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2010年6月 6日 (日)

マルクス主義とトロツキー主義は永遠の左翼反対派である

 マルクス主義やトロツキー主義について、「根元的民主主義」とか「環境社会主義」なんて言葉があることを初めて知った。しかし、共産主義を共生主義という言い換えのように、そうした言葉の言い換えとか、新し(く見える)い概念の導入とかでは解決できないものがある。基本に帰ってマルクス主義とは何かを考える。

 テキストは『21世紀のマルクス主義』(佐々木力/ちくま学芸文庫/2006年10月10日刊)である。

 ただし、この際佐々木が元々第四インターの活動家であったことや、セクシャルハラスメントの疑いで東大を辞め、同時に第四インターも除名になったことは関係ない。純粋に「根元的民主主義」とか「環境社会主義」という概念規定が、マルクス主義とかトロツキー主義とは相入れない考え方であると思うので、そのことについて述べたいと考えるのだ。

 佐々木は根元的民主主義を説明するのに吉野作造と陳独秀を持ち出す。つまり〈民主主義の概念は、議会制民主主義などといった狭い民主主義概念だけによってとらえることはできないだろう。吉野は、「根もとからの民主主義」、換言すれば、「根元的民主主義」(radical democracy)の唱道者であったと考えられる。この概念こそ、陳がその旗手であった形態の民主主義にふさわしい。〉とし、陳を「根元的民主主義の永久革命者」として称える。しかし、その「根元的民主主義」とは、要するに「プロレタリア民主主義」に他ならない。「プロレタリア独裁」に対置した「プロレタリア民主主義」というにとどまる「根元的民主主義」に何か新しい概念でもあるのだろうか。「プロレタリア独裁」が「ボルシェビキ独裁」になって、それがスターリン独裁になったソヴィエト連邦一国社会主義とその崩壊から、根元的民主主義なんていう概念をひっぱり出してきているが、そんなものは古い古い「プロレタリア民主主義」の言い換えにすぎない。それがプロレタリア民主主義ではなぜいけないのだろうか。

 つぎが「環境社会主義」である。フランスのマルクス主義理論家ベンサイドの「国際環境社会主義宣言」からの引用〈環境社会主義は、初版社会主義の解放目標を保持し、社会民主主義の軟弱な改良主義的目的と、官僚社会主義の生産主義的構造とを拒否する。エコロジー的枠組み内での社会主義的生産の手段と目的を再定義することを主張する〉として、要はエコロジーの試みを社会主義の政体で行うこと、社会主義的な枠組みの中で行うこと、社会主義運動の中で行うことを意味する。しかし、そんなことを今更言っても意味のないことだろう。エコロジーはいまや資本主義の世界でも当たり前のこととして、それ自体がビジネス化している状態だ。むしろ、資本主義的な進め方のほうが、時間的にも手続き的にも効率よくできるかもしれない。社会主義は、そうした資本主義の成果物をうまく頂戴したほうが良いような気がするのは私だけだろうか。

 マルクスは、資本主義経済を徹底して研究し尽くした。確かに、それは19世紀的な資本主義かも知れないが、そうして研究し尽くした結果として、その資本主義の対立概念として共産主義という言葉を見つけ出した。そう、共産主義とはあくまでも資本主義に対する対立概念であるにすぎず、実際の「政体」を表すことばではないのだ。

 しかし、20世紀はじめの世界は共産主義にとっても過酷な試練を与えてしまった。ヨーロッパの東の果て、ロシアで社会主義革命が成就してしまったのだ。レーニンにとって、それはうまく回った歴史の歯車かも知れないが、同時にマルクス主義と共産主義にとっては、実際の「政体として共産主義」を行わなければいけないという不幸が訪れたのである。従って、レーニンからスターリンへと社会主義体制という「政体」が引き継がれたのはある意味で必然だったと言えるし、そこでトロツキーら左翼反対派が「政体」を持ちえなかったのも当然である。

 そして、革命から70年。ソヴィエト連邦が崩壊し、世界が再び資本主義の世の中になって、実はマルクスはよみがえったのである。つまり、「資本主義の対立概念としての共産主義」という考え方、つまりそれは古典マルクス主義の時代の考え方であるが、それが再びよみがえったのである。我々はこれを奇貨としなくてはいけない。

 つまり、マルクス主義というのは資本主義に対する永遠の対立概念であるし、資本主義社会の中での永遠の左翼反対派がマルクス主義であり、レーニン主義段階(前スターリン体制)になったところでも、トロツキー主義という最高の左翼反対主義がいまでも生きている。陳独秀は最晩年の書信で、自らを旧友胡適が「生涯にわたる反対派」(終身的反対派)と形容したことを肯定しているそうだが、そう、まさに「反対派」であればこその「永続革命・永久革命」であるだろう。

 マルクス主義とトロツキー主義は、永遠の左翼反対派であり、だからこそ永続革命が可能になるのだ。革命の先に何があるのか。それはわからないし、あらかじめそんなものを措定する必要はないのだ。

 いまから「環境社会主義」だとか「根元的民主主義」だとかに(あらかじめ)政体を規定する必要がどこにあるのだろうか。それも第四インターナショナルの人が何で・・・。

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