フォト
無料ブログはココログ

Amazonウィジェット

  • Amazonおまかせリンク
  • おすすめウィジェット
  • Kindle

« 『銀塩ライカが生産終了』って、ヤッパリ! | トップページ | ニックネームで呼ばれる経営者 »

2010年6月23日 (水)

『座頭市』は結局はカツシンとの距離感が問題

『座頭市 THE LAST』(原作:子母澤寛/脚本:山岸きくみ/監督:阪本順治/制作:セディックインターナショナル)を観た。

「座頭市」シリーズはほんの数ページの原作(というよりは原案?)を犬塚稔という脚本家と、勝新太郎という役者が作り上げた強烈な世界観とキャラクターにより、世界的な評価を得ている作品群である。アルフレッド・ヒチコックがB級の(要はあまり売れていなくて有名じゃない)短編小説を原作にしてヒット映画を作り続けてきたのと同様、映画の側でかなり重要な作りこみを勝手にやっているのが、「座頭市」シリーズの成功の原因なのである。

 したがって、「座頭市」を映画にするということは、子母澤寛を原作とするのではなくて、あくまでも勝新太郎の「座頭市」を原作とすることになるのだ。つまり、勝新太郎が作り上げた「座頭市」のキャラクターや世界観との「距離感」がどうなのか、ということである。それは、ビートたけしがやろうが、綾瀬はるかが演じようが、そして香取慎吾が座頭市だろうが、同じことである。そういう意味では、最後には「目明き」になってしまいタップダンスを踊ってしまう座頭市だとか、「女座頭市」だとかの方が、明確に勝新太郎の座頭市との距離感があって、それはそれで成功していると言えるのではないか。まあ、「そりゃないよ!」という意味の感想は別にしておいて・・・。

 で、この香取慎吾の座頭市なのだが、なんとも中途半端な座頭市になってしまっている。女がいてもいい、何しろ最後の座頭市なのだ。しかし、その存在がいまひとつハッキリしない。その女との関係性の中に座頭市がいないのだ。これが最後の殺し合いだといって闘いに赴く市なのだが、その闘いの後で「渡世の義理」とかで、その闘いとは何の関係も無いヤクザ者に刺し殺される女。だとしたら、その女の為に闘うのが座頭市ではないのか? しかし、この「渡世の義理」とはまったく「渡世の義理」でも何でもない、単なる「行きずり殺人」にすぎない。だから、市はその関係性もまったくなくして、生まれ故郷に帰ってくるのであろうか。なんとも意味のよくわからない、映画の出だしである。

 大悪のヤクザがいて、小悪のヤクザを苦しめる。小悪のヤクザは農民の側に立つでもないし、農民を元は苦しめていたのだろうが、今は自分が大悪のヤクザに苦しめられているだけである。したがって、農民はその小悪を助けたりはしない。それは良くわかる。が、大悪が農民(漁民でもある)たちの港を大改築してロシアの舟が入るような大きな港を作ろうとして、農民を排除しようとする。当然、「大悪対農民」という対立構図が出来るわけだが、この対立構図の中には「小悪」はいない。だったら初めから小悪の存在はなくてもよい。むしろ、「農民の側に立つ小悪のヤクザ」という存在ならば、その存在価値はあるのにね。

 大悪とくっつく悪代官というのも、よくある構図である。しかし、悪いのは代官の下の侍であり、この代官の立ち位置も見えにくい。じゃあ、代官はこの大悪の味方なのか、敵なのか。それとも高踏的な立場で、結果として農民の味方に立ってくれる存在なのか。それもよくわからない。

 問題は、シナリオであろう。『シナリオ』誌に掲載されている最終稿を読むと、ほぼ完成された映画の通りである。ということは阪本順治もこのシナリオをよしとしたのであろうか。香取慎吾は勝新太郎ではない。しかし、勝座頭市との距離感をどのように設定してこのキャラクターを作り上げたのであろうか。阪本、香取としてはビートたけし座頭市のような距離感はとるつもりは無くて、むしろ勝座頭市に近い距離感でキャラクターを作ることを目指したのであろう。しかし、その為のシナリオがまったく犬塚脚本とは異なった方向になってしまった。これも、中途半端。

 こうして、すべてが中途半端な座頭市が出来上がってしまった。

 ひとり中途半端でないのは仲代達也の演技である。この「ひとり芝居」はどうにかならないものか。もともと、相手がどうであろうが勝手にひとりで芝居をするのが仲代ではあるが、所詮脇役、敵役なのである。相手のいる芝居をしてもらわなければ困るのである。ねぇ。

 

« 『銀塩ライカが生産終了』って、ヤッパリ! | トップページ | ニックネームで呼ばれる経営者 »

映画」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/549500/48700904

この記事へのトラックバック一覧です: 『座頭市』は結局はカツシンとの距離感が問題:

« 『銀塩ライカが生産終了』って、ヤッパリ! | トップページ | ニックネームで呼ばれる経営者 »

2017年4月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            

PEN PEN チョートクカメラ日記

自転車フォトグラファー 砂田弓弦

シュクレはお留守番

アローカメラ&我楽多屋

まだ東京で消耗してるの?