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2010年10月21日 (木)

『世界で勝てるデジタル家電』なんてものはない日本はもう「鎖国」しかないのではないか

 もはや日本は「鎖国」しかないかもよ。

『世界で勝てるデジタル家電 メイドインジャパンとiPad、どこが違う?』(西田宗千佳著/朝日新書/2010年10月30日刊)

 20年程前にモントリオール国際映画祭に行った際に乗ったタクシーが韓国のHYUNDAI(ヒュンデイ)製だった。確かに、街を走っている自動車はまだアメリカ製や日本のトヨタ、ホンダ、ニッサンが多かったが、タクシーではヒュンデイが多かった。運転手に「パフォーマンス(「性能」のつもり)はどう?」と聞いたのだが、答えは「うーん、まあ壊れないからね」だった。つまり、タクシーの運転手にとっては車というのは性能を楽しむものではなくて、仕事のために使うものなので「壊れない」ことが一番重要なのだ。多分、その先には「値段も安いからね」という答えもあったのだろう。

 この時、私は「ああ、これからは韓国製の車と日本製の車は戦わなければならないのだろうな」と思ったのだが、いまや車だけじゃなくて家電製品も完全に韓国の支配下に日本製品は置かれているのだ。

 海外に行って最初に目にするのは空港にある広告である。以前は大体日本のSONYとかPANASONIC、TOSHIBAというのが定番で、それを見るたびに我々日本人は「いやあ、日本製品も海外で活躍しているなあ」なんて愛国心を掻き立てられたものだ。それが、いまやHYUNDAIやHTCなんて韓国や台湾の企業の広告がやたら目立っている。HTCなんてツール・ド・フランスに出ている自転車チームまで持っているしね(って、これは自分の趣味ですが)。そこまで、韓国企業が世界進出しているということなのだろう。

 ソニーがポータブル・ラジオやウォークマンを出して世界を席巻していた時代は、要は、ソニーが例えばラジオをリビングルームから外に出して聴くもの、音楽をリスニングルームやリビングルームから外に出して聴くもの、という新しい生活習慣を提案してそれが受け入れられたからであろう。つまり、それはポータブル・ラジオとかウォークマンとかいう「ハードウェア」を出しただけでなく、ラジオを聴く習慣、音楽を聴く習慣というものについて、新しいソフトを提供したということなのだ。

 その意味で今使われているのが「プラットフォーム」ということなのだろう。例えば電子書籍でいえば、iPadとかKindleというのは単なるハードウェア、デバイスにすぎないが、そうではなくて「電子書籍で本を読む」ということの前提が「プラットフォーム」ということなのだろう。つまり、「電子書籍」という概念、それを「どうやって読むのか」という形式、どんな「デバイスが便利か」という方法論などをすべて考えたものが「プラットフォーム」である。

 それが日本企業は韓国辺りからの追い上げにあった際に、それまでの日本企業と外国企業のやり方をそのまま援用してしまったのだな。つまり、追い上げる後発国は絶対に人件費の安さから「価格競争」を仕掛けるだろう。そして次には「性能競争」を仕掛けるだろう。つまり、これはこれまで日本がやってきた方法論をそのまま援用しているだけなのだ。そこで日本が対抗策として出してきたのは、製品の高付加価値化であり、高級化なのだった。確かに、そうすれば日本の人件費の高騰化も吸収できる。しかし、残念ながら日本には例えばドイツのような文化的バックボーンがなかった。日本製品がいくら高級化しようがライカやポルシェにはならないのだ。結果として、日本製品は「確かにいいかもしれないけど、高いね。付加価値もあるかもしれないけど、高いね」ということになってしまった。要はその企業の文化まで見てくれなくて、単に「高いものを作る会社」というだけの評価になってしまったのだ。

 こうなったらどうだろうか、日本を再び鎖国してしまうという提案である。多分、これから日本がポタブル・ラジオやウォークマンのような生活環境に関する提案は出来ないだろう。おまけに、韓国・中国などの新興国に対する防御策もないだろう。だったら、日本鎖国くらいしか方法論はないのではないだろうか。以前、ガラパゴス携帯について書いた際にも書いたのだが、要は、もはや日本鎖国しかないのである。鎖国をして日本人だけでどうやって生活していけるのだという見方もあるけれども、まあ、鎖国してしまえばどんなに貧乏しても生かされるだろうし、何とかなるというのが鎖国時代の日本の実際であった。

 もう新しい生活習慣を提案できないなら、もう鎖国ですね。我が日本は。

 

 

 

 

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