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2010年7月

2010年7月31日 (土)

芸能山城組も高齢化の波が・・・

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EPSON RD1s+Summicron 35mm (C)tsunoken

 新宿三井ビル55広場で行なわれている芸能山城組「ケチャまつり」に行ってきた。というか、毎年「ケチャまつり」の案内が来て、カンパをしている関係で、様子を見に行ってるのだ。

 芸能山城組とは山城祥二氏こと大橋力氏に率いられたパフォーマンス集団で、アニメ『アキラ』の音楽を担当した事でも知られている。山城祥二氏は大脳生理学の学者でLSDの研究で博士号(農学博士)を獲った。ちなみにLSDとはLimited Slip Differential(自動車用語)ではないし、Long Slow Distance(マラソンあるいは自転車用語)でもない。LysergSaure Diathylamidの略であり、要は小麦の麦角菌から作られる「気持ちのよくなるクスリ」のことである。つまり、そういう研究をやっていたわけで、芸能山城組もある意味では、山城氏の実験材料でもある。

 実験材料というのは、脳に一定の刺激を与え続けると、脳内麻薬が分泌されて気持ちがよくなる、というもの。実際、この実験のために脳波検出装置を頭につけて、ケチャというバリ島に伝わるパフォーマンスをやって、自分の声で一定のリズムを出し続けていると「ホラ脳波に変化がみられるでしょ」とニコニコしながら山城氏が解説をしてくれた、という実験を見せられたことがある。まあ、山城氏は言ってみれば『アキラ』のドクターのようなマッドサイエンティスト的なところのある研究家なのである。ただ学者なんて多かれ少なかれマッドサイエンティストな部分は持っていて、大学の勉強では飽き足らなくなって学問の道に進む「オタク」なのだろうから。別に、山城氏だけがマッドなのではない。

 演目は、インドネシアの竹を使った楽器ジェゴグの演奏、青銅楽器のガムラン演奏、江刺の鹿踊り、ブルガリアン・コーラスがあって、最後がケチャである。私が鹿踊りに興味を持つようになったきっかけが、実は山城組なのである。

 もともと芸能山城組は「ハトの会」というお茶の水女子大学と東京大学、東京教育大学(現・筑波大学)のブルガリアン・コーラスのサークルがあって、それが元になって、インドネシアの方まで(山城氏の)興味の対象を広げていった経緯がある。この、ジェゴグ、ガムラン、ブルガリアン・コーラスにピグミーのポリフォニー、謡や声明などすべての山城組の要素をブチ込んだ『輪廻交響楽』があって、そこから『アキラ』の音楽を担当することになり、あの『組曲アキラ』が出来上がったのだ。

 監督・大友克洋氏のイメージは「芸能山城組で音楽をやりたい。もし、無理なら『輪廻交響楽』を使わせてほしい」というものだった。

 しかし、『アキラ』の音楽を制作していた1988年から既に22年。演目はそんなに増えていないので、楽器演奏では安心して聞いていられるようになったが、それだけ山城組のメンバーも年をとったことになる。当時は学生だった人ももうすでに40~50歳のオジサン、オバサンだ。多少は新人もいるようだが、毎年みる顔ぶれもほとんど変化していない。

 今後は芸能山城組の高齢化が問題になりそうである。相変わらず山城氏は元気だけどね。

「ケチャまつり」は8月1日まで開催中だ。夜になると最後の演目でケチャをやります。ケチャはまつりを見にきたひとは誰でも参加できるので、脳内麻薬を経験してみたい人は、是非、ご参加のほどを・・・。

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カンパの証拠  EPSON RD1s+Summicron 35mm (C)tsunoken

2010年7月30日 (金)

もはやアップルとグーグル以外はみんな「負け組」ってか?

 2008年4月に『アップルとグーグル』というタイトルで、同じ著者で出だした本の続編とも言うべき本だそうな。つまり、その間に、アップルとグーグルとマイクロソフトと言う三角関係があった筈だけど、いまやマイクロソフトは「負け組」に入ってしまっているようで、いまやアップルとグーグルだけの世界になってしまっているようなのだ。2008年段階ではまだ蜜月状態にあり『アップルとグーグル』という状態だったのが、いまや完全なライバル関係になってしまい『アップルvs.グーグル』というわけなのだ。

 ということで『アップルvs.グーグル』(小川浩・林信行/ソフトバンク新書/2010年7月25日刊)である。

アップルvs.グーグル
小川 浩, 林 信行

 本書はアップルという企業とグーグルという企業の文化の違いについて大半が述べられている。双方とも同じ「ソフトウェア」をベースにした会社なのだけれども、ソフトウェアをベースにしつつもハードウェアも作っているアップルと、ソフトだけのグーグルでは基本的に、会社の成り立ちが違うだろう。しかし、本書ではアップルがソフトウェアを基本に置いている会社であるとして、基本的にはアップルもソフトウェアの会社であると位置付ける。パソコンの世界では、もうずっと前からソフトがハードのスペックを決めていくんだという状況になっているということを述べている。つまり、そこでハードだけを作ったいた日本企業がいかにしてダメになっていったか。グループ内にCD会社を抱えているために音楽配信に乗り出せなかったソニーの間隙を付いてアップルがiTunesをはじめられたことなど・・・。

 しかしながら、我々の生活レベルではまだまだマイクロソフトに占領されている。ウエブブラウジングに使用しているソフトもまだまだ「インターネット・エクスプローラ」だし、それを通して「グーグル」のブラウジングをしている状況である。ソフトも基本的にはMSオフィスだし。

 これは問題じゃないかということで、アップルのサファリなどのブラウジングソフトが出てきたのだろ。当然である。グーグルも独自OSを出している。

 アップルとグーグルが今後どうなっていくのかは分からない。本当は、当事者(スティーブ・ジョブスやセルゲイ・ブリンやラリ^・ペイジ)たちもわかってはいないのだろう。

 しかし、確実に「次の世代」は来るわけで、そこにどう対処すればいいのかということである。

 どうする、日本企業。要はハードだけなんだよな、日本企業って。

 どうする、日本企業。もうハードをあきらめてソフトの方に走るか? まあ、それは無理だろう。だとすると、日本の企業はもはやマイクロソフト以上の「負け組」ってことなのね。

 なんて言ってる間に、グーグルとヤフージャパンが提携してしまった。もう公正取引委員会も最近はあまりうるさいこと言わないようだ。どんどん変わる世界観だ。

 

2010年7月29日 (木)

やっぱりイルカは獲っちゃいけないんですか? 食べちゃいけないんですか?

 ということで、フォトジャーナリスト広河隆一氏が編集・発行人になっている『DAYS JAPAN』が"THE COVE"についての特集を行なっている。

DAYS JAPAN
デイズジャパン

 つまり「イルカを獲ってなぜ悪いのか」というものである。

 さすがにチェルノブイリの原発事故を冷静に取材した広河氏のスタンスである。この、イルカ問題というよりは"THE COVE"問題についても冷静に対処している。なにしろ、表紙に使っている写真はアメリカ海軍がイルカに機雷処理をさせようとしてイルカの右ヒレにビデオカメラを装着している写真なのだ。つまり、イルカ問題は単に和歌山県太地の問題ではなくて、アメリカ(結局はそうか)の軍事問題なのだ、ということ。

 確かに、イルカ(鯨)漁の問題はそれだけ奥深い。太地のイルカ漁だけを捉えた"THE COVE"はそれだけの映像でしかないが、その裏側というか、奥側では、アメリカ軍のイルカを使った軍事作業に太地で獲ったイルカを使っているとかということは、今回、『DAYS JAPAN』で初めて知ったことである。"TEH COVE"ではまったく触れなかった問題である。

 結局、このイルカ問題は農水省とIWCA(国際捕鯨委員会)の問題であることが分かる。

 ひとつは、農水省の省益問題である。取り敢えず、獲得した省益は離さないという農水省の鯨権益があって、それが農水省の外郭団体における各種権益・各種献金の材料になっていることだ。更には、その各種献金が元になってIWCAの参加各国のうちのマイナー国(失礼)に対する政治献金となって、現在のいわゆる「調査捕鯨」が続けられているという現実。

 調査捕鯨をやめて、沿岸捕鯨だけにして、そのかわり沿岸捕鯨に関しては厳しい(今でも厳しい)規制を作って年間捕鯨数を決めればいいのだ、という論理はよくわかる。要は調査捕鯨というのは、大手捕鯨会社だけが生きる為のものでしかなく、太地のような沿岸捕鯨業者の問題ではない、ということなのだ。

 そうすれば「地域文化としての捕鯨」という問題も多少は理解がされるかもしれない。なにしろ、400年位の歴史がある太地の捕鯨(C.W.ニコル氏の『勇魚』にもあるとおり)も、それはそれで認められるかもしれない。

 問題は「農水省」か、となると問題は割かし単純化するだろう、という私の考え方もちょっと問題かな、という気もしないではないが、それはそれでいいのだ。要は、「問題は官僚である」と言ってしまえばいいのじゃないか。

 といことで「官僚国家日本打倒!」と言えばいいのだ。

 だったら、単純でしょう?

 で、この雑誌に賛同した人たちにお願い。

 いまやこうした雑誌形式のフォトジャーナリズムは瀕死状態である。一方、ネットも含めてメディアの数はメチャクチャに増えている状態である。問題は、紙媒体(新聞・雑誌)のフォトグラファーに対する支払いに比較して、ネットメディアの支払いが低すぎるといことなのだ。しかし、ネットメディアの収益状況からすればそれもやむを得ないことなのかもしれない。いずれ、それは改善されることなのだろけれども、それまでの間、紙媒体で仕事をしてきたフォトグラファーに「愛の手を」と言うことではないが、取り敢えず、『DAYS JAPAN』の定期購読をお薦めする。それが多少は紙媒体で生きているフォトグラファーたちの生きる糧になれば、というだけのことではあるけれども。

"DAYS JAPAN"が講談社から名前を引き継いで見事にフォトジャーナリズム誌として再生した状況を見てきた私からすると、あと少しはこうしたジャーナリズムが生きていて欲しいと思うのだ。

 

2010年7月28日 (水)

「時代小説」どころか、もはや「小説の終焉」ですよ

『おじさんはなぜ時代小説が好きか』(関川夏央/集英社文庫/2010年7月25日刊)

 と言われても宮部みゆきの時代小説は若者が中心読者だろうし、おじさんだけが時代小説ファンではないのだけれどもな。

おじさんはなぜ時代小説が好きか
関川 夏央, 加藤...

