フォト
無料ブログはココログ

Amazonウィジェット

  • Amazonおまかせリンク
  • おすすめウィジェット
  • Kindle

« ヨシターッ! 今日は山古志村だ | トップページ | 東京散歩カメラ・日本橋から浜松町まで »

2010年5月 6日 (木)

猫写真にまつわること

 動物、特に猫や犬の写真は禁物だ。犬だったら柴犬、猫だったらブチの雑種かなあ。そうした犬猫の写真を観ると、その写真の良しあしではなくて、まず写っている犬猫の方を先に見てしまう。そしてしまうと、もう正常な写真に対する判断ではなくて、その犬や猫が「可愛いか」というところに目が行ってしまって、で、大体そうした写真は「可愛い」犬猫を撮影しているもんだから、そこで思考はストップしてしまう。映画で、「動物と子供は約束違反」と言われているのは、それこそ「動物と子供を主人公」にしてしまうと、それだけで見ている人の感傷を奪ってしまい、正常な作品評価をさせなくなってしまうからと言われている。勿論、製作者はそこを狙って作っているのであるが。

 そこで写真だが、そういう意味で岩合光昭氏の写真集なんかは、まったくお手上げで、写真集の出来云々よりは、取り敢えず写っている柴犬の方に目がとらわれてしまい、そこで判断停止状況になってしまう。動物写真で唯一正常な写真判断ができるのは、藤原新也『メメント・モリ』の中の、人の死体を喰う野犬の写真くらいだろうか。

 そんな中で『犬の足あと 猫のひげ』(武田花/中公文庫/2010年2月25日刊)を読んだ。読んだというかフォトエッセイなので、「読んで見る」という感じなのかもしれない。ただし、フォトエッセイという割には写真の掲載は少なく、どちらかというと、写真に関するエッセイというべきものだろう。

 実というと、武田花の猫の写真はあまり可愛くない。凡百の「猫写真集」がそのすべてが「可愛い」猫の姿を収め、そうした姿の猫を沢山収めれば、読者(実はそのほとんどが、「可愛い」猫写真を撮りたいと思っているカメラマニアなのだ)はいっぱいついて、写真集として商業的に成功ということになる。勿論、可愛いばかりが猫じゃないし、可愛くない猫だって猫なんだというのが猫側の主張だろう。ということで、武田花のスタンスは猫にとっては実に公平なスタンスじゃないだろうか。もっとも、撮られている猫にしてみれば、そんなことは意識してはいないだろうが。

 この辺が、武田花の育ちの良さが出ているところなのだろうが、要は売れることを考えていないというところなのである。女性の写真家やエッセイストの良さは、この「売れることを考えていない」というところなのであるが、でもそこだけに注目してしまってはマズいだろう。そんなことをしてしまっていたら、それこそジェンダー・コンプレックスである。

 でも、武田花の「可愛くない」猫写真っていいんだよね。本来、動物がそんなに可愛いと人間に思われているのは、その動物が人間に「保護されるべき」存在だからであろう。人間の赤ちゃんが万人から「可愛い」と思われているのと同じように。しかし、野良化した犬や猫は、決して人間から保護される状況ではないし、むしろ「処分」される対象であったりするのである。そんな、犬や猫が「可愛い」筈はないし、むしろ「ふてぶてしい」姿を我々に見せてくれるのである。そういう意味で、武田花の「猫写真」は「ふてぶてしい」猫満載である。

 これがうれしい。

 ただし、この中公文庫は写真集ではないです。写真集はまた別に木村伊兵衛賞を受賞した『眠そうな町』とか、『猫・陽のあたる場所』『猫 TOKYO WILD CATS』などがあります。

« ヨシターッ! 今日は山古志村だ | トップページ | 東京散歩カメラ・日本橋から浜松町まで »

カメラ・写真」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/549500/48289621

この記事へのトラックバック一覧です: 猫写真にまつわること:

« ヨシターッ! 今日は山古志村だ | トップページ | 東京散歩カメラ・日本橋から浜松町まで »

2017年12月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            

PEN PEN チョートクカメラ日記

自転車フォトグラファー 砂田弓弦

シュクレはお留守番

アローカメラ&我楽多屋

まだ東京で消耗してるの?