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2010年12月13日 (月)

『武士の家計簿』は明治の軍隊にはロジスティックがあったということを示している

こういう武士を昔は「武士の風上にもおけない」とか言って皆でイジめたんだろうな。

『武士の家計簿』(礒田道史著/新潮新書/2003年4月10日刊)

普通、映画の存在を知っていて、まだその原作を読んでいない場合、あまりその原作を映画を観る前に読んでしまうということはしない。つまり、映画を見る前にあらかじめ事前に心にバイアスをかけるのを避けるのだ。しかし、この本は小説ではないし、映画も別にこの本にある加賀藩士猪山家の家のストーリーは前提としていないだろうから、という安心感から読んでしまった。

きっかけは日本近代史を研究している礒田氏が神田の古本店で「金沢藩楮山家文書 入払帳・給禄証書・明治期書状 天保~明治」という文書を発見したことである。「楮山」はその後「猪山」であることが分かり、文書には家計簿だけでなく明治初期の家族の書簡や日記なども含まれていることがわかり、つまりは江戸時代末期から明治初期までの武士の生活がよく分かる資料であることが分かったのであった。そんな資料をもとにして書かれたこの本が、江戸末期から明治初期における武家の生活をかなり正確に記したものであり、したがってそれをもとにして映画化することを森田芳光は考えたのだろう。いかにも森田らしい目の付け所だ。

目次は『第1章 加賀百万石の算盤係』『第2章 猪山家の経済状態』『第3章 武士の子ども時代』『第4章 葬儀、結婚、そし幕末の動乱へ』『第5章 文明開化のなかの士族』『第6章 猪山家の経済的選択』

猪山家は加賀藩の「御算用者」という、いわば加賀藩の経理係だったわけだが、文字が上手だったことと、経理という仕事柄細かいことまで書き記す習慣を持っていたのだろう、猪山家六代佐内の時に隠居した前藩主前田重教の「御次執筆」、前藩主の秘書役のようなものに出世している。ふーん、こういう出世って昔にもあったのだ、ということなのか、あるいは開明的な加賀藩ならではのことなのか。

しかし、それにしても武士の「身分費用」というものにかかる収入からの割合はすごいものだ。それも支出のほとんどは親類と家中あてなのである。つまり親戚づきあいにこれだけお金をかけるいうことは、それだけ武士の世界の付き合いの世界の狭さということにつながるのだろう。当然、「士農工商」という身分制度に縛られていた時代であるから、付き合いのあいては武士なら武士だけになるのだろう。さらに「連座制」という、一族郎党が皆連帯責任を負わせられる社会である。いやでも親戚同士の付き合いは濃密にならざるを得ないのだろう。つまり、そうした付き合いの範囲の狭さが、明治期になり武士階級の没落につながったのだ。

しかし、猪山家は9代目の成之の時に軍務官を経て海軍省に勤めることになり、無事明治政府での出世を果たす。勿論、海軍といっても主計官である。要するに、明治以降の世界では軍務も大事だが、それ以上に経理が大事であるという時代になったのである。ロジスティックの大事さがこの時代では政府部内では認識されていたことがわかる。ところが、その後に昭和になった頃にはこの思想はまったく忘れ去られて、ロジスティック無視のとんでもない戦争に突入したのは、やはり武士階級出身の将軍たちによるものだったのだ。まったく、武士階級ってものはいつまで経ってもアタマが悪いのだろう、ということである。

で、結局猪山家は成之の子どもが日露戦争に従軍し、戦死してしまい、そこで猪山家は断絶しているようだ。明治初期の海軍によって再興した猪山家だが、結局その海軍によって猪山家は断絶してしまうという、まあ、やはり武士というのは「畳の上で死ねない」人たちなのであった。

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書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

確かに、猪山成之のエピソードは興味はありますが、そうなると猪山直之の話じゃなくなってしまいますね。森田としてはやはり「侍らしくない侍、猪山家の『家族ゲーム』」をやりたかったんだろうから、まあ、ああいう映画の作りもあるのでしょう。
映画版については最近書きましたので、そちらも見てください。

久々にどうも。因みに映画は観て原作本は本屋でなめた程度。

>「武士の風上にもおけない」とか言って皆でイジめたんだろうな。
むしろそうした加賀藩的な浪費癖がかえってその後の廃藩置県の際に
富山に逃げられ福井に逃げられとした結末の一端なのかと。
(そういえば10年前には石川銀行が破綻し、富山の北陸銀行が
多くを引き継いだ、なんてこともありましたっけ)

 映画は結局森田芳光らしい「加賀藩猪山家の『家族ゲーム』」って
印象が一番ぴったりくる仕立てでしたが(そのぶんそのヘンな間の
持たせ方が「勿体ない退屈」をいくつも引き起こしているような
いかにもなるほどの東宝映画でした。前半の騒動シークエンスは
今は白泉社文庫「中国の壺」に入っている川原泉の「殿様は空の
お城に住んでいる」にも似てるかと)、やっぱり観たかったのは
成之の大村益次郎(村田蔵六,日本における兵站=ロジスティクスの
立役者にして第一人者)にまつわる奔走のエピソードをポッと
嶋田久作出すだけでなくつぶさに観たかったような。
 本屋でなめた程度の本文では大村益次郎の銅像作成に際しても
猪山成之の緻密な算用術が奏功して作られたものなのだとか。
そのあたりのエピソードも観たかったかなと。

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