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« 『過激派で読む世界地図』とは「貧困で読む世界地図」なのだ | トップページ | 『絲的炊事記』 »

2011年1月19日 (水)

『ワタクシハ』シュウカツセイデス

 久々に読んだ小説が、羽田圭介の「シュウカツ」小説なのであります。

『ワタクシハ』(羽田圭介著/講談社/2011年1月17日刊)

 昨年11月17日のブログ「なぜ男たちは皆北へ『走ル』のか」(http://tsunoken.cocolog-nifty.com/blog/2010/11/post-3073.html)で書いた羽田圭介氏の書き下ろしである。

『走ル』の時もそうだったが、この『ワタクシハ』も羽田氏の自身の経験から書きこしてる。

 つまり、高校在学中に「ジャパニーズドリーム」というオーディション番組で行われた超テクニカルバンドオーディションでギタリスト部門で一位になった主人公・太郎は、同じ年にメジャーデビューを果たし、アルバムCDが30万枚売れ、紅白歌合戦に出場し、全国ツァーも実現した。大学生にして760万円という預金を持った太郎は実家を出て一人暮らしをしているが、バンドメンバーの一人が抜けてからはヒットもなく、バンドも解散、いまや立派な「一発屋」でしかない。散発的にあるギターの仕事だけではロクな収入もなく、預金は減るばかりだ。毎日3時間の練習は相変わらずやっているが、付属高校から内部進学した大学3年生にもなると友達は皆就職活動を開始、彼らから見せてもらった就活本を読めば、例えば東京のテレビ局に就職すればすぐに年収1000万円という生活が待っているというではないか。ということで、なんとなく太郎も就職活動に入る。結局、どこか名古屋のそばの会社の社員になり、週末ミュージシャンとなるのだが、それ以上の話は本を読んでほしい。

 要は、これは明大明治高校在学中の17歳の時に文藝賞を受賞し、その後、明治大学に進学して、さらに就職活動をした羽田氏自身の経験なのだ。17歳の時に『黒冷水』で受賞してから、受賞第一作『不思議の国のペニス』発表まで3年かかっている。その次の作品『走ル』までは前作から2年、次の『ミート・ザ・ビート』までも2年という、まあ学生だったから許されるペースですね、というところだろう。

 多分、羽田氏は第一作『黒冷水』を書いた後、自分が何を書けばいいのか分からなくなってしまったのだろう。実は、そんな経験を私もしている。大学生の時に月刊『シナリオ』誌の新人映画評論賞に佳作入選した私は、そこに応募したコスタ・ガブラスと吉田喜重の同名作作品『戒厳令』を比較したかなり長めの映画評論を書いたのち、短い評論を書けなくなってしまって、400字詰め50枚の評論を書いて『映画批評』に投稿した後、映画評論を書けなくなってしまった。今、考えてみれば長めの映画評論なんてものはそれだけで、その後に再び短いものも書けるはずなのだが、何故か陥るスランプである。

 そんな自らのスランプ体験を、ミュージシャンにたとえて書いたのが本書である。若すぎる成功経験が、その後の人生に与える影響というものだ。つまり、マスコミはあまり若い奴に賞を渡しちゃいけないということなのだろう。ま、私の場合はそんな大したもんじゃないし、私自身の思い込みでしかないが。

 で、「シュウカツ」である。就活も結局は企業社会的にみれば普通のビジネスでしかない。つまり、「需要と供給のバランスに関するビジネスのやり取り」なのだ。「需要=企業・採用する側」と「供給=学生・採用される側」のビジネス的なやり取り。「需要>供給」の時は企業は学生を持て囃し、接待をしてでも採用に命がけになり、「需要<供給」の時は企業は学生を突き放し、厳しく対応する。圧迫面接なんてのもあるだろう。

「本来、企業と応募者は対等」なんてウソウソ。基本的には採用する企業の方が強いに決まっているのだ。その企業(の採用担当者)が「需要>供給」の時は企業は学生を持て囃し、接待をしなんて言うけれども、実は企業側はそんなことに飲み込まれる学生をバカにしているのだ。どうせこいつら入社しちゃえば新入社員として厳しく鍛えられるだけだし、その結果やめる奴もいるだろう、ということだ。どうせ辞めるならば若いうちに辞めてほしいというのも企業の本音である。会社の太い柱になる前だったらどんどん辞めていってもよい。太い柱になったら辞められちゃ困るが、そんな太い柱になる直前に失敗しちゃった奴は辞めてほしい、ということで左遷人事や降格人事が平気で行われるのが企業社会である。でも、辞めないもんね、というのがそこでのサラリーマン側のスタンス。

 結局、サラリーマンなんてのは単なる労働力。他に替えの人間ががいればいくらでも代替可能な仕事でしかない。でも、一度入社してしまえば、特別大きな失策さえしなければ(時には大きな失策をしても)クビになることはない、というのが日本のサラリーマンの世界でもある。そんな「社畜」になることも、でも生きるためには、年収1000万円をもらうためには、「シュウカツ」も必要なことなのか。

 まあ、一度入社しちまえばそれは「既得権益」。そんな「既得権益」を得るためには、「シュウカツ」に骨身を惜しまないのもやむを得ないな。何たって、既得権益ってデッカイよね。

 

 

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