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2010年4月

2010年4月30日 (金)

上海万博から日米同盟離脱まで考える

 明日から「上海万博」が開幕である。今現在、開会式を行っているようだが、何故か日本では見られない。ということで、中国経済は今どうなっているのか、を勉強しよう。

 テキストは『中国経済の正体』(門倉貴史/講談社現代新書/2010年4月20日刊)である。

 2010年に中国のGDP(国内総生産)が日本を抜くのではないかと言われていたのであるが、為替の関係でそうはならず、しかし2011年には確実に日本のGDPを抜いて、アメリカに次ぐ世界第2位になるのは確実である。「新興国」と言われ、アメリカからは「民主主義」的ではないと指摘されていながら、しかし、世界の中で確実に「存在感」を増してきたのである。オリンピックを成功させ、そして万博を開催して、世界に「中国」ありということを示してきている中国経済が、今どうなっているのか、今後どうなっていくのか、は世界中が注目していることである。

 しかし、本書を読んでみると、かならずしもそうではないことが分かってくる、その大きなものは「地下経済」である。中国における「地下経済」は「脱税や賄賂、武器の密輸、違法薬物の取引、売春などによって構成される」とのことである。その「地下経済」の大きさは、中国のGDP比で13.1%(2000年現在)であるそうである。日本の「地下経済」の大きさは同じくGDP比で4.9%(2005年現在)であるそうだから、日本の2.6倍。しかし、「地下経済」なので実態はよくわからない。実際は、GDP比で30%という話もあるそうだから、そうなると日本の7倍近くもあるということだ。

「地下経済」の大きなものは「賄賂」である。やはり、共産党一党独裁体制における官僚制がある国ではこうしたものが横行するのはやむを得ないのであろう。まあ、共産党じゃなくても一党独裁体制の国にはこうした状況は同じなのだろうが、これまで共産党一党独裁体制以外の政党による一党独裁体制というのは、ドイツのナチス以外にはなかったのだから、よくわからない。ナチスはその支配期間が短かったために、あまりそうした事例は見られなかったようだが、実際にはあったのだろう。また、毛沢東の時代の中国にもあまりそうした話は聞かなかったのだが、それも毛沢東時代はそこまで中国経済が発達していなくて、それこそ「賄賂」を差し出す余裕なんてものがなかったのかも知れない。唯一、我々が知っているのはソ連だけである。ソ連もこうした「賄賂」が横行していた話は聞いている。

 もうひとつは「売春」である。もうこれは原因は分かっている。貧困であり、その原因である「所得格差」である。

 こうした「所得格差」は中国のいたるところで見られている問題である。特に有名なのは、沿岸地域と内陸地域の格差である。沿岸の富裕層はどんどん富んでいくのに比べて、内陸地域の農民はどんどん貧困に陥っているのである。その結果、確かに中国全体のGDPは日本を抜く情勢になっているとはいえ、では国民一人当たりのGDPでいえば、日本のわずか9%でしかない。しかも、中国は「一人っ子政策」もあって、あと数年で人口減少に向かってしまうのだ。少なくとも、日本のような「国民総中流化現象」も起きないうちにである。

 中国経済って、今はよいのだけれども、それほど今後の見通しがすべてグッドかと思うとそうでもないことがよくわかる。

 こうした、中国とどうやってつきあっていけばよいのだろうか。

 米・日・中というトライアングルで門倉氏は考えるのだが、そうのなのだろうか。勿論、米・日・中という関係論は基本的なことであろうが、そうでない関係論もそろそろ考えた方がよいのではないだろうか。

 中国が持つ「中華思想」は今後も変わらないであろう。ということは、その中華思想でやられたら日本なんてものは、昔の「漢の委の奴の国」になってしまうのだ。勿論、アメリカだって中国との関係論を考えたら、あまりにも「反中親日」の態度はとれないであろう。

 ということで、もはや日本はアメリカとの関係論も考えた方がよい。勿論、中国との関係論もだ。ということは、フランスやドイツが反英米でEUにことよせするように、日本も中国抜きのアジアの国々にことよせすればよいのではないか。国としてはアメリカ(イギリス)、中国というG2が世界の中心になるのであれば、も一つの軸として、EUとアジア連合があってもよいのではないか。

 もうそろそろ、日本もアメリカとの同盟関係を考え直してもよいころだ。

2010年4月29日 (木)

先物取引会社って面白い?

「思えば、面接からしてキョーレツな会社だった。」という書き出しから始まる最初の章は、「これが先物だよ。生き馬どころか、走る馬の目を抜くんだ」という社長の言葉で終わる。この妙に面白い小説の魅力は、何といってもこの「先物取引会社」という私たちが概念だけで知っているようで、実はよく知らない世界を描いているところである。

 テキストは『サキモノ!?』(斎樹真琴/講談社/2010年4月21日刊)である。『地獄番 鬼蜘蛛日誌』で第三回小説現代長編新人賞をとった著者の『十四歳の情景』に続く3つ目の長編作品である。しかし、先行する2作とは少し世界が異なっていて、もしかすると斎樹氏自身の体験なのかもしれない。先物取引の会社という世界はまさに軍隊系というか体育会系というか、新入社員の人権なんて全く考慮されていない世界であり、金を持ってくる人間だけが価値があり、金を引っ張ってくるために終わりのないテレホンアポイント(見込み客探し)が続き、プッシュ(見込み客への電話営業)が続く。そんな中に新卒社員として飛び込んだ主人公・青木照子の1年間を描いた作品である。

 まあ、多分他の会社のすべてに内定が取れずに先物取引の会社に飛び込んだのだろうが、基本的にその社会には批判的な目を持ちながら、以外とその社会に溶け込んでいる主人公って何だろう。父親の事業の失敗がそのバックボーンにあるのだろうか、結構けなげに先物取引営業という仕事と取り組んでいる。

 先物取引ではないが、不動産投資の電話営業が私の会社の電話にはよくかかってくる。しかし、そんな電話の相手をしたことはまずない。ほとんど、不動産投資の話だと分かったとたん「興味ありません」といって電話を切ってしまう。ことほど左様に電話営業なんて効率の悪い仕事であるのだから、それが先物取引と分かったとたんに、まずほとんどの電話は切られてしまうだろう。でもあきらめずに何度も何度も電話をかけ続ける主人公たち。おまけに見込み客をつかまえられない間は、椅子に座ってもいけないという規則。これが朝から夜まで続くのだ。さらには「飛び込みセールス」の日もある。こうして日本の営業マン(ウーマン)は育てられていくのだなあ、と思いながら読んで行く。

 勿論、こうした生活に耐えられなくて辞めていく人は多い。主人公が努める「魁コモディティ」も9か月の間に同期入社が半分は辞めていく。新入社員だけではなく、前からの社員も辞めていく。当然社員は少なくなる。そうすると中途入社の社員を入れる。勿論、この人たちも辞めていく。と、その頃、次の年の新入社員が入ってくる、という回り方で会社が保っているのであろう。

 作品の最後は照子と同期入社の萩原との会話。

「来年の今頃も、無事に生きていたいね」

 予想はしていたけれども、先物取引会社ってこういう会社なんだ、という面白さがあった。ただし、こういう会社に勤めたくはないけどね。

別に小沢支持じゃないけど・・・変だよ検察審査会

 検察審査会って何だ。勿論、小沢一郎を追い込めることが出来なかった検察庁に対して、そんなことじゃ駄目じゃないか、ということで「起訴相当」を決めたのであろうが、それだけの意志やら、証拠を検察審査会が持っているのだろうか。まあ、ないはずである。であるならば、何を根拠に「小沢起訴相当」なのだろうか。イメージだけでこういうことをやっていいのだろうか。

 私自身、小沢一郎氏がまったく真っ白な人だとは思っていないし、何しろ田中角栄氏の懐刀で、金丸信氏の金庫番をやってた小沢氏が、金に対してそんなに「きれいな」人だとは思っていない。それこそ、「汚い」金のやりとりをかなりやっていた人だろうという思いの方が強い人物である。ただし、「マネーロンダリング」の方法論にも強い人だったようで、これまで政治資金に関して国家権力から糺されることはなかった。要は、そういう人なのである。それで、検察も結果として、「怪しいのは真っ黒だけど」「公判を維持して有罪に持っていくのは不可能」ということで、不起訴を決めたのである。

 別に、検察の立場を支持するつもりは全くないが、現実問題として、あの検察があきらめた事件を、素人が(市民感情としては分からないではないが)再度起訴しても、無理であろう。何を考えているのであろう、とみていたら、どうも検察審議会のメンバーに「右翼」のメンバーで、小沢氏が言っている「外国人居住者に対する選挙権」に対する反対意見を持っている人がいるようなのだ。なるほどな、まあ、そういう関係論かということだが、結果として検察が起訴を決めればいいが、多分、これまでの訴訟資料を再検討した検察としては、再度、不起訴という結論を出さざるをえないだろう。そうなると、「強制起訴」といことで、またまた名前を売りたい弁護士がしゃしゃり出て小沢起訴をするだろうが、それこそどうなるのであろうか。

