フォト
無料ブログはココログ

Amazonウィジェット

  • Amazonおまかせリンク
  • おすすめウィジェット
  • Kindle

« 結局は「憎しみの連鎖」なのだが、それがいつまで続くのかということ | トップページ | こんな講座のある今の大学生がうらやましい »

2011年2月22日 (火)

日本アカデミー賞は何故子役に賞を与えるのか、ということ。儲かりゃいいのか?

 日本アカデミー賞ってやっぱりひどいね。

Generalization34

 日本アカデミー賞が、単なる日本テレビによる「アカデミーショー」であることは前々から知っていたのだから、例えば『キネ旬グランプリ』ほどの価値観は始めからもって見ていない。とはいうものの、今年ほどひどいアカデミー選択はないんじゃないか。

 まあ、作品賞とか主演女優賞、主演男優賞なんてのはどうでもいい。というか、まあそれぞれそれなりの人が選ばれたんだからいいんじゃないの。寺島しのぶが本来は主演女優賞なんだろうけど(ベルリンに対するオマージュもあるしね)、それが深津絵里であってもいい。それが日本アカデミー会員の総意なのだからね。

 問題は新人賞なのだ。仲里依沙はいい。あれだけ存在感を出した女優はいないだろうし、演技力も何の問題もない。それこそ、最初から助演女優賞あたりをとれてもおかしくはない女優である。日本映画もいい女優を見つけたもんだ。ただし、問題はもう二人の新人賞だ。芦田愛菜、大野百花って、両方とも「子役」でしょ。

 映画で出しちゃいけない「お約束」ってのがあって、それが「子ども」と「動物」なんである。子どもと動物が出てきたら、それでストーリーは全部そっちにもっていかれてしまって、監督の言いたいことは、結局「子役と動物の『可愛いねえ』」で終わってしまうのだ。

 芦田愛菜と大野百花もまったく同じである。おばさんたちは「愛菜ちゃん可愛いわねえ」ですんじゃうのである。演技力とか、当然そんなことを要求される年齢でもないし、それこそ存在感だけの勝負である。その意味では芦田愛菜は存在感のある「女優」ではあるのかもしれない。しかし、まだ「女優」ではない。単なる「子役」である。

 ということは、芦田愛菜が今後10年位過ぎて本当の「女優」になった時に、とてもすごい芝居をして存在感を示した時に、日本アカデミー協会は彼女に「新人賞」を与えることは出来ないのだ。そう、過去に与えたからね。ということは、芦田愛菜は狙うのは主演女優賞か助演女優賞しかないってことなのだ。

 これは、可哀相じゃないの? いくらなんでも。

 まあ、ここはいくつでも特別賞をだしちゃう日本アカデミーだから、そこでは何か理由をつけて特別賞を出しちゃえばよかったのにね。でも、もうだめ。賞をだしちゃったんだから。

 彼女はいくら頑張っても「新人賞」はとれないのだ。どうすんのよ。

 まあ、そのくらいの平衡感覚を持ちましょうよ、日本テレビのみなさん。

« 結局は「憎しみの連鎖」なのだが、それがいつまで続くのかということ | トップページ | こんな講座のある今の大学生がうらやましい »

映画」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/549500/50935684

この記事へのトラックバック一覧です: 日本アカデミー賞は何故子役に賞を与えるのか、ということ。儲かりゃいいのか?:

« 結局は「憎しみの連鎖」なのだが、それがいつまで続くのかということ | トップページ | こんな講座のある今の大学生がうらやましい »

2017年7月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          

PEN PEN チョートクカメラ日記

自転車フォトグラファー 砂田弓弦

シュクレはお留守番

アローカメラ&我楽多屋

まだ東京で消耗してるの?