 要は、この本はおじさんたる関川夏央氏が好きな時代小説について、何故自分はその時代小説が好きなのかを述べたものなのだ。本当は「おじさんはなぜ時代小説が好きか」ではなくて「関川夏央おじさんはどんな時代小説が好きか」なのだけど、それでは一般受けしないので、表題となったわけである。

 論じている作家と小説は以下の通り。

 山本周五郎と『樅ノ木は残った』『ながい坂』/吉川英治と『宮本武蔵』/司馬遼太郎と『燃えよ剣』『奇妙なり八郎』/藤沢周平と『蝉しぐれ』『又蔵の火』/山田風太郎と『八犬伝』/長谷川伸と村上元三と侠客小説/森鴎外と『阿部一族』

 例えば、吉川英治の章では「過去を裁くのは、歴史の結果を知っている限り、かなりやさしいのです。~いかに裁判官にならずに歴史をえがけるかが問題です。~すぐれた大衆小説はつねにそういうことをめざしています。「おじさん」が時代小説を好む理由のひとつでしょう」と。

 あるいは「サラリーマンや小役人、すなわち普通の暮らしを営んでいる人を決して見くださない。普通とは、むしろ努力によってのみ維持される得がたい状態なのだと考える。そこに藤沢周平文学の本質があり、「おじさん」たちに愛される理由があるのだと思います」と。

 しかし、それらは必ずしも「おじさん」たちだけの感性ではないだろう。要は、関川夏央氏がそれらの作家の時代小説を好む理由であるにすぎない。

 むしろ面白いのは、明治革命の時期を嘉永6年(1853年)の黒船来航から、西南戦争の終わる明治10年(1877年)までの24年間ととらえ、「国民国家」を目指した明治政府の江戸政府末期からの「政策の連続」を見て、大正時代を「大正デモクラシー」ではなく「大正バブル」ととらえ、バブル崩壊後の昭和前期を「国家社会主義」と捉える史観である。

 そうとらえると、幕末の新撰組などの動きが反革命ではなくて「革命勢力」というとらえ方となって、それは1970年代前半までの新左翼運動に繋がってくる、つまりここに「極右」と「極左」の親和性を見るという考え方。また、昭和前期の「国家社会主義」を経験したおじさんたちが、戦後の反米ナショナリズム的な社会主義・共産主義運動に対して「あんな思いをするのはイヤだ」といって同調しなかったが、それは1960年代になって、今度はインターナショナリズムと結びついてきたときに、日本は戦争被害者からアメリカ帝国主義の加担者として、アジア諸国への加害者になったという史観。

 この方が面白い。関川夏央氏の歴史観がよく見える瞬間である。

 実は、私が読んで面白かったのは、山田風太郎の『八犬伝』にことよせて、滝沢馬琴が『南総里見八犬伝』を出版したのが文化11年(1814年)であり、つまりナポレオンがワーテルローの闘いで敗北する1年前に、すでに滝沢馬琴が既に世界で一番最初の「原稿料生活者」であったということである。つまり、その当時、ヨーロッパの小説家・戯曲作家(ということは役者も含め)・音楽家というのは、貴族の援助(というか庇護のもと)で生活する存在でしかなく、文学や演劇(歌舞伎)などが既に「娯楽産業」として投資の対象になっていたのは、日本だけだったという事実である。つまり、当時の日本人の識字率の高さや、文化程度の高さ、経済的な裕福さなどが、実は世界でもトップクラスであったという事実である。「江戸っ子は宵越しの銭はもたない」という言葉も、まさに宵越しの銭を持たなくても、明日の仕事に困らないくらいに世の中が豊かだった、ということなのだ。派遣労働で、ヘタをすれば明日の仕事も見つからない現代とは大違いである。

 それから約200年経た現在、実はいまや日本は世界でもトップクラスの電子書籍大国であるのだ。つまりケータイ文学であり、ケータイコミックスである。電子書籍で先行しているように見えるアメリカでも、これだけのケータイ文学、ケータイコミックスの普及は見られないのだ。で、このケータイ文学やケータイコミックスの書き手(描き手)のほとんどはシロート。ということは、こうしたケータイ文化を含めたデジタル文化における様々の「シロートの書き手」(このブログなんてのもまさにそうだが)が「専門職としての物書き」の存在を脅かす状態にもなっているという現実を見ると、「原稿料生活者(原稿料収入だけで生活できる人)」の歴史もたかだか200年の歴史なのかという気になってしまう。

「おじさん」の好きな時代小説作家も、現代小説作家も、結局は歴史上たかだか200年の「徒花」だったのだなというのが、実は、この『おじさんはなぜ時代小説が好きか』の、最大の感想なのだった。

 いや、まあもう少しは小説も生き延びるけどね。

2010年7月27日 (火)

『en-taxi』はさすがに面白い。いまや文芸誌の最高位置にいるのではないか。といっても「文芸誌」の・・・ですけど。

『en-taxi』(第30号/7月25日刊)が面白いことになっている。

 本来は<保守派>に属している筈の福田和也氏が責任編集の当雑誌だが、<自称トロツキスト>の写真家・田中長徳氏が連載している雑誌である(ここで<トロツキスト>というのは<マルキスト>と<トロツキスト>は違う、という意味で使っている。詳細は後で述べる)。その雑誌の巻頭特集(と言っていいのかな、毎号そうなるとは限らないのがこの雑誌のいいところなのだけれども)で、何とホンマタカシ氏による「a critical biography VOL.1 きわめてよいふうけい 2010年の中平卓馬」の連載が始まったのだ。ホンマタカシ氏は写真家であるが、中平卓馬氏にかかわるドキュメンタリー映画『きわめてよいふうけい』の作者でもある。

 勿論、それが何で始まったかと言えば、中平卓馬氏の『来るべき言葉のために』が復刊されたことによるものだ。まるで写真集らしくない装丁の写真集『きたるべき言葉のために』に出会った際の驚きからはじまって、まさに『きわめてよいふうけい』にいたる<さわり>の第1回連載。

 取り敢えず連載1回目としては、あまりホンマ氏による中平評は入ってはいないのだが、これからどうなるのであろうか。

 現在の中平氏自身はカラー、縦位置撮影のまさに『植物図鑑』としかいえないような写真をずっと撮り続けている。まさに『なぜ植物図鑑か』である。それが、中平写真の実相なのだろうか、実は・・・というようなことはないのだろうか。あるいは、<PROVOKE>時代と同じような写真(でも「アレ・ブレ・ボケ」はないし、最近はデジタルカメラも使っているらしい)を、相変わらずモノクロで撮り続けている森山大道氏に対する<批判>なんてものもないのだろうか・・・という中平氏の話はこれからだ。

 実に楽しいことである。

 福田和也氏も面白いことをやる人である。さすがに、田中長徳氏を<飼っている>だけのひとである。

 ええっと、それでさっきの<マルキスト>と<トロツキスト>の違いなんだけど。要は、将来時代に希望を持っているのが<マルキスト>であり(それは「共産主義」に希望を持っているということなんだけれども)、それと逆に、将来に対して希望とか、夢とか、そんなものを持っていないリアリストが<トロツキスト>というだけの違いである。

 いわゆる(一国社会主義ということで)実現してしまった<社会主義><共産主義>に対して、決して夢を持たなかった人たちが<トロツキスト>なのである。

 永続革命とは、一国社会主義のように「できればいいじゃん」というものではなくて、永遠に革命を続けていかなければならないという、実はとってもつらいことなのです。

 とはいうものの、今月の『en-Taxi』は買いです。「作家評伝 Mea Culpa」という特集記事を載せているためか、小島信夫氏の作家評伝が文庫本1冊くらいの厚さで、別冊付録としてついて860円というお値段は買いですね。

 

2010年7月24日 (土)

鯨肉はそんなにおいしくないんだけども、だからといって食べてはいけないなんてことはない

 出るべくして出たというか、このタイミングを狙って出したというべきか。

『イルカを食べちゃダメですか? 科学者の追い込み漁体験記』(関口雄祐/光文社新書/2010年7月20日刊)

 筆者は1996年6月に水産庁の非常勤職員としてイルカの現地調査などのために太地に初めて行き、イルカの行動学をめざして追い込み漁の漁船に乗せてもらうようになり、その後、数年間にわたる太地とそこの漁民との付き合いが出来たという。「追い込み漁」というのは"THE COVE"でも撮影されていたが、数隻の漁船でイルカを小さな湾に追い込み、イルカが湾に逃れたすきに湾に網をかけて逃げられないようにして、捕まえるという漁の方法であり、漁船が銛でイルカを捕まえる、我々が南氷洋で捕鯨をする大型捕鯨船のようなやり方とは違った捕鯨の方法である。こうした捕鯨方法ならイルカショーなどに出されるような生きたままで捕獲することも可能であり、近年ではこうした「生きたままの捕獲」が増えてきたために、こうした「追い込み漁」が太地では普通になってきているそうだ。

 太地と言えば、我々はC.W.ニコルの書いた『勇魚』(いさな/鯨類のこと)という古式捕鯨法の世界でよく知っているが、いまはこうした古式捕鯨法はとらないそうだ。要は、こうした大型の鯨は日本近海では現在は捕獲しておらず、近海漁はイルカなどの小さな鯨類だけのために、それらの生け獲りのためには「追い込み漁」と言うことだそうである。

 ところでイルカ(鯨)食というのは日本の固有の文化なのであろうか。"THE COVE"の中でも、街角インタビューで「えっ、イルカ食うんですか?」といったおかしな反応を示す人がいた。『勇魚』なんていったってそんなもの読んだことも聞いたこともないような若者(バカ者)だけの反応ならまだわかるんだが、中年の女性が同じような反応を示したのには驚きである。彼女たちは、自分が小学生の時に給食で鯨の竜田揚げを食べたことはないのだろうか。あるいは鯨のベーコンを食べたことはないのだろうか。昔(といっても戦後の数十年だから、そんなに昔というほどではない)、代用肉ということで、牛や豚の肉が手に入りづらかった時代に、我々はおおいに鯨肉を食べた。まあ、ちょっとクセがあって、あまりおいしいとい感じはなかった。数年前に久しぶりに食べてみようかと渋谷にある鯨の専門店にいったが、やはり昔の小学生時代の思い出が蘇っただけで、あまりおいしいものではなかった。

 ということは、鯨食というのは、多くの日本人としてはあくまでも「代用肉」としてのあり方であり、日本の固有文化ということではないのだろう。しかし、この太地という地域ではその歴史的背景からいっても地域文化として、鯨食、捕鯨といものがあるのだろう。また太地の人々も、別に太地の文化を他の地域の人々にまで押しつける気もないようだ。「俺らは、鯨を食べることをだれにも押し付けない。食べたい人が食べてくれればそれでいいんだ」というのが太地の人々の考え方だそうだ。それを他所から来た人たちにあれこれ言われたくない、という気持なのだろう。

 つまり反捕鯨派の論理は既に破綻しているのだ。鯨を食べてはいけないのなら、牛や豚だってだめだろう。牛や豚は「食べられるために飼育されている家畜」だから良い、というのなら鯨とおなじ野生のシカやウサギはどうなのだろう。あるいは、イルカや鯨は知性的な動物だから殺してはならない、というのなら牛や豚に知性ないというのだろうか。要は、単に感情的な理由のみで鯨を殺すことを忌み嫌っているだけである。

 関口氏はその第6章に書く「文化を破壊することは、何人も意図的にしていいことではない。他の動物の生存よりも絶対的に人が優先されなければならない。鯨が賢いからという理由で守らねばならない理由が成り立つなら、何物にも増して守らなければならないのは人である」と。更に「たとえ狩られる可能性があっても、その人生をまっとうしたい。食べられるために、生きていくのはご免だ。それでも、自分の命を紡ぐために他の命を逆に頂かなくてはならない。これは逃れることのできない生きものとしての定めであり、命の循環のひとつである。機械化や清潔感で隠すことはできないのだ。野生動物を狩ることは野蛮で、家畜をシステマティックに食肉処理することが”現代的”だなんて、だれにもきめることはできない。ただ、そのために感謝して、頂くしかないのだ」と。

2010年7月23日 (金)

ヤマザキマリさんの面白い本がいっぱい出てきたぞ

 とうことで、ここで紹介するのは

『イタリア家族 風林火山』(ヤマザキマリ著/ぶんか社/2010年7月10日刊)なのだが、

 同時に、こんなのも出ているので一緒に紹介、

『涼子さんの言うことには』(ヤマザキマリ著/講談社/2010年7月13日刊)

 で、面白いのかというと、これが「ウムム」なのですね。こういうのが好きな人にはドンはまりなのだろうけど、私の場合何しろ『テルマエロマエ』が最初だったもので、やはりヤマザキマリには「ギャグ」を求めてしまうのですよ。

 しかし、本当はヤマザキマリ氏というのは、本質的には「ギャグ作家」ではなくて、こうした「エッセイ漫画家」なのかもしれない。上記の2作品は両方ともそうした「エッセイ漫画」なのである。こうした「エッセイ漫画」というものに対して、あまり耐性を持ていない私のような人間にとっては「何か最後の<オチ>があるよな」という期待に添えない作家は面白くない、ということになってしまうのだけれども、それはそれで面白いと感じる人たちにとっては、これはこれでいい心持ちの作品なのだろう。

 実際、『涼子さんの言うところには』は、ヤマザキマリ氏が中学生でヨーロッパ旅行に行った時の話がメイン・イベントであり、そこで出会ったマルコという老人(失礼)との出会いがその後の彼女の運命を変える(?)きっかけになった事柄であるのは、その後のエッセイ漫画を読んでみるとよくわかる。

