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« 「正義」の話を当たり前のようにするっていうのは、やっぱり「正義」じゃないのだ | トップページ | 遠野まつり »

2010年9月20日 (月)

ヘーゲルが総理大臣になったところで、日本のどこが変わるっていうのですか

「萌え系」の表紙で読者を目くらましして、本を読ませようというのは『もし、ドラ』と同じ発想だ。まあ、「真似の講談社」なんだからそういうこともあるのだろう。

『ヘーゲルを総理大臣に!』(小川仁志著/講談社/2010年9月21日刊)

 ただし、内容は極めて真面目な本だ。それもヘーゲルという難解で通る哲学者の話をやさしく聞かせようと言うのだから、「ヒッカケ」としてそういう表紙を持ってきたのだな。

 個人、地域あるいは職業団体、国家あるいは公共体という具合にその存在の意味や意義を説いて聞かせ、あるいはヘーゲルの時代にはなかった「リベラル・コミュニタリアン論争」なんてものまで引き出して、あの「ヘーゲル法哲学を分かりやすく解説」しているのだ。まあ、哲学なんてものは本来は簡単に説明できる事柄を、その内容をキチンと規定するために却って難しい術語を生み出して、物事をやたら難しく解釈しようという衒学術なのだから、それを簡単に解説しようと思えば、その問題を単純化してしまえば、簡単に説明しようとすることはできる。しかし、その単純化は問題を本質から遠ざけることになってしまい、その結果、単純化された説明ではその哲学を説明したことにならなくなってしまうのだ。つまり、「個人も大事だが地域あるいは職業団体も大事」だとか「個人も大事だが国家あるいは公共体も大事」であるなどという、ごく当たり前の発想になってしまい、その結果「ヘーゲルの国家主義」が見えなくなてしまい「自由主義者としてのヘーゲル」なんていう順逆の考え方に落ち着いてしまう。

 勿論、ヘーゲルとて個人の自由を尊重しないわけではない。しかし、それ以上に国家の意思の方が尊重されるというヘーゲル本来の発想を忘れてしまうわけにはいかないのだ。『せっかく政権交代まで実現したのに、社会は思ったほど劇的に変化することはなく、経済も一向に回復し』ないからヘーゲルを総理大臣にすればすべてが解決するということにはならないだろう。ヘーゲル主義を援用して現代の政治を行なえばうまくゆく、と小川氏が考えることは勝手であるが、だからといって『社会が劇的に変化』して『経済が回復』することはないだろう。世の中はそれほど単純ではないし、なによりもヘーゲルの時代のような国家観では今の時代には通用しないだろう。そして更にヘーゲルが言うところの「職業団体」である企業が既にグローバル(超国家)化している以上は、ヘーゲルを乗り超える思想がなければならなく、その為にそのような思想を獲得しようと、皆苦労しているのだ。

 まあ、菅伸子ではないが「ヘーゲルが総理大臣になったからって、日本のどこが変わるっていうのですか」というところだろう。

 

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コメント

 えー、おっしゃりたいことはよくわかっております。小川氏が語っているのはヘーゲルの哲学ではなく、それよりもむしろ私たち自身のことなのです。
 しかしながら、一つだけ疑問に思うのは、「難解」な哲学をこのように分かりやすく解題してしまってよいものなのだろか、ということです。
 つまり、「難解」な哲学は「難解」なままにておく方が良いのではないか、というのが私の考え方です。「難解」な哲学書をむりやり「解釈」しようとすると、却ってわからにくくなる。むしろ「難解」な文章は「難解」なものだというふうにそのまま読む進めていくと、突然「理会」するという時が来たりするわけですね。
 ある「難解」な哲学をみんなに興味を持って欲しいがために易しく「解題」しようとしたりする哲学者の気持ちは分からないではないが、むしろそれをしない方が「理会」に近くなるのではないか、というのが私の考え方なのです。

小川です。拙著のご紹介ありがとうございます。ただ、ヘーゲルが総理大臣になったら何が変わるかというよりも、むしろ私たち国民一人ひとりが変わることを強調したいのです。これは社会の改革論ではなく、「私」の改革論、生き方指南ですから…。

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