 まあ、多分、「小沢無罪」でもって決着するしかないんじゃないか。そうなったらまさに「大山雷動して鼠」一匹もでないということになるのだろう。その責任は・・・だれも取らないのだろう。

 

2010年4月26日 (月)

グラン・ツールはファビアン・カンチェラーラに注目

「リエージュ~バストーニュ~リエージュ」が終わって、いわゆる「北のクラシック」がすべて開催され、終了した。これからは、グラン・ツールつまり、ジロ・デ・イタリアとツール・ド・フランス、ヴェルタ・ア・エスパーニアという三大ツールの季節に入る。日本では、世界的にはかなりマイナーだけど「ツアー・オブ・ジャパン」(笑)の季節なのだ。

 で、誰がそのグラン・ツールの主人公になるのか。誰が、グラン・ツールの勝者になるのかなのである。コンタドールというのは普通の発想であろう。多分、ツール・ド・フランスでは彼が一番のマイヨ・ジョーヌ候補であろう。でも、ほかのツール、特にジロあたりは違う選手がいるだろう。それが、カンチェラーラである。

 もともと、タイムトライアルの人だと思っていたカンチェラーラであるが、この北のクラシックで見せたのは「悪路でも強い」と「登りににも強い」ということ。とにかく、「パリ~ル~ベ」と「ツール・ド・フランドル」のふたつに勝ち、なおかつ、「フランドル」の最後の登りで勝ったのは印象として強烈である。ツールでは北のクラシックのような短い登りじゃなくて、もっとずっと長い登りがあるので、そんな簡単にカンチェラーラが勝てないであろう、というのは普通の考え方であろう。でも、そうした「普通の考え方」を超えるのがグランツールなのである。

 ということで、私は今年のグランツールのどこか一つで「ファビアン・カンチェラーラ」という名前が出てくることを予想する。多分、あるとすればジロだろう。

 さて、私の予想はどうなるのだろうか。

 

2010年4月25日 (日)

やはり「富士山静岡空港は普天間の移設先に」となるのだ

 2009年12月13日に書いた「富士山静岡空港」の話だが、それにまつわる本が出ていた。題して『血税空港』(森功著/幻冬舎新書/2009年5月30日刊)。

 残念ながら、富士山静岡空港は空港地外の立木の問題がバレて、本来予定してた2009年3月にはオープンせずに、6月4日まで延期になってしまった。したがって、この本が出たのが空港オープン前になってしまい、もしオープン後だったら、もうちょっと面白い話が出たのだろうが、基本的な問題だけを指摘するに止まっているのが残念。ただし、本書の第1章が『静岡空港「開港延期」の裏事情』というものだ。そこに興味を持って読んだのだけども、それ以外にも関西空港や中部国際空港、福岡空港、もちろん成田や羽田にも、いろいろな問題があるようだ。

 更に、2009年8月の衆院選までに書かれているので、その後の民主党政権下での様々な変化や、JALの経営破綻つまり実質倒産については触れていない。その辺は、今後出されるかもしれない改訂版か新作に期待するしかないようだ。しかし、本書で触れている問題は、今も引き続き同様にあるわけだし、まだまだ解決はしていないのである。

 要は、日本にある99(!)の空港の大半は赤字経営に陥っており、その原因は政治にあり、行政の無策にあるということだ。「わが県、おらが村に空港を」ということで、地方自治体と旧運輸省は空港建設のために必死のロビー活動を行った。その結果は、地元の土建業者が大いに潤っただけであり、建設費や空港維持費のツケは県民とそして羽田や成田などの大空港を利用した国民の税金(空港利用料や着陸料)に回ってくるだけなのである。更に、いわゆるハコモノ行政と同じ発想がここにはある。さらに、空港が計画されていた時代から、おおいにテクノロジーは進歩してきて、大音響を振りまく飛行機から騒音の小さなターボファン・ジェットの時代になっても、計画は変更されることなく、当初のまま実行されて、それも土建業者が潤うだけという構造。これは、八ッ場ダムなどと同じような、「もうここまで金をかけてしまったのだから、今更計画を止めるわけにはいかない」と、ムダとわかりつつも突き進んでいく硬直した姿勢。結局、どちらも土建業者だけが儲かって、そのツケを県民や国民の税金で賄うという関係論は変わらない。

 たしかに、成田や羽田などの基幹空港や、離島・半島・離れた場所などの飛行機じゃないといけない場所にある空港や地方の基幹都市にある空港は社会的インフラであり、赤字だとか何だとか言ってはいけない、という論議はあるだろう。それは事実である。しかし、「いわゆる赤字の地方空港」はもはやいらないのである。鉄道などの地上交通が発達している日本で99(!)もの空港はいらないだろう。これらの赤字空港には国の助成金が支払われているのだ。すでに土建屋には金を払っちゃったんだから、もういいじゃないか。

 赤字空港がこの先黒字に転化することもないだろう。それでなくとも、搭乗率の落ちている国内線である。JALは国内線はどんど縮小するだろうし、ANAだって、もっと自由に廃止できる。外国航空会社の国際便だって、本来は針田や羽田に降りたいのである。しかし、それらの空港はもはや発着便数が一杯だから、やむなく地方空港に降りているだけである。例えば、富士山静岡空港唯一の国際便アシアナ航空は「静岡空港はあくまでも首都圏空港の補完的な空港としての役割を担うもの。しょせん観光目的は安定的な高収益路線とは言えません」と冷めた言い方をしているそうで、アシアナ航空が就航を決めた際には「これで国際線も備えた立派な空港になる」と言って胸をはった静岡県関係者は、何というだろうか。「搭乗率補償70%」というバカなことをやっている静岡空港は、結局搭乗率70%に到達せずに、航空会社に補償金を支払うことになったのだ。

 これらの問題、今後民主党による「仕分け」の対象になるのだろうか。

 さておき、もはやこんな赤字空港は積極的に他への転用を考えるべきである。ということで、「富士山静岡空港を普天間の移設先に」という結論になるのである。

 

2010年4月23日 (金)

これからも続いていくであろう『1Q84』について

『1Q84 BOOK3』(村上春樹/新潮社/2010年4月16日刊)読了。

 BOOK1、BOOK2で投げ出された問題はまだ解決されていない。「1984年」から「1Q84年」に変わった状況は、このBOOK3で再び「1984年」になった。しかし、その「1984年」がもともとの「1984年」と同じ世界なのかということは、未だ分かっていない。青豆と天吾の話も、やっと初めのところについたばかりである。更に、これからの問題は青豆の体の中にあるもうひとつの「個体」である。

 その青豆の中にあるもう一つの「個体」(普通は「子供」というのだろうけど)が、これからどういう形で青豆と天吾に、そして世界に関係していくのかは、まだ誰にも見えない。

 この作品、まだまだ続いていきそうである。何処まで行くのかは見えないが、村上が何を求めて作品を書いているのかが見えてきそうである。多分、毎年1作づつ位の感じでこれから先、『1Q84』を書き続けていくのだろうけれども、これからも毎年、『1Q84』を追い求めていくのだろうか。

2010年4月22日 (木)

昔の写真雑誌を見る

 1932年と言えば昭和7年、第1次上海事変や、満州国建国宣言、5.15事件などが日本周辺で起こり、ヨーロッパではドイツ・ナチ党が政権を取るなど、次第に戦争に向かってそれぞれの国内が緊張感を増してきていた時期である。

 こんな時期に雑誌『光画』は創刊した。雑誌といっても同人誌のようなものであり、同人の野島康三氏がほとんど出資をしていたようだ。テキストは『日本写真史の至宝 別巻 光画傑作集』(野島康三・中山岩太・木村伊兵衛・伊奈信男ほか著/飯沢耕太郎・金子隆一監修/国書刊行会/2005年11月30日刊)。

 しかし、伊奈信男氏や、長谷川如是閑氏の評論などは結構「左傾」していて、それこそレーニンやスターリン流(残念ながらトロツキー流はないのだけどね)の「左翼芸術」感満々にリアリズム芸術を声高々に提唱しているのだ。この時代に、これだけ「共産主義芸術論」を言えたということは、まだまだ大正デモクラシーの残滓が、この時代にも残っていたということなのだろうか。我々の認識ではこの時代、既にデモクラシーなんてものは残されていなくて、国民総動員態勢、ファシズムへの道を轟々と突き進んでいたと考えていたのだが、意外にもまだまだ、日本国民は健全だったことがわかる。ただし、『光画』も創刊1年半後には休刊に追い込まれる。勿論、野島個人に負っていたという経済的な理由もあるのだろうが、一方、政治的な理由もあるのだろう。

