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« 木村伊兵衛とアンリ・カルチエ=ブレッソン 再考 | トップページ | ロスジェネはまだ甘い? »

2010年1月 9日 (土)

ザモスキって何処ですか?

 古典シリーズ第1回(って、そんなのあったっけ?)は「ガリヴァー旅行記」(ジョナサン・スィフト著/平井正穂訳/岩波文庫/1980年刊)である。岩波の新訳本だ。

 すでにいろいろ書かれていると思うので、いまさら書評でもないだろう。ということで、この作品の中でただ二つだけ、実在の国のことが書かれているので、そのことについて書く。一つは言うまでもないがガリヴァー氏の故国、イギリスである。スィフト自身はアイルランド生まれのイギリス人というちょっと厄介な立場だが。そしてもう一つは、わが日本である。

 と言っても、実在の国、日本については小人国だの大人国だの、空中に浮かんだ国だの、馬が支配している国だのの話はない。ごく普通の人間がいる国でしかない。不死人間の国、ラグナグからイギリスに帰る途中、オランダ経由で変えるために立ち寄っただけの国であるから、全426ページ中、たったの4ページしか与えられていない。

 で、1709年6月の初旬、「日本の南東部にある小さな港町で、ザモスキという所に上陸した」。この「ザモスキ」というのはどこだろうと調べたのだが、どうも横須賀の観音崎のことらしい。「Kannonzaki」が「Xamoschi」となったようなのだ。つまり、音でなく、文字面で地名解釈をしていたということで、これが「ガリヴァー=三浦按針」説のもとになっている。ということで、観音崎では何と「ガリヴァー祭り」というのを毎年行っているとのことだ。

 で、このザモスキを北上すると入江があり、入江の北西部にこの国の首都、江戸があるという。この辺から、日本についての記述がいい加減になってくる。江戸でガリヴァーは「皇帝陛下」に拝謁を許されることになっている。しかし、この当時、日本の首都はまだ京都であるし、「皇帝=天皇」は当然京都にいるわけだ。江戸にいるのは征夷大将軍であり、この時代は第6代徳川家宣の時代である。多分、新井白石なんかも一緒にあったのであろう。

 さらにいい加減な記述は続き、ガリヴァーに対する「踏絵」の儀式を免除するように願っているのだ。踏絵は日本人のクリスチャンを特定するための方法であり、はじめからクリスチャンであることが分かっているオランダ人には行われなかったのではないか。要は、日本にキリスト教を布教しなければ良いのだから、交易の目的で来日したオランダ人は、日本にとって不良外人ではなかった。

 まあ、その程度の日本認識が18世紀のイギリス一般市民では普通だったのだろう。というよりも、日本という国があることすら、まだ一般的ではなかったのだろう。したがって、426ページ中4ページなのだ。

 本来なら、清教徒革命の結果、乱れたイギリスの政治に対する風刺・批判が目的のこの作品。ちょうど元禄から宝永に移り、文化爛熟たる日本政治との比較は大変興味のある題材なのだけれども、それは日本側からの見方なのだろう。そこまで日本について詳しく書いても、イギリス一般市民は読んではくれないということなのかもしれない。

 まあ、スィフト氏は取材もしてないしね。

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