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2010年7月28日 (水)

「時代小説」どころか、もはや「小説の終焉」ですよ

『おじさんはなぜ時代小説が好きか』(関川夏央/集英社文庫/2010年7月25日刊)

 と言われても宮部みゆきの時代小説は若者が中心読者だろうし、おじさんだけが時代小説ファンではないのだけれどもな。

おじさんはなぜ時代小説が好きか
関川 夏央, 加藤...

 要は、この本はおじさんたる関川夏央氏が好きな時代小説について、何故自分はその時代小説が好きなのかを述べたものなのだ。本当は「おじさんはなぜ時代小説が好きか」ではなくて「関川夏央おじさんはどんな時代小説が好きか」なのだけど、それでは一般受けしないので、表題となったわけである。

 論じている作家と小説は以下の通り。

 山本周五郎と『樅ノ木は残った』『ながい坂』/吉川英治と『宮本武蔵』/司馬遼太郎と『燃えよ剣』『奇妙なり八郎』/藤沢周平と『蝉しぐれ』『又蔵の火』/山田風太郎と『八犬伝』/長谷川伸と村上元三と侠客小説/森鴎外と『阿部一族』

 例えば、吉川英治の章では「過去を裁くのは、歴史の結果を知っている限り、かなりやさしいのです。~いかに裁判官にならずに歴史をえがけるかが問題です。~すぐれた大衆小説はつねにそういうことをめざしています。「おじさん」が時代小説を好む理由のひとつでしょう」と。

 あるいは「サラリーマンや小役人、すなわち普通の暮らしを営んでいる人を決して見くださない。普通とは、むしろ努力によってのみ維持される得がたい状態なのだと考える。そこに藤沢周平文学の本質があり、「おじさん」たちに愛される理由があるのだと思います」と。

 しかし、それらは必ずしも「おじさん」たちだけの感性ではないだろう。要は、関川夏央氏がそれらの作家の時代小説を好む理由であるにすぎない。

 むしろ面白いのは、明治革命の時期を嘉永6年(1853年)の黒船来航から、西南戦争の終わる明治10年(1877年)までの24年間ととらえ、「国民国家」を目指した明治政府の江戸政府末期からの「政策の連続」を見て、大正時代を「大正デモクラシー」ではなく「大正バブル」ととらえ、バブル崩壊後の昭和前期を「国家社会主義」と捉える史観である。

 そうとらえると、幕末の新撰組などの動きが反革命ではなくて「革命勢力」というとらえ方となって、それは1970年代前半までの新左翼運動に繋がってくる、つまりここに「極右」と「極左」の親和性を見るという考え方。また、昭和前期の「国家社会主義」を経験したおじさんたちが、戦後の反米ナショナリズム的な社会主義・共産主義運動に対して「あんな思いをするのはイヤだ」といって同調しなかったが、それは1960年代になって、今度はインターナショナリズムと結びついてきたときに、日本は戦争被害者からアメリカ帝国主義の加担者として、アジア諸国への加害者になったという史観。

 この方が面白い。関川夏央氏の歴史観がよく見える瞬間である。

 実は、私が読んで面白かったのは、山田風太郎の『八犬伝』にことよせて、滝沢馬琴が『南総里見八犬伝』を出版したのが文化11年(1814年)であり、つまりナポレオンがワーテルローの闘いで敗北する1年前に、すでに滝沢馬琴が既に世界で一番最初の「原稿料生活者」であったということである。つまり、その当時、ヨーロッパの小説家・戯曲作家(ということは役者も含め)・音楽家というのは、貴族の援助(というか庇護のもと)で生活する存在でしかなく、文学や演劇(歌舞伎)などが既に「娯楽産業」として投資の対象になっていたのは、日本だけだったという事実である。つまり、当時の日本人の識字率の高さや、文化程度の高さ、経済的な裕福さなどが、実は世界でもトップクラスであったという事実である。「江戸っ子は宵越しの銭はもたない」という言葉も、まさに宵越しの銭を持たなくても、明日の仕事に困らないくらいに世の中が豊かだった、ということなのだ。派遣労働で、ヘタをすれば明日の仕事も見つからない現代とは大違いである。

 それから約200年経た現在、実はいまや日本は世界でもトップクラスの電子書籍大国であるのだ。つまりケータイ文学であり、ケータイコミックスである。電子書籍で先行しているように見えるアメリカでも、これだけのケータイ文学、ケータイコミックスの普及は見られないのだ。で、このケータイ文学やケータイコミックスの書き手(描き手)のほとんどはシロート。ということは、こうしたケータイ文化を含めたデジタル文化における様々の「シロートの書き手」(このブログなんてのもまさにそうだが)が「専門職としての物書き」の存在を脅かす状態にもなっているという現実を見ると、「原稿料生活者(原稿料収入だけで生活できる人)」の歴史もたかだか200年の歴史なのかという気になってしまう。

「おじさん」の好きな時代小説作家も、現代小説作家も、結局は歴史上たかだか200年の「徒花」だったのだなというのが、実は、この『おじさんはなぜ時代小説が好きか』の、最大の感想なのだった。

 いや、まあもう少しは小説も生き延びるけどね。

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