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2010年7月 1日 (木)

『滝山コミューン1974』はもうちょっと考えを深めて・・・新左翼ってそんなにバカにしたもんじゃなくてよ

『滝山コミューン1974』(原武史著/講談社文庫/2010年6月15日刊)

 2006年から2007年にかけて『群像』に連載され、その後2007年5月に単行本を刊行し、2008年に講談社ノンフィクション賞を受賞した作品が文庫本化された。

 西武新宿線の花小金井駅と池袋線のひばりが丘のちょうど真ん中くらいにあって、どちらの駅からも西武バスでしかいけない、いわば「陸の孤島」東京都東久留米市に1968年から70年にかけて建設された滝山団地、そしてその建設に合わせてそこに住まう人(子ども)たちのためにできた東久留米市立第七小学校に通う原武史少年の、その学校に新任できた都留文科大卒の教諭、片山勝の信奉する日教組と全生研の推し進める「集団主義教育(民主集中制教育)」と「私」との闘いの記録である。

 私の生まれ年と11年異なるうえに、私は東京都足立区の場末というこうした近代的な「団地族」(という言葉があったのだよ、当時は)とは関係のないところで育ったので、原氏と同じような経験はない。草加松原団地という超ビッグな団地はあったけどね。そちらの状況はよくわからない。同じような問題があったのか、なかったのか。ただし、私が受けた小学生教育、中学生教育時代にも既にこうした萌芽はあったようで、日教組型集団主義教育を行おうとしている先生方は確かにいた。ただし、当時はまだ勤務評定闘争とかやっている状態で、取り敢えず教師自身の権利獲得闘争の方に集中していた時期だったのだろう、まだ『滝山コミューン1974』で描かれるほどには、露骨な生徒(児童?)指導はなかった。

 確かに「民主主義は多数決」という大原則はあるのだろう。ただし、それは「多数派は正しい」ということを担保するものではないし、「みんなが言うからしょうがない」なんてことは、誰も保障などしていないのだ。どうも、この日本と言う国は明治維新以来「民主主義は多数決」という「手続き民主主義」だけが跋扈していて、本来の民主主義たる「少数派の権利の保障」というものをまったく無視した「民主主義」が、上は国会から下は団地の自治会とか小学校の児童会までをも巻き込んでいる。

 この『滝山コミューン』で原氏はさかんに、全共闘世代、全共闘体験とこの滝山コミューン的な教育の在り方の関連付けをしようとしているのだが、残念ながらそれは間違っているだろう。原氏が小学校4年生(その年齢から「児童会教育が始まる」)になったのは1971年であり、その頃から全共闘世代が社会に出始めている、ということなのだろう。しかし、全共闘世代が社会に出始めるのはもう少し後だし、全共闘をまともにやっていた人間が、真面目に教職課程を取っていたなんてことがあるわけないじゃないか。ほとんど大学の授業に出ない全共闘学生が、あんなに出席を厳しく取る教職課程をしっかり取っているなんて話は、私は聞いたことがない。というよりも、私自身3ヶ月で教職あきらめたんだけどね。

 まあ、多分、代々木系の真面目な学生が、多分教職を取っていたんだろうな。都留文科大って、そういう意味じゃ代々木系の学生が多い学校なのじゃないだろうか。なにしろ、都留市っていうそれでなくても地味な山梨県の、更に地味な町にある大学だ。

 原氏にはそういう部分で単純に「左翼=代々木共産党、社民党、新左翼」といういっしょくたにする考え方は捨ててほしい。その三つは完全に違うのだ。代々木共産党はいまやアメリカともお話をする政党らしいし、社民党は「なんでも反対党という社会党の良き伝統」を忘れた自らの思想をまったく持っていないダメ政党でしかないし、新左翼って何をもってそれを言うのかよくわからない状態になってるしな。

 もうひとつ、原氏に分かってほしいのは、原氏が体験した「集団主義に取り囲まれた嫌な思い」に近いものが、実は新左翼に行っている理由だったりするのである。

「多数決は正しい」「多数決は絶対だ」というエセ民主主義、というか左翼的に言ってしまうと「スターリン主義=日本共産党の考え方」、左翼反対派の存在を認めない、まず存在を消す、それでも生き残って活動するやつは皆「トロツキスト」だと言って排除する、がしかし残念ながら「トロツキスト」の本当の意味を知っている共産党員はまずいないという矛盾。

 なんだろうね。要は、党の指導に不満を持つ奴は許さんというファッショでしかないのであります。

 そういうものに反撥したのが新左翼っていうことなのだ。で、もともと分派主義者が集まっている新左翼なのだから、四分五裂はあたりまえ。

 まあ、それが正常じゃないでしょうか。当面、革命はないだろうし。

 滝山団地の書店で『団地の時代』(原武史・重松清/新潮選書/2010年5月25日刊)と一緒に平積みしてあった。さすが・・・。

 

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