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2010年3月27日 (土)

「『東京裁判』とは何か」ということについて

「東京裁判」というと、すぐに「平和に対する罪」や「人道に対する罪」というような、それまでに概念のなかった罪をあてはめる「エキスポスト・ファクト・ロー=事後法」で人を処罰することはできない、とか、あるいは無差別爆撃や原爆などの連合国(アメリカ)の戦争犯罪が裁かれない「法の下の平等」がなされていない、また、ナチスの犯罪を裁いたニュールンベルク裁判のように、ナチスという組織がドイツという国を共同謀議で乗っ取り、ヨーロッパに災禍を招いたことを裁くようには、日本という国の体制から同じような共同謀議説をとることは不可能だ、といったような「東京裁判」批判がすぐに出てくる。いわく、戦勝国による敗戦国を裁く「勝者の裁き」でしかない、という。

 また、こうした「東京裁判」からくる歴史観として「東京裁判史観」、つまり日中戦争から太平洋戦争は日本による侵略戦争であり、日本はいつまでもこの戦争について「反省」をする立場にあるのはおかしい。そもそも、中国やアジアとの戦争はABCDラインなどで封鎖された日本経済を、ヨーロッパの列強から守るための防衛戦争だったのだ。といった、視点からの批判などがある。

 しかし、いまや重要なのは「東京裁判は既に歴史的事実なのであり」、それが正しかったのか間違っていたのかを論議する時代は既に終わっており、その「東京裁判で審議された歴史的事実から、我々は何を学ばなければいけないのか」ということなのである。

「東京裁判」が「勝者の裁き」であるから何がいけないのか。「事後法」で裁くことの何がいけないのか。これらは、既に「東京裁判」の中で清瀬弁護人やアメリカから選ばれた弁護人によって言いたてられていることなのである。当然、そうした主張はウェッブ裁判長により却下されているのだが、要は「却下」という処分も含めてそうした主張が審理されたのは事実である。既に、「東京裁判」の中でそうした点は触れられているし、審理されている。しかし、「東京裁判」という「特殊な裁判」の中ではそれは却下されざるを得なかったのだ。なぜなら「東京裁判」はまさに「勝者の裁き」であるし「事後法」であれそれを適用できる、「特殊な裁判」だあったからである。

「特殊な裁判」であるからそれは無効であるというのは、当時の事情を全く理解していない発想である。なぜなら、「東京裁判」当時、「東京裁判は無効である」という国民運動は起きなかったし、そうした弁論もなかった。つまり、当時の大半の日本人は「東京裁判」を受け入れたのであって、一審制の「東京裁判」が結審した後で、いくらそれが「無効」である、といったところで、何の意味もない。

 つまり、「東京裁判」について批判的な態度をとることは自由だが、それが有効な発言となる可能性はいまやゼロなのである。一方、「東京裁判史観」あるいは「被虐史観」に対する批判も同様だ。そもそも、戦争が侵略戦争なのか防衛戦争なのか、などということは、第三者から見れば単なる立場の違いでしかなく、日中戦争やアジアへの侵略、真珠湾攻撃が防衛戦争だというのは、要は、当時の指導者、東條英樹らの論に乗ることでしかない。では、日本はそれで防衛出来たかもしれないが、その際に、その為に、侵略をうけたアジアの国々に人々はどうなのだろうか。日本人が生き延びるためには、アジア人は死んでも良いのだという発想は、やはり受け入れられないだろう。

 その為の「見せしめ」が「東京裁判」であり、それは敗戦国が受け入れなければならない「運命」としての「裁き」なのである。問題は、我々はこうした「既にある事実としての東京裁判」から何を学ばなければいけないのか、ということである。

 保坂正康氏の作品『東京裁判の教訓』(朝日新書/2008年7月刊)は、そうした「東京裁判から何を学ばなければいけないのか」という問題に、真面目に向き合った良い本である。この本は「東京裁判」を称揚するでもなく、批判するでもなく、まさに「事実としての東京裁判」について触れた本である。

 保坂氏には、更に突っ込んだ研究をお願いしたい。「新書」という読みやすい形をとった書籍作りも良いのだが、本格的な研究書が書けそうなのである。

 私自身は、久々に小林正樹氏の映画『東京裁判』(脚本:小林正樹・小笠原清/講談社/1983年)を観たときのような興奮を味わいながら読んだ。製作には関係していないが、その後のいろいろの利用について関係して、故小林氏や共同脚本の小笠原氏とも知り合いであるので、もう何十回と観た映画だが、DVDをもう一回観てみよう。

 

 

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