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« 『スティーブ・ジョブス 失敗を勝利に変える底力』と言ったって、ほめている訳ではない | トップページ | 赤線奇譚 »

2010年12月 2日 (木)

『私のフォト・ジャーナリズム』は長倉洋海の一代記だ

 結局、一日書かない日が出来てしまった。基本的に「本」についての記事は多少まとめ書きをしてためてあるのだが、出張やら、飲み会やらが重なるとそれを徒に消費してしまい、それが尽きると「書かない日」が出来てしまうというオソマツ。ま、また今日から出直しですね。ということで・・・。

『私のフォト・ジャーナリズム』(長倉洋海著/平凡社文庫/2010年11月15日刊)

 長倉洋海の本は普通、写真集としては記事が多い写真集という体裁をとっているものが多い。多分、それは長倉自身が写真だけでは伝えられないものが多いという「焦燥感」のようなものに駆られて作った写真集のスタイルなのではないだろうか。しかし、多くの写真家の写真集はほとんど写真だけで構成されているものが多い。問題は、その写真家が写真だけで構成される写真集で自分の表現が「伝えられる」と考えているのかどうか、ということである。長倉氏は自らの「フォト・ジャーナリスト」という立場から、写真で伝えるべきは伝えるが、それだけでは伝えられないものがある、と考えるからこその「記事が多い写真集」なのだろう。

 この本でも、自身書いているように、長倉洋海といえば、エル・サルバドルとアフガニスタンのマスードである。双方とも、勿論戦争(戦場)写真も多いけれども、同時に「銃後」の写真も多いのが長倉氏の写真集の特徴である。戦争を描くというのは戦場を描くばかりでなく、戦場に行っていない人たち、戦場から返ってきた人たち、戦場にこれから赴く人たち、という戦場だけでない部分もあって戦争全体を描くことになるのだ、ということが長倉氏が長い戦争取材で分かってきたことなのであろう。

 若いころは、というか長倉氏位の年代(私も同じような年代だ)位は大体ベトナム戦争に従軍した日本人カメラマン、岡村昭彦氏や、石川文洋氏などの写真にあこがれて写真家になり戦争写真家を目指すんだけれども、その頃の戦争はベトナム戦争の頃のアメリカ軍のマスコミ対策方法とは全く違って、全く逆の方向、つまり如何にして許可されたものしか撮らないカメラマンや、広報資料しか書かない記者だけに情報を流すかという、方法論になってしまっていたのだ。

 第二次世界大戦の頃のマスコミ対策は、基本的に「自分たちの戦争はファシズムに対する民主主義の戦争だ」というのがあったので、基本的にすべてオープンだった。それが、ベトナム戦争の頃までは生きていたのだろうな。ところが、ベトナム戦争であまりにもオープンにしすぎたために、ベトナム戦争の記事・写真は逆に南ベトナム解放戦線を支援するような方向になってしまい、マスコミ対策としてはアメリカ政府の側は失敗したのだ。

 従って、その後の戦争・紛争ではアメリカ軍の報道姿勢は180度かわり、選別し、自らの言うことだけを聞くメディアだけにオープンする、日本型報道スタイル「寄らしむべからず、知らしむべからず」という反民主主義的なスタイルに変わってしまったのだ。

 そういう中で、長年戦争取材を続けてきた長倉氏の姿勢には、自分にはなかなかできないこととして、尊敬している。

 今後も、戦争取材を続けているのだろうか。もう長倉氏も58歳なのだが・・・。

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