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2010年7月16日 (金)

全共闘っていうよりは全中闘なんだよな

『極私的全共闘史 中大1965-68』(神津陽著/彩流社/2007年12月8日刊)

 ちょっと古いけど、良い本なので紹介する。全中闘中心部にいた神津陽氏の本である。同時に、社学同叛旗派の本である事は皆分かっていることだと思う。

 社学同叛旗派っていうのは、本来のブント主流派の中大ブントだったのだけれども、その後のブント過激化の中で乗り遅れて、最後関西ブントあたりには相手にされず簡単に粉砕されちゃったという、まあ、一番ブント的って言ってしまえばブント的な組織である。要は組織防衛なんてのは一切なかったし、さいごはボロボロというのが叛旗派なのだったのであります。

 私が中央大学にはいった頃にも、すでに叛旗派は映画研究会あたりにその残党がいたくらいで、すでに中央大学に「ブント」の影すらもなかった時期である。

 ただ、叛旗派ってのは基本的には吉本隆明の思想をそのまま受け入れている連中で、当時、「自立派」などと、一部左翼からはバカにされていたことは覚えている。事実、叛旗派も含めて穏健派社学同は1969年の全国全共闘集会で、社学同赤軍派から破壊されてしまったからな。赤軍派に言わせるとこれは「抹殺」だそうであるのだけれども、多分、赤軍派にとっては、この時が一番の喝采なのだろう。

 要は、新左翼の闘いとは「負け」の連続なのであって、「勝ち」はごく少ない。その「極少ない例が中央大学の1968年」だけなのだ。そこに、たまたま居合わせた神津氏はその幸せを言う。それがいいのだ。別に、神津氏がいたから全中闘が勝利した訳ではない。その辺が分かっている人が重要なのだ。この本の良いところは、神津氏が自分の経験だけを述べているところ。偉そうにブントの歴史や新左翼の歴史を、高みから話すのではなくて、まさに自分の経験してきたことだけを話す姿勢に、神津氏の真摯さを感じさせる。

 ということで、これは当時中央大学に在学していた人だけではない、当時叛旗派に対してシンパシーをもっていた中央大生にも読んで欲しい本だ。まあ、あんまり多くはないだろうけど。語り口は昔の叛旗派のアジビラのまんまである。というより、叛旗派のアジビラって、あんまりアジビラ風じゃなくてエッセイ風だったんだけどね。

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書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

なるほどね「当時18歳で作家志望の純朴な文学少年であった僕」はその後、作家になれたのでありましょうか。

そうそう,中大で当時流行っていた替え歌。

【原 曲】
咲いた 咲いた チュ-リップの花が
並んだ 並んだ 赤 白 黄色
どの花見ても きれいだな~

【替え歌】
割れた 割れた ブントが割れた
並んだ 並んだ 叛旗 BL 状況
赤軍が一番 きれいだな~ 

なつかしいですね。僕は1968年(昭和44年)に中央大学法学部入学。叛旗派のシンパでした。中庭
に集結する赤ヘル部隊と風にはためく赤旗,バリケードのなかでの白熱する議論,自主講座・・・当時18歳で作家志望の純朴な文学少年であった僕にとって学生運動は,壮大な祝祭でした。

中大講堂での全学集会で闘争を支持していただいた3人の教授,そのうちの一人が若き文芸評論家として有名だった磯田光一氏でした。右翼的な評論を書いていたにもかかわらず,学生運動を支持し肺が一つしかないのに,奔走されました。当時,大学コミューン論を叛旗派は主張していたはずですが,磯田教授が学生を前に喋ったのは,「<中大コミューン>を樹立するには<東京コミューン>を樹立しなくてはならない。<東京コミューン>を樹立するのは不可能であり,したがって<中大コミューン>は幻想だ」という内容だったと思います。この言葉と磯田教授の「それでも,みなさんを支持する」という真摯で痛々しそうな表情と,中大講堂の騒然とした情景は50年近く経過した今も,脳裏に刻み込まれています。

結局5年かけて中大を卒業し,大学の近くの大手出版社のS社に編集者として入社しましたが,S社
も労働組合の運動が激しく,アルバイトもS臨時労働組合(S臨労)を結成,社屋の周囲をS臨労の赤旗を押し立ててデモするという熱い政治の季節でした。

本エントリーに触発されて,図書館で神津氏の著書読みました。観念的で生硬な文体ですが,あの
学生運動・闘争の本質をつかむには,帰納と演繹を交互に駆使せざるをえない以上,いたしかたないのかもしれません。悪文といえば悪文です。吉本隆明の文体がそうであるように。

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