フォト
無料ブログはココログ

Amazonウィジェット

  • Amazonおまかせリンク
  • おすすめウィジェット
  • Kindle

« 重箱の隅をつつく | トップページ | 岡田会通信③性的なことば »

2010年1月14日 (木)

三島由紀夫『文化防衛論』を読む

 今回は三島由紀夫の『文化防衛論』(ちくま文庫/2006年刊)について書くつもりなのだけど、その前に私の「三島体験」を書いておきたい。

 1970年11月25日の朝、といっても昼にごく近い朝、怠惰な浪人生である私は、ラジオのニュース速報で目が覚めた。当時は、まだラジオが第一メディアだったのですね。それは「三島由紀夫を名乗る男性が防衛庁に立てこもった」という第一報だった。すぐさまテレビをつけたが、テレビも同じニュースしかない。「まあ、そんな奴もいるのか」ということで、予備校へ。

 1時間ほどしてお茶の水駅前についた私は、「三島由紀夫を名乗る男性」が本当の三島由紀夫であると知る。「え、何で」というよりは「え、本当にやっちゃたのかよ」という心もちであった。だって、文学者の「知行不一致」は当たり前だったし、別にそれを責め立てる世論があった訳ではない。特に、三島のように極論を言っている人間は、逆に普段の生活ではごく普通の生活を行っている人間が多い。まあ、それは言論の世界では普通だったのだ。

 しかし、三島は「やっちゃたのだ」すごいな、というのが、そこまでの感想。

 そして夕方、予備校から帰る際に「朝日新聞」だったと思うが号外がでていて、そこに写された三島由紀夫と森田必勝の生首を見たときには、私は戦慄を覚えた。記事を読むと、三島の自刃の場合はかなり深く刺したようで、内臓が出ていたとのことである。これは、切腹の作法からすると「やりすぎ」であり、本来は表皮だけを切り、そののち斬首されるというのが本来だそうである。でも、朝日新聞の記者で実際に切腹を見た人はいないわけで、それが作法にかなうかかなわないかなんてことはどうでもよいことじゃないのか。問題は、そういうことじゃないだろ。まあ、朝日新聞はいつもこうやって問題の核心をぼかしてきた新聞なのだけれども。

 三島は、自衛隊に行って、憲法改正の必要性を説き、その為のクーデターを提起したのである。

 しかし、自衛隊がそんなものに乗る訳はない。なぜなら、自衛隊こそは「公務員」の最たるものであり、「公務員」のビューロクラシーの末端組織そのものであるし、「公務員」の「守るべき現体制」の最前列にいるものだし、ましてや「クーデター」などという「同じ国民に銃を向けることは一切しない」軍隊なのだ。

 ここの部分が三島は間違っていたのだ。自衛隊、特に陸上自衛隊は「治安部隊」であると考えていた三島は、この「治安部隊」が決起すれば、それは即「革命軍」になると考えていたのだろう。しかし、「公務員」である自衛隊は、それこそ政体が変わればその新しい政体に合わせて自らも変わる、まさに「公務員組織」にすぎない。当時の自民党政権に仕えるのは、行政として当たり前であるのと同じように、自衛隊も別に「天皇の為の軍隊」ではないし、ましてや自民党の為の軍隊でもない。いまや、民主党の為の軍隊になってしまっているし、たとえばこれが共産党政権になれば、共産党の為の軍隊になるのだ。

 たしかに、自衛隊の一部には「武士」の気持ちを持っている人もいるかもしれないが、基本的には「自衛隊は実に官僚的な公務員」であるという認識をもっていないと、根本を間違える。

 かくして、三島は決起に失敗する。しかし、それは読み込みづくなのだろう。自分が、そのような「知行一致」を、自らの美学に殉じて行なったことが大事であるので、クーデターを提起しても、それに同意する自衛隊員がいないことは分かっていたのだ。要は、自分の美学である。

 そして、最後はまさに自分の美学に沿った形で自刃を遂げる。「日本テロリズムの思想が自刃の思想と表裏一体をなしている」という三島の言うとおり、自衛隊に対する「テロ」の後に自刃を遂げた、というのは三島の美学に殉じた「文学的」行為だと言えるだろう。だとしたら、一緒に死んだ森田のことやら、怪我を負った自衛隊員のこととは別に、三島の文学的自刃に付き合った不幸というしかない

 しかし、この『文化防衛論』文庫版に際して追録された197年7月7日の「サンケイ新聞」に掲載の原稿「果しえていない約束」の最後に記された言葉「日本はなくなって、その代わりに、無機的な、からっぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜目がない、或る経済大国が極東の一角に残るのであろう。それでもいいと思っている人たちと、私は口をきく気にもなれなくなっているのである。」という文章を読むと、三島はもう当時の世の中に絶望したのだな、ということがよくわかる。その結果の、「自殺」かとか。

 しかし、三島の自刃から40年過ぎた今、もはや三島の想像した世界どころか、想像以上の狂気に満ちた世界になっている。もはや、自民党の一党独裁状況はなくなっているし、天皇の週刊誌天皇化は、もっと進んでテレビバラエティ天皇になってしまっている。右翼も、左翼との連携を考えているし、新左翼も革マル以外は全く元気はない。日本国民は、もはや国家の変革なんてことは頭からなくて、取り敢えず自分の生活が大丈夫ならいいや、身の回りさえOKならいいんじゃない、とBlogとTwitterに走っている。それが「自己表現」だそうだ。

 今の世界に生きていたら、三島は何というだろうか。もっとも、今生きていたら、三島も80歳を超えているので、もうボケてるか。それこそ、三島が一番嫌っていたことだろうな。

 

« 重箱の隅をつつく | トップページ | 岡田会通信③性的なことば »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/549500/47296486

この記事へのトラックバック一覧です: 三島由紀夫『文化防衛論』を読む:

« 重箱の隅をつつく | トップページ | 岡田会通信③性的なことば »

2017年8月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    

PEN PEN チョートクカメラ日記

自転車フォトグラファー 砂田弓弦

シュクレはお留守番

アローカメラ&我楽多屋

まだ東京で消耗してるの?