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2010年3月25日 (木)

漫画の『阿房列車』もいいですぜ

 思うに内田百閒という人は「乗り物マニア」なのかなということである。

 昭和4年には、当時教授を勤めていた法政大学の航空研究会の初代会長になっているし、昭和14年には日本郵船の嘱託になってちょくちょく日本郵船の船で旅に出ていて、おまけに『ロッパの頬白先生』を製作している。

 そんな内田百閒が昭和25年に、つまり太平洋戦争が終わってズタズタにされた日本の鉄道が戦前の運行水準を回復しつつある時期になって、「なんにも用事がないけれど、汽車に乗って大阪へ行ってこようと思ふ」とある日思い立って、大阪へ行くというのが『阿房列車』シリーズの始まりである。

 本来は大阪まで行って、そのまま大阪駅で30分くらい待って、また東京まで帰ってこようという発想である。ううん、実に「阿房列車」ですね。要は、「乗ること」が一番大事なのであって、大阪に行って何かをしようという発想はないのである。基本は「乗り鉄」であります。

 こういう作家が当時いたということ自体が珍しいのであるが、そうした作家の登場を当時の国鉄は待っていたのだろうか。要は国鉄と旅のPRである。この時代、つまり昭和20年代後半、電波が民間に開放されて民放ラジオが始まったばかり、テレビがすぐそこに来ていた時代に「PR」という言葉が既にあったのかどうかは知らないが、国鉄は「ヒマラヤ山系」君という(実は平山三郎という人なのだが)実に内田百閒氏のための人物を用意していたのである。平山氏が内田氏が指名したのか、国鉄が指名したのかは知らないが、少なくとも『阿房列車』シリーズではなくてはならない人物であり、内田百閒という人を盛り上げるためには実に重要な人物である。といっても、別に内田百閒について何かをした人ではない。要は、内田百閒が何か「つまらないこと」を言って「ボケ」た時に「ツッコミ」を入れない人なのである。要は、「朴念仁」。でも、そろそろ老境にさしかかった内田百閒ひとりで旅に出すのは少々怖いというところと、紀行文の主人公に対する相手役という、そのためには必要十分な人物。って、これは結構難しい人事なのである。まあ当時の国鉄(日本国有鉄道)にはそれだけの余裕があったということでしょう。ちなみに、平山氏はその後、法政大学を内田氏の資金で卒業し、作家の道にはいったようです。といっても、内田百閒がらみの仕事しかなかったようですが。

 で、すいません、今回は内田百閒の『阿房列車』じゃなくて、一條裕子の『阿房列車』を語る予定だったのだ。いやあ、実は百閒の『阿房列車』が面白くて、次に一條裕子の作品を観て、「ええっ、こんな面白い漫画ができるんだ」という風に面白がったのが、話が遅くなった理由なのだが。

 百閒の『阿房列車』は、走り出すまでが長い。一番最初の『特別阿房列車』なんぞは、まず旅行に行くための借金の話から始まり、市ヶ谷の駅から東京駅までの心配感、そして東京駅での行ったり来たりなどで実際の小説(と百閒は言っている。紀行文ではないそうだ。)の7~8割はすんでいるのである。残りの2~3割が、要は紀行文なのだが、それもヒマラヤ山系君とのつまらないやりとりばっかり。とはうものの、その「つまらないやりとり」が面白いのだ。こうした、本来ならば「つまらない」やりとりを一條は、一字一句漫画にする。実はそれが面白い。背景を入れずに百閒氏とヒマラヤ山系氏との話だけを、背景を入れずに描く。その、すこしずつズレていく関係がおもしろい。そして、見開きページの映像と言葉の選び方。

 この見開きページの選び方だけでも一條氏のセンスがうかがえるのだが、そのページの「絵」がいいね。やはり漫画は「絵」だ、というような「絵」があります。この「絵」だけでも、『阿房列車』を読む意味はあります。つまり、それは原作の内田百閒を知らなくても、という意味であります。

 いい雰囲気出てるんだよな、この絵。

 『阿房列車 1号』『阿房列車 2号』小学館/IKKI COMIX)

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