 上記の復刻版であるが、当然写真雑誌の復刻であるから、写真の収録がメインである。『光画』第1巻から第2巻12号までの、主要な写真はすべて載っている(全部なのかどうなのかは分からないが)。

 特に、野島康三の写真「女」シリーズは、モデルの古さはどうしようもないが、現代に通じるモデル写真の面白さを感じさせる写真だ。中山岩太のモンタージュかフォトグラムか分からないが、それらの写真はいかにも「時代」を感じさせる写真だ。しかし、なんといってもそれらの写真群の中で特別な素材は木村伊兵衛の写真群だ。ライカで撮られたと思われるスナップ写真は現在でも我々がよく目にするものである。「帽子売り」だったり「詰将棋」だったり「街の芸人」だったり・・・。同様の意味で、飯田幸太郎の写真もなかなかに見せてくれる。やはりスナップっぽいのだけれども。

 しかし、木村伊兵衛の写真で一番感心させられたのはそうしたスナップではなくて、第2巻4号に掲載された「商業写真」というタイトルのフォクトレンダーの宣伝写真なのである。勿論、フォクトレンダーといっても現在の日本国長野県で作られているフォクトレンダーではなくて、ドイツ本国のフォクトレンダーである。木村は商業写真家であるから、スナップ写真だけではなくこうした宣伝用写真も当然上手いのは分かるが、ここまで美しい写真を撮るとは思わなかったというのが事実だ。私の不明を恥じなければならない。こういう写真を撮れる人が、スナップを撮るから、すごいのか・・・と。

 ウ~ム、私にこういう写真は撮れるのだろうか・・・無理だろうな。

2010年4月20日 (火)

グーグルは最低2

 昨日に引き続き明石昇二郎氏の『グーグルに異議あり』について書く。

 要はグーグルが勝手に著者の許諾を得ないで行った書物のデジタルスキャンに対して、米国作家協会と全米出版協会が著作権の侵害であるという集団訴訟(クラスアクション)を起こしたのだが、それに対して「図書館の蔵書をスキャンしたのだからこれはフェアユースであると抗弁したのだが、結局「和解」という方法で「歩み寄った」グーグルは、その「和解」を世界中の著作者にも飲めというとんでもない要求をしてきたのだ。つまり、ベルヌ条約で世界中の作家もアメリカの作家と同じ権利を持つのだから、同じように了解しろというわけである。

 これを称して明石氏は「すわ「黒船襲来」かと思ってよくよく見たら、船に乗っていたのは「海賊」だった」と言う。まさに、アメリカでしか通用しない「フェアユース」と「クラスアクション」という法律概念を、そのまま世界中で通用すると思ったグーグルの姿は、まさに世界中の人がアメリカ語(英語ではない)を喋っていると思っている、世界の田舎者=アメリカ人そのものの姿だ。

 当然、これについては世界中から反発が起こって、例えばドイツはまさにグーテンベルグが印刷技術を発明して、それから600年経って、それが今日のインターネットの発展にまでつながった大元なのに、昨日今日世界に名をとどろかせただけの若僧が何を言うか、と法務大臣が一喝。フランスも同じように若僧の思い上がりに対して怒ったのである。

 結局、和解案は修正されて「米国の連邦著作権登録局に登録されている書籍か、米国・英国・カナダ・オーストラリアの4カ国で出版された書籍に限定する」となった。結果として、明石氏の正しさは認められたのだが、まだ問題は残る。

 明石氏の書籍が既にグーグルによって「著者に無断でスキャン」されたことに対する損害賠償である。つまり、日本風にいうと「送信可能化権」の侵害だ。はたして、明石氏はそこまでやるのだろうか。もしやるとなれば、その他の、明石氏と同様スキャンされた日本の著者も黙ってはいないだろう。それこそ「集団訴訟」で闘っちゃえば?

グーグルは最低

 明石昇二郎氏の『グーグルに異議あり』は面白い。(集英社新書/2010年4月21日刊)。

 グーグルっていう会社が、如何に普通の「アメリカの会社」かってわかるのです。

 くだらない会社ですよ。

 2回同じことを書いたのだけども、消されちゃった。

 最低ですね

 これは、私の操作ミスのようでした。

2010年4月18日 (日)

恋愛物を書く人は有利だという話

 柴門ふみ著『東京ラブストーリー』の新装版が文春文庫から刊行された(上下/2010年4月10日刊)。下巻の巻末に『二十年たってようやくわかったこと」と題して、柴門ふみと、TVドラマ版で赤名リカ役を演じた鈴木保奈美の対談が収録されている。

 ところで、私自身について言うと、『東京ラブストーリー』の原作が「ビッグコミックスピリッツ」に連載されていた1988年は『アキラ』のアニメーションの仕事、TVドラマがフジテレビで放送されていた1991年も何か映画かアニメの仕事で、それぞれ忙しく、オンタイムではほとんど読んでないし、見ていない。勿論、小田和正の主題歌「ラブストーリーは突然に」をはじめ、大体のストーリーはほとんど知っている。がしかし、ちゃんと全てのストーリーについては今回初めて知ったようなわけである。

 すでに20年の時が過ぎた話である。しかし、そんなに古い話であるという印象がないのは何故だろうか。たしかに、意匠にはちょっとした古さを感じさせるものがあるのは事実である。しかし、男と女の関係なんてものは、昔からそんなに変化があった訳ではなく、古今東西においても、さほど変化がある訳でもない。まあ、昔からの小説も恋愛物はいまでも通用しているものは多い。特に、こうした古典的な恋愛について書かれているものは、いつまででも通用するものなのだろう。

 そんな意味では、古典的な恋愛物を書く著者は、いつまででも読まれ続けられることが可能であり、ちょっと有利だなあ、というのが感想。

 ということで、今から『1Q84』BOOK3を読む。あっ、その前にBOOK1とBOOK2を読まなきゃ。出だしは覚えてるのだが、ラストがどうだったか思い出せないのだ。

 

2010年4月17日 (土)

作者の真意は意外なところに? 『営業零課接待班』

 2008年に講談社とTBSが主催する「ドラマ原作大賞」を受賞し、当然、テレビドラマ化、ラジオドラマ化された『被取締役(とりしまられやく)新入社員』を書いた安藤佑介氏の新作が出版された、題して『営業零課接待班』(安藤佑介著/講談社/2010年4月20日刊)。

 今回は、被取締役(とりしまられやく)というほど、新しい言葉はなく、ごく普通に「営業」であり「接待」である。ただし、ダメ社員が主人公という点は変わりなく、というか前作ではダメ社員は主人公の羽ケ口信男ひとりだったのだが、今回は8人の課員全員が会社から退職勧告を受けた、言ってみれば「会社から見たダメ社員」の集まりである。専務の井岡からしてみれば、現在の既存顧客を中心とした営業体制がもの足りない。そこで社内各部署で「ダメ」の烙印を押された社員を集めて、新規顧客開拓のみを目的とする遊撃部隊、「営業零課」を作り、そこでの営業手法をもっぱら「接待営業」に定めて、出発する。

 元来営業に向いていない口下手の主人公、真島やら、違法営業専門の野辺山、短気ですぐ人を殴るような課長の黒田、等々、問題ばかり抱えた社員でスタートした営業零課は、途中チグハグな失敗を重ねながら、それでも1年目の目標50億円に向かって動いていく。

 しかし、今回は前作ほどハチャメチャではない。それはそうだろう、「接待営業」とは言っても、いわゆる「飲ませる・ヤらせる・握らせる」という3セル営業で無理やり受注を取るというものではない。接待の目的は「お客様と親しくなる」ということなのだ。勿論、今どき「3セル営業」で受注がとれるほど世間は甘くないし、そういう時代でもない。したがって、「お客様と親しくなる」という接待の目的は、ごく普通の営業活動で行われていることなのだ。ただし、最近はそうした「親しくなる」名目のお付き合いも少なくなっている、というのが安藤氏の見かたなのだろうか。たしかに、現在の不況の中で各社とも「接待費」は一番最初の切り詰める対象ではある。とはいっても、まったく接待営業がなくなっているわけではないけどね。

 ただ、井岡にしてみれば、自分が若いころからやっていた「接待を通じてお客様と親しくなり、その後、お客様の悩みなどに対する解決方法」から営業につなげるという方法が、今では「そんな時間をかけてどうする」という正論に負けていることが、残念なのだろう。そこで、こうした接待営業の復活を試みたのであろう。そういう意味では、今の不況下で、むしろこういう時代だからこそ「接待を」という提案をするビジネスノベルという読み方もできるかもしれない。

