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2010年11月 9日 (火)

『日本赤軍!』の関係者・帯同者たち

 1960年代に早稲田大学の社学同解放派で活動してパクられた作家・小嵐九八郎氏による、共産同赤軍派あるいは日本赤軍関係者・帯同者へのインタビューである。といっても、重信房子氏や和光春生氏はいまだ獄中にあるため、この両名は手紙のやりとりによる聞き書きが主である。

『日本赤軍! 世界を疾走した群像 シリーズ/六〇年代・七〇年代を検証する(2)』(塩見孝也・重信房子・和光春生・足立正生・若松孝二 著/編者・聞き手:小嵐九八郎/図書新聞/2010年9月15日刊)

 共産同赤軍派といえば、1969年9月5日の日比谷野外音楽堂における全国全共闘連合結成集会で突然登場し、暴れまわったのを憶えている。本来、ノンセクトラジカルが領導していた全共闘運動に内ゲバというのはもっともふさわしくなく、ああ、これで全共闘も終わりかなと感じたものである。しかし、その後のよど号ハイジャックとか、重信房子のアラブ赤軍宣言とかは、なんかカッコ良いなとも感じていた。

 ハイジャックに関しては、本当は強固なスターリン主義国の北朝鮮じゃなくて、キューバあたりに行きたかったんだろうが、飛行距離の短い国内線ではせいぜい北朝鮮にしか行けなかったのか、と少しガッカリもしたのだが。

 結局、北朝鮮に渡ったよど号グループは別としても、アラブへ渡ったグループは、そこで闘いが日常となったパレスチナのコマンドたちの生活を見て、多分、そこには日本にいては感じられない解放感と同時に緊張感も味わったようだ。逆に日本に残ったグループは、多分その閉塞感から毛沢東主義者グループと野合して、連合赤軍として彼等がもっとも批判していたスターリン主義者的な自己批判と総括の結果としての大量死という状況を生んでしまった。あさま山荘についても、それは闘いなどというものではなくて、単に警察に追い込まれてしまって、逃げ込んだ先があさま山荘というだけであり、本来ありえない人質を盾にした戦い方って、そんなの人民戦争じゃないじゃないか。

 しかし、共産同赤軍派の「国際根拠地論」はある意味で、当時の閉塞した左翼状況を打ち破る(あるいは逃げ出す)にはもっとも適していたようだ。しかし北朝鮮に飛んだ(逃げ出した)とか、アラブに飛んだ(逃げ出した)とはいえ、それが日本の状況をどうして変えることにつながるんだという部分が、実際には頭デッカチでまず無意味。とは言うものの、先に述べたようにそれが当事者たちの気分転換にはなったようで、日本にいるよりは精神的に健康な方へ向かっていったのかもしれない。あるいは、世界から日本を見ることによって、日本にとどまっているよりは、より自由なものの見方が出来たのかもしれない。

 その意味で、重信房子の元気な帰国・逮捕はわれわれ(いまや)「気分だけの左翼」にも安心をさせ、その発言が当初からぶれていないことにも安心させる。もっとも、その発言自体が和光春生に言わせれば「ウソ」であるということなのだけれども。

 いずれにせよ塩見孝也の言う「前段階蜂起論」は結局時期尚早というか、いかにも学生らしい頭デッカチの理論であったことはわかったわけで、当時すでに「革命の前段階である」と考えていた新左翼セクト主義者の、社会状況に対する分析力のなさといったら、それは大きな問題だ。その結果として多くの若者が命を落としたのだからね。

 結局は、ノンセクトラジカルの「学生運動は自己否定を通じた自己改革運動であり、別にこれが革命の為の運動であるわけじゃない」という発想の方が正しかったということだろう。特に、日大闘争は大学の不正経理と右翼的体質に対する「正義の運動」であっただけに、そこではセクトのつけいる隙を与えずに終っていることの健全さがある。まあ、東大の「大学解体」というテーマはまさにその後の企業による「大学買いたい」になってしまい、まさに外からの「大学解体」なってしまったのは皮肉ではあるけれども。

 ところで、若松孝二はここでは日本赤軍の帯同者というかシンパという立場で書かれているわけだけれども、足立正生は帯同者なのだろうか関係者なのだろうか。関係者というにはオジサン過ぎる年だし、まあ、学生時代の安保体験や鈴木清順共闘体験から左翼活動には親しかったことは判るが、もともと日大芸術学部のアナーキストだった筈だ。それが、「略称・連続射殺魔」や「赤軍-PFLP 世界戦争宣言」などから日本赤軍に近くなり、そのまま日本赤軍に参加してしまったのだろうか。足立正生は赤軍シンパ位だと思っていたら逮捕されてしまったことには吃驚した。その辺の解答が本書にあると思っていたのだが、そこまではよく判らなかった。

 ともあれ、この時期、共産同赤軍派の行動力に対しては、公式的には言わないが、各派のメンバーも憧れを持っていたのではないか。

 そんな時代ではある。

 

 

 

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