フォト
無料ブログはココログ

Amazonウィジェット

  • Amazonおまかせリンク
  • おすすめウィジェット
  • Kindle

« 日露戦争の写真は「死体」写真ばっかりだが、だからこそ考える意味もある | トップページ | ニッポンタカイネ »

2010年12月10日 (金)

『殺して忘れる社会』はまさに今の社会なのだなあ

 産経新聞なんて自民党の機関紙にすぎないと考えていたのだが、意外と大阪版は硬派なんだということに気づかされた。

『殺して忘れる社会 ゼロ年代「高度情報化」のジレンマ』(武田徹著/河出書房新社/2010年11月30日刊)

 要は産経新聞大阪版に書いたコラムを集めた本なので、その時その時でテーマは異なる、それを編年体でなくテーマ別に編んだのが本書である。

 その内容を目次から拾うと;

『はじめに 殺して忘れる社会』『第1章 ネットのルールと町の掟』『第2章 マスメディアの没落、ジャーナリズムの黄昏』『第3章 多様化せず、格差化する社会』『第4章 リスク社会を生きる』『第5章 新たな「核論」のために』『第6章 テクノロジーに飼い慣らされないために』

 ということ。ただし第6章はどちらかというと武田氏の趣味のページのごとく、私の最近のメイン機材であるところのEPSON RD1のことやらライカM8、パナソニックLUMIX G1などのカメラの話などは「うんうん」なんて頷きながら読んでしまう。

 しかし、少し長めの『はじめに』にはいろいろ読ませる内容がある。つまり、『憎しみは否定的ではあるが、関係を持とうとする限りにおいて、愛の反対語ではない。関係を持つ必要性すら認識しない無関心こそが、最も酷薄に人の存在を無に帰すという意味で、愛の対極に位置する。つまり、無関心は人を「殺す」。』『スキャンダルの渦中にいる芸能人や政治家をバッシングする、それは対象となった個々人への憎しみからなされるものではない。バッシングは血の通う人間を相手に行うものではなく、情報社会の中で個々人がそれぞれに担う立ち位置に応じて、まるで水が高いところから低いところへ流れるように注ぎ込まれる情報の流れとしてある。そうしたバッシングが該当者の社会的生命を抹殺し、さらには本当の生命すら奪うことがあるが、バッシングしている側には実感が伴わない。それはバッシング対象について知りたがっているようでいて実際には大した興味もなく、彼や彼女の人生がバッシングでどう変わるかにも関心はない。話題として盛り上がっているからバッシングの流れにも便乗するが、本当のところでは別にどうでもよく、バッシングが原因で自殺しようがしまいが、自分がそれに関係があるという当事者意識は持たないからだ。』『そして忘却とは、そうした無関心のバリエイションだ。実際「彼女」や「彼」「妻子ある国会議員」「元・官房長官」についても、改めて記憶を辿れば思い出せるかもしれないが、そうでもしない限り、今やバッシングしたことすら忘れていただろう。それが「殺して忘れる社会」の実相である』という。

 毎日毎日、新しい情報にさらされているうちに、私たちはその情報の元になった人達に対する関心が薄れ、数日のうちにその対象になった人について忘れ去ってしまうという、対象者への関心の薄さというものが、今日の高度情報化社会における私たちのビヘイビュアであるのかもしれない。しかし、そうした対象者(あるいは対象となった事象)への関心の薄さと同時に、私たちはそんな対象者(あるいは対象となった事象)への発言の量だけは落とさない。どころか、益々増えていくのだ。つまりは、テレビ・ワイドショー化であり、それが衆寓化である。問題はその発言の「質」なのであるが、それは問題にされない。発言の「量」だけが問題にされ、その「量」が多いほど対象者への(その時だけの)関心の高さを計る目盛りとなる。そして、数日のうちに、自分の発言すらも「忘れて」しまうのだ。そうやって、目の前の事象を次から次へとやり過ごさなければ、そのあまりの情報の量についていけない。

 その結果、民主主義は衆寓政治へとまっしぐらに進んで行き、為政者の細かな失政をことさら取り上げて大騒ぎし、超短期政権を次から次へと生み出していく。

 そんな社会なのである。今は・・・。いやでも・・・。

 

« 日露戦争の写真は「死体」写真ばっかりだが、だからこそ考える意味もある | トップページ | ニッポンタカイネ »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/549500/50237529

この記事へのトラックバック一覧です: 『殺して忘れる社会』はまさに今の社会なのだなあ:

« 日露戦争の写真は「死体」写真ばっかりだが、だからこそ考える意味もある | トップページ | ニッポンタカイネ »

2017年6月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  

PEN PEN チョートクカメラ日記

自転車フォトグラファー 砂田弓弦

シュクレはお留守番

アローカメラ&我楽多屋

まだ東京で消耗してるの?