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2010年9月24日 (金)

駒沢オリンピック記念公園第二球技場

2010_09_11_008_2

EPSON RD1s+Summicron 35mm (c)tsunoken

 駒沢オリンピック記念公園である。上の写真、中央奥に見えているのがオリンピック記念塔となっている、1964年東京オリンピックの際に電気や電話、給水などの管制を行なっていた管制塔である。しかし、いまやモニュメントとしてしか存在していないのだが、もはや46年も前の東京オリンピックであり、何のモニュメントであるかすら知っている人は少ないだろう。「その昔、東京でもオリンピックが開かれました」なんてね。

 駒沢公園は元々駒澤ゴルフ倶楽部というゴルフ場があったところで、1940年の東京オリンピックのメイン会場になる予定だった。それが日中戦争によりオリンピックは中止となり、その場所は陸軍に接収され練兵場となった。戦後、当時は東急が持っていたプロ野球の球団のフランチャイズとして野球場が建設され、その後東映フライヤーズとなった球団のフランチャイズ球場として永らく使用された。それが、1964年に東京オリンピックが開催されることになり、東京都より返還を命ぜられ、神宮外苑周辺の第一会場に次ぐ第二会場として、陸上競技場や屋内競技場が作られ、オリンピック終了後、駒沢オリンピック記念公園という風になったわけだ。

 1940年、1964年の東京オリンピックとか現在は北海道日本ハムファイターズとなった東映フライヤーズとか、とにかく歴史を感じることになる駒沢オリンピック記念公園は、その中に陸上競技場(サッカーなどの球技にも使用)、屋内競技場、球技場がふたつ、野球場、弓道場、ランニングコースやサイクリングコース、テニスコート、スケートボード場、そして普通の公園のような森や遊び場などがあって、これが東京の中なのかというくらい広い。さすがに戦前のゴルフ場である。贅沢に土地を使っているのだ。ちなみにお隣は駒澤大学です。

2010_09_11_007_2

NKON D50+AF-S Nikkor 70-300 (c)tsunotomo

 ということで、大学スポーツのメッカとなっている写真に写っている駒沢オリンピック記念公園第二球技場(長い!)では大学のサッカー、アメリカンフットボール、ラウロスなどの試合が殆ど毎週末行なわれている。うーん、駒澤大学有利(!)。しかしこの球技場、スタンドはあるのだが、サイドライン1面のみで、反対側のサイドライン側と両エンドライン側は金網になっていて、会場外からも競技が見えてしまうという構造になっている。これじゃあ有料試合は行なわれないな、ということで大学スポーツといっても、1部リーグの試合はだいたいなくほとんどが2部リーグ戦。1部リーグの試合があるのはラクロスなどの超マイナースポーツで有料試合が組めないようなスポーツで使われている。さもありなん。

 うーむ、ラクロスが有料試合を行えるようになるのはいつの日だろうか。

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