 前作『被取締役新入社員』でも最後は普通に「いじめ撲滅キャンペーン」を実行する主人公を描いた安藤氏である。今回も、割と真面目に「接待営業」をキチンと復活させようと考えているのかもしれない。

 それとも、現在まだ公務員である安藤氏、マジに業者に「接待してよ」と思っているのが真意だったりして。

2010年4月16日 (金)

「兵士」シリーズの最後(から1コ手前)は刺激的だ

 4/10の記事で書いた杉山隆男氏の『「兵士」になれなかった三島由紀夫』の続編です。今回は『兵士に告ぐ』(小学館文庫/2010年1月13日刊)。

 「兵士」シリーズと名付けられたこの作品、陸上自衛隊に密着取材した『兵士に聞け』から始まって、海上自衛隊に取材した『兵を追え』 、航空自衛隊に取材しF15の体験搭乗含めた『兵士を見よ』として、この『兵士に告ぐ』まで4冊、そして『「兵士」になれなかった三島由紀夫』で完結だそうだ。つまり、本来ならば『兵士に聞け』から読み始めなければいけないところなのだが、しかし、『兵士に聞け』から『「兵士」になれなかった三島由紀夫』まで20年の歳月が過ぎている。その間の自衛隊の変わりようは三島の思いを越えて、しかし、三島の言うように「アメリカの傭兵として」カンボジア、アフガニスタン、イラクへと派兵を展開している。<三島由紀夫と自衛隊>の関係論で杉山氏の本を読んで行こうとしたのだが、現実の展開の速さから、始めの『兵士に聞け』を読まずに、『「兵士」になれなかった三島由紀夫』のひとつ前の『兵士に告ぐ』を読んだのだ。

 この『兵士に告ぐ』でも再三杉山氏が触れているのは、自衛隊の中隊長の「任務に対する忠実さ」と「国を守る気概」である。実は、この本を読むまでは「中隊長」が自衛隊の基本であることは知らなかった。中隊長以上は幕僚とか官僚になって行って、要は「軍人」から官僚の世界に入っていくのである。なるほどな、杉山氏は軍人である自衛官だけに指標を絞って取材を続けたのであった。

 そこに限って取材を続ければ、たしかにそこにあるのは「軍人」たる自衛官しかいないであろう。まさに本人は否定するかも知れないが、やはり杉本氏は「軍事ヲタク」なのではないだろうか。その軍事ヲタクの目から見て三島由紀夫を見たのであろう。その結果が「三島は兵士を見ていない」という発言につながると思うのである。「見ていない」というのは、軍人としての自衛隊員の将校なのではなく、官僚としての自衛隊員のことかと思っていたのだが、しかし、やはり三島は軍人としての自衛隊員しか見ていなかったのであろう。その結果、三島は「軍人」としての自衛員が決起しないことに(もっともそれは始めから分かっていたことであるが)対して、自決という形で決起をうながしたのであろう。しかし、そのようなことであろうが、揺らがないのが自衛隊という超「官僚」組織なのである。

 結果、この『兵士に告ぐ』を読んでも、一番分かったのは、杉山氏の「軍人」に対するシンパシーである。「軍人」はどのような「国」に対しても忠実なのであろうか。杉山氏がイメージするのはそんな「軍人」である。であるならば、国が他国に対して下僕のように従うことになれば、その他国の軍隊に従うのが、我が国の「軍隊」であると思っているのだろうか。

 この本に書かれているように、いまや日本の国防は、旧ソ連を相手にした北方防備から中国や北朝鮮を相手にした西方防備に変わっていて、国防の中心は西部方面普通科連隊に移っているという。そこで行なわれているレンジャー訓練にも似た訓練の模様もある。それも、米軍の支配下であるのであろう。こうした、状況に対する杉山氏の発言である。

2010年4月14日 (水)

今なら見ておけ「密約 外務省機密漏洩事件」

 毎日新聞の西山太吉氏の何度もの訴えに対して東京地裁は4月9日「国民の知る権利を蔑にする外務省の対応は不誠実と言わさるを得ない」として外務省の2008年の非開示処分を取り消し、文書開示の命令を下した。多分、外務省側としてはこれに対する控訴は行わないであろう、なぜならば現在の外務相は民主党の岡田氏であるからだ。

 2008年に東京高裁・最高裁での判断が出された時、つまりそれは「20年の除訴期間で請求権は消滅」という判断が出された時、西山氏は「司法が完全に行政の中に組み込まれてしまっている。日本が法治国家の基礎的要件を喪失している。」と語った。つまり、今年の4月9日に出された地裁判断も所詮は「行政に組み込まれた司法」の判断なのだろう。つまり、民主党の岡田氏がいたからね。今後、検察が控訴をして、その際に自民党が再び政権を握ったら、この司法判断もどうなるかは分からない。要は政権党次第なのだ、こうした政治絡みの判断はね。

 ということで、「今なら見ておけ」という映画が現在公開されている。『密約 外務省機密漏洩事件』(千野皓司監督/脚本長谷川公之/澤地久枝原作)である。1978年にテレビ朝日開局20周年記番組として制作・放送されたプログラムであるが、35mmフィルムで製作されていたこともあって、1988年に一度劇場公開され、今年、先の2009年4月9日判断を待って、4月10日から銀座シネパトス及び新宿武蔵野館で公開開始、その後も全国各地で公開予定である。

 まあ、映画を見てどう思うかは見た人の勝手であります。西山(映画では石山)役の北村和夫、女性事務官(吉行和子)、澤地久枝(映画では澤井久代)の大空真弓の芝居を観て、ああ若いなっていうのも感想の一つ(事実、私もそんな感想を持った)。日本政府がこうまでしてアメリカ政府にたいして「ひざまづき外交」を行ってきた事実に「怒る」か「悲しむ」かは自由。

 ネタを取るために、女と不倫関係になることをいとわないことに対するモラル絡みの判断を下すことも可能。

 ただ、ネタモトを明かしちゃったのはマズいだろうな、という気はする。これが、一番の問題だろう。それを明かさなければそんな裁判にもならなかったはずである。

 ただし、我々が知らなければいけないのは、要は、対米外交というものはこういう関係でしかありえなかったのだな、という戦後の日本の情けない姿である。

 たしかに、アメリカに負けたのは日本であるから、それは仕方のなことであるかもしれないが、それが戦後20年以上過ぎた時代、それもアメリカ経済がうまく行かなかった時にも、ずっと支えてきた日本が、そこまでアメリカに追随しなければならないのか、という思いがある。特に、最近の関係論で言ってしまえば、日本がアメリカを助けている部分もあるのだ(軍事的にではないですが)。別に、東アジアの防衛を日本に任せろという思いもある訳じゃない。しかし、なんでそこまで対米追従なんだ。

 従順右翼の自民党では仕方のないことかも知れないが、そうでもない民主党がどうなるのか、見極めをしたいですね。

 

もう出版もアマチュアの時代かもね

 ラウブドアのセミナー『雑誌サバイバル時代の次世代ターゲットメディア戦略』に参加してきた。トークセッションの出演者はインフォバーンの小林弘人氏、小学館の藤井敬也氏、ライブドアの田端信太郎氏の三人。セミナーの目的は「出版社様向け お手軽ブログメディア構築プランのご案内」というところのあるのだが、まあ、それは無料セミナーではよくあることなのでやむを得ないであろう。

 面白かったのは、田端氏が運営するBLOGOSというブログメディアの立ち位置である。BLOGOSは、約200人余りの人のブログを紹介するネットメディアである。その200人の人とは政治家や実業家を始めとする情報発信源にいる人、有名なブロガーなどのちょっと一般人からみれば情報発信源、しかし基本的には情報受取人という人、そして一般ブロガーなどがいる。要は、その200人余りの人のブログを日々見続け、それを紹介するということなのだ。しかし、その紹介するという部分でメディア側の「編集」作業が入る。勿論、ブログにUPされた記事はそのまま載せるのだが、どのブログを載せるのかはメディア側の作業である。既にブログとしてネットに載っているものなので、BLOGOSで紹介されなくても、ブログは公開されている。しかし、BLOGOSではそれを紹介するかしないかは、BLOGOS側の作業として。「これは紹介する意味があるのかどうか」取捨選択される。これを「編集」というのだ。

 ただし、この「編集」という作業についての田端氏の考え方が面白い。

 要は、雑誌の編集の仕事との比較で話をするのだが、言ってみれば雑誌の編集は編集長の100%指揮下におかれた形でしかあらわれないのに比べて、例えば2ちゃんねるのようなメディアはこうしたコントロールは一切加えられない100%勝手に物を言えるメディアである。BLOGOSに関してはこの辺のコントロールが中間的な存在であり、あるブログを取り上げるかどうかは編集作業が入るのだが、そのブログはまったく元のままで表現されるし、どのブログを取り上げるかは、日々刻々変わっていくというのである。