『涼子さん・・・』ではマルコの孫としてマティアという名前で登場してきた少年が、実は『イタリア家族』ではベッピーノというヤマザキマリ氏の夫だったり、『涼子さん・・・』ではそのベッピーノ(マティア)の母親がまあそこそこ綺麗に描かれているんだけれども、『イタリア家族』になってしまうと、完全に「イタリアのお姑さん」になってしまっていて、あとは単に自分の息子に対して恋人気分になってしまう典型的子離れのできない「イタリアのお母さん」と言う風に、造形的にもなってしまうである。

 まあ、いまのところそのベッピーノ(?)に対して不満は出ていないようなので(というか普通の不満は出ています)、まず安心かな。これからもエッセイ漫画を幸せな状況で描けるのかな、という感じでは楽しめるのだけれども、ギャグの方はどうなんだギャグは。

 私のような、ヤマザキマリ氏が「ギャグ漫画家」だと思っている人たちには、どうするつもりなんだろう。『涼子さん・・・』のあとがきで、「(テルマエロマエのおかげで)津波にのまれて溺死寸前・・・・」と書いたヤマザキ氏である。

 まあ、溺死はしないようにして、できれば「ギャグ漫画」を描き続けてほしい。

 でもまあ、あまり無理しなくてもいいからね。エッセイ漫画でも描きながら、気が向いたらギャグもね。という私は優しいでしょう。

2010年7月22日 (木)

真面目な「電子書籍」本は苦悩する

 基本的にはすごく真面目な本であるが、若干タイミングを失ってしまったのがおしい。

『電子書籍と出版』(沢辺均ほか著/ポット出版/2010年7月10日刊)

 基本的には2010年2月1日に開催されたシンポジウム「2010年の『出版』を考える」をベースに、電子出版時代における編集者のあり方を総合的に考えた内容である。著者の一人、沢辺均氏(ポット出版代表取締役)は「はじめに」に書く。<電子書籍の拡大は、出版「社」をなくすことはあっても、出版というおこない自体はなくすことにはならない>と。

 そう、人々の「表現したい」という欲求が無くならない限り、出版という行為はなくならない。一方で、インフォバーンの小林弘人氏が言うようにいまや「誰でもメディア化」の時代であるのだから、誰でも情報発信の元になれるし、だれも「ひとり出版社」ができるのである。つまり、このブログみたいなもんですね。

 しかし、そうして「誰でもメディア化」して発信したものは、当然、昔と違いメディアの発信者と受容者の数における関係は、とんでもなく発信者の過剰になり、それは発信者が「食えない」という状況を招く。発信者が食えないということは、当然、彼を取り巻く出版社を含めた印刷会社・製本会社・取次・運送会社・書店も「食えない」という状況を招く。つまり、「出版」の産業としての終焉ということであろう。しかし、その時になってはじめて「出版」というものはすべてのくびきから自由になり、ライターは書きたいことが書けるという時代が来る。まあ、読み手がいるかどうかは別ですがね。

 同じく「はじめに」で沢辺氏は書く。<出版社の未来には困難が横たわっているけれど、出版そのものには可能性のある未来がある>と。本当に今の出版社にとっては困難な時代だけれども、それはそれで仕方のないことなのだろう。というより、いままでが状況のままに生きていてもそれで持っていた出版社が、これからはそうじゃいけなくなる、という、実は出版社にとっても良い状況になるのかもしれない。要は、ちゃんと状況の変化に真面目に対応できているのかどうか、ということである。

 文化通信社の星野渉氏が話すように<木版が活版になって制作が劇的に変わり、流通網も変わったことで、江戸時代までやっていた出版社がほとんどなくなり、明治以降、新しい出版社がたくさん出てきました>ということである。<出版>という仕事もテクノロジーとの関連で動いている以上、その変遷には<業態>自身も変化しなくてはならないのだろう。

 つまり、「デジタル時代の出版(社)とはなにか」ということである。それは、もはや「社」という概念で語ってはいけないものなのかもしれない。

 私自身、この「出版社」からあと数年で引退する状況だけれども、その後、その「出版社」がどうなってしまうのか。勿論、出版は大丈夫だろうけど、「出版社」がどうなってしまうのか、は大変興味のあることである。

 まあ、大手はそれなりの生き残り策を作るだろうけど・・・。

 あとはiPodという電子書籍のデバイスとして使えるタブレットPCが出てくるちょっと前に収録が終わってしまったシンポジウムやインタビューなので、そのデバイスについての考察が出来ていないことは、ちょっと残念。

 続編が出てもいいような・・・。

 それとこの本、「文頭の一字下げ」といったお約束がない。まあ、そんなところはパソコンで文章を書くときのお約束でもなんでもない、といったところなのだろうけど、そんなところまでデジタルになっていってるのだな。

女性が元気がいいのは良いことなのだが・・・

 ということで、いまだに元気な勝間和代さんの本である。勝間氏のこの本は香山リカの『しがみつかない生き方』に対する対論として書かれたものであるが。

『やればできる』(勝間和代著/ダイヤモンド社/2010年5月28日刊)

 勝間さんは、だからこそプロローグにこう書くのだ。

 しかし、だからこそ、この本はその答えとしてあえて書きました。

 すなわち、「〈勝間和代〉でなくても、〈勝間和代〉のように努力できる本」です。

 と。しかし、それは書けば書くほど『しがみつかない生き方』からは遠い方に行ってしまうのだ。

「しなやか力」「したたか力」「へんか力」「とんがり力」という、四つの段階を経て現在の勝間氏があるという。たしかに、それはそうであろう。そこに書かれている、「しなやか力」とか「したたか力」とか「へんか力」とかは、男社会でも十分必要な能力である。勿論、その結果のとしての「とんがり力」なんてものも、完全に男社会のもとでは当然のことだと思われている物なのだ。

 要は、勝間さんは「男社会」のなかで生きていく為の「生き方」を提案しているに過ぎない。というか、現実の自分の生き方を示そうと思えば、そんな「男社会」での自分の生き方を示すしかないのだろう。

 勝間さん自身は「男女共同参画社会」を目指していたり、「格差是正」を目指していたりする人であり、それは香山リカ氏と目指す方向はそんなに変わっっていないはずなのだろけれども、その過程での自分の生き方をみれば、それは「男とごして生きる」ということなのだろう。現実に、そんな生き方をして今の勝間氏のポジションはあるのだ。

 香山氏はそんな「男とごして生きる」生き方を、そんなにむりしなくても・・・ということで『しがみつかない生き方』を書いたのであろうけれども、それは勝間氏には理会できなかったのかもしれない。

 本当は、香山氏も勝間氏も、言っていることはそんなに違っていないのだけれどもなあ。

 まあ、取り敢えず、勝間氏の言っていることは、間違ってはいない。というよりも、こうした「自己啓発本」に書いてあることは基本的には間違ってはいないのだ。問題は、そこに書いてあるようなケースに自分が当てはまるかどうか、ということでしょう。

 当てはまる人は、書いてある通りに自分を導けばいい、でなければ、別の自己啓発本を探すだけだ。

 自己啓発本なんてものはそういうものでしょう。

 さすがに巻末に収められている「知的生産系魔法の7つ道具」のすべてがデジタル機器である事は、まあ、そんなものだろうな、という気がした。ここに一つぐらいアナログ機材があっても良かったのにな。でも、それこそ「男の世界」なのだろう。

 ひとつだけ、勝間さんにお願いしたいことがある。代議士にだけはなるな・・・ということである。

 以上、iPod版で読んだ。というか、こういう本ならiPod版でも十分だ。

 

2010年7月21日 (水)

今の時代の報道写真(スチール)って何だろう

 6月16日の記事の続き。

『アサヒカメラ』の8月号に、今開催中の(8/8まで東京写真美術館、8/10~19大阪ハービスHALL、9/22~10/16京都立命館大学国際平和ミュージアム、10/19~11/7大分立命館アジア太平洋大学、11/10~11/23滋賀立命館びわこ・くさつキャンパス)の『世界報道写真展2010』に関する報道記事として、写真家高木忠智氏と山口元氏のインタビュー記事が掲載されている。

 両氏とも「世界報道写真展」での受賞経験のある方なのだけれども、二人とも受賞作はアサインメントの写真ではない。本来の報道写真とは、基本的には通信社・新聞・雑誌などのメディアのアサインメントの写真である。ロバート・キャパの写真なんか完全にそういうもので、キャパ自身がそういう写真じゃないと撮る意味がないような発言を、しばしばしている。

 要は、そうした通信社・新聞・雑誌というメディアの求める写真じゃないと、というかそうしたメディアが「売れる」ための写真じゃないと、載せる意味がないということなのだ。

 まさに、昨日書いた鴨志田譲氏の小説のとおり、カンボジアのポル・ポトの第二の男イエン・サリを捉え、単独インタビューを撮ることが出来たのだが、その当時、パリでダイアナ元イギリス王妃が亡くなった。まあ、その死には諸説紛々なのだが、取り敢えず世界中の眼はダイアナ妃である、あわれ鴨志田氏のインタビューは無視され続ける。という位、アサインメント以外の報道写真なんてものは、無視され、捨てられるものなのだ。

 要は、そんなものは街頭スナップと変わらないじゃん、ということである。

 しかしながら、街頭スナップだって、ある時は「報道写真」に変わる時もあるのだ。街頭ビデオが、ある時は「報道ビデオ」に変わる時もあるのだ。

 いまや、「報道の中立性」なんてものは誰も信じていない時代である。つまり、「報道は偏向しているのが当たり前」という時代において、その時代における「アサインメント」って何なんかを考えれば、撮影者は自分の置かれた立場はよくわかる筈だ。そんな中で、「アサインメント」を越えた写真を撮り続ける写真家って何だろう。

 つまり、通信社・新聞社などの<社員>カメラマンじゃない人たちの目指すところなのだろう。勿論、生活のためには「アサインメント」は必要だ。しかし、それを超えなければ、人々の心に届く写真は撮れない。

 いまや「誰でも写真家」の時代である。そんな中で放本当に「写真家」をクレジットするためには、相当の苦労がいるということだろう。

 

2010年7月20日 (火)

妙に明るい闘病記は、かえってしっとりするもんだ

『アジアパー伝』シリーズの鴨志田譲氏の闘病記である。

『酔いがさめたら、うちに帰ろう。』(鴨志田譲/講談社文庫/2010年7月15日刊)

『アジアパー伝』シリーズではひたすらバカばっかりやってる、というかバカばっかりやってないと心の平静が保てない位にいろいろ見てしまった、戦場カメラマン鴨志田譲だが、今回はアルコール依存症で精神病院に入院し、ある日、別の病院で癌であることを伝えられ、その為に精神病院を退院するまでの闘病記である。

 そもそもアルコール依存症になったきっかけというのが、内戦中のボスニア・ヘルツェゴビナでの兵隊たちのロシアン・ルーレットだというのだ。目の前で「ビンゴ」となった兵隊が死ぬ一瞬をみたのがPTSDとなって、アルコール量が増えたというのである。多分、その兵士は鴨志田氏も知っていた青年なのであろう。その為に「心が壊れた」のかもしれない。

 そして、西原理恵子氏との結婚があって離婚があった。そうすると、「この物語はフィクションです」という断り書きが巻末にあるが、実際にはかなり実話に近いものだろう。これは『アジアパー伝』シリーズも同じである。

『アジアパー伝』シリーズは「そういうお話」なので、基本的には明るい、面白い話ばかりである。しかし、この「闘病記」も基本的には『アジアパー伝』シリーズと同じく、明るく、面白いエピソードが続いている。勿論、そんな話はなくて、実際には暗く、重いエピソードばかりなのだろうけど、文章にすると明るく・軽く・楽しそうな話が多い。つまり、それは鴨志田氏のサービス精神なのだろう。これを読むと、「結構アルコール中毒の精神病院って、楽しそうじゃない」なんて思ってしまうのだ。用心しなければならない。実際には、もっとつらいことばかりの筈なのだ。

