなりのプロモーションが効いた作品だとは思うが、同じプレジデント社のドラッカー著『マネージメント(抄訳)』が売れたのは、まさに「もしドラ」効果としか言えないバクチ性だろう。

 要は出版社に来る新人なんてのはこのバクチ性に乗って来るわけで、所詮、実業なんてものを目指しているわけではないのだ。所詮、「虚業」。出版に関してそんな感覚を持っているものだけが実はこの業界で生きていけるものなのだ。

 ということで、森博嗣氏はもうちょっと出版業界も「普通の業界」になれば、ということを言っているのだが、多分それは無理でしょうね。だって、この業界にいるのはヤクザ稼業のバカばっかりなのであるからね。

 まあ、そんなところ。

 出版業界なんてものは一流大学を優秀な成績で卒業した人達が来るところではないのです。

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