 同じことは新聞でもやっている、いわゆる全国紙といわれる新聞では、地方で販売される版からだんだん下版していって、最終的に東京版は15版位になって販売される。つまり、雑誌の校了作業を15回位やっているのだ。しかし、問題はこの作業にかかる費用の問題である。新聞の15版ということは、15回版を作っては壊しを繰り返すのである。これは全国紙として莫大な資本を持った会社しかできないことだ。しかし、ネット上の作業では、例えば15回校了を繰り返したとしても、お金はまったくかからない。かかるのは、15回校了を繰り返した時間に仕事をした人間の人件費だけである。この人件費もいまや高騰した出版社の人件費は大変だけど、ネット企業の低い人件費なら、全く問題がないということなのだろう。

 さらに、田端氏がいうには、こうしたブログメディアの最大の競争相手は個人ブログであるといのである。たしかに、BLOGOSも企業がやっているブログメディアである以上、経済競争には勝たなければならないのであるが、競争相手が個人ブログとあっては、相手は経済コストゼロである。確かに、アメリカの調査であるがブログ全体の50%は個人ブログであるそうな。こうした個人ブログと競争するのは、確かに大変だな。こりゃ出版のプロが出る幕ではないようだ。むしろ、出版のアマチュアが、これからのネットメディアの主流になるのではないか。

 出版のアマチュアの興したネットメディアの後を、プロのネットメディア編集者が追いかける。そんな、時代を想定したのであった。

2010年4月12日 (月)

群馬県太田市にすごい才能を見つけたぞ

 いやあ、すごい新人が現れたものである。講談社BIRTHという、20代以下の人間だけを相手にした新人募集があって、それから出てきた新人作家である。作品は『進駐軍がいた少年時代』(長島芳明/講談社BIRTH/3月18日刊)。

 作者の長島芳明は1980年生まれである。しかし、作品の舞台は1949年から1950年の日本、群馬県、太田市。最後に1956年の太田市が出てくる。しかし、このどのステージにも長島芳明はいない。そこが重要なのだ。

 私自身は1951年生まれなので、少しだけ「戦後の日本」を知っている。が、まああくまでも「少し」だけでしかない。というか、私が生まれた年には朝鮮戦争が始まって、その為に日本独立を速めなければならないアメリカとしては、対日講和条約を締結し、日米安保条約を締結し、警察予備隊という名の軍隊を日本に作ったのである。要は、日本を世界に出せる正常な国家として送り出さなければアメリカの存在意義がないというところまで、アメリカが追い込まれた時期でもある。対ソ連政策としてね。

 しかし、長島はその時にはまだまだ生まれていない。1980年の太田市にはもはや米軍はないし、長島にとっては太田市は、スバル(富士重工)の企業城下町としての太田市、なのであろう。まさに、バブル最盛期に向かって企業が生き生きとして動いていた時期の太田市。しかし、その太田市で父親の寿司屋を手伝いながら働く長島は、父親からの話も聞きながら新しい太田市の歴史を作ろうとしているのだ。

 多分、太田市としては米軍が基地を作っていたころの歴史は、消し去りたい歴史なのであろう。戦前の中島飛行機までの歴史はいいのだが、戦後の米軍基地が中島関係を接収して基地にしていたころの歴史は、要は、この作品にも収められている「パンパン」や「オンリー」さんたちの歴史なのだ。しかし、それも歴史である。そうした歴史を踏まえたうえで現在があるのである。Wikipediaをみてもこの時期の太田市に関する記載はほとんどない。

 それを長島は見たのであろう。何でいまのスバルの太田市なんだよ。なんで、ミシュランの太田市なんだよ。ということに答えを求めれば、結局戦後の一時期の太田市に戻るしかないじゃないか。

 話は、そんなに悲しい話ばかっリじゃないし、(一見すると)重い話ばっかりじゃない。むしろ、主人公タケちゃん(俺)の、結構、面白いはなしの連結である。寧々子とタケちゃんの話も、結局はどうなるのか分からない。しかし、こういう青春が、あの時代にはあったのか、という思いにさせる。こういう作品を1980年生まれの作家が書くとは思わなかった。スゴイです。

 最後になかなかナカせる台詞がある。

 「あの晩、俺は今後一切、寧々子の人生に介在しないことに決めたんだ。ウィリアムは戦死してしまった。俺の愚行が良かったのか悪かったのかは分からない。裁きたくない。とにかく、もう二度と寧々子を悲しませたくない。己の半端な欲望で悲しませたくない。

 したたかで狡賢い俺ができるのは、これなんだ。これだけなんだ。

 これが俺なりのポツダム宣言受諾であり、サンフランシスコ講和条約なんだ。」

 でも、それが日本国民それぞれが思っていたものかもしれない。

 

ファビアン・カンチェラーラに感激

 パリからベルギーのルーベまで約250kmを走り、その五分の一位が「パヴェ」という石畳の道を走る「パリ~ルーベ」が今終わった。アップダウンはないのだが、その石畳が選手を傷つけるレースである。優勝はイタリア・チャンピオンのファビアン・カンチェラーラなのだが、残り約50kmあたりからアタックをかけて独走、最後は二位のフースホフトに2分半の差をつけての完全優勝なのである。

 これまで、パリ~ルーベを何年か観てきたが、こんなに差がついたレースは初めてである。最後のルーベ市のベロドロームまで優勝争いがもつれて、そこで優勝が決まるなんてこともあるのが普通なのだが、こんなに大きな差がついた「パリ~ルーベ」は初めてである。

 実は、先週の「ロンド・ファン・フラーデン」でも、最後の壁でトム・ボーネンにドンと差をつけてその後独走で優勝をしたのもカンチェラーラである。そのベルギー・チャンピオンのトム・ボーネンは、今回は残念ながら5位。先週もカンチェラーラに負けたボーネンは、もう完敗というところでしょうね。途中、何度もアタックをかけてプロトンの先頭にたったボーネンだが、結果としてはそれがカンチェラーラのじっくりとした読みに負けたと言えるのではないか。それも、2週続けてということになると、これは選手の問題なのか、あるいはサクソバンク(カンチェラーラ)vs.クイックステップ(ボーネン)という、それぞれのチームの作戦の問題なのか。

 こうなると、アルベルト・コンタドールが連勝かと思われた「ツール・ド・フランス」だが、そこにファビアン・カンチェラーラという選手が出てきた。登りにも平地にも強くて、なおかつタイム・トライアルに強いカンチェラーラである。サクソバンクの監督は、元々CSCのビャルネ・リースという闘将。

 これは「ツール」にはいい要素である。

 ちなみに、レディオシャックの別府史之選手はどうなったかは、まだ分からない。ゴールしたのか、時間切れでアウトなのか。

 で、来週は「アムステル・ゴールド・レース」であります。これで、春のワンデークラシックレースはほぼ終了。あとは、「ジロ・デ・イタリア」と「ツール・ド・フランス」に向けてどんどんテンションを挙げていくのであります。

 って、私もそろそろ自転車乗り始めないとな。もう半年くらい乗ってない。

2010年4月11日 (日)

所詮、時間つぶしの本ってこなんもの?

 藪塚まで行く途中の時間つぶしのつもりで買った本である。『まな板の上の鯉、正論を吐く』(堀江貴文著/洋泉社新書/4月21日刊(?))。「まな板の上の鯉」とは、現在最高裁に上告してその裁判の結果を待つだけの状況にいる堀江貴文氏の立場である。しかし考えてみれば堀江氏が「無罪」になることはほとんどない。が、検察側の思い次第ではどうなることか、というのが今の堀江氏の「まな板の鯉」状況なのだろう。

 しかし、読むのに1時間半か2時間というまさに「時間つぶし」の本である。読んでみればこれは、取材にせいぜい3時間から5時間インタビューをして、それでまとめた本であることはよくわかる。最近よくある「簡単に作れる新書」というもの。内容もそれだけのものでしかないのだが、それに対して「740円+税」を払う気持ちがあるかどうかである。まあ、まさに「時間つぶしのため」の「時間つぶしにつくった」だけの本であるといってしまえばいいのであるが。

 すごいのは、この本の内容で、第1章から第6章まで全部で108の、堀江氏に対する質問と答えが書いてあるのだが、その第1章から第6章までのページ数の割り振りを観ていると、この本んの作成者の意図が見えてくる。その割り振りはまず第1章「ビジネスについて」が36ページ、第2章「マネーについて」が12ページ、第3章「政治について」が58ページ、第4章「事件について」が16ページ、第5章「交友術について」が38ページ、第6章「未来について」が19ペ-ジという具合。要は、ホリエモンに将来の日本政治について語らせようという企画なのだなということが分かってしまうのだ。でもそんなことを堀江氏に期待してもねえ。