 こうした、作品があることはアルコール依存症のひとには福音かもしれない。アルコール依存そうというのは「病気」なのだし、そのための病院というのもちゃんとあるのだし、その入院生活というのも、そんなにツラいものでもないし、という具合に。

 そんな意味で、この作品は全国のアルコール依存症の人には薦めたい。勿論、そうじゃない人にも、この妙に明るい「アルコール依存症闘病記」はお薦めである。つまり、「明るい闘病記」の代表選手として。

 今年の秋には、本作を原作とした映画が公開されるらしい。監督は東陽一、鴨志田譲役は浅野忠信(いい男すぎないか?)、西原理恵子役は永作博美(これもいい女すぎないか?)だそうである。映画も楽しみにしよう。

2010年7月19日 (月)

祝! 『来るべき言葉のために』復刊

 1970年に風土社から刊行されて長らく幻の写真集と言われたいた『来るべき言葉のために』(中平卓馬/オシリス/2010年6月15日刊)が復刻出版された。なにはともあれ、めでたいことである。

 内容は、ご存知の通りまだ『なぜ、植物図鑑か』(晶文社/1973年/千曲学芸文庫/2007年刊)を書く前の段階の写真であり、つまり「アレ・ブレ・ボケ」全開の写真集である。

『なぜ、植物図鑑か』で中平氏は「図鑑は輝くばかりの事物の表層をなぞるだけである。その内側に入り込んだり、その裏側にある意味を探ろうとする下司な好奇心、あるいは私の思い上がりを図鑑は徹底的に拒絶して、事物が事物であることを明確化することだけで成立する」と書き、「モノクロームの暗室作業にあった<手の痕跡>を私はきれいさっぱり捨てようと思う」と書き、「これはまた私の方法でなければならないだろう」として、それまでの「アレ・ブレ・ボケ」に代表される、作家(写真家)の「内面の表象」であるかのような、特権的な写真を自ら否定した。その後、酔いつぶれたあげくの昏睡状態から回復した中平氏はその健在ぶりを私たちに示した小原真史監督のドキュメンタリー『カメラになった男 写真家 中平卓馬」(2006年公開)において、あるいは『原点復帰―横浜』(2003年)において「写真はドキュメンタリーだと私は思う。クリエイトでもメモリーでもない!」と、それ自体は真っ当な発言をして、カラー写真のみを撮影し続けている。たしかに、それは「植物図鑑」のようである。

 一方、「PROVOKE」同人であった森山大道氏は、当時は中平卓馬氏と同様の「アレ・ブレ・ボケ」写真を撮っていたのだが、その後、少しづつ方向を変化させつつ、「アレ・ブレ・ボケ」はなくなったものの、相変わらずの「森山風」ハイコントラスト写真を続けつつ、モノクロームを中心に写真を撮っている。

 このどちらがどうなのかは何とも言えないが、ふたりとも「アレ・ブレ・ボケ」をやめて、基本的には「明確な」写真に至ったというのは、いずれも「写真はドキュメンタリーである」という、写真の原点に立ち戻った、ということなのだろう。そう「ドキュメンタリーは明晰さが基本である」からなのだ。

 最近のふたりの写真を見比べてみると、やはり中平氏の方が徹底していて、これが「中平卓馬」とクレジットされていないと、中平卓馬氏の写真であると誰もわからない「普通の」写真なのだ。たしかにこれは「植物図鑑」である。しかし、ここまで自己解体してしまって、自らの「個別性」を消してしまったときに写真家は写真家足り得るのであろうか。これらの写真のどこに「中平卓馬性」はあるのだろうか、という気になってくる。勿論、一枚の写真だけでなく、何枚も見続けるうちに、その被写体の選び方、というとなるとそのアングルやらカメラ位置の置き方などに「中平卓馬性」はあるのである。しかし、その「中平卓馬性」は極めて弱い軸である。

 そういう意味では、この『来るべき言葉のために』に所収されている「アレ・ブレ・ボケ」写真のほうに、懐かしさとともに「中平卓馬性」を存分に味わえる幸せを感じてしまうのは、私だけではないだろう。

 勿論、そんな気持ちを持つことは、中平卓馬氏からは最も忌み嫌われることなのだろうけど。

2010年7月18日 (日)

現代ヤクザはドラマチックじゃないなあ

 ネタバレあり。だけど、もう公開から1ヵ月以上経っているので、もういいだろう。

『アウトレイジ』(北野武:脚本・監督・主演・製作総指揮/オフィス北野製作/ワーナーブラザース配給/2010年6月12日公開)

http://office-kitano.co.jp/outrage/main.html/

 公式ホームページで言うところの「下剋上」なら、それなりのドラマが必要だ。ヤクザ映画(任侠映画)なら、お決まりのストーリーと理不尽な上役に対する協調者がいて、最後の最後にその協調者と、勝ち目のない戦に旅立つ主人公がいて、終わればみんな自分がヤクザ映画の主人公になったつもりで肩を怒らせて映画館から出てくるところなのだ。

 だが、現代のヤクザにはそんな下剋上とか、理不尽な上役に対する闘いなんてものはない。生き残り戦争の中で、どうやったら自分と自分の組の生き残りを図ればいのだろうと、ひたすら苦悶する。そうなのだ、主人公たるビートたけしは大親分たる山王会会長の関内の子分筋にあたる池元組組長の池元の子供にあたる大友組の組長だ。

 結局、関内の悪知恵で、池元と兄弟盃を交わした村瀬組組長村瀬の間をの仲たがいをさせられ、村瀬追い落としの後は、自分の親に当たる池元を殺害させられ、自分の組の若頭である水野は殺され、結局は自分の大学のボクシング部の後輩であるマル暴刑事の片岡の元に逃げ込まなければならない羽目に追いやられるが、最後は刑務所内で以前自分が痛めた村瀬組の若頭・木村に殺されてしまうのが、この主人公の大友=ビートたけしなのだ。

 その裏側で、池元が殺されたことによって池元組組長に出世した元若頭の小沢と、関内の殺し合いを演出した、山王会若頭の加藤=三浦友和が、結局は山王会の会長に収まり、一方、マル暴刑事片岡=小日向文世は無事出世を遂げ、後輩のマル暴刑事を加藤に紹介するところで映画は終わる。片岡は多分、警部補なのだろう。そこからそれまでの刑事=地方公務員から、国家公務員に変わるので、それは権力やら退職金なども含めて大変な出世なのだ。

 つまり、この映画は、何のカタルシスもない、下剋上でもない、単なる下っ端ヤクザ組織の生き残り戦争を描いた映画なのだけれども、その中でも、ヤクザ組織のダイナミックな再編というのもないし、警察機構に対する考察というのもないし、最後のお楽しみと言うべき「勝ち目のない戦」もないし、じゃあ何なんだよ。と言ってしまえば、要は淡々と、権力組織というものはこうやって下っ端を使って、自らを生き延びさせることを常日頃から考えているものなのだ、ということと、そういった権力組織は下剋上や、勝ち目のない戦によって権力奪取が行われるのではなくて、結局権力奪取は、権力最上部の中だけで行われるという、最悪の状況が準備されているということなのだ。

「革命なんて起こるわけないじゃないか」ということなのか。

 この、なんとも後味の悪い終わり方は、しかし、実際のヤクザ組織もそんなものだろうと思わされてしまう。と同時に、政治組織も、会社組織も、団体組織も、およそ「組織」という名前でよばれるような組織には、組織の実態として、そういうものだろう、つまり「トカゲのシッポ切り」という風に理解させられてしまう強制力がある。

 たしかに、マル暴刑事も含めて宣伝文句通り「みんな悪役」である。しかし、みんな悪役だとしても、これじゃあ、クエンティン・タランティーノだって我慢できないよ。タランティーノなら、もう少し観客にサービスするのになあ。

 でも、これがヤクザとマル暴の実態なのか。

2010年7月17日 (土)

小沢起訴再び、第一検察審査会なんてものあったなんて知らなかったよ

 4月に第五検察審査会が民主党の小沢一郎氏を不起訴とした検察の判断に対して「起訴相当」という、検察検査会の判断を示した際にも書いたのだけれども、あまり検察と言うプロの判断理由を無視しない方がよいということをまた書く。

 今度は第一検察審査会が、別時期の小沢派の政治資金に対しやはり不起訴とした検察判断に対し「不起訴不当」という判断を出したことはご存知のとおり。多分、参議院選挙も終わったところなので、選挙に影響がでないタイミングでもって出された判断なのだろう。

 今回は「不起訴不当」ということなので、4月の「起訴相当」という判断の際の検察審査会メンバー11人中8人以上という賛成は得られなくて、11人中6人以上の賛成でもって「不起訴不当」ということになったようである。つまり、前回「起訴相当」に対してやはり「不起訴」という判断を改めて出した検察の態度にあるように、今回もやはり検察としては「不起訴」という態度を繰り返すだろうということである。

 まあ、今回はどんな「市民団体」が訴えたのかは知らないが、よっぽど小沢氏に対して恨みを持っている「市民団体」なのか、あるいは前回の第五検察審査会と同じ「市民団体」なのかは良くわからない。

 前にも書いたのだが、自民党の金丸氏についてさんざんマネーロンダリングについて学んだ小沢氏である。自民党が解党した際に金庫の中の数十億円まで持ち出したという小沢氏である。当然、そんなことを検察庁から探られることは百も承知の上だろう。問題は、それが分かっている検察としては、小沢氏がグーの音も出ないような物的証拠を出せない限りは、公判維持は難しいだろう、有罪化はできないだろうという判断をしたのだろう、ということである。つまり、検察としては被疑者と有罪に追い込めない限りは起訴をしない、ということ。つまり、せっかく起訴をしても被疑者が無罪になってしまっては、検察の「汚点」になってしまうという判断である。

 ということで、検察判断で不起訴とする理由は良くわかるのだが、そこを我々側の考え方に持って行ってしまうと、裁判所の判断が出ない状況の中では、小沢氏は「かなり真っ黒に近い人物」であり「ほとんど犯罪人」である。しかし、「真っ黒」でない限りは「白」と言うのが法律判断である。「真っ黒に近い」では「白」と同じであって、ダメなのだ。そこで、検察としては「不起訴」にしておけば、いつまでも小沢氏は「かなり真っ黒に近い人物」であり続けるのに対して、起訴してしまって結果「無罪」になってしまえば、小沢氏は完全に「白」ということになってしまう。こんな人物が、どこからみても「真っ黒な人物」が「白」になっていいのか? という判断が検察側にあったのだろう。その結果が「不起訴」という判断なのだろう。

 したがって、検察判断に対して異議を唱えることも無意味ではないと思うが、上記の意味も含めて判断する必要があるだろう。「白か黒ははっきりしない問題は、かえってそのままにしておいたほうが、永遠に黒という判断ができる」というのも判断のひとつだろう。

 で、問題の第五検察審査会であるが、「起訴相当」という審査会の判断に対して、再び「不起訴」という判断をだした検察である。したがって、第五検察審査会としては、またまた審議に入り、再度「起訴相当」という判断を出すのか、あるいは検察判断に従うのかが注目されるのだが、どうもそうはいかないようなのである。

 当初は、参議院選挙の終了をまって第五検察審査会の判断が出されるのではないかという話もあったのだが、問題の第五検察審査会の審査補助員を務めた米澤敏雄弁護士が検察審査会の評議の内容を外部にモラしてしまったという、検察審査会法の守秘義務違反という問題が出てしまって、審査がストップしてしまっているようなのである。その結果、7月中の審査会議決は不可能となり、8月になってメンバーが入れ替わった審査会でどういう判断が出るかはまったくわかっていない。米澤氏もそんなケチがついた審査会なんかもう付き合う気はないだろうし、新メンバーとなった審査会がどんな判断をだすかは、だれも分からない。そんなことをしているうちに、小沢問題も「風化」していってしまって・・・。

 小沢氏は「永遠にほとんど真っ黒な疑惑の人」ということにしておいた方が、いろいろ本もかけていいのにね。

 

 

2010年7月16日 (金)

