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2010年3月26日 (金)

『百鬼園写真帖』について

 再び内田百閒であります。ちくま文庫の「内田百閒集成」というシリーズの最後No.24に「百鬼園写真帖」というのがあります。1から23までは当然内田百閒が書いた文章で編纂されたものなのだが、この24だけはそうでなく、内田百閒が撮影された写真約200枚で編まれている。当然、こんな本があることは生前の内田百閒は承知しているわけではなく、写真の嫌いな内田にしてみれば、そんな本の存在は許さなかった筈である。筈であるが、今の我々にしてみれば、そんな存在がありがたい。多分、生前の時期にはこんなに内田の写真が世に出ることはなかっただろう。

 しかし、写真嫌いといいながら、よくもまあこんなに写真が残っていたものだ。特に、後半の内田の少年期から学生、結婚、戦後のプライベートな写真がなぜ残っていたのか。まあ、戦前生まれの「ものを大切にする」発想から、大事にしていたものなのだろう。おかげで、少年から学生時期までの普通の少年が、その後年を重ねるにしたがって、段々と「への字口」のいかにも「頑固親父」然としてくるさまが良くわかる。人間って、こんなに顔が変わるのだな、ということである。

 写真は、まず「阿房列車」の写真から始まって、当然ヒマラヤ山系君もほとんどの写真に内田と一緒に写っていて面白い。その後が法政大学教授時代と東京帝国大学の学生時代の写真を若干はさんで、「魔阿陀会」の写真。法政大学航空研究会の写真と続いて、日本郵船嘱託時代の写真と、「乗り物系」の写真が続く。

 その後は、筝曲の写真や戦後のプライベート写真などが続いて、幼年期から学生までのプライベート写真が続く。

 写真が嫌いだった内田百閒だったそうで、本来ならば「阿房列車」の時代の写真がもっとあって然るべきなのであるが、そこが少ないのがちょっと残念。同じく、日本郵船時代の写真も少ない。別に、「乗り物系」の写真が欲しいわけではないのだが、一方で、それが少ないのが残念なのである。文章ではそうした資料は豊富にあるのに、というところである。

 まあ、いずれにせよ、この「百鬼園写真帖」のおかげで、内田の作品を読む際の楽しみが増えることは確実。この「写真帖」を見ながら、内田の小説を読むのであります。

 なお、よく知らない人の為に。「百鬼園」とは「内田百閒」の別名であります。←こりゃ蛇足でしたね。失敬失敬。

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