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« 原宿 渋谷 街角のオブジェ | トップページ | 1970年、二十歳の憧憬 »

2010年11月22日 (月)

『僕の虹、君の星』という名の「性」の匂いのしない写真

 ハービー山口は写真家ではあるが、エッセイについても類まれなる才能をもっている。

『僕の虹、君の星』(ハービー山口著/マーブルトロン/2010年8月30日刊)

 もともとは表紙の写真に魅かれて買った本である。「Bright Morning」と題されたその写真は、パンツひとつとソックスだけ履いたやせぎすの少女のヌードの後ろ姿と、それをソファに座って眩しそうに眺めている上半身裸で猫を抱えている男の子の写真である。多分、このふたりは姉と弟ではないだろうか。恋人というような「性」を感じさせる写真ではない。これは、ハービー山口の写真の特徴なのであるが、女性写真も多い山口なのであるが、この写真のように「性」を感じさせるものはないのだ。

 これは山口が若いころ患っていたという、腰椎カリエスという難病との関連もあるのだろうか。難病に悩み、一時は登校拒否までした山口が辿り着いたのは写真という世界だった。その写真の世界でも、すぐにはそれで生計を立てることはかなわず、イギリスに旅立ち、そこで10年間という時を過ごす中で、結局ハービー山口が辿り着いたのは「性」の匂いのしない女性たちだった。いずれにせよこの「性」の匂いのしない写真というのは、要は「生」の匂いのしない写真ということだ。しかし、だからといってそれは「死」の匂いもしない。ここが微妙なところである。「生」の匂いもしないし、「死」の匂いもしないということは、要はそれは「生死の境い目」にある写真ということなのだろうか。

 この「エッセイ集+写真集」にも少女との淡い恋が描かれている。しかし、山口が大学2年生、相手の少女はまだ14歳の中学3年生である。まだまだ「性」を描くには早すぎるその恋の行方は、結局なんとなくなくなってしまい、それは破局というのでもなかったようだ。まあ、よくあるなんとなく、なくなった恋である。この少女との間に「性」の関係があったらどうだったのだろうか、と考えてもあまり意味のないことだろう。過ぎ去ったことに対して「もしも」というのはあまり意味のあることではないかもしれない。

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      この写真が表紙。 (c)ハービー山口

 そんなわけで女性写真の多い(というか男性写真家である以上、女性写真が多いのはまあ、無理のないことなのだけれども)ハービー山口ではあるけれども、そんな「性」の匂いの少ない写真群をみていると、これは藤代冥砂というとにかくすべての女性に「性」の匂いをかぎ取ってしまう写真家との対比が面白い。

 写真を見て、そんな感じを感じとれるということも面白いと思うが、それだけ写真というものは、写し取っている人間の感性をその写真の中に写してしまうものである、ということに面白さを感じる。

0911081 こういうのとは大いに違うのだ

EPSON RD1s+Summicron 35mm (c)tsunoken

 

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