全共闘っていうよりは全中闘なんだよな

『極私的全共闘史 中大1965-68』(神津陽著/彩流社/2007年12月8日刊)

 ちょっと古いけど、良い本なので紹介する。全中闘中心部にいた神津陽氏の本である。同時に、社学同叛旗派の本である事は皆分かっていることだと思う。

 社学同叛旗派っていうのは、本来のブント主流派の中大ブントだったのだけれども、その後のブント過激化の中で乗り遅れて、最後関西ブントあたりには相手にされず簡単に粉砕されちゃったという、まあ、一番ブント的って言ってしまえばブント的な組織である。要は組織防衛なんてのは一切なかったし、さいごはボロボロというのが叛旗派なのだったのであります。

 私が中央大学にはいった頃にも、すでに叛旗派は映画研究会あたりにその残党がいたくらいで、すでに中央大学に「ブント」の影すらもなかった時期である。

 ただ、叛旗派ってのは基本的には吉本隆明の思想をそのまま受け入れている連中で、当時、「自立派」などと、一部左翼からはバカにされていたことは覚えている。事実、叛旗派も含めて穏健派社学同は1969年の全国全共闘集会で、社学同赤軍派から破壊されてしまったからな。赤軍派に言わせるとこれは「抹殺」だそうであるのだけれども、多分、赤軍派にとっては、この時が一番の喝采なのだろう。

 要は、新左翼の闘いとは「負け」の連続なのであって、「勝ち」はごく少ない。その「極少ない例が中央大学の1968年」だけなのだ。そこに、たまたま居合わせた神津氏はその幸せを言う。それがいいのだ。別に、神津氏がいたから全中闘が勝利した訳ではない。その辺が分かっている人が重要なのだ。この本の良いところは、神津氏が自分の経験だけを述べているところ。偉そうにブントの歴史や新左翼の歴史を、高みから話すのではなくて、まさに自分の経験してきたことだけを話す姿勢に、神津氏の真摯さを感じさせる。

 ということで、これは当時中央大学に在学していた人だけではない、当時叛旗派に対してシンパシーをもっていた中央大生にも読んで欲しい本だ。まあ、あんまり多くはないだろうけど。語り口は昔の叛旗派のアジビラのまんまである。というより、叛旗派のアジビラって、あんまりアジビラ風じゃなくてエッセイ風だったんだけどね。

2010年7月15日 (木)

スラヴォイ・ジジェクの近著(ちくま新書)はなかなか刺激的だ

『ポストモダンの共産主義――はじめは悲劇として、二度めは笑劇として』(スラヴォイ・ジジェク著/栗原百代訳/ちくま新書/2010年7月10日刊)

 副題の(原書では原題の)「はじめは悲劇として、二度目は笑劇として」というのは、あまりにも衝撃的な「知能テスト」である。この言葉から反コミュニズムの常套句しか頭に浮かばなかったら、この本を読む意味は無い、というのが実は第一の試験。それをジジェクが書くように「2001年の9・11同時多発テロと、2008年の金融大崩壊である」というそのままの意味でとった読者は、そこで再び知能テストで落第し、「あなたには、ここで本を閉じられるよう衷心からご忠告申し上げ」られてしまうのだ。

 この「はじめは悲劇として、二度目は笑劇として」という言葉は、勿論マルクスが『ブリューメル18日』で書いた<ヘーゲルはどこかで、世界史上の大事件と大人物はすべて、いわば二度現れると述べている。ただし、彼はこうつけ加えるのを忘れた――はじめは悲劇として、二度目は笑劇として>ということからきている。しかし、マルクスがその言葉をドイツの旧体制の衰退と、フランスのアンシャンレジーム(旧体制)の崩壊になぞらえて書いたのと異なり、ジジェクはその歴史の繰り返しを人類の歴史全体に敷衍する。つまり、人類の歴史は、それ自体が繰り返しであり、それ自体が悲劇と笑劇の繰り返しであると。

 本書でコミュニズムに対して共産主義という訳語を使っていないのは、翻訳者の深謀遠慮なのだろうか。つまり、政治・経済体制として一般に認められている「共産主義」という言葉を使ってしまうと、それは1989年のベルリンの壁崩壊に象徴される、「いわゆるソ連型共産主義」と同義にとられかねないからなのだ。「スターリンという政治家が作ったソ連型共産主義」が本来の共産主義=マルクスのコミュニズムとはまったく別物であることは、いまや常識である。共産主義というのは「固定化した思想」ではないし、「固定化した政治体制」のことでもないし「固定化した経済体制」のことでもない。それは、「常に変化する思想運動」のことだし、「常に変化する政治運動」のことだし、「常に変化する経済運動」のことなのだ。しかし、多くのアンチ・コミュニストにとってはそれらはまったく同義であり、ここで共産主義と翻訳してしまうと、多くの読者からそうした「共産主義」のことをジジェクが示しているものととられかねないからの措置であろう。

 では本書でジジェクが言っている「コミュニズム」とは何であるか。多くの生産財がマルクスの時代のような「資本家の所有物」ではなくなり、「社会財」としてコモンズ化している現代にあっては「キャピタリズムvsコミュニズム」という対立軸はなくなっているのではないか。つまりジジェクは書く<ネグリ的見解では、今日のグローバルな双方向メディアにおける独創的な発明はもはや個人のものではなく、直接に集団化され「コモンズ」の一部となっているので、著作権を主張してもその発明を私有化しようとすると問題が生じる。「所有とは盗みである」という言葉は、ここに来ていよいよ文字どおりの意味になってきているのだ>と。

 つまり、ここにきて一昨日に私が書いたとおりに、「デジタル時代とはコミュニズムの時代である」ということが、ジジェクも同じように考えていることがわかった。「総資本対総労働」という対立軸は既に無いかわりに、いつしかデジタル革命の裏側で「資本主義の共産主義化」がしっかり進行しているわけだ。

 勿論、そんな思想革命だけでは社会は変わらないだろう。しかし、資本主義の要請によって共産主義化が進められているのいうのは面白い現象ではないか。こうして世の中は「見えざる革命」によって共産主義化し、いつしか社会・政治・経済も変わってくるに違いない。そんな時代に生きている我々にとっては、世の中のありようがまるで映画を見ているように面白い展開になってきている。

 まるで、ジジェクの好きなハリウッド映画のような展開だ。

 

 

 

2010年7月14日 (水)

デジタル社会はコミュニズムなのだ

 朝、iPadを起動したらプレジデント社から『もしドラ』のiPad版アップグレードのお知らせが来た。これまではiPhone版だったので、このたびiPad版が出ましたというお知らせである。当然、無料アップグレードなので早速購入(?)。

 ただし、あんまり面白い小説じゃなかったので再び読まずに斜め読み。まあ、たしかに読みやすくなったような気もするが、もともとiPhone版としては大きな画面にも対応するソフトだったせいもあって、おまけに既にiPhone版はアップグレードとともに消えてしまったということもあって、比較はできず、まあ、こんなところが「デジタル」の良さ(?)なのかもしれない。ついでに、巻末にでていたその他のおすすめ本を買ってしまった。勝間和代の『やればできる』という超前向き本である。相変わらずの勝間さんだなあ。というところで、こんなところが電子書籍向きかなというところで、iPadで読んでみることにしたのだ。まあ、モノ好きと言えばモノ好きではあるが・・・。

 ところで、私がプレジデント社から『もしドラ』を買ったことはプレジデント社にはバレていて、だからこんなアップグレードのお知らせが来たわけなのだが、要はこれがデジタル社会なのだなというところである。勿論、こんなのはプレジデント社だけでなくて、Amazonからはしょっちゅう「こんな本がでています」「こんなDVDがでています」「こんな自転車ツールがでています」というメールが来る。

 要は、これまでの購入記録から"Recommend"という機能で自動的にそんなメールが来るわけなのだが、こんな感じで購入記録が売主に分かってしまうというのが、デジタル時代のプライベート喪失機能なのだ。例えば恥ずかしいDVDなんかを1回でも買ってしまうと、同じような恥ずかしいDVDが出る度に「こんな恥ずかしいDVDがでています」というようなメールが来るんだろうな。

 こうやって、どんどん個人情報やらプライバシーなんかが個人のところにひそめられずに外部に漏れてしまう、しまいには「個人」なんてものが無くなってしまうのがデジタル社会なのだろう。たしかに、デジタル化によって「知的所有権」なんてものは、いまや無きに等しい状態である。「著作権を守ります」なんて言っているのはタテマエであり、実際はそんなことは無視され、侵害され放題である。

 それがいけないと言っているのではない。というか、デジタル社会の中で、知的所有権だとか著作権だとか言っているのは、実は時代に背を向けた発言なのである。知的所有権とか著作権なんてものは個人の私有権であり、それはグーテンベルグが活版印刷術を発明してから"Cpoy Rights"ということで確立された権利である。それまでは、そんな権利なんてものは「?」というものだったのだ。

 つまり、デジタル社会というものは私有権を無視する社会だということである。つまり、デジタル社会というものは「コミュニズム」なのである。

 したがって、資本主義社会に生きている出版社はグーグルが行なった著作権無視の行為に対しては断固拒否の姿勢で臨んだのだけれども、アメリカの作家・出版社はグーグルのやり方を受け入れた。そうなのである、今世界で最も進んだデジタル社会であるアメリカ合衆国は、いまや、世界で最もコミュニズムに近い社会なのだ。

 これは面白いことになってきたぞ。

 

2010年7月13日 (火)

イルカ漁映画その後、やっぱりバカはバカですね

 イルカ映画についての詳報が『創』8月号に載っている。勿論、『創』の篠田編集長が『ザ・コーヴ』上映中止運動反対運動(って分かるかな?)をおこなっていたから当然なのだけれども、6月の上映館決定から、その中止騒動、7月の上映館決定までの道筋がよくわかった。

 基本的には『靖国 YSUKUNI』の際と同じなのだけれども、違うのは自民党の代議士が絡んでいないということなのだろう。今回は「主権回復を目指す会」と「在日特権を許さない市民の会」という右翼団体という団体プラス訳のわからない右翼団体がちょっと参加した運動ということなのだ。

 しかしまあ、この主権回復を目指す会とか在日特権を許さない市民の会とかって、何を目的としている団体なのでしょう。「主権回復」と「イルカ漁」、あるいは「在日特権」と「イルカ漁」って、どこで結びつくんでしょうか。

 更に、篠田氏が呼び掛けた6月9日のシンポジウム、6月21日のシンポジウムの双方に、参加を呼びかけたにも関わらず、そこに参加しなかった「主権回復を目指す会」って、何だろうね。要は、自らの論理的破綻を見破られたくないだけの「バカ」なのかもしれない。 多分、こいつらの運動って太地の漁民ともつながっていないんだろうな。

 単に、これは「反日映画」として世間に訴えられると考えただけの浅薄な運動にすぎない。それに怖がって上映中止を決めた映画館も映画館だけど、まあ、これは零細経営者の自己防衛措置ということでしょうがない。

 要は、こうした右翼団体の抗議対象がもっと大きい企業だったりするのならば、抗議内容は別として、抗議自体がどこかで「大企業批判」として、大衆から支持されることもあるのだろうけれども、基本的にこうした右翼団体の批判対象はえてして弱小零細業者なのである。何故、彼らは零細業者を攻めるのか。何故、右翼は弱小業者を攻めるのか。

 ここで、彼らの正体がばれるのである。要は、独占(寡占)資本の走狗であると。

 実際に、彼らが独占(寡占)資本から金品をもらっていないかもしれないが、実質的に走狗であることに変わりはない。

 そういうことをして、何の自分の役に立つというのだろう。日本という国の役にも立たないのにね。

 バカッ     と言ってはいないだろうけども。

 

2010年7月12日 (月)

