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2010年7月21日 (水)

今の時代の報道写真(スチール)って何だろう

 6月16日の記事の続き。

『アサヒカメラ』の8月号に、今開催中の(8/8まで東京写真美術館、8/10~19大阪ハービスHALL、9/22~10/16京都立命館大学国際平和ミュージアム、10/19~11/7大分立命館アジア太平洋大学、11/10~11/23滋賀立命館びわこ・くさつキャンパス)の『世界報道写真展2010』に関する報道記事として、写真家高木忠智氏と山口元氏のインタビュー記事が掲載されている。

 両氏とも「世界報道写真展」での受賞経験のある方なのだけれども、二人とも受賞作はアサインメントの写真ではない。本来の報道写真とは、基本的には通信社・新聞・雑誌などのメディアのアサインメントの写真である。ロバート・キャパの写真なんか完全にそういうもので、キャパ自身がそういう写真じゃないと撮る意味がないような発言を、しばしばしている。

 要は、そうした通信社・新聞・雑誌というメディアの求める写真じゃないと、というかそうしたメディアが「売れる」ための写真じゃないと、載せる意味がないということなのだ。

 まさに、昨日書いた鴨志田譲氏の小説のとおり、カンボジアのポル・ポトの第二の男イエン・サリを捉え、単独インタビューを撮ることが出来たのだが、その当時、パリでダイアナ元イギリス王妃が亡くなった。まあ、その死には諸説紛々なのだが、取り敢えず世界中の眼はダイアナ妃である、あわれ鴨志田氏のインタビューは無視され続ける。という位、アサインメント以外の報道写真なんてものは、無視され、捨てられるものなのだ。

 要は、そんなものは街頭スナップと変わらないじゃん、ということである。

 しかしながら、街頭スナップだって、ある時は「報道写真」に変わる時もあるのだ。街頭ビデオが、ある時は「報道ビデオ」に変わる時もあるのだ。

 いまや、「報道の中立性」なんてものは誰も信じていない時代である。つまり、「報道は偏向しているのが当たり前」という時代において、その時代における「アサインメント」って何なんかを考えれば、撮影者は自分の置かれた立場はよくわかる筈だ。そんな中で、「アサインメント」を越えた写真を撮り続ける写真家って何だろう。

 つまり、通信社・新聞社などの<社員>カメラマンじゃない人たちの目指すところなのだろう。勿論、生活のためには「アサインメント」は必要だ。しかし、それを超えなければ、人々の心に届く写真は撮れない。

 いまや「誰でも写真家」の時代である。そんな中で放本当に「写真家」をクレジットするためには、相当の苦労がいるということだろう。

 

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