 しかし、堀江が政治的な指向を持っている訳ではないし、たまたま自民党から選挙に出てみないかと誘われてその気になったこともあったけど、政治についてはそれ以上に参加する気はないようだ。

 であるならば、この本の立ち位置ってなんだろう。

 多分、この本の企画者たちは、この本の「立ち位置」なんてことは考えていないのであろう。でも、そんな本の企画の仕方ってあるのであろうか。自分が作った本が世の中でどうゆう風に見られているのか、は実に気になることである。「売れているかどうか」は気にはなるけど、それ以上に「どうやってみられているか」の方が大事だ。

 残念ながら、この本『まな板の上の鯉、正論吐く』の編集者からは、この作品についての情熱が見えないのだ。

 まあ、簡単に本を作るのはいいが、すくなくとも資源の無駄遣いであることだけは間違いない。

2010年4月10日 (土)

自衛隊の実態って何だろう

 1月14日付けの「『三島由紀夫『文化防衛論』を読む」で書いたとおり、三島由紀夫にとって自衛隊、特に陸上自衛隊というのは旧軍隊のような、政府から独立した統帥権を持った武士であって欲しかったのだあろうが、しかし、自衛隊の実態は、もっとも官僚的な官僚であり、もっとも融通の利かない組織であり、もっとも時の政府に忠実な「イヌ」なのである。そうした自分の理想たる自衛隊とその実態との乖離の狭間で、三島は自らの美学と世の中の実態との乖離に敗れ、割腹自殺をせざるを得なかったのである。つまり、それは世間の実態のあまりにもふがいの無さから自ら選んだ割腹自殺。残念ながら、三島の自殺にはそれだけの価値しかない。

『「兵士」になれなかった三島由紀夫』(杉山隆男/小学館文庫/4月11日刊)および彼のいわゆる「兵士」シリーズの中で杉山が追い求めた「武士」としての自衛官の姿はそこにはない。要は「能吏」であることを追求され、一方で「武士」であることを追求される複雑な人間存在、それが自衛官である。それは、世間によくある普通の人の姿でしかない。というか、普通の人そのものなのである。当然、三島が追い求めた「兵士」や「武士」の姿はない。

 杉山が書くように「アメリカによってつくられ、あまなおアメリカを後見人にし、アメリカの意向をうかがわざるを得ない、すぐれて政治的道具としての自衛隊の本質と限界は、戦後二十年が六十余年となり、世紀が新しくなっても変わりようがないのである」と同時に、アメリカの国防予算削減とともに、これまで以上に自衛隊(と世界各国の軍隊)のアメリカ従属の役割は増加してきて、アメリカとの統合指令のもとにあらざるを得ないのである。

 三島の追い求めた「独立した軍隊としての自衛隊」や、杉山の追い求めた「兵士としての自衛隊」は、残念ながらますますその理想から遠のいた、政治的存在にならざるを得ない、というのが21世紀の現実である。

 今日は、これから群馬県の桐生市に行ってきます。桐生市の本屋さんのお葬式なのです。

2010年4月 9日 (金)

文芸誌における写真家の位置

 河出書房新社の『文芸』夏号の特集は「荒木経惟」である。同じ文芸誌の『新潮』では写真(機)家の田中長徳氏がエッセイ「屋根裏プラハ」を連載中である。まあ、『新潮』の方はエッセイであり文章がほとんどなので、文芸誌に連載しても別に気にはしないが、『文藝』の方は何故「荒木」なのだろうか。

 内容は、荒木の近作『遺作 空2』からのグラビア「空花」と、森山大道との対談と、森山撮影の写真(表紙も)、川上未映子との対談、草間彌生、立花隆、町田康、山田詠美、フィリップ・フォレストのエッセイと飯沢耕太郎、内田真由美の論考である。いわゆる文芸誌のグラビア・ページでちょっと写真を掲載したという程度のものではなく、完全に「特集・荒木経惟」なのである。

 文芸誌で何故荒木経惟なのだろう、と考える。あるいは、文芸誌で何故写真家特集なのだろう、と考える。勿論、荒木の文章家としての存在感は知りつつつも、しかし、やはりそこに書かれているのは「写真家・荒木経惟」であり、「文章家・荒木経惟」ではない。

『写真時代』のころから荒木(そして森山も)を見続けている私にとっては、なんともはやすごいところにまで行ってしまった荒木という思いもあるのだが、要は、文芸界でも荒木の存在を認めてきているということなのだろう。しかし、その頃の荒木は昔の荒木に比べると随分変わってきている。

 ひとつはやはり妻・陽子の死というものがあるのだろう。荒木にとっての最高のモデルであった陽子の死というものは相当重たかったに違いなく、それ以降の荒木の写真や書くものには「エロトス」と言いながらも「タナトス」の方がずっと重くなってきているようだ。更に、今年に入っての愛猫「チロ」の死と、自分自身の前立腺癌の発見と治療というものが、やはり荒木本人にとっての「死」というものを自覚させられてきている。

 陽子さんの死あたりから、荒木の写真には「本当に姦っちゃうぞ」的な攻撃性がなくなってきて、それは多分肉体的な衰えから来るものであろうと、つまり「勃たなくなってきた」というところから来たものであろうと考えていたのだが、最近の写真を観るとどうも「自らの死」を考えている風が観られるのである。「自らの死」を目の前にした芸術家はどういう態度をとるのであろうか、どういう作品を「生」の証として残すのであろうか。

 そう考えると、これからの荒木にはますます目が離せなくなってしまうし、出版される本をすべて買わなければならないのかな、という脅迫観念にもとらわれてしまう。そんな一瞬を『文藝』は捉えたのかな。

岡田会通信⑤岡田会ホームページについて

 しばらく放り出していた岡田会ホームページ(http://homepage2.nifty.com/okadakai/)ですが、資源の無駄遣い(?)ということもあり、今月いっぱいで閉じることにします。

 なにかありましたらこのブログおよびメールにてお知らせしますので、よろしくお願いします。

自転車レース本の季節がやってきた

 ヘント~ウェベルヘム、ロンド・ファン・フラーデン、パリ~ルーベといわゆる「北のクラシック」が始まり、5月にはジロ・デ・イタリアとツアー・オブ・ジャパンが来て、いよいよツール・ド・フランスへ向けて自転車レースのムードが盛り上がってくる。

 そんな中で自転車本の季節が今年もやってきた。その初めに出たのが『イラストでわかる! ロードレースの秘密』(エイムック/枻出版社/4月10日)であります。内容はJスポーツのホームページでおなじみのイラストレーターがめんだ氏のイラストと、これまたJスポーツの自転車レース中継でおなじみの宇都宮ブリッツェン監督の栗村修氏の監修による、自転車ロードレース観戦のツボをおさえた便利本であります。中身は「1、レースの種類」「2、選手とチーム」「3、ロードレースの作戦」「4、選手を取り巻くヒト・モノ・コト」「5、ビッグレース観戦のツボ」「6、選手名鑑2010」「7、用語辞典」プラス「コラム」である。三大ツールからプロツアー、日本のビッグレースまで至れり尽くせりの内容は十分1,200円払った価値はあります。もっとも、そんなことは知ってるよというようなことまで書いてはあるのだが、選手名鑑だけでも買っておいてテレビ観戦の際に脇に置いておくと便利であります。

 ということで、取り敢えず紹介。

2010年4月 6日 (火)

「ハート・ロッカー」は棺桶という意味

『ハ-ト・ロッカー』というのは、「行きたくない場所」つまり「棺桶」という意味なのだそうだ。つまり、この映画『ハート・ロッカー』(キャスリン・ビグロー監督/マーク・ボール脚本)は、そんな「棺桶」みたいな場所に好き好んで行った兵士の話なのだ。

 アメリカは、ベトナム戦争以後徴兵制度をやめた。いまの米軍兵士はすべて志願兵で成り立っている。つまり、この映画で描かれている湾岸戦争の後のイラク駐留米軍は、すべて志願兵である。この辺が、ベトナム戦争映画と異なる部分だ。つまり、主人公ウィリアム・ジェームズ2等軍曹は、要は行きたくてイラクに行った兵隊である。同じく、一緒の中隊にいるサンボーン軍曹、エルドリッジ技術兵も同じく志願兵ではある。

 でも、彼らがどんな理由で軍隊に入ったのかは語られていない。一つは経済的な理由だろう。軍隊にはいるのが、家の経済状態をいい方に変える一番簡単な方法だという。もうひとつは政治的というか単純な「国を守りたい」という意識なのかもしれないし、まあ日本の自衛隊と違って、ないと思うけど軍事ヲタクだったりして。