『私にはもう出版社はいらない』という人がいるんだな、納得

『私にはもう出版社はいらない』(アロン・シェパード著/平林祥訳/WAVE出版/2010年6月24日刊)

http://www.amazon.co.jp/dp/4872904826/

 なかなか刺激的なタイトルだし、ジャーナリストの佐々木俊尚氏が特別寄稿して「これは非常に恐ろしい本である」なんて書いてあるので、思わず書店で手にしてしまった。

 しかし、読んでみるとそんなに刺激的な本であるというよりは、むしろ、個人出版で売れる本を作るのは如何に大変か、ということがよくわかる本である。なにしろ、一人で編集者の手を借りずに本を企画して書き、一人でブックデザイナーや業務担当者の手を借りずに本を作り、一人で宣伝担当者の手を借りずに本を宣伝し、一人で営業マンの手を借りずに本を売るためには何をすればよいのか、というのである。こうした、本来ならば「ものを書く」ということだけに集中していればよいライターが、個人出版では出版にまつわる全てのことをやらなくてはならないのだ。そして、そのすべてのことを自分でやったのが、本書の著者、アロン・シェパード氏なのである。だから、シェパード氏だからこそ「もう出版社はいらない」のであって、そのほかの大半のライター(作家)にとっては、まだまだ出版社は必要なんだなということがよくわかる、ということにもなるのだ。

 じつは本書の原題は"Aiming at Amazon"(アマゾンを目指して)という分かり易いタイトルであって、要は、アマゾンで本を売る方法について書かれた本だ。元々、Amazon.comで検索してみるとは"Publisher : Shepard Publications"となっていて、本書自身がシェパード氏の個人出版でアマゾンから売られているのだ。シェパード氏が自身書いた通りの方法で、企画し、書き、ブックデザインをし、本作りをし、宣伝をし、シェパード氏自身が販売をしているわけだ。

 ただし、日本ではWAVE出版というプロの出版社が出版し、サブタイトルも上記の邦題と共に「キンドル・POD・セルフパブリッシングでベストセラーを作る方法」となっている。しかし、「キンドル」は電子書籍を販売し購読するためのツールなので、「POD=オンデマンド印刷=個人出版物」を売るためのメディアではないからちょっと違うんじゃないかと思うのだが、まあ、「アマゾン」というのをわかりやすくしたのかな、ということでこれについては言及しない。なおかつ、何故プロのWAVE出版が出版するのか、ということも言及しない。プロの存在を認めなくなることも、プロとしては商売にしてしまう、という商魂たくましさというものを、今示さなければというプロ魂に目覚めたのかもしれない。

 ついでに、原作の書き出しは次の通りだ。

 Yes, I said it : Forget bookstores.

「もう、本屋のことは忘れようぜ」という書き出しで始まるのだが、これなら充分刺激的である。

 で、本の内容とそれぞれに割り当てられたスペースをズラッと並べると以下の通りとなる。

第1章「アマゾンでセルフパブリシング事始」 18ページ

第2章「アマゾンで売れる本を作るには」 36ページ

第3章「アマゾンにアクセスする」 9ページ

第4章「アマゾンでのマーケティング」 53ページ

第5章「アマゾンをモニターするには」 27ページ

第6章「アマゾンで買ってもらうには」 10ページ

第7章「アマゾン向けの改訂」 8ページ

第8章「アマゾンで世界を目指す」 21ページ

 つまり、全182ページの中で、第4章、第6章、第8章の合計84ページが「どうやって売るのか」ということに割かれているのだ。勿論、第2章にも「第三者に意見をもらう」といったような「出来れば編集者がいればいいな」的なことも書いてあるのだが、しかし、ほとんどが「如何にすれば売れるのか」という記述に殆どを割いているというのが象徴的である。

 つまり、如何に良い本、売れそうな本を書いたところで、その存在をどうやって読者に伝えるのか、その本が読者にとって如何に面白いか、読者にとって如何に有益かなどを伝えなければ、それは本を書いたことにならない、本を出版したことにならない、ということなのである。さすがに、これまで何度かオンデマンド出版で自費出版をし、いくつかの成功例を作ってきただけあって、よくわかっていらっしゃる。

 実は、この辺が自費出版をしている人が陥りやすい罠である。要は、自費出版をしている人達は、自分の書いたものが実に面白い、有益だと考えていて、しかし、それが何で売れないのだろうということがわかっていない人が多い。

 実はそのために、それを業務として行ってる出版社があるのだ。売れる本を企画し、ライターに書かせて、売れるタイトル、売れる造本をして、宣伝をして、広報をして、売りに行く業務がなければ、せかっく書いた本も多くの本のなかで埋もれてしまうだけである。つまり、筆者であり同時に出版社であるシェパード氏は大変なことをやっている、ということが良くわかる本である。

 こういう人なら「出版社はいらない」が、しかし、現状は大半の筆者には「まだ、出版社は必要」なのだ、ということが良くわかる。ここまで筆者がやるということは、いまのところあり得ないのだ。筆者(ライター、作家)がやらなければいけないのは「文章を書くこと」であって、それが「売れる文章であれば」もっといい、というのが出版業界の世界なのである。

 勿論、こういう人がどんどん増えてくれば佐々木氏に言うとおり「これは非常に恐ろしい本である」ということになるのである。しかし、それは何年後のことだろう。例えば佐々木氏が今年か来年にでも、オンデマンド出版か電子出版でアマゾンから本でも出せば、それはリアリティのある話になるのだが、どうだろうか。いずれにせよ、そのような状況が一部来るのは確かである。そういう時代は確実に来るだろう。

 佐々木氏なら出来るかも知れない・・・。

 あるいは、私が、このブログを電子出版かオンデマンドでアマゾンから出すかもしれない。でも、そんな本を誰が買ってくれるんだろう。

2010年7月11日 (日)

忙しい日、どうせなら全然見ないって手も

 今日は忙しい日だ。

 まずテレビ放送では、既に終了しているがサッカーワールドカップ3位決定戦があり、大相撲名古屋場所はダイジェスト放送のみだが、その後、参議院議員選挙開票速報があり、フォーミュラワン世界選手権イギリス・グランプリがあり、ツール・ド・フランス第8ステージがあり、サッカーワールドカップ決勝があり、US女子オープンゴルフがあり、その間に『龍馬伝』がある。

 リアル世界では、参議院議員選挙の投票があり、高校野球東京都予選がある。

 一体、どこで寝りゃいいんだ。って、どうせなら見なきゃいいんだ。明日の朝に全部結果はわかるしな。

2010年7月10日 (土)

社民党は、いまあえて「非武装中立論」「自衛隊違憲論」の「何でも反対党」になるべきだ

『さらば日米同盟!』(天木直人著/講談社/2010年6月21日刊)

http://www.amazon.co.jp/dp/4062163179

 官僚というのはリアリストである。政治家というロマンチストの決めた政策を着実にこなさなければならない官僚としては、そのようにリアリストであるように作られてくるのであろう。その官僚が一度だけロマンチストになってしまった。それが天木氏の駐レバノン日本国特命全権大使時代に川口順子外務大臣と小泉純一郎首相にした諫言である。その結果、天木氏は実質的に解雇されてしまった。その辺の経緯は前著『さらば外務省!』に詳しい。

 で、その天木氏の本書での主張は「憲法9条に基づいた平和外交、専守防衛の自衛隊、そして東アジア集団安全保障体制の構築の三本柱からなる自主防衛政策」である。本書の中でも再三述べられているその主張は、実は社民党へのエールに他ならない。民主党政権を離れた社民党への。

 社民党の本来の主張するところは「非武装中立論」であり「自衛隊違憲論」である。その意味では、対米追随という部分で自民党と軌を一にする民主党政権に参加したのは間違いであったし、鳩山政権の普天間基地県外移転をホゴにする姿勢が明らかになった際の政権離脱はギリギリ正解であったろう。もう少し早く離脱してれば良かったのにね。

 元々、非武装中立論と自衛隊違憲論の社会党は1994年に自民党・新党さきがけとともに連立政権を組んだ際に、そのふたつの党是を捨てた。その結果、社会党は二つに割れ、右派が民主党に移り、左派は社民党と党名を改名して社会党を引き継ぐ恰好になった。しかし、再び連立政権に参加することになって、再び党是を捨てた。何回、同じことをすれば気が済むのであろうか。それともそんなに「政権党」になりたいのであろうか。確かに、政権党になればいろいろ「おいしい」ことにはありつけるのだろう。しかし、その為には「捨てなければならない」ものが余りにも多すぎるのではないだろうか。もう、そろそろその愚に気がつかなければならないだろう。社民党のあるいは社会党の本来の姿に戻るべきなのだ。

 社会党の本来の姿とは何か。それは昔言われていた「何でも反対党」である。自民党の出す政策に対して「何でも反対」を唱えるのが、基本的な社会党の姿であった。別に対案を出さなくてもよい。とにかく「反対」なのである。そこに社会党の潔さがあったし、そうしている以上、多分政権には参加できないであろう。そう「政権に送る秋波」など出さない「潔さ」なのである。そこに社会党の存在意義があったし、したがってそれはそれで支持者が多かったのである。ところが政権に参加したばかりに、その後の敗走の歴史が始まったのである。

 いまや政界再編と連立政権の時代である。しかし、そこに乱立する新党はすべて保守党であり、連立政権に参加したがる雑魚党ばかりである。もはや革新といえるのは日本共産党だけという状態の中で、あえて社民党も「非武装中立論」「自衛隊違憲論」そして「何でも反対党」に立ち戻ってはどうか。そうすることで、自民党には投票したくないし、民主党もこれまでの迷走ぶりを見るとイマイチだよね、という層を取り込めるかもしれない。とにかく「何でも反対党」である限り、理想論だけで突っ走れるのである。

 天木氏は官僚である(であった)から、そのリアリストとしての立場から「非武装中立論」や「自衛隊違憲論」には与しない。しかし、実態はすでに違憲だ合憲だという前にすでに自衛隊は存在している訳であり、「非武装中立論」もロマンチシズムでしかないのは承知の上である。であるからこそ、理念としての「非武装中立論」「自衛隊違憲論」が成立するのである。

 天木氏の言うように、米軍は日本を守ってはくれないし、どころか「テロとの戦い」という日本とはまったく関係のない戦争に駆り出されて、むしろの日本をテロ攻撃の対象に巻き込んでしまう米軍を維持しているのは日本の国家予算なのである。アメリカが日本への米軍の駐留をやめられないのは、その軍事費負担の日本分が無くなってしまうと、すべて自国予算で軍事費を賄わなければならなくなり、それはアメリカにとってはとてつもない予算負担になってしまうからなのだ。もう、アメリカの為に日本の国家予算を使って軍を維持しなくても良いじゃないか。そうした軍事費の負担(出費)の代わりに、日本は日々テロ攻撃にさらされる恐れを抱かなければいけないのだ。

 そんなことをする位なら、その為の出費を日本の景気対策に使った方がよっぽど役に立つ、というのが天木氏の主張の本音だろう。

 もう既に、日本の周囲に日本にとって脅威となる国は存在しないのだ。中国も北朝鮮も、日本との問題を解決させるのは、「軍事」ではなく「政治」である。まさに「非武装中立論」が成立する状況は揃っているのである。

 再び言う、社民党は再び「非武装中立論」「自衛隊違憲論」の立場に立つべきだし、「何でも反対党」に立ち戻るべきだ。それが、今後社民党の支持者を増やす唯一の方法論である。

2010年7月 9日 (金)

電子書籍! 電子書籍! 電子書籍! ってなんなのさ

 東京国際ブックフェアに行ってきた。昨日が初日なのでそこで行きたかったのだけれども、ちょっとした書店との会合があって(って、栃木日販会という会なのだけど、何と「川治温泉」でやるのだ、そんなもん宇都宮でやれよ、そんなら日帰りできるし)行けなくて、今日になった、ということなのだ。

 http://www.bookfair.jp/

 一緒に、「デジタル・パブリッシング・フェア」というのもやっていたからなのか、フェア全体の1/3位は完全に電子書籍、電子出版に関するものだ。ごく一部、オンデマンド出版をプレゼンテーションしているブースがあるくらいで、あとは「紙出版」以外はみな「電子書籍」であります。

