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2010年8月11日 (水)

『座頭市』って実在の人物だったんだ、ということに吃驚

 座頭市に実在のモデルがいたなんてことは初めて知った。これは面白い。

『時代小説英雄列伝 座頭市』(子母沢寛他著/縄田一男編/中公文庫/2002年11月15日刊)

 読みたくていろいろな書店を彷徨ったのだが見つけられず、ようやくAmazonのマーケットプレイスで見つけた。1,300円というなかなか「良い」値段で出ていたので早速購入(本来は629円+税だけどね)。

 内容は、子母沢寛の元祖『座頭市物語』(「ふところ手帖」より)、同じく『飯岡の助五郎』(「遊侠奇談」より)、大塚稔の映画『座頭市物語』シナリオ、堂門冬二版『月を斬る座頭市』と編者・縄田一男の解説『虚と実を彷徨う闇のヒーロー』である。

 なにしろ、この中公文庫版でたった9ページの短編小説にすぎない原作版『座頭市物語』から約30作の劇場映画、約100作のテレビ映画が作られ、それらのノベライスや子母沢寛以外の作家による新作も作られた座頭市。いかにこの主人公が魅力的かといことなのだが、原作版を読んでみて初めて分かったことは「座頭市が『天保水滸伝』でお馴染の飯岡助五郎の子分だった」ということである。

 座頭市が「天涯孤独の旅烏」であるという設定は、大塚氏の映画シナリオで作られた新設定である。確かに、原作版では飯岡助五郎の笹川繁蔵襲撃に市が参加しない理由として「目の見えねえ片輪までつれて来たと言われては、後々、飯岡一家の名折れになる」というのでは、敵方に平手造酒という剣豪がいるというのが判っていながら、あまりにも飯岡助五郎の脇が甘い判断だ。映画版のように、座頭市は飯岡助五郎の食客にすぎず、平手造酒が病気で倒れてしまって今は伏せっているというのを聞いた飯岡助五郎が、今こそ笹川襲撃のチャンスとばかりに戦支度を始めたときに、平手造酒と戦わせるために座頭市を遊ばしているんだということが分かった市は自ら戦いへの参加を拒否する、と言う方があえて戦いを好まない市らしい判断として納得できる。

 さらに座頭市が天涯孤独の旅烏という設定しした方が、続編が造り易いしね。ということで、大塚氏は初めから連作物としての『座頭市』を意識していたということなのであろう。その為には、実は原作として長編作品を選んで、設定がガチガチになるよりも、こうした短編作品を選んで、設定はできるだけ映画側で自由に作れる方を選択するというのは実に頭の良いやり方である。つまり、ヒチコックが短編や中篇小説を原作に選んで映画化原作としたのとよく似た方法論である。とにかく「映画の側で自由に作れる部分を大きくする」ということである。さておき、映画第一作のこの『座頭市物語』では、原作版のエッセンスは「座頭市が飯岡助五郎の子分である」という点以外は、すべて生かされている。あの有名な台詞「やくざあな、御法度の裏街道を行く渡世だ、いわば天下の悪党だ」という原作版の台詞は、映画では「俺達やくざアは、御法度の裏街道を行く渡世だぜ、言わば天下の嫌われ者だ」というあの名台詞となって生かされている。

しかし、第二作『続・座頭市物語』、第三作『新・座頭市物語』に関してはまったくのオリジナル・ストーリーになっており、おまけにこの三作はすべて大塚氏のシナリオである。第二作『続・座頭市物語』では兄と刃を交え、第三作『新・座頭市物語』ではかつての居合の師と刃を交えるという、座頭市の原体験はすべて大塚氏が書いたものである以上、映画版『座頭市』の基本的なキャラクター設定はすべて大塚氏が決めたものであるということがよくわかる。

 したがって、映画『座頭市』を作る者は、大塚版座頭市(つまり勝新太郎版座頭市)の設定を勝手に変えてはマズいのじゃないかと思うのである。あるいは、変えるのであれば大塚版座頭市との距離感をキチンと出す必要があるのではないだろうか。その辺が香取版座頭市についての不満点だったのだが、この原作版と大塚版との距離感の作り方を見てみると、ますますその不満が高まってくる。それが「最後の座頭市」だから「THE LAST」なんてタイトルがつけられてしまうというのだから、子母沢寛も草葉の陰で泣いているのではないだろうか。

 で、解説を読んでいて吃驚したのは、会津若松市の浄光寺というお寺に座頭市の墓が実際にあるということだ。長岡の武家の「ご落胤」で阿部常右衛門という武士がおり、小さいころから文武両道をみっちり仕込まれたが、その後、盲目となって佐渡市=座頭市と称する座頭となり、初老になってから飯岡に流れ、やくざの群れに身を投じた人物だということである。そのお寺のホームページもあり、「座頭市の墓」の写真も載っている。

 原作にも後日談として「猪苗代湖の近くの小高い丘の辺りに住んだ」という記述もあり、その辺の話を元にして書かれたものである事は間違いない。

 映画版では茨城県の笠間市の生まれだということになっており、笠間市には「座頭市の碑」が建っている。ので、すっかり笠間市の出身という設定なのかと思っていたのだが。

 う~ん、一度「座頭市の墓」も見に行ってみたいものだ。

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