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« 『沈む日本を愛せますか?』って、愛せるわけないじゃん。他の方法でね。 | トップページ | 『街場の大学論』は何が狼少年なのだろうか »

2011年1月29日 (土)

『疲れすぎて眠れぬ夜のために』というタイトルには何の意味もない

 実はこの本を読む予定ではなかったのである。がしかし、読む予定だった『街場の大学論』のすぐ脇に置かれてあったこの本を一緒に取ってしまったのだな。つまり「著者の新刊と一緒に旧刊も置いておけば、新刊と一緒に旧刊も売れます」という、普段我々が言っている書店あての販売促進テクニックに、私自身がハマってしまったということ。

 ということで今日は『疲れすぎて眠れぬ夜のために』(内田樹著/角川文庫/2007年9月25日刊)ということなのだ。

 しかし、このタイトルはいい加減すぎないか。「疲れすぎて眠れぬ夜のために」ってカバーを見れば「For a Hard Day's Sleepless Night」って、それはビートルズの「A Hard Day's Night」のもじりでしょう。だとしたら、その訳は「眠る暇もない毎日」なのだから「For a ~」の方は、やはり「忙しくて眠る暇もない夜のために」って同じことじゃないか。「疲れすぎて~」っていう部分はどこにもない。まあ、そこに内田氏の書きたいところがあるというのはわかるんだけれども。

 この本は、内田樹氏の他の本とは違いブログを元にしたものではなく、内田氏が喋ったことを元にして、それを後に書き文字から内田氏自身が書きなおしたというものである。だからどうだというものではない。いつもの内田氏の論考でしかない。おまけに、言っていることが全部同じという全く260ページも使って言うことなのか、ということもある。まあ、いつもの内田氏の論考であることが読者をして安心させるということなのだろうか。

 ということは、周辺はいろいろ変化しているのだけれども、内田氏は全然変化していないということなのだ。それじゃあ面白くないな。我々が期待するのは、いろいろな周辺事情によって変化する内田氏の「思想」なのだ。

 周囲の事情や、社会変化や、経済事情、政治変化によっても変わらない「思想」なんてものはあり得ない。「思想」というものは、その時の社会の変化によって融通無碍に変わっていくものなのだ。

 「思想家」というものはそういうものだろう。社会が変わっていけばそれに合わせて変わっていく思想家というのがあってもいい。しかし、意外とこの内田氏って頑固なのかなあ。ブレないのである。

 なんとなく「ブレない」のがいいという風潮になっているこの世の中であるが、それは政治家の問題であって、政治家はブレては困るのである。つまり、政治家は選挙民が選ぶのであるから、たんびブレては選挙民が困ってしまう。今回はこいつに入れよう、でも次回はこいつだぜ、みたいに選挙民が簡単に候補者を選べる方法を、政治家は作らなければいけない。ということは、政治家はブレてはいけないということなのだ。

 しかし、評論家とか、いわゆる「言論の人」はいくらブレてもいいのだ。つまり、自分の言論に対して責任はないからね。

 内田さん、もっと、言うことがブレてもいいんですよ。もっとブレよう。

 ま、もっともそこでブレた内田氏を、私達はまたそこで「ブレたんじゃんかよう」といって批判するんですけどね。そこがプロ(の言論家と)とアマ(の一ブロガー)の違いですけれどもね。

 

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