 しかし、結局は「~中隊。任務終了明けまであと○○日」という、残り任務の日程が示されるような日々なのである。それが戦争の実態なのだろう。特に彼らの仕事は「爆発物処理班」という、一般的には「日蔭の仕事」であるのだ。しかし、自衛隊の爆発物処理班なら、ほとんどが第二次世界大戦の頃の米軍の(一部日本軍のもあるが)落とした爆弾の不発弾処理であるのだけれども、イラク戦争のさなかの米軍の爆発物処理班の仕事は、まさに「今戦っている最中の」爆発物処理なのである。つまり、戦争は終わってるが、それだからこそ戦場はどこにもあるし、どこにもないという状況の中で、テロも含めた戦いの中にいるのだ。

 戦場はどこにもないし、どこにでもある、という状況の中におかれた軍隊とはどういう状況なのだろうか。戦線というものはない。いまいるすべての場所が戦場、ということなのだろう。ベトナム戦争の時のように、「前線から帰ってきて、取り敢えずコニャック・ソーダを飲む」なんて贅沢はないのだ。とにかく、すべての場所、すべての街、すべての村が戦場なのである。米軍兵士にとって心が安らぐところは「基地の中」、つまり、米軍に守られている場所でしかないのだ。そんな場所では、彼らもアメリカ人をやっている。といっても、要は男同士の世界だから「殴り合い」の世界である。男ってこんなくだらないことで、慰め合っているのであります。別にそこで男色話があるわけではないしね。ジェームズ軍曹も、DVD売りの少年、ベッカムを探すためにイラクの街に行く際も、ベールをかぶっていかなければならないほどの緊急体制なのであります。まさに、戦場はどこにもないし、すべてが戦場なのである。

 最後に、ジェームズ(軍曹/家に帰っちゃたら軍曹でもなんでもないからね)が、子供と話をする部分、何だろう。「守るべきものは2つ・・・、いや1つ」って何だろう。多分、二つは「家族と国」だろう、で「一つ」は・・・「国」と言いたいんだろうな。別に、ウサマ・ビンラディンはまだ捕まっていないし、イラク(???アフガニスタン)を攻める理由はいくらでもあるし。その辺の「家庭にはもはや収まりきれない」いらだちというか、あきらめのようなものが、スーパーで妻から言われたシリアルを買う部分で見られる。もうどうだっていいじゃんかよ、という気分。

 ということで、ジェームズ氏は再びイラクに行くのである。映画の最後に出てくるテロップ「ブラボー中隊 任務明けまで あと365日」という。

 戦争中毒というものがあるのだろうか。確かに、生死の境目を毎日目の前にしていると、そうした状況が当たり前になってしまい、そうした状況の中にいないと落ち着けない人間になってしまうことはあるのだろう。特に、生死の境目に近いところにいた人間であればあるほど。

 つまり、ジェームズ軍曹はそんな「戦争中毒」の人間なのだ。こんな、戦争中毒者を作ってしまったのは誰なんだ、といっても無理なことであろう。要は、アメリカという国・体制が作ってしまっただけなのである。ドキュメンタリーフィルムを思わせる手持ちの不安定なカメラアングルで描かれた「戦争中毒者」。

 ところで面白かったのは、ジャームズが爆弾から外した電気部品をコレクションしているのだが、それを見たサンボーンが「こんなガラクタ」と言っているようなスーパーが入るのだが、台詞を聞いていると「Radioshack」と言っているのだ。なるほど、こういうところで使われるくらいRadioshackは有名なんだなということである。これは自転車ヲタクだけの反応。

 

ちくま文庫の「トンデモ本」

 ちくま文庫だからといってこんな「トンデモ本」がないと思っていた私が間違っていた。要は、こんな「トンデモ本」にもちくま文庫は目を配っていたということなのか。「ちくま文庫」という「権威」に恐れおののいていた自分がいけないんですね。要は。

 テキストは『軍事学入門』(別宮暖朗著/ちくま文庫/2007年6月刊)である。本書は、2004年、並木書房から刊行された『軍事のイロハ』を改題し、第10章を増補するとともに、大幅に加筆・訂正したものだ。内容は、軍事(と少しは政治と経済にも)にかかわる過去の各国のあり方に素材を尋ねて、今の軍事(と少しは政治と経済にも)にかかわることを述べた本である。

 基本的には、こうした「軍事」の面からのみ政治状況を捉えた本というのはなかったので、大変に参考になる部分は多かった。しかしながら、戦争が起きる要因としてこうした「経済」や「政治」を無視する態度はどうなのだろうか。別宮氏がさまざまな状況で言うのは「シェリーフェンプラン」という、ドイツの作戦プランなのだが、それは第一次世界大戦の初期には成功した方法論である。しかしながら、この同じ方法論をすべての戦争の発端に据え付けてしまう考えたはどうなんだろうか。要は「シェリーフェンプランの暴走」という言い方だ。つまり、軍部が暴走して「隣国からの国内走行権を獲得して、そのまた隣国に攻め入る」という発想である。事実、そのようなことはあるのだろうけれども、それらの「軍部の暴走」を止められなかった政府、止められなかった経済状況というものはなかったのだろうか。「軍部」というものは、特に「政治」とは密接な関係をもって仕事をしているものではないのだろうか。

 クラウゼビッツの「戦争は他の手段をもってする政治の延長である」という格言を受け入れながら、一方で「戦争には莫大な費用がかかるものです。戦争に勝利したとしても金銭的に収支があうものでは絶対にありえません。それは戦争を仕掛ける国の指導者も十分にわかっており、そのうえで戦争を始めるのです。」という言い方。まるで、戦争を仕掛ける政治家は、戦争で国の経済が疲弊することを前衛として仕掛けるというような発言です。しかし、戦争が、その背景にある「軍需産業」の要請に基づいて行われることを無視するのはどうなのだろうか。

 別宮氏は反共主義者だからどうしようもないのだろうが、レーニンの「帝国主義論」に関して記述した部分はまったく勘違いの最たるものである。国家独占資本主義段階に達した国が、外に国の範囲を求めて帝国主義戦争を仕掛けるのは歴史上の実態だし、必然であるのは目に見えている。「銀行家(産業資本家)が戦争を起こす」というのは事実である。ただし、直接的には「銀行家」は「平和主義者」である。しかし、「金融資本家・産業資本家」が関係しなかった戦争はない。別宮流では、「軍隊が戦争を起こす」のかもしれないが、そのバックには必ず「資本」があるのである。

 まあ、言ってしまえばこのテキストには「欠陥」がいくいらでもあるのであるが、ひとつ「66 平時に他国に軍隊を駐留さえるコスト」という部分は、なんであろう。確かに、自国の軍隊を他国に駐留させるのは金がかかることはよくわかる。そこまでして何で他国に駐留させるのか、それは「政治」でしょ、でもその駐留費用の大部分を駐留先の国に負担させるのはどういうことなのでしょう。つまり、日本に駐留している米軍の大半の費用は日本が出しているという事実。確かに、駐留軍の軍事費用はアメリカが出しているかもしれないが、それ以外のすべての費用は日本が出しているのだ。

 特に「75 平和運動や反戦運動が戦争引き起こす?」というテーマについては笑ってしまうしかないですね。要は、平和運動や反戦運動が盛んな国(地域)には弱い政府しかないから、そこには外国から攻め入られる要素がたくさんある、という発想である。そんなこと言ったら、「泥棒に入られないためには、みんな貧乏になればいい」という発想じゃないか。平和運動や反戦運動が盛んな国は、それだけ国民の自由な発想や発言が担保されている国であるのだから、それだけ国が豊かな国である。つまり、国防も大丈夫な国である。そんな国に攻め入ることができるだろうか。という風に発想がいかないのであろうか、と思うのだが。

 とにかく、別宮氏の「軍事」優先発想は分かるのだが、やはり「軍事」優先発想の限界も自ら示しているのだ。やはり、「軍事」の裏には「政治」「経済」があることを認めなければいけないだろう。

 ま、もっともそうなったら別宮氏の独自性もなくなってしまうかもね。

2010年4月 4日 (日)

高崎で自転車映画を?

