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2010年12月14日 (火)

『東大生の論理』と言ったって、それは東大生に特有のものなのだろうか

 著者の高橋昌一郎氏はウェスタンミシガン大学数学科および哲学科を卒業後、ミシガン大学大学院哲学研究科修士課程を修了し、テンプル大学専任講師を経て、現在、國學院大學文学部教授をしている。つまり、そんな「非東京大学」の高橋氏が半年間東大で非常勤講師をしていた時の体験からこの本を書いたものだ。

『東大生の論理 「理性」をめぐる教室』(高橋昌一郎/ちくま新書/2010年12月10日刊)

 そんな高橋氏の東大生に対する印象は『①状況を整理して図式化する分析力』『②与えられた条件すべてを満たす方法を発見する適応力』『③解の一般化を見出す洞察力』『④負けず嫌いで再度チャレンジする奮発力』『⑤想像力が豊かで発想を転換できる独創力』『⑥自主的に応用し研究を進める行動力』『⑦懐疑的で風刺できる批判力』『⑧理解できたと納得するまで諦めない忍耐力』『⑨思いのほか正義感が強い倫理力』『⑩感受性が鋭くユーモア・センスもある機転力』に溢れているという、しごくまっとうなものなのだ。ということは、高橋氏は初め東大生は『状況を整理して図式化できない』『与えられえた条件ですべてを満たすことができず』『解の一般化を見出せず』『一度負けると再度チャレンジできない』『想像力に欠け発想の転換ができない』『自主的に応用したり研究を進められない』『懐疑的でなく風刺ができない』『理解できなくとも納得してしまい』『正義感がなく』『感受性に欠けユーモア・センスがない』とでも考えていたのだろうか。それが非常勤講師を半年やってみたら、意外と東大生っていい奴だし、さすがにアタマも切れる、なんて感じたのだろうか。でも、そんなのはどこの大学生(といっても最低偏差値ってのはあるかもしれないが)だって同じことなのだ。

 反対に、東大の教わる側(残念ながら学生でなく聴講生)から見た東大教授って何だろうというのが遥洋子氏の書いた『東大で上野千鶴子にケンカを学ぶ』(ちくま文庫)である。ここでは逆に、上野千鶴子から「本に書いてあることをまず否定せよ」とアジられた東大生の姿が見られる。当初は上野教授のアジにあおられていた東大生が、次第に上野流の「まず命題を否定する」読み方ができてくる様子が描かれていて、それはそれで東大生の優秀さが証明されているのだが。

 まあ、高橋氏の教えたのは東大の理系の学生であり、上野氏の場合は文系の学生であるという違いがあるのかもしれないが、所詮は同じ東大生。つまりは、東大生だって普通の学生なのである、ということでしかない。

 ただし、東大生と他の大学の学生が違う最大のポイントは、高橋氏も書いているが『これまで私は、さまざまの大学で講義を担当してきたが、最初の授業でここまで目を輝かせて嬉しそうにしている学生の集団を見たことがない』『一般に大学入学直後の最初の授業といえば、多くの学生が緊張気味に他の学生の様子を窺っているのが普通である。自分の望み通りの大学に入学できて嬉しそうな学生のいる反面、実際には第二志望や第三志望の大学や学科に入学してしまったっため、不安そうに俯いている学生や、不満そうな顔で周囲を睨みつけているような学生も見受けられる』『ところが、この教室に集まっている学生は、おそらく全員が晴れて第一志望の東京大学に合格しているのである。だからこそ、少なくとも入学直後の今は、ここまで屈託なく「箸が転げても笑う」状態にあるのではないか』ということである。

 そんな東大生も、入学してしばらくすれば、如何にして授業をサボって、サークルやバイトに精を出し、しかしそれでも如何にしていい点数を取るかということに苦心惨憺する普通の学生になるのだ。我が家の東大生もまったくその通りで、いまでは勉強するために東大に入ったのか、アメフトをするために東大に入ったのか、訳がわからなくなってきている。とにかく、授業にでなくても、テストやレポートさえ出してればOKな教授の授業ばかり受講して、実際に授業に出るのは語学と自分が興味がある講義ばかりという状態である。まあ、そんなところは東大生ったって普通の大学生なんだろうな。あとは「シケプリ」と「シケタイ」のお世話になりっぱなしという状態だ。

 まあ、それでもいつかは卒業できるのが日本の大学の良いところだ(あるいは「いい加減なところだ?」)。私には、やはり立花隆氏の『東大生はバカのになったか』の方が相応しいように思えるのだが・・・。もっとも、立花氏もそこの結論で「東大生はバカになった」とは言っていないのだが。

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