フォト
無料ブログはココログ

Amazonウィジェット

  • Amazonおまかせリンク
  • おすすめウィジェット
  • Kindle

« 『全学連と全共闘』ったって、一緒にはできないのである | トップページ | 『テレビの大罪』はもう何度も言われてきたことだけれども »

2010年10月27日 (水)

『「戦後」を点検する』ことで見えてくるもの

 いつの頃までを「戦後」という呼び方で総括するのかというのは人によって違うのだろう。

『「戦後」を点検する』(保坂正康・半藤一利著/講談社現代新書/2010年10月20日刊)

 取り敢えず本書では「昭和の戦後」という判断で昭和50年をその区切りとしている。

 1956年(昭和31年)の『経済白書』ではすでに「もはや戦後ではない」という言い方をされて、それはつまりアメリカから独立を果たし、朝鮮戦争特需によって経済的離陸を実現したことをさす。しかし、その言葉は中野好夫がその年の2月に『文藝春秋』に書いた一文のタイトル「もはや『戦後』ではない」のパクリだったとは知らなかった。そういう意味では、人によっては1964年の東京オリンピックを戦後の一区切りとする人もいるかもしれないし、六〇年安保闘争までだという人もいるだろう。『私は沖縄の祖国復帰が実現しない限り、わが国にとって「戦後」が終っていないことをよく承知しております』と言った佐藤栄作にとっては1972年(昭和47年)が戦後の一区切りだろうし、同じく1972年でも4月の沖縄返還じゃなくて9月の日中国交回復だというのが田中角栄かも知れない。その意味では本書での一区切りである1975年(昭和50年)というのも妥当なのかもしれない。

 しかし、実際には保坂氏の言う『「戦後」ということばがいつ死語になるか。それは日本が戦争を始めたときでしょうが』という言葉通り、まさに「今に至るもずっと『戦後』である」という考え方でなければならない。65年たっていまや「歴史」化してしまいそうな戦後史であるが、しかし、そんな「歴史」にしてはいけない、たしかにもはや「体験」することはできないのだろうが、それでもずっと「戦後」であり続けることが、次の戦争を起こさない理由になっても良いではないか。

 それにしても、日本の戦後って半藤氏が言うように『けっきょく、朝鮮半島もインドシナ半島も――ここでは触れませんがインドネシアでも――日本が立ち去ったあとに混乱と戦火が起きている。むろん、それは米ソやフランスやオランダなど旧宗主国の思惑が引き起こしたものですが、日本はその間、かつて占領していたことも忘れたように「我関せず、一から出直し」で経済成長にひた走っていたという面はたしかにある』という、アジアの歴史に対する無責任な態度のおかげで、ここまでの経済大国になってきたのである。それだけでもあまり大きな顔もできないところなのに、ちょっと国境の島問題で韓国、中国が騒いだくらいで大げさに反発する日本人ってなんなんでしょうね。それこそヘタすりゃ「戦後」じゃなくなってしまう、とんでもないことなのだ。

 とまあ、そういうことで私も保坂氏の言うとおり「日本がふたたび戦争を始めるまでは戦後」という発想で、今後とも戦後が続くことを願うのだ。

 そこでひとつだけ保坂氏、半藤氏の思い違いか記憶違いがあるのではないだろうかというのが「傷痍軍人」についての発言だ。半藤氏が『数寄屋橋あたりで座っていたのは、昭和二十年代の終わりぐらいが最後じゃないかなあ。軍人恩給が出るようになったこともあるのかな。』といい、保坂氏がそれに答えて『そうかもしれませんね』と相槌を入れると、横から編集者が『あの~、昭和五十二、三年ごろはまだ見かけましたよ」と突っ込みを入れるわけだが、それに対して半藤氏が『ホント? たぶんそれはニセモノじゃない?』と答える部分がある。しかし、昭和52~3年というのは大げさだが、昭和20年代の終わりが最後というのは、実は間違っているのだ。

 実は昭和30年代になってもまだ街に立つ傷痍軍人はいた。中にはニセモノもいたのかもしれないが、その大半は朝鮮人の兵隊だそうだ。戦争が終って朝鮮籍を獲得したが故に日本の軍人恩給をもらえなかった元兵隊たちがそうして街角に立って物乞いをしていたというのである。

 できれば、その辺だけでも、もう一度検証してもらいたい。

« 『全学連と全共闘』ったって、一緒にはできないのである | トップページ | 『テレビの大罪』はもう何度も言われてきたことだけれども »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/549500/49850508

この記事へのトラックバック一覧です: 『「戦後」を点検する』ことで見えてくるもの:

« 『全学連と全共闘』ったって、一緒にはできないのである | トップページ | 『テレビの大罪』はもう何度も言われてきたことだけれども »

2017年8月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    

PEN PEN チョートクカメラ日記

自転車フォトグラファー 砂田弓弦

シュクレはお留守番

アローカメラ&我楽多屋

まだ東京で消耗してるの?