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2010年8月31日 (火)

「平成の琉球処分」を跳ね返すにはやはり「琉球独立」しかないだろう

 設定を間違えてしまい、昨日UPする予定だった「NHK、鉄の沈黙はだれのために」が一昨日UPされてしまったので、昨日は記事なしになってしまった。反省。

 で、さきほど読了した本について書く。

 結局、軍事拠点としての沖縄はいずれかの国の属国にしかなりえない、ということなのだろう。それが日本なのか、中国なのか、アメリカなのかとは関係なく。したがって、そのような関係論を断ち切るには「琉球独立」しかないのではないか。

『小説 琉球処分』上・下(大城立裕著/講談社文庫/2010年8月12日刊)

 解説の佐藤優氏は『沖縄は、普天間問題に対する東京の政治エリートの対応を「平成の琉球処分」を受けとめている』と書き、『沖縄県内への普天間飛行場の移設に関与する東京の政治エリートは、今後も理屈抜きの「はねかえしてもはねかえしても寄せてくる」ような静かな抵抗を沖縄から受けるだろう』として、『そして、その抵抗を繰り返すうちに、沖縄の人々の間に、かつて自らの国家であった琉球王国が存在し、それがヤマト(沖縄以外の日本)によって、力によって滅ぼされたという記憶がよみがえってくる。そうなると日本の国家統合が内側から崩れだす。この過程が始まっていることに気づいている東京の政治エリートがほとんどいないことが、現下日本の悲劇である』と結論づける。

 確かに、沖縄に対して日本が行ってきた強制の歴史がある。ひとつは、この小説に書かれている「明治の琉球処分」であり、第二次世界大戦終了間際の「沖縄戦」であり、1972年のいわゆる「沖縄復帰」であり、そして今回の「平成の琉球処分」たる普天間米軍基地の移転問題である。

 沖縄戦においては「日本本土の防衛線」として、日本本土を守るために捨て置かれ、沢山の民間人が殺された。いわば日本本土を守るための人身御供として沖縄は使われた。その後、米軍事政権下に置かれ傀儡民政府の下に沖縄の人達は苦しめられた。横暴を極める米軍に対して何も言えない沖縄の人民。

 そこからの避難先として沖縄は日本復帰を勝ち取った。しかし、その結果は日本の経済に飲み込まれて、それまでの米軍事政権下にはあった保護策が一切行われないむき出しの沖縄になり、結局、米軍基地は残ったままである。

 日本の0.6%の土地しか占めていない沖縄に75%の米軍基地があるというのは、やはりおかしいだろう。米軍基地が日本にあるのがどうなのかという問題は別にして、どうせあるなら各県に応分の負担を求めるべきである。それが「普天間基地の県外移転」を公約にして当選者を集めた民主党への期待だった。しかし、それを見事に裏切った「平成の琉球処分」は、やはり沖縄は日本のために犠牲になる存在でしかない、ということを物語っている。

 以前、私は「普天間基地を静岡に」と書いたが、あながち冗談で書いたわけではない。米軍基地がひとつもない静岡に米軍基地を持ってきたっていいじゃないか、おまけにそれで静岡空港の赤字問題も解決するし、というわけである。

 そんな感じで、日本の各県に米軍基地を移転し、それぞれの県で「米軍基地とは何なのか」という問題を共有すればいいのである。そのぐらいの度量を国民は民主党に期待したのではないか。

 まあ、もっとも沖縄での論議は菅総理が「沖縄のことを勉強するために『小説 琉球処分』を読んでいる」(その発言のために講談社は文庫化を決めたのだけれどもね)と発言した5~6月頃から盛り上がったのだが、その後、甲子園での高校野球が始まったために少々しぼんでしまったということだ。それでも、沖縄の日本に対する複雑な思いは今でもあるわけで、それを解消しないではおけない。もう、いまや「琉球独立論」しか沖縄を救う論はないのではないだろうか。

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コメント

提唱者が学者で庶民生活を反映していない。だから個々の琉球庶民の人々の独立したいという理由が漠然となってしまい様々な妨害が入る。
参考までに、私の場合はこう提唱者が学者で庶民生活を反映していない。だから個々の琉球庶民の人々の独立したいという理由が漠然となってしまい様々な妨害が入る。
参考までに、私の場合はこういう理由で琉球独立を目指している。
http://jyuurokkujyou.seesaa.net/article/300839517.html?1354271616

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