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« ファビアン・カンチェラーラに感激 | トップページ | もう出版もアマチュアの時代かもね »

2010年4月12日 (月)

群馬県太田市にすごい才能を見つけたぞ

 いやあ、すごい新人が現れたものである。講談社BIRTHという、20代以下の人間だけを相手にした新人募集があって、それから出てきた新人作家である。作品は『進駐軍がいた少年時代』(長島芳明/講談社BIRTH/3月18日刊)。

 作者の長島芳明は1980年生まれである。しかし、作品の舞台は1949年から1950年の日本、群馬県、太田市。最後に1956年の太田市が出てくる。しかし、このどのステージにも長島芳明はいない。そこが重要なのだ。

 私自身は1951年生まれなので、少しだけ「戦後の日本」を知っている。が、まああくまでも「少し」だけでしかない。というか、私が生まれた年には朝鮮戦争が始まって、その為に日本独立を速めなければならないアメリカとしては、対日講和条約を締結し、日米安保条約を締結し、警察予備隊という名の軍隊を日本に作ったのである。要は、日本を世界に出せる正常な国家として送り出さなければアメリカの存在意義がないというところまで、アメリカが追い込まれた時期でもある。対ソ連政策としてね。

 しかし、長島はその時にはまだまだ生まれていない。1980年の太田市にはもはや米軍はないし、長島にとっては太田市は、スバル(富士重工)の企業城下町としての太田市、なのであろう。まさに、バブル最盛期に向かって企業が生き生きとして動いていた時期の太田市。しかし、その太田市で父親の寿司屋を手伝いながら働く長島は、父親からの話も聞きながら新しい太田市の歴史を作ろうとしているのだ。

 多分、太田市としては米軍が基地を作っていたころの歴史は、消し去りたい歴史なのであろう。戦前の中島飛行機までの歴史はいいのだが、戦後の米軍基地が中島関係を接収して基地にしていたころの歴史は、要は、この作品にも収められている「パンパン」や「オンリー」さんたちの歴史なのだ。しかし、それも歴史である。そうした歴史を踏まえたうえで現在があるのである。Wikipediaをみてもこの時期の太田市に関する記載はほとんどない。

 それを長島は見たのであろう。何でいまのスバルの太田市なんだよ。なんで、ミシュランの太田市なんだよ。ということに答えを求めれば、結局戦後の一時期の太田市に戻るしかないじゃないか。

 話は、そんなに悲しい話ばかっリじゃないし、(一見すると)重い話ばっかりじゃない。むしろ、主人公タケちゃん(俺)の、結構、面白いはなしの連結である。寧々子とタケちゃんの話も、結局はどうなるのか分からない。しかし、こういう青春が、あの時代にはあったのか、という思いにさせる。こういう作品を1980年生まれの作家が書くとは思わなかった。スゴイです。

 最後になかなかナカせる台詞がある。

 「あの晩、俺は今後一切、寧々子の人生に介在しないことに決めたんだ。ウィリアムは戦死してしまった。俺の愚行が良かったのか悪かったのかは分からない。裁きたくない。とにかく、もう二度と寧々子を悲しませたくない。己の半端な欲望で悲しませたくない。

 したたかで狡賢い俺ができるのは、これなんだ。これだけなんだ。

 これが俺なりのポツダム宣言受諾であり、サンフランシスコ講和条約なんだ。」

 でも、それが日本国民それぞれが思っていたものかもしれない。

 

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