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2011年1月30日 (日)

『街場の大学論』は何が狼少年なのだろうか

 昨夜はアジアカップ・サッカーの決勝戦を見てそのまま寝てしまい、ブログの更新をしないままにしてしまった。勝ってよかったね。ということで、今、日曜日の昼ごろ書いている。

 何故かアマゾンの商品リンクができないので、取り敢えず表紙の写真だけ。

『街場の大学論 ウチダ式教育再生』(内田樹著/角川文庫/2010年12月25日刊)

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 内田氏の『街場の』と題された著書は『現代思想』『アメリカ論』『中国論』『教育論』『メディア論』『マンガ論』とこれまでに六つあり、この『大学論』で七つ目なのだが、これまでの『街場論』とは異なり、この本は書き下ろし(ってブログに先に書いてるので、厳密にいえば「書き下ろし」ではないが)ではなく、『狼少年のパラドクス ウチダ式教育再生論』(朝日新聞社/2007年2月刊)という親本があり、その文庫化なのであった。

 で、何が『街場』なのかと言えば、多分それはブログなどで先に書いていて、それはかなり書き飛ばし風なので、所詮それは「街場の話題」レベルですよ、ということで「街場論」なのだろう。そういえば、この『街場の大学論』に書かれている話題も、その後の内田氏のブログなどでも再三触れられている話題がいくつか見られる。とは言うものの、その話題にされている問題が未だに解決されていないのだから、それも仕方のないことなのだろう。

 特に『第4章 大学がつぶれてしまう』に書かれている論考は、一昨日書いた『沈む日本を愛せますか?』で書かれたのと同じ発想で、つまり、日本人口が減っているのだから、これからは日本中が「ダウンサイジング」というものを発想の原点にして、すべて考える必要があり、大学も同じであって、要は入学定員を減らし、そうして減らしても大丈夫なように大学教職員も生活を考えながら対処しなければならない、というものである。しかし、「ダウンサイジング」というものは企業経営者にはなく、大学経営者も結局は企業経営者と同じであるということ。経営者のアタマには「右肩上がりの時代」と同じ悪しき前年比主義しかなく、そうした発想をしている間は入学定員削減なんてことは不可能である。そんなことをしている間に、例えば2009年には5校の大学で募集停止=大学破綻ということになってしまっている。

 こうした「破綻大学」は低偏差値の新設大学であればあるほど、その危険性を増している。それは、こうした低偏差値の新設大学であればあるほど、より学生を募集しようとして新設学部・学科を作ったり、施設を作ったりして設備投資をするのだが、そんな大学を卒業したってロクな就職先もなく、そんな大学には誰も入学しようとせず、入学生が少ないので、大学側はまたまた新設学部・学科を作って対処しようとする、という負のスパイラルに陥っている。

 まあ、神戸女学院大学のような古くからある名門大学やマンモス大学では喫緊の話題ではないが、それに早いところから気付いて大学に入学定員の削減を提案するあたり、内田氏も冴えている。

 もうひとつ、この本で興味を持ったのはいわゆる「マッドサイエンティスト」問題である。マッドサイエンティストのような学者は多分私立大学よりは国立大学の方に多いだろうが、こうしたマッドサイエンティストの存在が否定されてきているというのは問題だ。大体突然変異的なことを発明したり、誰も研究しないようなことを研究し続けている「変な教授」の存在が日本の大学を豊かにする。まあ、こういう人は学生の教育なんてものにも興味はないだろうし、大学内での出世なんてことにも興味はないだろうから、大学からしてみればある種の「お荷物」なのだけれども、こうした「お荷物」くらいは飼っておける余裕が大学と言う組織には必要なのだろう。って、実は企業にもこうした「お荷物」的な社員はいるわけで、そうした「お荷物」も企業文化を育てるには必要だということ。これは企業以上に「文化」を大切にする大学と言う組織には必要なのだ。

 ということ。

 で親本はこちら↓

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