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2010年10月29日 (金)

『大学破綻』というより再生の書である

 今、日本には778の大学があり、18歳人口の50%以上が大学に進学し、『進学先を問わなければ進学希望者の全員がいずれかの大学の学生になることができる』という。

『大学破綻 合併、身売り、倒産の内幕』(諸星裕著/角川ONEテーマ新書/2010年10月10日刊)

 しかし、一方で浪人してでも入りたい大学があるということは、他方で定員割れを起こしている大学があるということだろう。つまり、2003年に広島県の立志館大学、2005年に山口県の萩国際大学、2007年に福岡県の東和大学、そして2009年になって愛知県の愛知新城大谷大学、三重県の三重中京大学、兵庫県の神戸ファッション造形大学、聖トマス大学、東京都のLEC東京リーガルマインド大学の5大学が募集停止=経営破綻を起こしている。そして『これまでに破綻した3校や最近募集停止した5校を見ると、いずれも小規模で、しかも開学からの歴史が浅く、地方の低偏差値校というところがほとんどでした。誰でも望めば「大学生」になれる時代だからこそ、大学が選ばれてしまうという大学サバイバルの時代を象徴する事態です』ということなのであろう。

 問題はこうした「小規模」で「歴史が浅く」「地方の」「低偏差値校」がそうした理由で募集停止をいう事態に至ったのかというと、そればかりではないというのが本書の論旨である。勿論「小規模で、歴史が浅く、地方の低偏差値校」である故にそうなってしまったという側面があるにしても、実はそれらの大学が「ミッション」を持っていないということが原因であるということである。「ミッション」とは『この大学で学べば、こういう教育を受けることができ、こんな人間として卒業できることを約束します』という大学と学生の間の一種の「契約事項」を指す。つまり、それが明確に示せなかったがために、学生を集めることができなかった、ということである。

 しかし、そんなものを持って、明確に受験生に示せるような大学なんであるのだろうか。まあ、旧帝大あたりは「研究者と官僚」を作りますという割と明確な「ミッション」がそれとなくあるのはわかる。がしかし、それ以外の大学にはそんなものもなく、何となく学生が「う~ん、ウチの大学は実業の世界に生きるための大学なんだろうなぁ」とか「いやあ、ウチはマスコミ人養成の大学だよ」とか「ま、ウチは中級サラリーマンの為の大学だよな」とか「うん、ウチは中小企業経営者(の親が多いから)を作る大学さ」と感じているだけなのである。つまり、大学側には一切そんな「ミッション」なんてものはない。でも、東京や大阪・京都、名古屋辺りにあるマンモス校は大丈夫いくらでも学生はくるからね、てなもんである。

 と思っていたら、そんなマンモス校であっても、いろいろ悩みがあるそうである。私が出た中央大学の場合、ある時深刻な顔をしている大学職員がいたので「いやあ、中央大学の場合、少子化ったって入学者が減るということはないから大丈夫でしょ」と言ったら、いやいやそうではなく、近頃は高校や予備校の受験指導が行き渡って、めったやたらに大学を受験しなくなって受験生がしっかり入れるような大学しか受験しなくなってしまっており、そのために受験生が減ってしまっている、ということなのだ。中央大学の場合、受験生が仮に半減した場合、数億の減収になってしまう。ということで、最近は東京以外の場所でも受験できるようにしているのだが、そうなると、合格して初めて中央大学に来た学生が「なんだ、俺の田舎よりもっと田舎ジャン」と、中央大学にはいったことを後悔する学生が増えることだろう。

 ということで、諸星氏はこの「ミッション」に即して日本の大学に提案する。

『では、この21世紀初めの日本で必要な大学とはどんな大学でしょうか。私に尋ねられたなら、躊躇なく3種類の大学を挙げます。』として、『1つ目は、世界レベルの研究大学です。国家間の競争が益々激しくなるこの世界で、残念ながら日本の大学はこの分野で遅れています。そこでは超優秀な研究者が超優秀な学生に研究の手ほどきをし、一緒に研究をします。 (中略) 2つ目は、本当の意味での教養人を養成する大学です。やる気のある学生が幅広く集まって、いろいろな勉強ができる、教養教育中心の大学です。そこにはさまざまな学問の専門家集団がいて、大学院に進むということをかなり現実的な選択肢として考えている学生たちを「指導」してくれる、そういう大学が必要とされているのです。 (中略) 残る3つ目は、全入時代を明確に意識した大学です。それは、「あまり勉強のできない子」、偏差値でいうと35から40くらいのところの学生を集めて、4年ではなく5年、6年とかかるかもしれないけれど、ともかく一生懸命に鍛えて、社会に役立つ人材に育てる、ということをミッションとした大学です。 ~ この大学では、とにかく「勉強ができない子」しか入れません。「勉強のできる子」は門前払いにします。だからミッションに忠実に、ミッションに特化した教育が出来るのです。』

 ということなのだが、1つ目はまあ問題ないだろう。2つ目も要はこれはいわゆる普通の大学の姿をもうちょっと教養寄りに持ってきたわけだ。ただし、学部制をとっている日本の大学でこうした「教養部的な組織」を作るのは難しいかも知れない。そして3つ目だが、これが一番難しいだろう。それこそ高校の教師あたりを大学教授にして「算数」から教えるような授業が必要になるかもしれない。なにしろ「微分・積分」どころか、ヘタをすれば「九九」あたりから(小学3年生か!)教えなければならないような学生である。なんでそんな奴を入学させるんだよ、というお叱りもあるかもしれませんが、入れちまったもんは入れちまったもんだろう。ちゃんと卒業できるまで面倒見るってもんが、日本の学校らしくていいじゃないか。

 まあ、大学全入時代はそのくらいしてあげないとね。

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