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Leica M6+Summicron 35mm (c)tsunoken

 何故か高崎市で自転車映画を観てきた。世界のシマノの本拠地である堺とか、ジャパンカップの宇都宮とかいうのなら分からないでもないが、何故高崎? というところである。まあ、高崎映画祭の関係者に自転車好きの人がいて、それで・・・というところなのだろうか。いずれにせよ、あまり見られない映画がまとめて観られるのだから、いいか。

 ということで、高崎映画祭を現在開催中なのだが、その中で「知られざるサイクルロードレースの魅力」という特集上映があり、その3プログラム5作品を、今日観てきたところだ。

 高崎映画祭そのものは4月11日まで開催しているので、気になる方は公式サイトまで。

 1プログラム目の1作品目は『行け、ラペビー! Vas-y Lapebie!』(ニコラ・フィリベール監督/1988年/フランス)という、1937年ツール・ド・フランスで優勝したロジェ・ラペビーについてのドキュメンタリーである。1988年77歳になってもまだ1日5時間以上自転車に乗り週300kmを走るというラペビーの自転車姿や、1988年のツール・ド・フランスに自ら自動車を運転して参加し、旧友に会ったり、現役の自転車選手から未だに尊敬されている姿をルポルタージュしたもの。ラペビー自身は1996年に残念ながら死去しているが、さすがに自転車王国フランスならではの元自転車選手への遇し方がよく見える。

 1プログラム目の2作品目はご存知『茄子 アンダルシアの夏』(黒田硫黄原作/高坂希太郎監督/2003年)のアニメ作品である。まったく原作に忠実に作っているこの映画、私自身、製作当時、講談社のライセンス部門にいた関係から、自転車漫画のアニメ化はうれしいのだが、さてそんな映画が当たるのか、おまけにどう考えても長編作品にならない内容の話なのである。実際にアニメも40分位の作品になってしまい、果たして興行が成り立つのか心配をしていたのだ。まあ、第二作のジャパンカップを扱った『茄子 スーツケースを持った渡り鳥』が製作されたということは、DVD等の展開も含めて、少なくとも第一作目が損はしなかったということだろうから、ご同慶の至りである。ちなみに、『茄子 アンダルシアの夏』は当時宮崎駿の作画監督をしていた高坂氏に、高坂氏が自転車マニアなのを知っていた宮崎がそそのかして企画させたという噂がある。多分、本当だろう。意地悪な宮崎らしいエピソードである。だって、そそのかすだけして、本人はまったく製作に協力しなかったんだからね。

 2プログラム目の1作品目は『ベルヴィル・ランデブー Les Triplettes de Belleville』(シルヴァン・ショメ監督/2002年/フランス=ベルギー=カナダ合作)というアニメ作品。最初は大友克洋の描くデフォルメされた子供のようなシャンピオンという両親をなくした子が主人公かと思ったら、その子が自転車に興味を持ていることを知ったおばあちゃんが自転車を与え、星一徹もかくやというスパルタ教育の結果、シャンピオンはツール・ド・フランスに出場できるほどの自転車選手になる。このシャンピオンの体型って、自転車選手を尊敬しえいるのか、あるいはバカにしているのか、ただし、時代設定はかなり古く設定されていて、まだ個人出場で運営されていた頃のツールのようである。というところで、お話は自転車話から外れてきて、要はおばあちゃんが主人公だったんだというのが分かるのである。ツールのレースの最後を走る「回収車(のニセモノ、本物にはおばあちゃんが乗っている)」に収容されるシャンピオンはどうもニューヨーク臭いベルヴィルという町に連れられてきて、賭けの対象になる固定自転車競走の選手にされる。それを追いかけてきたおばあちゃんは、いまや年をとって落ちぶれた三人組の歌手グループ(それがTriplettes)と一緒にシャンピオンを助け出す、というお話。

 実は、この作品、まったく台詞はなく効果音とか音楽とか、どうでもよい周囲の台詞とかはあるのだが、観客はストーリーのすべては「映像」だけからのみで知らされるのだ。台詞と言えそうなのは、犬が列車が来るときに吠える「ワンワン(英語ではVOW VOW、フランスでは知らん)、まさに「映画は映像だ」というそのままの作りであり、演出そのものは「幼稚」を思わせるのだが、それがストーリーを知らせるためのギミックであるとは、この監督はなかなかの才能だ。もともと、バンド・デシネというフランス風の漫画を描いていた人らしく、映像で見せる方法を知っているということなのだろう。

 で、最後に一言。「新大陸のベルヴィル」なので行きは「船」で行った。が、帰りはなんで「自転車」なの? という大疑問に行きあたるのです。まあ、こういうご都合主義はアニメではたまにはあることなので、あんまり追及するつもりはないですけどね。ちなみに、この映画、アカダミー賞のオリジナル主題歌賞と長編アニメーション賞にノミネートされている。さすがに、アカデミー会員も目配りはすごいですね。

 で、2プログラム目の2作目がすごい。『ツール・ド・フランス万歳! Vive le tour!』(1962年/フランス)という、これまた短編ドキュメンタリー作品なのだが、なんと監督があのルイ・マルなのである。・・・が、残念ながら本日の一番凡庸な作品がこの作品でもあった。まあ、62年作品であることから考えると、当時ブイブイ言わせていたヌーベルバーグ監督のルイ・マルが「ツールだしな、まあ一丁作ってやるか」ってなもんで、やっつけで作ったんでしょう。そんな感じがプンプン臭う作品である。取り敢えずツールの「おもてっつら」を一通り撮って作りました、という感じのヌーベルバーグなりの変わった見方というものを感じさせない作品ではありました。

 そんな、「おもてっつら」の作品に比べると最後の3プログラム目の『マイヨ・ジョーヌへの挑戦 ツール・ド・フランス100周年記念大会』(ペペ・ダンカート監督/2004年/ドイツ)は面白かった。同じドイツのビデオ撮影で作られたドキュメンタリー『OVER COMING』がCSCというオランダのチームを取り上げていたのに比べて、まさにドイツのドイツのための、でもドイツ人以外の人もいる「チーム・テレコム」の2003年のツールの戦いを、エリック・ツァベルを中心に描いた作品である。この年、ドイツの星、ヤン・ウルリヒはテレコムに戻らず、ビアンキで戦う。ドーピングの問題とかいろいろあって、戻れなかったのだが、本当はこの年にウルリヒがテレコムに戻っていたら、ランス・アームストロングのこの年の優勝はなかったろうと言われている。まあ、歴史に「レバ」とか「タラ」とかはいないというのがこの世の常識なのだから、まあ、それは言わないでおこう。

 でも、ツァベル他、ヴィノクロフやいろいろのテレコム選手、マッサー、監督など、多くのインタビューを行っていて、出来ればそのラッシュを観たい。・・・という気にさせるドキュメタリーもそうそう多くはないんだけどね。

 ただし、一言だけ付け加えると、こうしたドキュメンタリーは現在ビデオで撮影・製作されることが多く、この作品もそうである。勿論、制作費の問題もあるだろうし、あらかじめ撮影時間を設定できないドキュメンタリーの場合、どうしてもビデオで撮影するほうが合理的である、ということになるのはよく理解している。しかし、やはり「映画」として上映される場合は「フィルム」で撮影して欲しい。ビデオ画面で見たり、ビデオ上映ですって案内されている状況の中ならば別だが、フィルム・スクリーンとの親和性を考えるとやはりね・・・。

2010年4月 1日 (木)

東京カメラ散歩番外編 静岡の巻

 静岡に行ってきた。小田原をすぎる頃から雨が降ってきて、静岡は完全な雨天気。さすがの、静岡の呉服町商店街も人通りも少なく・・・なんてことはなく、相変わらずの人出でした。地方都市によくある「シャッター通り」なんてのは静岡には関係なく、とにかく静岡の人たちは町に出ることを「呉服町にいく」という言葉でいいあらわすように、呉服町商店街は静岡の人たちに愛されている商店街のようである。

 で、用事はこの呉服町(正確には紺屋町)に戸田書店の静岡本店がリニューアルオープンした、というか新規開店したというか、まあそんなことなので、ご挨拶である。10時の開店にまに合わせるように9時3分のひかりに乗ろうとしたのだが、間に合わず1時間遅れの10時3分東京発、11時6分静岡着のひかりになってしまったが、まあ、許してね。

 さすがに静岡一番の広さを誇る店構えである。必要にして十分な品ぞろえはある。仕入れ担当の役員のS氏(ももうそろそろ定年だが)のお好みの品ぞろえもある。やはりS氏の戸田書店だなあというところ。要は、人文関係の本が充実しているというか、まあ、そんなところだろう。

 ライカM6+ELMARIT 28mm+SUMMILUX 50mm+トライX。

 静岡から東京に帰ってみれば、まだ陽がさしている、というかコートを着ていると暑いくらい。そのままで、銀座ニコンサロンの「鉄の人」展(「鉄」といっても「鉄道」じゃなくて「鉄工所」の人ということ)と小川町の田中長徳「リスボン」写真展に。

 帰り道、源喜堂にて「ジェームス・ディーン デニス・ストック ポートフォリオ」を観た。買おうかなあどうしようかなと悩みながら、結局買わなかった。どうしてだろう。

 多分、今後どこかでまた買うんだろうなあ。

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