フォト
無料ブログはココログ

Amazonウィジェット

  • Amazonおまかせリンク
  • おすすめウィジェット
  • Kindle

« 代々木と代々木と反代々木でマルクスを語るとどうなるか | トップページ | リストラされるっていうのは、実は会社から「大人」になれって言われたことなんだぞ・・・よけいなお世話だけど »

2010年8月 4日 (水)

「ネットがあれば履歴書はいらない」ひとはごく一部である、ということ

 いまやネットのブログやツイッターが履歴書代わりというか、考え方を見せる道具になったということなのだな。問題は、そこに書かれたものと本人の「差異」である。そんなに、自分を正直に書く奴なんていないのさ。

『ネットがあれば履歴書はいらない』(佐々木俊尚著/宝島新書/2010年1月23日刊)

 ブログの大半は自分の日々の生活を綴ったもののようだ。何か、テーマを絞って書いているわけではない。だとしたら、そんなものを他人が読んで面白がられるわけはないだろう。何か、テーマを持って書いているブログであれば、それはそれで読まれるブログになっていけるであろう。つまり、それはエッセイ集が人から読まれるエッセイ集になるのか、そうじゃないかという違いなのだ。

 そして、人から読まれるようなブログを書いている人たちが、初めて『ネットがあれば履歴書はいらない』と言えるのだ。

 そういうひとたちが、それから先のソーシャルメディア等々を使って、如何にして自分をセルフ・プロデュースしていくかを語ったのが本書である。言ってみれば、それは「ネット・エリート」の世界観かもしれない。

 いまや、ネット・リテラシーを持っている人たちの中でも、エリート層とそうじゃない層ができつつあるのかも知れない。

 つまり、それは「才能」の問題ですね。「人から読まれるようなブログを書く才能」です。佐々木氏はやはりそういう意味では才能があった人なのだ。儲かっていなくて才能を(結果として)輩出した毎日新聞からアスキーに異動して、そうなればほとんどフリーみたいな活動だから、そうしてフリーランサーとしての活動の中から得た結果が、この本に書いてある内容である。元々、佐々木氏にあった「フリー志向」といったようなものがあるのかもしれない。

 同じ、毎日新聞の記者上がりで佐々木氏のようにはメディアで活躍していない人たちを知っているだけにこの辺は複雑だ。メディアで活躍していなくても、地域社会の中で活動している人たちもいるわけで、メディアで活躍するだけが本来じゃないいけどね。

 まさに「ネットがあれば履歴書はいらない」のだが、それは一部の才能ある人のものではないのか、というのが(そんなに才能があるとも思えない)私の感想なのだ。

 う~む、難しいな。

 

« 代々木と代々木と反代々木でマルクスを語るとどうなるか | トップページ | リストラされるっていうのは、実は会社から「大人」になれって言われたことなんだぞ・・・よけいなお世話だけど »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

履歴書の添え状さんへ
お読みくださり、ありがとうございます。
ついでに感想なども書いていただけると、ありがたいです。
これからも、よろしく。

いつも楽しく観ております。
また遊びにきます。
ありがとうございます。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/549500/49052344

この記事へのトラックバック一覧です: 「ネットがあれば履歴書はいらない」ひとはごく一部である、ということ:

« 代々木と代々木と反代々木でマルクスを語るとどうなるか | トップページ | リストラされるっていうのは、実は会社から「大人」になれって言われたことなんだぞ・・・よけいなお世話だけど »

2017年3月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  

PEN PEN チョートクカメラ日記

自転車フォトグラファー 砂田弓弦

シュクレはお留守番

アローカメラ&我楽多屋

まだ東京で消耗してるの?