 グーグルのプレゼンテーションを観たのだが、要は「グーグル・エディション」と「グーグル・ブックス」の今後の展開を概論的に述べただけである。まあ、当然、日本ではケッチョン喰らったグーグル・エディションであるから、そんなに堂々と自らの立場を正々堂々と主張する場ではないのは先刻ご承知。取り敢えずは、グーグルがこんなことやってます、という主張だろう。

 でも、もうちょっと攻撃的な主張をするのかなと思っていたのだが、以外と紳士的なグーグルの姿勢にはちょっと残念。なんでもっと、日本の出版社を批判する主張をしないのだろう。彼らの日本出版各社に対する批判が、本当は日本の出版界を変えるきっかけになるかもしれないのに、日本の出版界に対してこんなに遠慮をしていたら、なにも変化をもたらすことはできないじゃないか。それでなくとも、再販制度と返品自由という二大悪制に守られている日本の出版界である。そこに風穴を置けるのが外圧というか外資の攻勢という、日本の基本パターンじゃないですか。

 グーグルもその意味じゃ、単なる「アメリカの企業」なのね。アメリカ合衆国では自由に動けるかもしれないが、それ以外の国では「アメリカン・スタンダード=ワールド・スタンダード」という図式が通用しないという事実は、単に「アメリカ人が世界を知らない」からという単純な図式に置き換えられてしまうのだ。フォードやGMが陥った原因と同じものがグーグルにもある。

 これまでのアメリカ企業は「アメリカで当たり前のことは日本でも当たり前にしろ」といってそれを押しつけてきた、そうしてアメリカ企業は日本でのプレセンスを作ってきたのだ。これからのアメリカ企業はグーグルみたいに、「日本のスタンダードに合わせますんで、私たちの存在を認めてね」的な、弱腰外交をやるのであろうか。

 いやあ、絶対にそんことはない。狩猟民族たるアングロ・サクソンがそんなに「相手国に合わせた商売」をやるわけないじゃん。最後は、自分たちが「ワールド・スタンダード」になるべく動く筈である。

 その時が怖い。

 

 まあ、そんなグーグルに頼まなくてもいいように自分のスタンスを決めておけばいいというだけのことなんだけどね。

 で、話は突然変わって、新城幸也は今日はないな、というところです。どこかで「逃げ」をかければ良かったのですが・・・。今日を過ぎると山岳地帯に入ってしまうので、もうしばらくは新城がテレビに映ることはなくなってしまう。

2010年7月 8日 (木)

今度はランディスがアームストロングを・・・何を昔のことを掘り起こすの?

 『ウォールストリートジャーナル』7月6日版で、今度は2006年にツール・ド・フランスで総合優勝したにもかかわらず、ドーピング疑惑で優勝取り消しになったフロイド・ランディスが2004年のランス・アームストロングをエースとしたUSポスタル・チームのドーピングについて発言している。

 ランディスは2001年にUSポスタル・チームに加入し、ランスのアシストとして働くことになった。2002年、早速ツールのチームに入ることを要請された時から、テストステロンを体に導入するパッチを張るように要請されたり、血液ドーピングをおこなったとしている。

 要するに、2002年から2004年までのランス・アームストロングのツール・ド・フランス優勝はドーピングによるものだったというのがフロイド・ランディスの主張である。2005年は、ランディス自身があまり調子良くなく、ランスの優勝に貢献できなかったからオミット。ランスは7連覇したところで、一旦ツールを引退。で、2006年になって、ランディスはフォナックに異動し、そこでツール・ド・フランス優勝を目指すことになる。しかし、そこでドーピングがバレてせっかくの優勝を没収され、2年間自転車レースに出場禁止となる。

 今回のランディスの告白は、ランスが所属する(というか、ランスがいるからこそ存在する)RADIO SHACKkチーム(監督はヨハン・ブリュイネールというUSポスタル~ディスカバリーチャンネルのままなんだけど、要はそれはランスの「お友達」というだけの人)に入りたかったランディスがブリュイネールから、RADIO SHACK入りを断られたことから来ている、ということである。

 問題は「何で今更」ということであろう。ランスのツール7連覇がそれでなくなるわけではない。勿論、ランディスの発言を問題視して再び再検査して(ってどうやるんだろう。最早、状況証拠だけでやるしかないが)ランスの7連覇を「なくする」ことはできるだろう。だからといて、ランスの7連覇が「なかったこと」にはならないのだ。勿論、UCIの公式記録には「ランス7連覇」はなくなるかもしれないが、人々の記憶にはずっと残るのだ。

 今更、過去のドーピングに言及したところで無意味である。いまやっているレース(つまり、ツール・ド・フランスということですね)の中で、ドーピング問題を取り上げて、誰それがやっていたとか言う話をするのであれば、すごいことになる。多分、最早ランスはやっていないだろう、というのはいまやっているレースそのものを観ていれば分かることである。だって、そんなに強くないもの。

 ランディスはいまやツール・ファミリーの中にはいない。ということは、過去のレースについてしか言及できないわけで、そんなものでは今のレースに関するリアリティはないわけだ。

 ランスのこれまでのツール・ド・フランスにおける偉業はいいじゃないか。インデュラインもメルクスもアンティクルもいいじゃないか。彼らが活躍していた時代にはドーピングはなかったのか? 私は、マルコ・パンターニの優勝シーンにはいまでも感動を覚えるのだが、それはドーピングのせいなのか?

 とりあえず「ドーピングがいかん」というのは分かるが、それはあくまでも「今やっている競技の中」でしか言えないのではないか?

「過去、私はやりました、って言われたってねぇ」

 

2010年7月 7日 (水)

『ニッポンの大学』改訂版を望む

 サッカーワールドカップが終わって(終わってないってば!)、と思ったらツール・ド・フランスが始まってしまい、今日はもう4日目だ。眠れない毎日が続いてしまい、思わずこのブログも更新ができない毎日が続いております。でも、この本を読みました(古いけどね)。

『ニッポンの大学』(小林哲夫著/講談社現代新書/2007年12月20日刊)

http://www.amazon.co.jp/%E3%83%8B%E3%83%83%E3%83%9D%E3%83%B3%E3%81%AE%E5%A4%A7%E5%AD%A6-%E8%AC%9B%E8%AB%87%E7%A4%BE%E7%8F%BE%E4%BB%A3%E6%96%B0%E6%9B%B8-%E5%B0%8F%E6%9E%97-%E5%93%B2%E5%A4%AB/dp/4062879204/ref=sr_1_1?ie=UTF8&s=books&qid=1278428649&sr=8-1

 いま、ある理由があって小林哲夫氏のこの本を読んだのだけれども、いやあこんな面白い本があったのねというところだ。

 なにしろ、208の項目にわたって日本中の大学を「格付け」しているのである。こうなってしまと、「どこかに」「自分の出た大学が」「出てるかもしれない」ということで、皆読んでしまうかもしれない、という可能性があって、日本中の「大学卒業者が読むかも知れない」という理由でマーケティングされ、出版されたのであろう。そんな訳はないけどね。

 しかし、「タイムズ」の大学ランキングに始まって、「新聞の逮捕者報道で名前があがった大学」ランキングに至るすべてのランキングにおいて、第一位ないしは(スポーツ関係以外は)常に上位にいる「東京大学」って、やはり「東京大学」なんだろうな。わが中央大学(すいません私の出身大学)は元々、早慶大学の中で目立たない大学なんだけども、やはりこうした統計では常に「中位」にいる地味~な大学なんだなと、再認識させられた。

 しかし、例えば「キャビンアテンダント(CA)になるための(に有利な)大学」もあるそうで、「関西外語大」「青山学院大」「立教大」がベスト3であるそうな。しかし、CAになったとしても入った会社次第、この当時はまだJALが幅を利かせていた時代だろうが、いまやJALなんかクズ会社だし、そこのCAになったとしても多分給料は下げられてしまうだろうし、「あこがれの職業」ではなくなってしまった。というか、CA自体がいまや「単なる接客業でしょ」となって、職業的地位もだいぶ下がってしまった。

 女子アナウンサーも同じである。「慶應大学」「早稲田大学」「上智大学」「立教大学」というおなじみの大学が並んでいるが、いまや民放テレビの女子アナウンサーは「安い出演料で使えるタレント」でしかなく、彼女たちにジャーナリストとしての使命感とか、そもそもジャーナリストであるという自覚を求めることも放送会社は考えていない。アナウンサーが自らジャーナリストたらんとして立つ位置を考えようものなら、自らそうした社会の中で発信していくか、あるいは独立して「ジャーナリスト宣言」をするしかない。

 いずれにせよ、面白いのはCAにしてもアナウンサーにしても、そうした職業を養成するためのコースは大学にはないということだ

 当たり前である。大学は「職業訓練校」ではないのである。「教養を身につける場」なのである。本来はね。

 しかし、いまやそうした「職業訓練校」的な大学が「偏差値低いからせめて職業訓練を」という要請(誰からの? 親からの? 企業からの?)から増えているのだ。だったら、2年制の職業訓練校でいいじゃないかよ、といってしまっては親の要請にはこたえられないようなのだ。「なにがなんでも大学」なのだそうである。まあ、大学に行けば取り敢えず「4年間」は次のステップ考えないですむからね。何だ、要は親のための今の大学制度なのね。

 ということが、よくわかるのです。

 ひとつだけ要請を。できればこの本を改訂してほしい。例えば。香山リカが帝塚山学院大(現在は立教大学)とか五百旗頭真が神戸大学教授(現在は防衛大学校)というのを変えて、新しく「今」の状況に変えれば、毎年の受験生の大学選択基準になるのになあ、と考えたのである。

 

 

2010年7月 6日 (火)

一番じゃなきゃダメなんですよ

『一番じゃなきゃダメなんですか?』(蓮舫著/PHP研究所/2010年6月17日刊)

http://www.amazon.co.jp/gp/product/4569779646/ref=s9_simh_gw_p14_i1?pf_rd_m=AN1VRQENFRJN5&pf_rd_s=center-1&pf_rd_r=01AVFJKM509X6WXNRAFW&pf_rd_t=101&pf_rd_p=463376736&pf_rd_i=489986

 単純にこの質問に答えるならば「一番じゃなきゃダメなんですよ」ということだろう。民生用以外のITの世界では一番以外の番手はすべて「負け組」であり、スーパーコンピュータの世界ではなおさらのことだ。そんなことは蓮舫氏ははじめから知っていて、しかし、はじめからそのことを諦めていた役人に対して、実現性の無いことを承知で進行しようとするその姿勢を批判して、上記の発言になったというわけだ。

 それはさておき、当然参議院選挙対策で出版された本であることは百も承知で読んでみた。つまり、自分に都合のいいことしか書いていないだろうということ。多分、ゴーストライターが本人にインタビューして書いたのだろうということも前提で。

 まあ、しかしあまり政治のことには触れていない。タレント代議士としてはそれは仕方の無いことなのだろうけれども、ほとんど内容は例の「仕分け」のことばかりであり、民主党の方針・マニフェストについて触れている部分はあまりない。まあ、一種のタレント本だと思って読めば、読めないことも無いけれども、マトモな政治家の書いた本だと思って読んではいけない。

 民主党のマドンナとして蓮舫氏には頑張ってもらいたいのだけれども、こんな本を書いているようでは、今ひとつね。

 

 

 

2010年7月 4日 (日)

小学生の塾通いは「鉄分」醸成に役立つ

 7月1日に『滝山コミューン』(原武史著)について書いた際に滝山団地を見に行ったのだが、その時滝山団地のそばの書店で買った『団地の時代』について書く。

『団地の時代』(原武史・重松清著/新潮新書/2010年5月25日刊)

http://www.amazon.co.jp/%E5%9B%A3%E5%9C%B0%E3%81%AE%E6%99%82%E4%BB%A3-%E6%96%B0%E6%BD%AE%E9%81%B8%E6%9B%B8-%E5%8E%9F-%E6%AD%A6%E5%8F%B2/dp/4106036576/ref=sr_1_1?ie=UTF8&s=books&qid=1278235519&sr=1-1

 作家の重松清氏はまず最初に原武史氏の「鉄道ヲタク」ぶりについて書き、そこからこの対論がスタートする。原氏は『鉄道ひとつばなし』(講談社現代新書)などの鉄道関連本も出していて、私も原氏は政治学者だという認識の前に「鉄ちゃん」という認識があった。

 滝山団地から中野にある四谷大塚に通っていた小学生時代の原武史少年は、JR最寄駅の武蔵小金井から中央線で中野に通う際、普通なら三鷹で特別快速に乗り換えるだろうに、わざわざ立川までいったん戻って、そこから中野まで特別快速に乗っていたというのだ。当時、特別快速には冷房車が設置されていて、立川から乗る方が冷房車に長く乗れるというのが、その理由だと言うのだが。更には、新宿まで行って当時まだ僅かに残っていた、電気機関車が引っ張っていた客車にわざわざ乗ってきたり・・・。

 実は、我が愚息も小学生の時に塾に通っていたのだが、当時住んでいたところの最寄り駅、巣鴨から日本橋浜町にある塾まで通うのに、普通に地下鉄三田線で神保町乗り換え、新宿線に乗れば良いものを、わざわざ当時開通したばかりの都営大江戸線に乗って帰ってきたりしていた。

 何故か考えてみた。多分、公立小学校に通う小学生にとっては、こうした「塾に通う」という経験は、生まれて初めて親から離れて自由に公共交通手段を使用して「どこかに行く」という経験なのだ。子供たちにとっては、最初は親の手を離れずに徒歩圏内での移動から始まって、自転車を獲得して多少自由を手に入れることになり、そして次の段階が公共交通手段を使用して、なおかつ、親から離れてどこかに行くという、更なる自由を手に入れるのである。

 うれしいのであろう。それが、決められたルートに寄らずとも、いろいろな方法で塾から家へ帰れるという方法の発見なのである。それが、子供たちを「鉄道趣味」に走らせる原因になる。

 つまり、小学生の塾通いは「鉄オタ」を養成するのである。

 で、『団地の時代』であるが、そうして「鉄」の話からスタートした団地話は、最後は原氏の「団地が持っていた価値というものを見直すんだったら、同時に鉄道が持っている価値をも見直さなければならなくなる」という「鉄」の話で終わるのであった。

 って、『団地の時代』にはまったく触れていないが・・・まあ、いいか。

2010年7月 3日 (土)

自然保護なのか、水銀汚染なのか・・・

『THE COVE』(監督:ルイ・シホヨス/脚本:マーク・モンロー/編集:ジェフリー・リッチマン/制作:OPS/配給:アンプラグド)を観てきた。渋谷のイメージフォーラムだ。

http://www.thecove-2010.com/

 日本公開初日ではあるけれども、「主権回復を目指す会」の事前の宣伝(行為)のおかげもあって、会場は満員、私も15:00からの会には入れず、17:00からの上映に回されてしまった。本当はもっと地味な公開になるはずだったのに、まさに「主権回復を目指す会」さまさまという状況ではある。実は、アンプラグドと主権回復を目指す会は裏で結託していたのか、ということまで考えたんだけどね。だって、どう考えたって、無視すればいい映画を無理やりマスコミの取材テーマに持ってきたのだからね。『靖国 YASUKUNI』という、自民党の政治家が動いたのとは事情が違うのだ。

 映画は、最近のドキュメンタリー映像のセオリー通りに、ビデオで撮影してそれをフィルムに焼きなおして(あるいはビデオのまま)上映というスタイルである。これをしも「映画」として認めてしまうのであるかどうか、まあ、アカデミー賞を取ったのであるから、アメリカのアカデミー協会もビデオ上映も「映画」として認めているということなのだろう。「スターウォーズ」のデジタル上映を「映画じゃない」と言ってしまったら、身も蓋もないということなのだろう。

 さすがにアメリカのドキュメンタリーである、ILMまで動員して金がかかっていることだけはすごい。これが、日本のドキュメンタリーだといかにも金をかけてません的な貧乏臭さがモロなのだが、さすがにHDカメラ総動員で、映像はさすがに「良く見える」映像である。映画の映像はやはり「良く見える」ことが大事ではあるけれども、ドキュメンタリーの場合は、「見え方」よりは「写っている内容」の方が重要になってきて、例えば「ビルマVJ」のような映像でも十分OKなのだ。しかし、やはり「良く見える」映像の方がよいわけで、その意味では最近みたドキュメンタリーの中では出色の映像であると言えるだろう。

 しかし、その内容になると「何を主題にしているのだろうか」という問題があるように思えてならない。というか、問題があいまいなのだ。

 イルカ漁を問題視するのはよくわかるが、それが「イルカのような高等生物を殺すのは良くない」というのか、「水銀汚染されたイルカ肉を食べるのは良くない」のか、あるいは「野生状態のイルカを殺すのがよくない」というのか、それらの問題はすべて述べられているのだが、その論点がはっきりしない。彼ら、OPSにしてみればイルカ漁の何が問題なのかがはっきりしない。勿論、そんないろいろの問題があるからイルカ漁は問題なのだ、ということは分かるのだが、その内の何が一番問題なのかをはっきりさせないと、彼らのこれからの活動は難しくなるだろう。つまり、とりあえず問題を一つに絞って、そこを突破口にして前へ進むしかないのだ。取り敢えず、他の問題はおいといて今一番の問題はこれですという形にしておかないと、少なくともこの日本では、事の解決は難しいのではないか。

 とするならば、まずは「野生動物であるイルカを殺すのはやめよう」というところに集中するしかないのではないか。牛や豚は、取り敢えず「人に食べられるために生かされている」という状況のなかで飼育されている。一切野生ではないのだ。最近は、マグロですら飼育の方法が研究されている(まだ出来上がってはいないが)。ウナギの稚魚からの養殖もそろそろ可能になりそうな状況である。そうした、「人に食べられるために生かされている」動物としてイルカが養殖でもされない限りは、イルカ漁は辞めるべきだという発想なら、日本人にも理解されるのではないだろうか。

 太地の人に取材した訳ではないので、そこで勝手なことは言えないのだが、もうひとつ言ってしまえば、何故、太地の人たちはこうした取材を拒否するのだろう。もし、かれらが「これは太地の文化だ」「昔からの伝統だ」と言うのならば、それはそれで他人から何と言われようが、自らの文化・伝統として堂々と主張すれば良いではないか。イルカ殺して何処が悪い、と。もともと、太地は鯨漁で有名な所である。鯨漁は文化である、伝統であると言って何の問題はないのである。C.W.ニコルの小説にも書かれている太地の鯨漁は、昔からの伝統文化として、自らが主張してるところではないか。

 それが、何故か妙に隠したり、撮影に訪れたりしているジャーナリストにつらく当たったり、それこそこの映画のスタッフに対して、犯罪者扱いしたりして、要は映画の中で「悪役」になっているのだ。何故、自ら悪役を買って出るのだろう。それが、良くわからない。

 その辺が、この映画の一番の疑問点だ。普通に取材を受けて、普通に自らの正当性を主張すればいいのだ。だって、イルカ漁をおこなっている漁民本人たちは、別に悪いことをおこなっているという意識はないはずなんだから。

 結局は、政府の「臭いものには蓋」政策の犠牲なのかもね。

 

 

『ザ・コーヴ』いよいよ公開だけど---

今日、見にいければね。
シアターイメージフォーラムで公開です。

2010年7月 1日 (木)

『滝山コミューン1974』はもうちょっと考えを深めて・・・新左翼ってそんなにバカにしたもんじゃなくてよ

『滝山コミューン1974』(原武史著/講談社文庫/2010年6月15日刊)

 2006年から2007年にかけて『群像』に連載され、その後2007年5月に単行本を刊行し、2008年に講談社ノンフィクション賞を受賞した作品が文庫本化された。

 西武新宿線の花小金井駅と池袋線のひばりが丘のちょうど真ん中くらいにあって、どちらの駅からも西武バスでしかいけない、いわば「陸の孤島」東京都東久留米市に1968年から70年にかけて建設された滝山団地、そしてその建設に合わせてそこに住まう人(子ども)たちのためにできた東久留米市立第七小学校に通う原武史少年の、その学校に新任できた都留文科大卒の教諭、片山勝の信奉する日教組と全生研の推し進める「集団主義教育(民主集中制教育)」と「私」との闘いの記録である。

 私の生まれ年と11年異なるうえに、私は東京都足立区の場末というこうした近代的な「団地族」(という言葉があったのだよ、当時は)とは関係のないところで育ったので、原氏と同じような経験はない。草加松原団地という超ビッグな団地はあったけどね。そちらの状況はよくわからない。同じような問題があったのか、なかったのか。ただし、私が受けた小学生教育、中学生教育時代にも既にこうした萌芽はあったようで、日教組型集団主義教育を行おうとしている先生方は確かにいた。ただし、当時はまだ勤務評定闘争とかやっている状態で、取り敢えず教師自身の権利獲得闘争の方に集中していた時期だったのだろう、まだ『滝山コミューン1974』で描かれるほどには、露骨な生徒(児童?)指導はなかった。

 確かに「民主主義は多数決」という大原則はあるのだろう。ただし、それは「多数派は正しい」ということを担保するものではないし、「みんなが言うからしょうがない」なんてことは、誰も保障などしていないのだ。どうも、この日本と言う国は明治維新以来「民主主義は多数決」という「手続き民主主義」だけが跋扈していて、本来の民主主義たる「少数派の権利の保障」というものをまったく無視した「民主主義」が、上は国会から下は団地の自治会とか小学校の児童会までをも巻き込んでいる。

 この『滝山コミューン』で原氏はさかんに、全共闘世代、全共闘体験とこの滝山コミューン的な教育の在り方の関連付けをしようとしているのだが、残念ながらそれは間違っているだろう。原氏が小学校4年生(その年齢から「児童会教育が始まる」)になったのは1971年であり、その頃から全共闘世代が社会に出始めている、ということなのだろう。しかし、全共闘世代が社会に出始めるのはもう少し後だし、全共闘をまともにやっていた人間が、真面目に教職課程を取っていたなんてことがあるわけないじゃないか。ほとんど大学の授業に出ない全共闘学生が、あんなに出席を厳しく取る教職課程をしっかり取っているなんて話は、私は聞いたことがない。というよりも、私自身3ヶ月で教職あきらめたんだけどね。

 まあ、多分、代々木系の真面目な学生が、多分教職を取っていたんだろうな。都留文科大って、そういう意味じゃ代々木系の学生が多い学校なのじゃないだろうか。なにしろ、都留市っていうそれでなくても地味な山梨県の、更に地味な町にある大学だ。

 原氏にはそういう部分で単純に「左翼=代々木共産党、社民党、新左翼」といういっしょくたにする考え方は捨ててほしい。その三つは完全に違うのだ。代々木共産党はいまやアメリカともお話をする政党らしいし、社民党は「なんでも反対党という社会党の良き伝統」を忘れた自らの思想をまったく持っていないダメ政党でしかないし、新左翼って何をもってそれを言うのかよくわからない状態になってるしな。

 もうひとつ、原氏に分かってほしいのは、原氏が体験した「集団主義に取り囲まれた嫌な思い」に近いものが、実は新左翼に行っている理由だったりするのである。

「多数決は正しい」「多数決は絶対だ」というエセ民主主義、というか左翼的に言ってしまうと「スターリン主義=日本共産党の考え方」、左翼反対派の存在を認めない、まず存在を消す、それでも生き残って活動するやつは皆「トロツキスト」だと言って排除する、がしかし残念ながら「トロツキスト」の本当の意味を知っている共産党員はまずいないという矛盾。

 なんだろうね。要は、党の指導に不満を持つ奴は許さんというファッショでしかないのであります。

 そういうものに反撥したのが新左翼っていうことなのだ。で、もともと分派主義者が集まっている新左翼なのだから、四分五裂はあたりまえ。

 まあ、それが正常じゃないでしょうか。当面、革命はないだろうし。

 滝山団地の書店で『団地の時代』(原武史・重松清/新潮選書/2010年5月25日刊)と一緒に平積みしてあった。さすが・・・。

 

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